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【元・学生パパがみたドイツ育児】 第6回 ドイツの大学生と育児

2009年の社会調査によると、ドイツの大学生の約5%(10万人)が子どもと一緒に暮らしているとのこと*1。つまり、学生の20人に1人が子持ちというわけです。確かに、私もドイツの友人(学生)から「子どもが生まれたよ!」という知らせを何度も受け取ったことがあります。

なぜ、このように子どもをもつ学生が多いのでしょうか?これにはもちろん日本と異なるドイツの大学事情が関係しています。まず、子どもと暮らしている学生の平均年齢は約30才となっています。「えっ!学生なのに30才!?」と思われるかもしれませんが、ドイツでは30才で学生身分であることは決して珍しくありません。なぜなら、ドイツの大学は多くの場合、学費そのものが無料なのです。実は、数年前からドイツの大学でも学費が導入されるようになったものの、それも再び撤廃へ向かっています。たとえば今年2013年にバイエルン州では住民投票によって受講料撤廃の決定がなされ、このまま順調にいくとバイエルン州立の高等教育機関では学費を支払う必要がなくなります。このように学費が必要なく、支払うとしても学期ごとの事務経費程度(ベルリンで約2万円程度)ですので、ドイツでは何年も学生を続ける若者が多く、再入学する人も一定程度います。さらに、日本のような新卒一括採用という就職制度がドイツにはないことも関係しているでしょう。

このような状況下で、20代後半や30代での「学生結婚」もしくは「パートナー関係」が成立し、彼らが子どもをもつ場合が出てくるわけです。ちなみに、ドイツでは学生ペアの同居率は20%を超えています。


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ミュンヘン工科大学キャンパス内。ベビーカーが並んで駐車されている。


ここからは、私のドイツ留学時代の体験をお話ししたいと思います。実際にドイツでは学生の間でも子どものことが話題に上り、子連れでキャンパスを歩いている学生もたまに見かけました。例えば、学部生向けのゼミに参加していたときに、幼稚園のお迎えがあるのでゼミ終了時間きっかりに退出する学生パパがいました。彼は、ベルリンでは大学が子ども預かり所を斡旋する制度もあると教えてくれました。

他のゼミでは子連れの参加者(これも学生パパ)がいて、小学校低学年くらいの子どもが、ゼミ室で絵本を読んだり絵を描いたりしていました。これには、研究者側の議論を和ませてくれて、ギスギスさせないなどの効果もあるように思えました。そこで私も先日、許可をいただいて、とある日本の研究会に赤ん坊(次男)を連れて行きましたが、確かに場は和んだ...ような気がします。

話をドイツに戻しますと、子どものいる学生が多いドイツでは、子どもを遊ばせるスペースが用意されている学食もあります。これは、学生が簡単なシッターなどのアルバイトを引き受けるのにも有効な気がしますし、学生同士で講義中に子どもを互いに預け合うこともできるでしょう。

また、2009年に完成したベルリン・フンボルト大学の図書館「グリムセンター」には、ドイツの大手銀行の出資によって、子どもを遊ばせながら、そこで書籍を読んだり研究したり出来る「親子スペース」が用意されています*2。私も何度か息子を連れて遊びに、いや勉強しに行きました。絵本や遊具が置いてあるので、彼もそこを気に入ったらしく、今でも「パパと一緒に遊び場の付いている図書館に行きたい」と言うことがあります。

さらにこれは、銀行にとっても、子どもがいる家庭に向けて教育用の積み立てなどを宣伝するチャンスにも繋がっていると思います。本連載の第1回で、市行政の管理する公園内に私企業の運営する「遊び場カフェ」が設置されていたように、この図書館の親子スペースも、適度に企業が公的な場所に参入することで両者にとって得るものがあるという一例だと思います。


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ポツダム大学の学食。子どもの遊び道具などが置かれている。
撮影:ユリアーネ・ペーターマン(Juliane Petermann)


このようにドイツの大学では「子どもの出入り」のハードルが比較的低いように思えます。日本でも教育学部をもっている大きな大学のキャンパスでは、保育施設が備わっていることもあります。また、都心の大学キャンパスは、いわば都会の中の「大きな公園」として、子連れの家族(多くがママと子ですが...)がランチをしていたり、遊んでいたりします。こういう懐の深さ、いうなれば緩さが、そこに通う大学生にとっても資する面があると個人的には考えています。もっと言えば、「多様であること」は大学の存在意義でもあり、たとえ学生と児童の交流がなくとも、目の端に子どもの姿が入ってきていることが重要だと思うのです。

日本では、ここ数十年でセキュリティ技術の発展などもあって、子どもの保護や隔離がかなりのスピードで進んでいます。この流れは止めることはできないし、否定することもできません。しかし、「選択肢」は多いに越したことはないわけです。多くの世代が集う場として、大学は貴重な育児空間になりうるのではないでしょうか。

6回に及んだ本連載「元・学生パパがみたドイツ育児」は今回で終了です。「元」とあるように、今、私は学生ではありません。ただ、学生時代同様、大学教員という比較的自由裁量の要素が多い仕事をしています。定時の仕事でない分、育児も「定時」では行えず「不定時」育児となり思い悩むこともあり、これは家族全体のストレスにもなります。今後は研究者を含める、自由裁量業務が多い職業と育児の問題などについて、日本・ドイツを比較調査していきたいと思っています。

ドイツの政治は、「戦う民主主義」を掲げ、議論と試行錯誤を重ねることが重視されていますが、ドイツのパパ育児の取り組みも試行錯誤の連続だと言えます。本連載では、「素晴らしい」ドイツではなく、チャレンジするドイツのパパ育児の状況をお伝えすることを目標にしてきました。本連載が、日本社会の中で父親と育児の問題を考える際の参考材料になればと願っています。

また、ウェブ連載ということで、ツイッターやフェイスブックなどのSNSを通じても多くの方から応援していただきました。どうもありがとうございました。Danke schön!!


筆者プロフィール
Yanagihara_Nobuhiro.jpg 柳原 伸洋(東海大学文学部ヨーロッパ文明学科講師<ドイツ近現代史>)

1977年京都府生まれ。2006年7月から2009年11月、2011年8月から2012年3月まで、ドイツ・ベルリンに滞在。NPOファザーリング・ジャパン会員。著書に、歴史コミュニケーター及びライター・伸井太一として、東西ドイツの製品文化史を紹介した『ニセドイツ』(単著、社会評論社、全3巻)や『徹底解析!!最新鉄道ビジネス』(分担執筆、洋泉社、Vol.1、2)がある。
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