「夫のサウジアラビアへの転勤が決まった」と周囲のドバイのママ友たちに告げると、必ず次の2つの質問をされました。
まずは、
「それで、旦那さんについていくの?」
そして、
「ビザがなかなか取れないって聞いたけど大丈夫なの?」
1つ目の質問について。サウジアラビアの駐在について行く家族は非常にまれです。理由は、大きく分けて2つあると思います。1つは教育環境。そしてもう1つは宗教的制約。 教育環境の懸念材料としては、まずは生徒数が少なすぎる日本人学校が挙げられると思います。
筆者の子どもたちが通ったジッダ日本人学校は、小学部、中学部の合計生徒数が12人(2019年度)。生徒より先生の数の方が多いという超小規模校でした。高校受験のために中学3年生の1年間だけ日本人学校に通った長女、中学部は彼女1人。授業は全て先生とマンツーマンでした。日本の教育環境とギャップがありすぎる、というのは親としては心配材料の1つになるのかもしれません。
もう1つの宗教的制約については、言わずもがな、衣食住のどれをとっても制限だらけです。この点については後述します。
「それで、旦那さんについていくの?」というこの質問の答えとしては、もちろん「Yes」。
我が家のスタンスは、
「日本人学校のある国で治安に心配がなければできるだけ家族は一緒に住む」。
ドバイからサウジアラビアに異動が決まった2016年当時、長女はまだ中学校1年生でした。小学3年生でカナダを離れてドバイに引っ越してから、ずっと日本人学校に通っていました。いつかインターナショナルスクールに転校することを意識して英語の保持を続けていた長女にとっては、またとないチャンス。3人の子どもの教育面のメリット、デメリットを天秤にかけて話し合い、本人の意思も確認しゴーサインが出ました。
2つ目の質問「ビザ がなかなか取れないって聞いたけど大丈夫なの?」も本当によく聞かれました。サウジアラビアは基本的に異教徒の入国のハードルが高い国です。イスラム教徒の巡礼ビザは比較的スムーズに発行される一方、異教徒のビザ取得には複雑な事情が絡んできます。日本人駐在員のビザ手配の苦労話は枚挙にいとまがなく、実際にドバイにはこんな家族がいました。
ドバイからサウジアラビアに異動になったファミリー、ご主人は一足先にサウジアラビアに異動、奥様とお子さんはビザが出るまでの数か月間だけドバイに滞在するつもりが、延々とビザを待ち続け、結局2年以上待ったとか。
他にも、日本で結婚した新婚カップルのお話で、旦那さんはサウジアラビアに転勤し、奥さんは日本でビザの発行を待つも、何年もビザ手続きが進まず、最終的には離婚するはめに。
ビザ取得の悲喜こもごもをあちこちから聞かされました。「ビザは取れるの?」の答えとしては「たぶん」。その後、異例のスピードで(要するに普通に)無事に家族ビザが発行されたことも付け加えておきます。
というわけで、教育的ハードル、宗教的ハードル、ビザのハードル、心配なことは色々あるけど、案ずるより産むがやすし、家族一緒ならなんとかなるよ! と、家族で住むことにしたサウジアラビア。
駐在歴10年以上、駐在国4か国目の筆者家族のモットーは「郷に入っては郷に従え」。 まずは、私たちがサウジアラビアで生活する上で身に付けた大事な「サウジルール」を紹介していきたいと思います。
- サウジルール① 財布わすれても「アバヤ」忘れるな
- サウジルール② お祈り時間をチェックせよ
- サウジルール③ 豚とビールにしばし別れを
- サウジルール④ 外を歩くべからず
- サウジルール⑤ 写真撮影はこっそりと
サウジルール① 財布わすれても「アバヤ」忘れるな
サウジルールとして、最初にあげたいのが「アバヤ」です。 「アバヤ」とは、女性が外出するときに服の上から羽織るコートのこと。 イスラム教では、「女性の美しい部分を親族以外の男性に見せてはならない」とされていて、中東のイスラム教徒の女性は、服の上に「アバヤ」を羽織ります。 「アバヤ」は体の線を隠すためにゆったりと、足が見えないように丈が長めの作りになっていて、ずるずると床を引きずって歩くのがマナーです。
輸入品である補正下着の商品のパッケージなどでも、露出したモデル女性の肌は黒マジックで全て塗りつぶされ人目に触れないようにされていたのには、驚きました。
現地の女性は、アバヤで体の線を隠し、髪の毛を「ヒジャブ」と呼ばれるスカーフで隠すのが一般的です。

保守的な女性の中には、頭の先からつま先まで黒いベール(ニカブ)で完全に覆い隠し、黒の手袋で手まで隠す人もいます。
ここまではドバイも同じ状況。 ドバイとサウジアラビアの大きな違いは、サウジアラビアでは、イスラム教ではない外国人も「アバヤ」の着用が義務付けられているところです。
出かける時に、財布や携帯を忘れてもなんとかなるけど、「アバヤ」を忘れると一大事。外出時の必須アイテムなのです。入社1年目の新入社員が寝坊して遅刻する夢を見るように、サウジ駐在1年目の新人さんが必ず見るのが、アバヤを持たずに外出する夢。「ああ、忘れた!どうしよう!」と半分パニックになり冷や汗をかいて目が覚める。筆者は、夢でなくて現実に忘れて出かけてしまい、慌てて取りに帰る失敗もしました。
そして、そんなアバヤ生活に慣れてきたサウジ滞在2年目さんは、こんな経験もします。日本に一時帰国中、外出先で「アバヤ忘れた!」と一瞬青くなって「ああ、ここは日本だった」と胸をなでおろす。常にアバヤの呪縛にとらわれている感覚。そのくらい、女性にとっては大きなプレッシャーのあるルールです。
例えていうなら、コロナ禍のマスクのようなもの。 最初は違和感をもち、不快だったマスクも、習慣化されれば、ないとかえって不安になる。慣れとは怖いものです。 アバヤについては、また稿を改めてお話するつもりです。
サウジルール② お祈りの時間をチェックせよ
イスラム教徒は1日5回お祈りを行うことが義務づけられています。お祈りは好きな時間に勝手に行うのではなく、以下のタイミングで行うことが決められています。
- FAJR(ファジル)...夜明け前の礼拝(水平線から太陽が昇る前)
- ZUHR(ズフル)...昼の礼拝
- ASR(アスル)...午後の礼拝
- MAGHRIB(マグリブ)...日没の礼拝(水平線に太陽が完全に沈んだ後)
- ISHA(イシャ)...夜の礼拝
面白いのは、定められているのは時間ではなく、太陽の位置(角度)だということ。つまり、自分のいる地域や季節によってお祈りの時間は日々変化するのです。


信者たちは、この毎日少しずつ異なるスケジュールに従って、1日5回お祈りをします。食事の回数より多い、しかも時間が決められているのですから、生活の全てがお祈り中心になってしまうことは容易に想像できることでしょう。 ただ、厄介なのは、サウジアラビアでは、お祈りの時間に縛られて生活するのは信者だけではない、ということです。信者でない外国人も、お祈り時間中心の生活をしなければならないのです。
というのも、サウジアラビアでは、お祈りの時間に従業員全員がお祈りできるように、スーパー、銀行、ドラッグストア、レストランなど、あらゆるお店が一時的に閉まってしまうのです。
お祈りの時間が近づくと、何の予告もなしに従業員はがらがらとシャッターを下ろし始めます。商品を見ている途中の客はシッシッと追い出される、あるいは店に閉じ込められて出られなくなってしまいます。レジの列に並んでいて会計直前であったとしても、従業員は無慈悲にもレジを閉めて一言「pray time」と言い残し、さっさと姿を消してしまいます。こうなったら最後、そこから30分じっとお店が再開するのを待つしかありません。

店のシャッターは完全に閉められ出られなくなっている。

特に外出を避けたいのは、2回目のお祈りである「ズフル」(12:00前後)と3回目のお祈りである「アスル」(15:00前後)の間。このわずか3時間の間に2度のお祈りタイム詰め込まれているのです。どんなに頑張ってお出かけをスケジュールしても、どこかのタイミングでお祈りにひっかかり「1回休み」となってしまいます。
そんな駐在員のストレスを軽減してくれるのが、スマホアプリ「Prayer times」。スマホで毎日のお祈りの時間が簡単にチェックできる、優秀なアイテムです。 サウジ生活を快適に過ごすために、買い物前に必ずこのアプリで今日のお祈り時間をしっかりチェック。事前にスムーズな動きをイメージして外出する、それがサウジのルールです。
サウジルール③ 豚とビールにしばし別れを
イスラム教では、アルコール・豚肉禁止というのを御存じの方は多いでしょう。 ドバイのアルコール豚肉事情については、「 【国際都市ドバイの子育て記 from UAE】 第13回 イスラム文化のタブー2 豚肉」で詳しくお話しました。ドバイは外国人に対しては寛容で、一部のレストランでは豚肉・アルコールが提供され、一定の条件を満たせばアルコールも豚肉も比較的簡単に入手できます。
しかし、サウジアラビアでは事情が違います。
サウジアラビアでは、豚肉、アルコールはいっさい入手できません。
海外から持ち込んだ場合、空港で見つかると豚肉は没収 、アルコールは厳罰に処されます。空港ではすべての荷物がX線検査され、スーツケースを開けられて細かくチェックされることもあります。サウジアラビアに住むなら、豚とビールはしばしあきらめなければなりません。
筆者家族には、日本からサウジアラビアに旅立つときのお決まりのルーティーンがありました。関西空港のコンビニで最後の豚まんを買い、別れを惜しみながら食べる。豚肉に別れを告げて飛行機に乗り、トランジットのドバイ空港に着いたら、今度はビールを求めてふらふらさまよい 、最後のビールを飲む。
豚肉とビールにさよならしてから、サウジアラビアに向かいます。
サウジルール④ 外を歩くべからず
サウジアラビアでは、街を歩いている人をあまり見かけません。 真夏は50℃まで上がる気温の中、物理的に歩けない、というのと、歩道橋や横断歩道などが整備されておらず、人が街を歩くことを想定していない作りになっているからというのもあります。
サウジに赴任したばかりの知人男性がコンパウンド(居住区)の外をジョギングしていたら、タクシーがずっと後をつけてきて、運転手に「乗れ、乗れ」と付きまとわれ辟易し、外を走るのをやめたと聞きました。男性でもそうなのですから、女性が外を1人で歩くなんて、もってのほかという雰囲気があります。歩かないわけですから、自転車に乗っている女性など、もちろん一度も見かけたことがありません。
私が住んでいたコンパウンドから歩いて10分の距離にスーパーがありました。平日ちょっと足りないものを買いにぶらぶら散歩がてら歩いて行きたいなあ、とずっと思っていましたが、結局一度も1人で歩いて行ったことはありませんでした。
では、女性はどこで活動するのかというと、ショッピングモールです。 駐在員が多く住むコンパウンドという居住区では、毎日午前中ショッピングモール行きのバスが用意されています。女性たちはショッピングバスでモールに出かけ、各々好きな活動をするのです。
空調完備、安心安全のショッピングモールで、ウォーキングしながら、ウィンドーショッピングで掘り出し物をチェック、疲れたらカフェでおしゃべり、ついでにスーパーで買い物もできる。女性のニーズを満たすサウジのショッピングモールです。
サウジルール⑤ 写真撮影はこっそりと
サウジアラビアでは写真撮影はちょっと気を付ける必要があります。 理由は2つ。
1つ目は、サウジアラビアでは王宮等関連施設、政府・軍関連施設の撮影は禁止されていること。万が一撮影してしまった場合は身柄拘束など厳罰に処されます。どの建物が撮影禁止なのかは、外国人にはわからないため注意が必要です。
2つ目は、イスラム教では偶像崇拝が禁止されているため写真撮影に抵抗を感じる人がいるということ。偶像崇拝とは、神や預言者の姿を描いたり、像を作って拝んだりすることで、イスラム教では最大のタブーとされています。このことから、神を描いたりするだけでなくて、写真や絵画などまでこの偶像崇拝につながるとして避ける傾向にあります。モデルの顔にモザイクかけられている広告や、首のないマネキンが多いのも偶像崇拝を避けるため、との説明を受けました。

それに加えて女性の姿を人目にさらすことに抵抗がある文化もからみ、写真に対しては人によって距離の取り方が様々です。現地女性を被写体とした写真はNGです。たとえ本人が承諾しても、写真を撮ったことによって女性の家族から訴えられ拘束されることもあります(成人女性であっても同様)。個人的な写真を撮るときでも、背後に現地女性が映り込まないように最大の注意を払う必要があります。
以上、筆者がサウジ駐在中に身に付けた5つのサウジルールをご紹介しました。 このルールの背後には、罰則や警告を受けるといった拘束力がある、あるいはかつて拘束力があったものがほとんどです。特に「ムタワ 」と呼ばれる「宗教警察」の存在が大きいと思います。「ムタワ」は、ショッピングモールや道端を見回り、ありとあらゆるルール違反を摘発します。服装が乱れている女性を注意したり、お祈り時間に営業しているお店を摘発したり、みだりに写真撮影をしないか監視したり、不純異性交遊とみられるカップルを逮捕したり。10年以上前サウジアラビアに駐在していた知人女性は、アバヤから足が見えていたのをムタワに見つかり、鞭で叩かれたことがあるそうです。
幸い、近年はサルマン皇太子の改革の影響でムタワの権限が縮小され、筆者自身は一度もムタワにお目にかかったことがありません。でも、その存在感は大きく、常に誰かに見られているかもしれないという警戒意識があったのは事実です。