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脳進化から子どもがキレるメカニズムを考える

「キレる子どもが増えているのは、なぜ?」という疑問に答えるには、キレるメカニズムを考えなければならないと思います。今から30年程前、アメリカのマクリーンや、日本の時実利彦先生などの脳科学者が言っていた、脳進化から考える「脳の三位一体学説」には、大きなヒントがあると私は考えています。私流に出来るだけ簡単に説明してみましょう。

 

脳は、脊椎動物になって初めて出来ました。最初に現れた脊椎動物は、水中生活をしていた魚や爬虫類の様なもので、その脳はおそらく運動や呼吸・循環といった生存に必須の体のプログラムだけを持っていたと考えられます。今のわれわれの脳にあてはめると、間脳とか脳幹と脊髄をまとめたものと考えればよいと思います。この様な脳は「生存脳」と呼べます。

進化は、生存競争の中で進みます。従って、魚や爬虫類の様な動物が原始哺乳動物に進化するには、「生存脳」の体のプログラムをたくましく働かせる心のプログラムが必要だったと言えるのです。原始哺乳動物は、カンガルーの様な動物の祖先と考えられ、本能とか情動とかの心のプログラムを持った脳組織(古い神経細胞の膜、皮質)が「生存脳」をカバーし、体のプログラムの働きを強くして、たくましく生きる様になったのです。それは、私達の脳の大脳辺縁系と「生存脳」を組み合わせたもので、「本能・情動脳」と呼ぶ事が出来ます。

本能の心のプログラムとは、性欲とか食欲のプログラムです。その心のプログラムは、「生存脳」が持つ子孫を残す為に必要な体のプログラムや、摂食や消化・吸収など、生存に必要な体のプログラムの働きを強める役を果たしたと考えられるのです。

情動の心のプログラムのうち、優しさとか喜びのプログラムは、親子関係、雄雌関係、更には同種の動物との集団生活を維持するなどの為に、体のプログラムの働きを強める大きな役割を果たしたと考えられます。また、不安とか怒り、そして攻撃という様なプログラムは、それこそ襲い掛かる敵から自らを守り生存競争に勝つ為に、体のプログラムを強化する大きな役割を果たしたと言えます。

そして、犬や馬の様な高等な哺乳動物に進化して、知性とか理性の心のプログラムを持った脳組織(新しい皮質)が「本能・情動脳」をカバーし、「知性・理性脳」と言うべきわれわれの脳の原型が出来たのです。即ち、「本能・情動脳」の心と体のプログラムを、知性とか理性のプログラムでコントロールして、環境に適応し、同種ばかりでなく異種の動物とも関係を保ち、上手く良く生活する様になったと言えます。「知性・理性脳」の原型は霊長類に引き継がれ、人類進化の中で最も発達して、二足歩行し、言葉を喋り、手を使い、文化・文明まで創造するわれわれの脳になったのです。

従って、われわれの脳は、体のプログラム中心の「生存脳」、本能・情動の心のプログラムを持った「本能・情動脳」、そして知性・理性の心のプログラムを持った「知性・理性脳」の三つの脳が複雑に組み合わさって出来ていると言えます。これを、「脳の三位一体学説」と呼びます。

三つの脳をそれぞれ結びつける力は、進化の過程で獲得し、生まれながらにして持っていると言えますが、育てる事によって微調整して、結びつきを強化しなければならない部分もあると考えられます。体のプログラムも心のプログラムも、働かせながら微調整しなければならないのです。それが、生まれてから始まる育児・保育・教育の大きな役割と言えます。

体の成長には良い栄養が、心の発達には良い情報が必要です。特に、心の発達は心のプログラムを働かせながら行われるので、なかなか証明は難しいと思いますが、優しさの様な「感性の情報」の果たす役割は大きいものと思われます。言葉が喋れる様になるまでは、子育て行動の中にある、優しさで代表される色々な「感性の情報」が必須であり、それによって子どもは、人生は平和であり、自分は愛される存在であると思える「基本的信頼」の心のプログラムを作る事が出来るのです。

言葉のやりとりが始まると、「理性の情報」の果たす役割も大きくなり、「基本的信頼」を基盤として、知性や理性の心のプログラムによって他人の心を読み取る「心の理論」も出来上がります。そうすることによって、キレる様な事態が起こっても、知性や理性の心のプログラムが、怒りや不安のプログラムをコントロール出来るようになるのです。従って、子育てによる優しさの体験が不十分だとキレやすくなると、私は考えているのです。

「脳の三位一体学説」は、僻説に過ぎず、余りにも単純に割り切り過ぎていると批判されます。化石人類の頭骸骨は研究出来ても、脳そのものの組織は残らない故に研究出来ないので、なかなか証拠を出す事は出来ません。

しかし、キレる子ども達を日々の生活の中で見ている方々には、是非この考え方を元に、生まれてからの育児・保育・教育の在り方との関係の中で、キレる理由を考えてみて頂きたいと思います。それによって、キレる理由ばかりでなく、それを予防する、更には治療する方法にとって何か重要なヒントを見つけ出す事が出来ると、私は考えているのです。
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