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フランス移民の学校の教育

要旨:

日本では多くの移民が住んでおり、移民の子どもたちが学校で多くの問題に直面していることを見聞きするようになった。そこで、本稿では日本の学校で移民の子どもたちがどのように適応することができるか考えるために、移民受け入れの長い歴史があり、移民を社会に統合しようと努めてきたフランスの取り組みについて紹介する。フランスでは、移民をフランス人から分離した特別学級の反省から、移民・フランス人の区別なく学業不振から子どもたちを救うための教育政策へと現在転換している。また教育政策だけでは解決できない、社会構造的な要因の解決に向けた政策も行われている。

はじめに

今日、日本では日系ブラジル人をはじめ、多くの移民が住んでいる。そして彼ら移民の子どもたちが学校で多くの問題に直面していることを見聞きするようになった。そこで、日本の学校で移民の子どもたちがどのように適応することができるか考えるために、移民受け入れの長い歴史があり、移民を社会に統合しようと努めてきたフランスの取り組みについて紹介したい。

フランスの「移民」

本論を始める前に、移民とは誰か、ということを考える必要がある。「移民」とは外国人と同じなのか。日本に暮らしていると、社会を構成する人々は「国民」または「外国人」に分けられるのでなじみがないが、フランスには、こうした二分法に含まれない「移民」が存在している。それは血統主義と出生地主義を両方採用している、フランスの国籍法に由来している。

移民とは誰か? フランス国立経済統計研究所(INSEE、National Institute of Statistic and Economic study)の定義によれば、外国籍の親から外国で生まれてフランスに居住している者のことをさす。移民はフランス国籍を取得することができるので、移民の中には、フランス国籍を持つ者と、外国籍のままの者がいる。移民と外国人は同じかといえば、全く同じとはいえない。移民が外国人であるとはかぎらないし、外国人のなかにもフランスで生まれた者もいる。しかしたとえ帰化してフランス人になっても、例えばポルトガル系フランス人というように「移民」という性質は一生つづく。

さらに、出生地主義によって移民の両親からフランスで生まれた子どもは18歳になる前に5年間フランスに暮らしていれば(異議を申し立てない限り)18歳になった時点でフランス人となる。

2004年時点では移民は493万人を数え、このうち外国生まれでフランス国籍を取得している者は197万人にのぼる。つまり移民の2.5人に一人がフランス人である。

フランスは戦後の復興のために多くの労働力を海外から導入した。イタリアからの移民が当初多かったが、次第にスペインやポルトガル、そしてアフリカの植民地諸国からの移民が多くを占め、1960~70年にかけてピークとなった。オイルショックの影響で不況に陥ったフランスでは1973年に新規の移民を停止した。政府は失職した外国人に対して帰国を奨励したものの、大半はフランスに留まり、定住化していった。

現在、フランスへ入国する移民は制限されており、公式に認められているのはフランスに住んでいる家族と暮らす場合だけである。したがって流動的な移民は少ない。一般的に「移民」という場合は、フランスに定住している者を含んでおり、さらにその中には「フランス人」も含まれている。

移民の子どもの教育の問題

定住化した外国人にとって、子どもの教育の問題は重要である。とくに、外国人の子どもや、フランス国籍を取得した移民にとって大きな課題はフランス語の習得であり、それがしばしば彼らの学業不振の原因となった。

こうした子どもたちへの対策としては、1970年代以降フランス語を話せない、来仏したばかりの外国人を対象とした特別学級が設置された。しかしこれは外国人生徒をフランス人生徒から引き離してしまうという問題があった。さらに、同じ困難を抱えているのにフランス国籍を取得しているために対象外とされてしまった移民の子どもへの対応を不十分なものにした。その反省から、移民の子どもたちの学業不振の原因を民族的特性ではなく社会的経済的に恵まれない環境に求め、そうした地域に住む移民もフランス人も等しく優先的に教育を受けられるという発想のもと、優先教育政策が1981年に導入された。

生徒の学力評価の低さ、落第や中退する者が多いといった「学業不振」の割合が高く、さらに親の失業や生活保護を受けている家庭、ひとり親世帯が多い「社会的経済的に恵まれない」地域が、「優先教育地区」(ZEP)に指定され、この地区に位置する学校では財政面及び教育面で特別に支援されている。この地区の指定の条件には移民の要素はないが、実際には移民家庭が多い。

このように、フランスの移民の学校の教育は、移民をフランス人から分離した特別学級の反省から、移民・フランス人の区別なく学業不振から子どもたちを救うための教育政策へと転換した。

リヨン市のあるZEPの中学校

ZEPにある学校はどんな状況なのか知るため、フランスのリヨン市を以前訪れたことがある。美食の町といわれるリヨン市の中央駅からバスで20分ほどいったところにある小・中学校を訪問した。そのあたりはさびれたカフェが1件ある以外に店はほとんどなく、低所得者向けとおぼしき集合団地がいくつかあった。衛星放送用のアンテナが多くのベランダに設置されていることから移民が多く住んでいると想像できる。われわれが訪問した中学校がある一帯は1990年にZEPに指定され、1998年には近隣にある小学校(幼稚園も隣接している)4校との間で優先教育網(REP)といわれるネットワークを構成し、ともに問題にあたっている。そのネットワーク全体では2000~2500人の生徒を数え、比較的規模が大きい。

この地区の社会的現状は、「社会・職業分類」(social-professional category)により「恵まれない」と分類される家庭が70%を超え、他の REPの平均よりも高い。また、ひとり親世帯が増えており、生活保護受給者が非常に多い。そして学校に通う子どもの多くは移民第二世代だが、フランス国籍も持っている。移民の親子は自分の殻に閉じこもる傾向があり、問題を抱え込んでしまうことが指摘されている。このように生徒の多くが家庭に問題を抱えていることが、学校で暴力を振るったり規律違反の振舞いをしたりする要因のひとつと考えられている。

この中学校の生徒の教育状況は、他のREPと比べてもかなり困難な状況にあった。この中学校の評価によれば、①小学校での留年率が非常に高いため、中学校に進学した時点での年齢が高い。生徒の7割以上が同じREPの小学校から来ていて、その半数がすでに1年かそれ以上留年している。②生徒のほとんどが「恵まれない」家庭に属し、親が労働者か失業中という家庭環境にある。親の失業率は大学区内の平均の2.5倍。③生徒の半数が4人以上の子どもがいる家庭で、ひとり親であることが多い。④中学1年目の全国評価の結果はやや優れているが、修了の結果が悪い。つまり落ちこぼれる生徒が多い。また、中学修了時点の年齢が平均的な16歳よりも高い生徒が2割を占める。これは大学区平均の2倍である。

ここから、この地区の抱えている移民問題、失業や生活保護世帯など家計の悪化、ひとり親世帯に象徴される家庭崩壊などの社会問題が、子どもの学業不振という教育状況の悪化につながっていることがわかる。とくに、家庭環境の悪化が中学生という多感な子どもに与える影響は大きく、この中学校では校内暴力が起こらないように、予防に神経をとがらせていた。こうした状況の学校への優先的な教育政策はもちろん必要だが、学校や教育だけでは解決できない、社会構造的な要因があるのも事実である。

社会構造的な問題の解決へ向けて

そうした現状を打開するため、優先教育網という政策を導入している。それは近隣の学校間でネットワークを作り、学校同士、そして学校と地域社会の間に緊密な連携をとっている。学校同士の連携としては、ネットワーク内の小学校と中学校の間で、学校間の調整を行う教員を置いたり、小学校の生徒代表が進学先となる中学校の生徒代表の会に参加したりしている。学校と地域社会の連携としては、ネットワーク内の中学校を議長とする委員会を設置し、小・中学校の校長や教員、そして校医やソーシャルワーカーなどの学校関係者に加えて、教育行政官、県議会、警察、市役所、医療・心理センター、社会都市開発、市営図書館、美術館、教育や子どもに関わるアソシエーション(NPOに似ている)など地域社会の推進者たちが参加して、地域の子どもの問題を話し合ったり、教育に必要な対策・措置を支援したりしている。この地域との連携のなかで、学校は3年間の優先的な教育目標を立て、活動内容を決めて、「学業成功のための契約」 ("contrat pour la reussite scolaire") を教育行政や地域社会との間に結び、3年後に「契約」の評価を行っている。このように、学校での教育活動の成功に向けて、学校間、学校と地域が協力する体制をとりながら、教育だけでは解決しきれない社会構造的な問題の解決に向けた努力がみられる。

筆者プロフィール
鈴木 規子 (金城学院大学 講師)

慶應義塾大学大学院修了。博士(法学)。
フランス・パリ政治学院留学。ストラスブール大学政治学院修了。
現在、金城学院大学 講師。

著書に『EU市民権と市民意識の動態』(慶応義塾大学出版会、2007年)等。

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