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【インドの育児と教育レポート】 第4回 インドの算数教育

インド人の誇り「ゼロ」の発見!

インドはモンスーン期に入りました。外は雨、室内は湿気に悩まされます。家財や衣類などをカビから守るために、除湿機やエアコンをフル稼働させ、日本から大量に持ち込んだ除湿剤をクローゼットや戸棚に置いて備えを万全にしています。

さて、今回はインドの「数字」にまつわる話題です。インドは「ゼロの概念」を定義した数学者の国であることが、吉田洋一氏の著書「零の発見-数学の生い立ち」(岩波新書1939年)で日本に紹介されました。この著書の中では、「いかなる数に零を乗じても結果は常に零であること」、また「いかなる数に零を加減してもその数の値に変化がおこらないこと」という零の性質をインドの数学者ブラーマグプタにより記されていたとあります。

地元のインド人との雑談の中で数字にまつわる話をすることがしばしばあります。
「ゼロについて知ってる? ゼロはわたしたちインド人が発見したのよ。インド人が発見するまで世の中にはゼロはなかったのだから、本当にすごいでしょう?」
このような話を我が家の運転手さんやメイドさんからも聞いたことがあります。彼らはそれを幼いころから親や学校の先生に何度も聞かされており、インド人としての誇りであるのだそうです。また、インドからは世界に誇る偉大な数学者や科学者が、多数輩出されており、IT業界でも世界中で活躍している人々がいることから理系に強い国であるといわれています。

しかし、理系大国といわれるインドに暮らしてどうしても合点がいかないところがありました。地元の市場で買い物をしていると、会計時に時間がかかることがよくあります。店員さんが品物の金額を暗算で足していくのですが、商品が3つ4つと増えていくと、途中で数がわからなくなってしまい何度もはじめから数え直すのです。やっと合計の金額が出たと思うと、今度はお釣りの計算に時間を要します。私の買い物は、日本の小学校3年生で学習する3ケタの引き算でほとんど事足ります。その店員さんは、おつりの金額を計算する際、あといくら足したら私の手渡した金額になるのかを考えるそうです。日本で習う「繰り下がり」の概念ではなく、加算方式でお釣りを計算しています。途中で計算機を使用して答えを確認し、自分の暗算の答えと違っていると、もう一度最初から暗算で計算し直すこともあり、それを待つ身としては次第にイライラが募ります。どうやら、「インド人は数字に強い」というのは全員ではないようです。冗談交じりに「どうしてそんなに計算に時間がかかるの?」と質問すると「それは、足す数が多いからさ」と満面の笑みで答えます。「でも、インド人は数字が大好きなんだ、なぜってゼロを発見した国だからね」とまたしても誇らしげに「ゼロ」を語ります。笑顔と自信に満ち溢れ、ムンバイの市場は活気に包まれ、こちらのイライラもいつの間にか吹き飛んでしまいますが、本当にインド人は数字に強いのか? という私の疑念は晴れないままです。

掛け算は20×20までを暗記する?

インドの算数教育のうち日本で有名なのは、掛け算九九の暗記です。英語で掛け算のことを「マルティプリケーション」といい、表を「テーブル」といいます。「マルティプリケーションテーブル」と呼ばれる表が載っている冊子は、街の書店や文具店などで100円程度で簡単に手に入れることができます。

日本では皆さんもご存知の通り、掛け算は1×1から9×9までを小学校2年生で学習します。インドは各州によって教育法が異なりますが、私の暮らしているマハラシュトラ州では、日本と同じく小学校2年で20×20までを学習します。しかし、インドの教育水準は子どもの育つ環境によって大きく異なるため、実際にはすべての子どもが同等の教育を受けられるわけではなく、学校で教えてはもらうけれども暗記はしていないという子どもが多くいます。

私が取材をした地元の公立小学校でも10歳までに20×20までを暗記するように先生から指導があるそうですが、実際には20の段まですべて暗記しているのは約4割の子どもで、他の6割は、9の段あるいは12の段までしか覚えていないとのことでした。12の段まで暗記するのは、「ダース」の計算をするのにとても便利です。また、我が家の運転手さんやメイドさんにも尋ねたところ、同様に12までの段しか言うことができず20までの掛け算は暗記していないとのことでした。ただ、同数同士の掛け算の答えは、いずれ乗数を学ぶ際に必要になるため、それだけでも暗記しておいたほうが良いと先生からアドバイスがあったそうです。

一方、娘の通うインターナショナルスクールでは、13の段までの暗記が必須となっておりますが、マルティプリケーションテーブルが教室の壁面に貼ってあるので、13の段以降の掛け算が必要な時はすべて暗記しなくても授業中に表を見に行けば良いとのことで、特に家でも暗記の練習はしていません。

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0から13までの掛け算表
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0~20の段までの掛け算表
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0~25までの掛け算表

インターナショナルスクールに子どもを通わせる多くの家庭では、先取りで小学校1年生になると九九の暗記を始めるので、そこの子どもたちは2年生の終わりごろには、ほぼ全員が13の段までは覚えているようです。日本のような計算カードではなく、マルティプリケーションテーブルの冊子を見ながら暗記をしていくそうです。

この掛け算の式の配列には2種類の表記があります。ひとつは1×1、1×2、1×3...と日本と同じようにかける数が1ずつ増えていくものです。もうひとつは、1×1、2×1、3×1...とかけられる数が1ずつ上がり、かける数は同じというものです。

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かけられる数が増えていく掛け算表

家庭では、学校から発行されるパスワードを使用してインターネットの学習サイトにログインし、掛け算の計算問題を解きます。一定以上の正答率を得ないと次のステージに進めないため、ゲーム感覚で制限時間の中で回答します。

これらの成績は、担任の先生が管理しており個々の進度や理解度を確認することができるそうです。しかし、全員必修の宿題ではないため娘は一年に数回しか開きません。男子はコンピューターが大好きな子が多く、毎日のように家庭学習としてこのサイトを活用しているそうです。

インド式数学について

日本に住んでいたころ、100円ショップで「インド式数学」というお風呂場の壁面に水で貼りつけるポスターを購入して、湯船に浸かりながら毎日眺めていた時期がありました。 2ケタどうしの掛け算の方法が書いてあるのですが、日本の筆算のたすきがけとは違い、かけられる数の十の位と一の位を分けて足したり、分けた数字を斜めの格子柄に並べたりするなんとも複雑なものでした。筆算を使用しないそのやり方に慣れてしまえばもしかしたら早く計算ができるのかもしれないと思いましたが、私はその方法を習得することなく、ほどなくしてインドに移住となりました。

一昨年、娘が2年生の時に学校で2ケタどうしの掛け算の学習をしました。掛け算に苦手意識のあった娘のためにインド人大学生の家庭教師をお願いしました。彼女は地元の公立の学校で育ち、アルバイトをしながら大学でコンピューターのプログラムについて学んでいます。そこで、例の「インド式数学」についても実際に解くところを見られるかもしれないと期待をして尋ねました。ところが、「そんな計算は誰もしていません」と一蹴されてしまい、彼女が学校で教わった2ケタどうしの掛け算は日本と同じく、筆算による計算であることが判明しました。少し異なるのは繰り上がりの数字を日本では小さく書きますが、インドでは式の数字と同じ大きさで書くという点だけで、その他は全く同じ方法でした。

その後、ムンバイ市内の公立小学校の視察でお会いした先生から、この方法は謎解き遊びのようなものであると教えていただきました。娘の小学校でも一度だけ、ラティス(格子)方式として、「このような計算方法もあります」と紹介があったそうですが、授業では筆算の方法を使用するように指導があったそうです。

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娘のノートより「2桁と3桁の掛け算(格子方式)」

図形とグラフの学習からIT学習へ

インドの小中学校で学習する算数・数学の内容で驚いたことは、学習進度の速さと一度に教える単元の内容の多さです。特に顕著なのは、図形の学習です。低学年から三角形、四角形、円、以外に多角形まで学習します。内容は辺や角度、対角線などの図形の性質を学習してから、実際にその図形を描いてみるなど日本の学習とほとんど変わりませんが、ひとつの単元に必要な授業時間数は日本よりもかなり少なく感じます。一コマの授業で扱う内容の多さにはじめは戸惑いました。

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娘のノートより「図形の性質」

また4年生で学習するグラフの単元では、折れ線グラフ、棒グラフ、帯グラフ、円グラフを同時期にまとめて学びます。それぞれのグラフの持つ特徴や視覚的な効果などについて考えたり、どの場面でどのグラフを用いるのがふさわしいかを実際に何種類もグラフを描いたりして探っていきます。小学校の早い段階でこのような図表のもつ意味や特徴を学んでいるため、後に小学校高学年、中学校、高校でパソコンを使用して図表の作成を行う際は、その効果を意識しながらプレゼンテーションに有効な図表作成へと発展した学習ができるよう系統立てられていると感じました。

これらの理由として、インドの小学校の二部制やITを用いた教育への取り組みが挙げられます。インドは人口が多いため、ほとんどの公立の小学校では子どもたちは午前か午後のどちらかの半日しか学校に行くことができません。授業時間数が限られますので、進度を速める以外カリキュラムを修める術がありません。当然ながら、計算練習や問題を解くのは家庭学習となるため、インドの子どもたちは毎日たくさんの宿題に追われています。

また、インドはかつての身分制度により職業選択の自由が難しいといわれていましたが、IT産業のような新種の職業には、努力をすれば誰もが就くことができるようになりました。学校の勉強を頑張って良い成績を修め理数系の大学に進めば、こうしたIT産業への就職が叶うという夢をもって勉学に励んでいる子どもがたくさんいます。実際に、身分制度で下位カーストの若者がIT産業の最先端で活躍しているという例も少なくありません。

しかし、近年では理系の大学や学部の数はインド全土で3,000を超えており、理系の大学出身の人口過多によりIT企業への就職が難しくなっています。富裕者層の若者が理系の大学に進学してIT企業や科学者として活躍している数が圧倒的に多く、貧しい中で勉学に励んできた若者の就職は狭き門となっているようです。この状況を受け、インド政府はそもそもの理系人材を減らすべく、理系大学の縮小を提案しています。実際、娘の同級生の母親の8割が理系大学の出身でそのほとんどが博士号を取得しています。富裕者層の女性の中には理系の博士号は富の象徴のようにとらえている人もおり、良い縁談に恵まれるために理系大学の学歴を手に入れる人もいるそうです。

このようにインドは「数学大国」であるといわれていますが、インド人すべての子どもが学習内容を理解し、理数系の学力が高いというわけではないようです。その家庭の経済状況により、子どもが進学する学校や修学年数は異なります。つまり、貧富の差と同様に学力の差が大きいことは明らかです。

インドが「数学大国」また「IT大国」といわれる所以は、人口の多さにあると思われます。13億もの人口を抱えるインドの国民の1%を仮に優れた理系の出身者だとすると、その数は1,300万人にものぼります。少しでも学力上位に食い込もうと子ども親も必死になっていますが、大量の宿題と定期試験に勤勉に取り組む姿勢を、家族は大いに評価し、褒め、励ますことがインドの家庭教育の要になっていると感じます。

私が出会った市場で計算に戸惑う若者は、こうした競争とは縁を持たずに子ども時代を過ごしたのかもしれません。彼らは私たちに英語で数を伝えることはできますが、実務で数を数えたり計算したりするときはヒンディー語で「エーク(1)」「ドー(2)」「ティーン(3)」と数えます。ちなみにゼロは「シューンニャ」といいます。地元の市場では、ヒンディー語が常用されています。

最後に、掛け算の20×20までの暗記よりももっと驚くべき、そのヒンディー語の数詞についてこちらをご覧ください。

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出典:Hindy Study Book

ヒンディー語での数字の表記

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出典:Hindy Study Book

ヒンディー語での数字の読み方

地元の公立小学校でヒンディー語による学習している子どもたちは、1~99までをヒンディー語で言えなくてはならないのですから、これは本当に大変だと思います。明らかな規則性が見当たらず、とにかく暗記するしかないとのことです。

インドでは公用数字はアラビア数字と政府によって定められているので、数の表記で困ることはありません。しかし、地元の年配の人々と関わる際には、ヒンディー語(インド全土で使用される公用語)、マラーティー語(ムンバイのあるマハラシュトラ州の公用語)、グジャラート語(インド西部のグジャラート州の公用語)などそれぞれの数記法を用いる方も多く、私たちはその数字を読むことは全くできません。領収書がわりに金額の書かれたメモを渡されることもあるのですが、模様のような走り書きに目が点になり苦笑いをすることもあります。インドの「数」にまつわる不思議はほかにもたくさんありますので、またの機会にご紹介したいと思います。

今回は、インドの「算数」についてレポートしました。次回は、学校現場で行われているIT教育についてお伝えします。


筆者プロフィール
sumiko_fukamachi.jpg 深町 澄子 静岡大学大学院修士(音楽教育学)。お茶の水女子大学大学院博士課程(児童・保育学)にて発達支援及び読譜を中心とした音楽教育の研究中。
約30年間、子どものピアノ教育及び音楽教育に携わり、ダウン症、自閉症、発達障害の子どもたちの支援を行っている。2016年12月よりムンバイに移住。
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