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【インドの育児と教育レポート~チェンナイ編】 第4回 コロナ禍で見つけた楽しみ―和食とインドの絵本Tara Books

新型コロナ対策措置による隔離と一時帰国での食材購入

2022年の1月16日より、インドから日本への入国者は3日間の検疫所の宿泊施設での隔離が義務付けられました(現在はインドからの入国時の施設隔離はありません)。筆者は家族とともに、年末年始を日本で過ごしましたが、年末に日本に帰国した際には、まだ自宅での14日間待機の措置のみでしたので、空港から直接自宅に帰ることができました。また、同じインドからの帰国であっても、滞在していた州によっては隔離措置の対象となった時期もあり、12月には毎日のようにインドのニュースで感染状況を確認し、日本のニュースや外務省からのメールを見逃さないようにしていました。

日本滞在時には、空港でダウンロードしたアプリと、AIによる自動通話を用いた監視システムで、自宅待機中の所在地確認と健康観察が一日に4回ほど行われました。家の中でも常にスマートフォンを持ち歩いて過ごし、気が気でない日々を過ごしました。しかし、入国後14日間が無事に経過すると、アプリケーションは自動的に終了する仕組みとなっており、多くの帰国者を管理するのには、とても便利なシステムであったのではないかと思います。

ところで、海外駐在の赴任時には、日本から調味料や多くの乾物などを持っていきますが、ストックがなくなると、インドの近隣国であるタイやマレーシアやシンガポールなどに「買い出し」に出掛けます。インドで手に入れることができる日本の食材の種類や数は限られているため、日本の企業資本のスーパーマーケットやデパートのある東南アジア各国に飛行機で出かけていき、スーツケースや段ボール箱に食材を詰めて持ち帰ります。小さな子どもがいらっしゃる家庭では、日本のメーカーの乳児用の粉ミルクやレトルトの離乳食、子どものお菓子などが購入できるため、たとえ日本から持ってきたストックがなくなってしまっても、休暇を利用して、バカンスついでに購入することができるので、近年ではそれほど大きな不安を抱くことなくインド生活を送ることができます。また、日本の衣料品の量販店も東南アジアの主な都市に出店されていますので、赤ちゃんの肌着や子どもの衣類などは、日本の季節を問わず、一年中夏物を手に入れられるという利点があります。

しかし、この2年近くは新型コロナの影響で、簡単に外国に出かけることはできなくなりました。インドで生活をする日本人のほとんどが、一時帰国した際に、日本で大量に食品を購入し、自分でスーツケースに詰めて運んできたり、「海外向け物資送付制度」という、日本の製品を取り扱う専門の業者さんに注文をしたりして、日本の食材を手に入れています。海外向けの「物資送付制度」というのは、国際郵便や海外宅配便を利用して、日本から海外の自宅へ届けてもらうことができるサービスです。法人契約の内容により勤務先などが定める年間の重量制限がありますが、各家庭で必要な食品やお米の量を調整しながら発注をするのも重要な家事の一つです。インドで日本のお米が手に入らないということは、筆者が4年間ムンバイに居住している間には一度もありませんでした。2021年に新型コロナでロックダウンした際には、すべての流通がストップしてしまい、日本からの食材が届かないという問題が多くありましたが、現在では物流の課題は解消されています。

この「物資送付制度」という海外向けのお取り寄せでは、日本のスーパーマーケットやコンビニエンスストアにあるものは、ほとんど手に入れることができます。お米の他に、女性の生理用品や赤ちゃんのおむつなども重量制限から除外されますので、インドの製品が肌に合わないなど、アレルギーや敏感肌の方にとって、とてもありがたい制度です。また、重い調味料のビンや缶詰などを自身で梱包して運ばなくても良いため、安心してインドの自宅にて品物の到着を待つことができます。WEBページで注文をし、精算はクレジットカード決済となるため、東南アジアへの買い出しよりも手間が少ないという点で、筆者はこの制度を重用しています。

インド・チェンナイでは、1月半ばに「ポンガル」という農業の豊作を祝うお祭りが盛大に行われました。筆者も家庭でお赤飯を炊き、多種の和食を作って、友人とともに祝い膳を楽しみました。

インドに暮らす子育て世代にとって、「食」のあり方はとても重要な課題です。現地の食材を利用して、地産地消の考えを遂行している家庭もありますが、3年から5年のスパンで他の国への転勤や日本への帰任などがある駐在員は、いずれ日本に戻ることを想定しており、子どもたちに日々の生活を通して「和食」の文化を伝えることを重視している家庭がほとんどです。わざわざコストや労力を費やし、買い出しに出掛けたり、送付制度でお取り寄せをすることは、単に我々の食欲を満たすためだけでなく、安全で安心な日本の「食」の提供と「家庭の味」の伝承にフォーカスしているためでもあります。また、一年中、半袖の服を着て過ごす季節感のないインドに暮らしながら、「和食」を通して日本の四季折々の行事を体感することができるのは、とても贅沢なことであると感じます。子どもたちの成長が「食文化」とともに記録されるのは、料理の作り手としても、母としても嬉しく思います。そういえば、環境の変化や不自由なコロナ禍での生活で、時に心が閉ざされそうになった娘にも、そっと手を差し伸べてくれる日本の食材がありました。日本から持ってきた「お茶漬け」のふりかけです。お湯を注いで作る「だし汁」をかけただけのインスタントなお夜食ですが、「あー、この味ホッとする」と頬を緩める娘の姿に安堵する日もありました。

インドの絵本・児童書の出版社「Tara Books」
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Tara Booksの工房内

続いてはインドの工芸文庫ともいえる「Tara Books」のご紹介です。インドでは、幼児教育においては、家庭での「絵本の読み聞かせ」というのはそれほど浸透しておらず、インターナショナルスクールなどで保育クラスや幼児クラスの担任が、「Story Telling」を行うことがほとんどです。娘がムンバイで通っていたインターナショナルスクールでは、保護者が交代で他学年のクラスの朝のホームルームの時間に訪問して、自国の絵本などを紹介し、読み聞かせを英語で行うという活動がありました。筆者は、日本昔話の「桃太郎」と赤ちゃん絵本の「いない いない ばあ」「ねずみくんのチョッキ」の3冊を、3歳児クラスで読み聞かせをしました。インターナショナルスクールの図書室では、多くの外国の絵本を取り揃えていますが、現地校ではイギリスから輸入された英語の絵本、またはヒンディー語の絵本の蔵書がほとんどでした。

筆者が2019年にムンバイにある書店の協力を得て、インド国内で発売されている幼児用の書籍の内訳を調査した際には以下のような結果となりました。

インドで販売されている幼児用の書籍は、次のようなカテゴリーに分類され、およそ1,000冊の幼児用書籍のうち、絵本(自然・社会)は全体の37%、絵本(宗教)17%、ぬりえ23%、シールブックとワークブックはそれぞれ6%、パズルブックと数学はそれぞれ4%、写真集2%、音楽遊び1%という内訳となっていました。(2019年)

幼児書の中で「絵本」の占める割合は過半数を超えていますが、その3分の1は、ヒンドゥー教の神様をモチーフにしたり、「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」の有名な戯曲の一部を子ども向けにわかりやすく描いた宗教色の濃い内容となっています。絵本のうち、植物や動物や家族など自然や社会をテーマとした作品の中に、近年、世界中から注目されているインドの出版社の作品があります。それが世界の23の言語に翻訳されている「Tara Books」です。

この出版社「Tara Books」は、筆者の住むチェンナイの海沿いの街の一角にあり、我が家からは車で7~8分ほどの場所にあります。チェンナイに転居してから、毎週のようにこの工房に通っています。

ここでは、いくつかの有名な絵本が日本語に翻訳・印刷され、日本へ輸出されています。日本でも個展が開かれるなど注目を集めている絵本工房です。1994年にギータ・ウォルフにより設立され、すべて手作業で行われています。工房には手すきの紙にシルクスクリーンで手刷りされた色彩豊かな絵本が並んでいます。絵本を手に取ると、紙やインクの匂いが鼻をくすぐり、とても懐かしい気持ちになります。インドでは珍しく、宗教に特化せず、自然科学やインドの歴史などを中心に児童書や絵本の製作を行っているのが特徴です。また、近年では環境問題やジェンダーの課題にも触れおり、2021年コロナ禍に「The Women I could Be」という作品が発刊されました。

女性の社会進出や女性の日々の生活の楽しみ方をテーマに、独特なタッチのイラストが描かれた作品が、子どもたちにもわかりやすい形で出版されています。男性優位なインド社会に根付く職業性差や「女性はこうあるべき」という古い考えに一石を投じる形で、新しい社会への興味をそそるような、明るく開放的なイラストで構成されています。

このような新しい作品への注目だけでなく、Tara Books工房の立ち上げ当時からの絵本ファンの中には、その作品のテーマもよりも「絵画作品」として画家や工芸家の魅力に惹きつけられてコレクションをする人も多くいます。中でも「夜の木」はゴンド族というインドの先住民族の画家により描かれ、世界中のファンを魅了する作品です。それはまさに絵本を超えた工芸品であるとも言われます。また、「インドのけもの」という作品もインドの別の地域にある先住民の民族画を集めており、色彩豊かなシルクスクリーンは芸術作品のひとつです。

筆者は、2月末にチェンナイ市内で開かれた民族画の原画展で、鹿の角から木々が生えている独特な作品や木に止まっているたくさんのカラフルな鳥の原画を購入しました。近所の材木工房で額装をしてもらい、リビングルームの壁面に収まることとなりました。以前から興味を抱いていた憧れの工房で絵本を購入したり、作品のルーツを知ることができ、チェンナイに転居したことを改めて嬉しく感じています。

***日本語版が出版されているTara Books絵本の紹介***

  • 「猫が好き」2015年 日本語版 グラフィック社
    作:アヌシュカ・ラヴィシャンカ、絵:デュルガ・バイ、訳:野坂悦子
    インドで生まれたいろいろな猫たちの様々な表情が描かれています。見ているだけでほっこりするような、くすっと笑いがこぼれるような、猫と同じようなポーズをとりたくなってしまうような、子どもから大人まで楽しめる作品です。

  • 「インドのけもの」2003年 日本語版 エクスノウレッジ出版
    ゴンド・アート及び他地域の民族によってインドに生息する動物が描かれています。とてもカラフルですが、かわいらしさとは異なる力強い動物の生命力が伝わってくる作品です。

  • 「水の生きもの」2013年 日本語版 河出書房新社
    作:ランバロス・ジャー、訳:市川恵里
    魚を中心に海の生き物が描かれています。手作りのシルクスクリーンで重版するごとに色味が少しずつ変化していくのもTara Booksの魅力です。

  • 「世界のはじまり」2015年 日本語版 タムラ堂
    詩的で美しいギータの言葉が青木那恵訳によりさらに魅力を放ちます。生命の進化をゴンド民族の神話をモチーフに、大きく美しい色彩で描いているゴンドアートに圧倒されます。

  • 「夜の木」2012年 日本語版(2021年重版10刷)タムラ堂
    月光に照らされて彩られる木、闇の中にそびえる神秘的な木が美しく描かれ、想像力を掻き立てられる作品です。ゴンド民族画家による作品です。

  • 「みなそこ」2021年日本語版初版 MUJI BOOKS
    語り・絵:ワイエダ兄弟、訳:クシダオサム
    筆者一押しの最新刊です。「これが絵本ですか?」と思わず工房でスタッフに尋ねてしまったほど、とても不思議な魅力をもつ作品です。娘が幼稚園で描いた絵を、全部まとめて上部にパンチで穴を開け、リボンをきゅっと結んで卒園式に手渡してくれた時の感覚を思い出しました。マーブリングブルーの手すきの紙に、村や街や海の景色が見えてきます。英語版は「The Deep」日本語版の「みなそこ」は万葉の言葉からだそうです。言葉の響きにも魅了されますが、南インドの少数民族の兄弟が描く、細やかな民族画のタッチにため息がもれます。
他に、「太陽と月」や日本人のKaori Takahashi作の幼児向け絵本などがTara Booksから発刊されています。
絵本による環境衛生への啓発

新型コロナの影響で、日本同様にインドでも、手洗い・消毒・マスク・ソーシャルディスタンス(フィジカルディスタンス)が遂行されています。多くの中間層・富裕層の人々はこれらを守っていますが、タミル・ナドゥ州はインドの他の主要都市に比べそれほど感染率が高くないため、ローカルエリアの人々はマスクをしていません。現在は長引く新型コロナの影響で、インドの人々の衛生観念が向上しましたが、ローカルエリアに暮らす貧困層の子どもたちは、未だ排泄後も食事の前後も手を洗う習慣がありません。また、鼻水をティッシュで拭いたり、くしゃみや咳の際に手や衣服などでカバーしたりするなどの習慣もありません。

このような子どもたちへの衛生教育や、清潔に過ごすための生活を習慣化する方法として、絵本の読み聞かせによる啓発活動が行われている地域もあります。このような取り組みは外国人の教育者や宗教財団や財閥などの富裕層のボランティアによって行われていることがほとんどです。筆者もこのような活動に参加し、日本の学校での手洗い・うがいの習慣を紹介しています。今後、筆者はオリジナルの絵本の製作に携わり、インドの子どもたちに読み聞かせを行うことを考えています。絵本を通して、インドの子どもたちに手洗い習慣の必要性を訴えることができると同時に、「絵本」との出会いが、子どもたちの今後の生活において、識字への興味や、自由に絵を描き表現することの喜びにつながれば、うれしく思います。

2022年がスタートしましたが、今年はどんな一年になるのでしょうか。新型コロナとともに歩んで2年が経ちました。以前の非日常の生活が、いまやすっかり日常と化しています。オンライン授業、リモートワークと、子どもも大人も不自由で退屈な日々を送っていますが、その間に忍耐力や適応力を育み蓄えています。今年が新型コロナの終息の年となることを強く願っています。

筆者プロフィール
sumiko_fukamachi.jpg 深町 澄子 静岡大学大学院修士(音楽教育学)。お茶の水女子大学大学院(児童・保育学)にて南インドの教育研究及びインド舞踊の研究中。 約30年間、子どものピアノ教育及び音楽教育に携わり、ダウン症、自閉症、発達障害の子どもたちの支援を行っている。2016年12月より2020年4月までムンバイ在住。2020年9月よりチェンナイ在住。
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