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【インドの育児と教育レポート】 第5回 インドのIT教育

IT大国インド

インドのシリコンバレーといわれるカルナータカ州のバンガロールは、インド南西の内陸部に位置し北にデカン高原を臨む自然豊かな街です。標高が高く、真夏でも気温が30度前後と比較的涼しい気候の高原地帯で空気も澄んでいます。近年は、世界中はもとより日本からも多くの企業がインドに進出しています。アメリカのシリコンバレーでは多くのインド人が働いており、マイクロソフトやソフトバンクなどの企業でも、インド人の活躍が話題となりました。身分制度のカーストにかかわらず自由に職業選択ができる分野であったことがインド人のIT産業での活躍の大きな理由でしたが、それだけではなく、アメリカとインドの時差がちょうど12時間という地理的な好条件も重なりました。アメリカが眠っている間はインドが働き、インドが眠る時間にはアメリカが稼働するという24時間体制で研究開発を行える利点がありました。他のどの国よりも合理的にその立地を活かすことができたのです。1980年代後半からは精密機器やソフトウェア産業への関税の優遇や海外企業に向けた工業団地の誘致などが国策として行われました。世界中から注目されるインドのIT産業への需要は留まることなく勢いを増しており、近年ではモディ首相の政策である「我が国でものづくり」が功を奏し、インドの経済及び産業は目覚ましく発展しています。

インドの安い賃金で確保できる労働力だけでなく、自然の残る広大な土地、理系大学出身の優秀な研究者の存在、公用語が英語であることなど、いくつもの条件がIT産業の発展に適していたと考えられます。


  バンガロール(Bengaluru)の地図

インドで最も有名な大学の「インド工科大学」(Indian Institution of Technology; IIT)はインドの国立大学です。国立大学といっても学費は年間約30万円(日本円)ほどかかるためそれを支出できるのは中産階級以上の家庭でないと難しいといわれています。優秀な学生は、家庭が貧しくても奨学金を取得して入学していますが、在学中の勉強の量は非常に多く、アルバイトをしながら学業を両立させることは困難であるそうです。
キャンパスは、インドの主要都市のデリー、ムンバイをはじめ各地にあります。

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インド国内各地にあるIITキャンパス

ムンバイキャンパスは我が家の近くにあり、夕刻になると近所のマーケットから放課後に集う多くの学生の声が響いてきて、とても賑やかです。付近にあるスターバックスでは、コーヒーを飲むときにもノートや教科書を手放さず、時には白熱した議論を交わす学生の姿が見られます。我が家の家庭教師もIITの学生さんですが、私の研究のレポートの英文を添削してくれたり、質問紙をヒンディー語に訳してくれたりととても親切にしてくれ、自身の将来について語る言葉から力強さと信念が伝わってきます。彼女もまた、アメリカのシリコンバレーに向かって日々邁進しています。

(IIT大学ウェブサイトhttp://www.iitb.ac.in/report_09_339_02.jpg
IITの正門


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IITの広大な敷地の庭園、学生の憩いの場
 
ランゴーリー(砂絵)を象った手入れの行き届いた庭園
 
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IIT研究棟
 
ホステル/学生寮

このインド工科大学の付近には、インド工科大学の教授が理事を務める小学校があり、同じムンバイのポワイ地区にある「ムンバイ日本人学校」との交流を行っています。先日7月12日に「グルモハル祭」という日本人学校の子どもたちとの交流のお祭りがありました。

日本の子どもたちが、コマまわしやけん玉など、日本の伝統的な「昔遊び」をインド人の小学生に教えて一緒に遊ぶワークショップや、お互いに歌や演劇などを発表する機会として、毎年開催されているそうです。工科大学の附属小学校とはいっても、コンピューターばかりを学習しているわけではないので、好奇心旺盛な同年齢の子どもたちはすぐに仲良くなり、お互いに英語でコミュニケーションをとりながら楽しく学習体験をして、双方の文化交流に役立っているそうです。

インターナショナルスクール(私立小学校)でのIT教育

私のピアノ教室に来ているインド人の生徒の学校では、コンピューター教育に日本の企業が参入しているそうです。日本の塾のプログラムを用いて、一人一台のタブレット型端末を使用して算数の計算問題を解く授業が週に2回あるそうです。担任の先生による通常の算数の授業で学習したことをその日本のプログラムで演習するという方法で、学力の定着を図っているそうです。ほかにも、算数の演習は日本のフランチャイズ式塾の学習プログラムを採択している学校もあり、学校側が企業に授業の一部を外注することは、インドではそれほどめずらしいことではないそうです。

この学校では、小学校1年生から2年生にかけてタイピングの練習が始まり、3年生からはスライド作成ソフトを使って個人でプレゼンテーションをできるように指導があります。ここまでに基本的なパソコンの知識や文書作成ソフトの使い方などを学び4年生以降はグループ学習となります。一つのテーマについて探求し、話し合い、スライドを作成し、発表するという一連の作業をすることで、自分の考えを主張しながら友だちと協力して折り合いをつけていく術を身に着けていくようです。また、5年生からはコーディングというコンピュータープログラミングの授業が始まります。日本でも数年前からプログラミングのワークショップや学習塾が増えてきたのではないかと思いますが、学校の授業でコーディングを扱うのは、やはりIT大国のインドならではなのでしょう。

コンピュータープログラミングの教室

ムンバイ市内にはたくさんの数学とパソコン教室があります。前回、インドの算数教育について取り上げた際にこの「学習塾」について触れていませんでしたので、コンピューターと併せてご紹介します。

インドでは多くの学習塾や家庭教師が子どもたちに放課後の指導をしていますが、日本のように一つの学習塾で何教科も教えるのではなく、数学塾なら数学のみ、英語塾なら英語のみというように、単科に特化して指導されています。「シンガポールマス」という算数教授法を取り入れた学習塾に通う子どもが近年、増えているようです。「シンガポールマス」は計算問題よりも文章題を重視した算数教授法です。掛け算や数式を暗記して、計算問題を解くことを重視してきた今までのインドの算数教育に、応用力や課題解決能力を高めるためのセオリーが付加されるため、達成感を味わい、学習成果を次のステップへの動機づけにできるところが人気のようです。また、日本のフランチャイズ式学習塾にも、日本と同じロゴの入ったバッグを持った子どもたちがメイドさんやシッターさんに付き添われて通学している姿をよく見かけます。

私は、以前にスライド資料を作成している時、設定を間違えていて音が出ないトラブルがあり、地元のショッピングモールの中にあるパソコン教室にふらりと入って対処法を聞いたことがありました。インド人の若い先生はとても親切に教えてくれ料金も不要でした。
そのご縁から、時々授業風景を隅のほうからのぞかせていただき取材をさせてもらうことができました。

インドのパソコン教室は、日本のパソコン教室と似ていて、初めはゲームや描画をしたりタイピングをしたりしますがある程度知識を得ると、プログラミングのクラスにレベルアップしていきます。コーディングというのはブロックを積み上げていくように、簡単にプログラムを作ることができるので小学生にも学びやすいそうです。もう少し専門的になってくると、教材やホワイトボードには難しい記号やアルファベットが並びます。インドの中高生は熱心に先生の話を聞きながらキーボードを叩いていきます。インドではスーパーマーケットのレジも病院の会計も、ほとんどがパソコンで処理されています。タイピングができないと一般の企業や商店、サービス産業での就業が難しいと感じます。もちろんローカルの露店などではパソコンは使用しませんが電子マネーやクレジットカード、デビットカードが使用できるお店はたまに見かけることがあります。パソコン教室の先生によれば、こうした生活に必要な道具として若者から高齢者まで、パソコンなどの電子機器に触れることが多い商都ムンバイ市では、他地区に比べると大人の受講者も多く、低所得の受講者は州からの公的な援助を得てこのようなコンピューターの塾で学ぶことができるのだそうです。

スマートフォン事情

インドでも、若者を中心に我々保護者世代もSNSを使用してコミュニケーションを図ることが日常化しています。クラスルームの連絡事項もすべてLINEによく似たコミュニケーションアプリを利用して行われます。

一日、スマートフォンを置いたまま確認をしていないと、100件近いメッセージを受信しているようなこともあります。その内容はおしゃべり好きなインド人ママらしく、日々のつぶやきや素敵な言葉を紹介するなど、緊急性の低いものがほとんどで、正直うんざりすることもありますが、重要な情報を得る場所でもあるため、数時間おきには確認をするようにしています。同様に、娘のクラスメートのチャットも、夕方から就寝前にかけて、それはおびただしい数のメッセージが交錯します。我が家では娘にはまだスマートフォンを持たせていないので、娘のクラスメートやその保護者と連絡を取るときは、私のスマートフォンを使用します。我が家では「必要のない会話には参加しない、友達の悪口を書かない、夜8時以降は返信しない」というルールを定めています。娘には、動画サイトでお気に入りの投稿者の番組をみたり、音楽を聴いたり、翻訳やネットショッピングで日本から取り寄せたい書籍を検索するなどの必要時以外はスマートフォンを使わせていないので、今のところネットによるトラブルに遭遇したことはありませんが、学校からは常にSNSのトラブルに対する注意喚起のメールや保護者勉強会があり、子どもたちをネット社会から守るため、大人が躍起になっているという感じがします。おそらくこれは世界共通の課題だと思います。

ノープロブレムは大問題! 著作権とインターネットリテラシーに関して

私がインドに住んでとても驚いたことは、著作権や肖像権に関する意識が皆無であることでした。
例えば、家族で街を歩いたりインド国内を旅行したりした際に、多くのインド人から一緒に写真を撮ってほしいとせがまれます。ムンバイに暮らしている日本人の子どもたちは誰もが同様の経験をしています。彼らは日本人にとても好意的に接してくれます。初めのころは、撮影に応じていましたが次第に娘たちも嫌がるようになり、最近はすべて断っています。それというのも、このような写真は知らない間に写真共有アプリに掲載されてしまったり、パソコンのスクリーンセーバーや携帯電話の待ち受けにされたりしてしまうなど、日本人女子の人気が高まっているのが理由だそうです。一度、街角の携帯電話ショップの店先にオリジナルのスマートフォンケースとして、日本人の女の子の写真をプリントしたものが売られているのを見ました。本人や保護者の許可なく複製することは犯罪であることを伝えて撤去してもらったことがありますが、「ノープロブレム!ノープロブレム!」というのがインド人の口癖で、実際にはこうした行為が平然とあちらこちらで行われているのが現状です。

インターネットに関しては、娘の通うバレエ教室でとてもびっくりするようなことがありました。バレエの発表会で夫が撮影した写真を「記念にどうぞ」と先生に送ったところ、なんと翌年の教室パンフレットに、その写真がそのまま使用されていたのです。クレジットもなければ私共への掲載確認の連絡もありませんでした。また、教室の宣伝をする公式のSNSアカウントには娘のコンクールの写真が、知らない間に掲載されたりするなど、確認も許可を取ることも一切なく情報が垂れ流しになっていることに、驚きました。日本では、教室の規約の中にこれらの情報提供や他への流出への喚起などが記載されるのが常でしたので、インドではまだメディアリテラシーの概念が浸透していないことを痛感しました。

インドのICT(情報通信技術)は、技術や技能が優先されており、こうした著作権や肖像権などに対する教育は遅れているように思います。しかし、学校教育で低学年からパソコンやインターネットに触れて学習しているインドの子どもたちの多くが、将来はシリコンバレーへと希望や夢を抱き勉学に励んでおり、その姿はたくましく、生き生きと輝いています。急速に発展したインターネット・テクノロジーは、まるで魔法のようにインドの人々を魅了する新しい学問、産業であると感じました。

筆者プロフィール
sumiko_fukamachi.jpg 深町 澄子 静岡大学大学院修士(音楽教育学)。お茶の水女子大学大学院博士課程(児童・保育学)にて発達支援及び読譜を中心とした音楽教育の研究中。
約30年間、子どものピアノ教育及び音楽教育に携わり、ダウン症、自閉症、発達障害の子どもたちの支援を行っている。2016年12月よりムンバイに移住。
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