はじめに
乳幼児の育児中には様々な試練がありますが、その中でもっともつらいのは睡眠不足ではないでしょうか。例えば乳児の授乳をしていると、母親の睡眠は途切れ途切れになり、量だけでなく、質も衰えます。人間は毎晩7時間程度の連続した睡眠をとることを必要としていて、それ以下の睡眠時間や、連続した睡眠がとれない場合、身体に支障をきたすだけでなく、精神面にも悪い影響が出ると言われています。
日本では母親と乳幼児の添い寝が主流ですが、カナダをはじめとする欧米諸国では、夫婦と乳幼児の寝室は別にする家庭も多いです。その理由には、子どもが生まれても夫婦は男女であるという文化の差、さらには子どもの自立を早くから促す文化、またSIDS予防などの安全面の観点があげられます。特にSIDS予防に関しては、「赤ちゃんは仰向けに、固めのベッドマットレスに寝かせ、枕は使用しない。周りにぬいぐるみなど窒息する原因になるものを置かない。ベビーベッドを使用する際には、窒息を防ぐために、赤ちゃんがあたって痛くないようにするパッドなどを囲いにとりつけない」という医療従事者からの指示が徹底していました。
日本で「ねんねトレーニング」というと、赤ちゃんが一人で寝ることができるように訓練することを指しますが、カナダでは、赤ちゃんが朝までぐっすりと眠れ、母子ともに良質の睡眠が取れるように訓練することを指しています。乳幼児のプレイグループやママたちの集まる場所で乳幼児が一人で寝られるようになるためのねんねトレーニングについて話題になることも頻繁で、参考書籍等の資料も多く、また、乳幼児とその家族のための睡眠コンサルタント(Sleep Consultant)というビジネスさえ存在しています。このレポートでは、母と乳幼児がともに良い睡眠を得るためのねんねトレーニングについて、筆者の体験をもとに書いていきます。
娘が生後2か月半くらいまでは、頻回授乳と搾乳のため、私はひどく細切れの睡眠が続きました。2か月半を過ぎる頃から睡眠のリズムが現れはじめましたが、3か月を過ぎる頃までは寝ている間にとてもうるさかったり、6、7か月頃は鼻を詰まらせて目を覚ましたりとよく起こされていました。毎日疲れてはいましたが、それはまだ月齢の低い乳児を抱えるお母さんの誰もが抱える疲労でした。ところが、娘は1歳を迎える直前に突然夜中に起きるようになりました。たいてい起きると楽しそうにおしゃべりをし、私の体の上を飛び跳ねていました。1時間半ほどするとまた寝に戻るのですが、こちらはそうはいきません。私も極度の睡眠不足と疲れから気分も沈み、涙もろくなっていきました。母親が十分な睡眠を得ることは不可欠で、何か策をとらなければと思いついたのが、ねんねトレーニングでした。
それまでねんねトレーニングについては、ベビーグループのママたちや保健師や医師からかいつまんで聞いていました。添い寝をしていた友人Yは、1時間おきの授乳で根をあげ、できるだけ泣かせない方法でトレーニングをしたと話していました。泣かれると自分が抱き上げてしまうため、赤ちゃんにとって「授乳=眠りにつく」のつながりを取り払うのが難しく、父親のヘルプを求めて週末に再び実践。泣いたら抱き上げて寝につかせるのは父親が行い、夜間授乳を一切しないことにして、トレーニングに成功。
ベビーグループに参加していたカナダ人のママは、悩んだ末に睡眠コンサルタントに相談することにしたと教えてくれました。「面接の際には赤ちゃんが寝ている部屋の家具のレイアウトまで聞かれた」「電話でのフォローアップがあった」などと話してくれ、グループに参加していたママたちは、興味深そうに聞いていました。
家庭医のE.G.医師には「母子は別室で寝る。Lovey(お気に入りのおもちゃやぬいぐるみ)を子どもに選ばせて一緒に寝させる」のがいいと、自分の体験をもとにしたアドバイスをされました。私は詳細を知りたかったため、複数の書籍をあたったり、睡眠コンサルタントについて調べてみました。そこで、はじめてねんねトレーニングと一口に言っても様々だということを知りました。
ねんねトレーニングには大きく2つの方法があります。泣かせる方法("Crying It Out Method")と泣かせない方法("No Cry Solution")です。
泣かせる方法は、故意に赤ちゃんを泣かせ疲れさせて眠らせるわけではありません。提唱者はDr. Richard Ferber *1が代表的で、授乳をしたり、親が抱き上げたり、抱っこして揺ら揺らする等の眠りに誘う行為(Sleep Association)を用いて赤ちゃんが眠るのを親が手伝うのではなく、自力で寝るようにするのが目的で、その際に泣くのは仕方がないと捉えています。まずは赤ちゃんが寝そうでもまだ起きたままの状態で寝床へと連れていきます。そこで親はいったんその場を離れ、赤ちゃんが泣いたら1日目の1度目は3分待ってから様子を見に行き、心配する必要のないことを伝えて親は再びその場を離れます。この際、布団をかけ直したり、ぬいぐるみを置き直したりと、そばにいるのは1、2分だけで、ここでは赤ちゃんが泣き止むことを目的としているのではありません。2度目に泣いたら待つ時間は5分、3度目は10分と延ばしていきます。翌日は1度目に泣いたら待つのは5分からスタートさせ、2度目は10分、3度目は12分。これを1週間程度続け、最終的には対応するまでの時間を30分まで延ばします。3、4日ほどでたいていの赤ちゃんはよく寝るようになり、1週間続けても効果がない場合は他の方法も考えるべきだと説いています。
一方、泣かせない方法では、Elizabeth Pantley *2が有名です。泣く行為は赤ちゃんのコミュニケーションであり、これを無視するのは親子の信頼関係(Attachment)の問題につながったりすると言います。いつも行っている寝る前の手順(抱っこで揺ら揺らする、授乳など)をとり、赤ちゃんがまだ起きている状態で、寝る場所(赤ちゃんの自室のベビーベッド、添い寝、同室でも寝床は別にするなど、どれでも可能)に寝させます。そこで赤ちゃんが自力で眠れずに泣いたら、すぐに抱く、抱っこして揺らす、授乳するなどで対応します。ここでもやはり眠る手前で赤ちゃんを寝る場所に戻します。これに慣れてきたら、抱っこではなく、お腹をトントンするなど、少しだけ体に触れて対応します。次は眠りを誘う言葉(自分で決める)で対応します。そして、その次は部屋の外から言葉をかけるというように、少しずつ簡易なものにしていきます。いずれもすぐさま対応し、1つの方法を数日かけて試してみて、うまくいかないようであれば、前の方法に戻るなど臨機応変に行います。このために、昼間になるべくお腹をいっぱいにする、寝る前の流れ(夕食→お風呂→読書→就寝など)を確立させる、就寝時間を早めにする、昼寝を適度にする、ぬいぐるみやブランケットなどお気に入りグッズを赤ちゃんが寝る場所に置く、眠りを誘うキーワード「シ~」を使うなどを勧めています。また、授乳で赤ちゃんが寝るのが癖になっている場合は、これをなくす方法としてPantley's Gentle Removal Plan(詳細は後述)をあげています。Pantleyと同様に泣かせない方法を説くのがDr. William Sears *3で、こちらは添い寝や家族寝も推奨しています。
睡眠コンサルタントに依頼する場合は、コンサルタントが面接をし、昼寝や1日のスケジュール、眠る前の流れ、就寝・起床時間をともに見直します。乳幼児が眠る部屋のレイアウトや音、灯りのあり方のアドバイスを取り入れた睡眠計画書を作成。コンサルタントが立てた戦略をもとにねんねトレーニングを行い、フォローアップの面接や電話をする、といった内容でした。料金が約250ドルから1000ドル超の業者まであり、高額だったため、私は実際に頼むことはありませんでした。ですが、コンサルタントに依頼し、実際に子どもが眠るようになったという知り合いもいます。
私は夫の助けも借りながら、数冊の書籍にざっと目を通し、保健師や医師からも話を聞くなどして、以下の点を考慮することにしました。
- 娘はすでに1歳間近である→這い這いや伝い歩きで動き回ることが可能
- 1か月半後に日本に一時帰国の予定がある→今から始めても時差ぼけでまたやり直すことになる
- 冬は体調をよく崩す→継続的かつ長期的なトレーニングは難しい
- 娘が夜中に1時間起きたままの状態でいることは2週間弱でなくなった→母親の睡眠の改善を優先する
- 夫も私も泣かせる方法には断固反対である→保健師に電話相談しPantleyの本を紹介された
- 添い寝をしたい→Dr. Searsの本の内容に賛成した
そこで、最終的に行ったのが以下の点でした。
添い寝
E.G.医師に、赤ちゃんは夜中に目覚めた際、寝入った時と同じ状況にあれば途中で目が覚めても安心するとアドバイスされました。
もともと娘と私は同室で寝ていて、娘は夜中に泣いて起きるまではベビーベッドで数時間寝ていましたが、最終的に添い寝をしたいのであれば最初から最後まで同じ状態にしようと、ベビーベッドを取り払い、布団を並べました。
⇒いつも1回目に起きて泣くのが11時から12時頃だったのですが、それがなくなりました。これにより私が寝入ってすぐに起こされることがなくなり、私も3時間以上のまとまった睡眠が確保できるようになりました。
昼寝
Elizabeth Pantleyによると、適度な昼寝が適切な時間帯にとれれば赤ちゃんは夜もしっかり寝る、とのことでした。
この頃、娘は1日1回昼寝をしていました。これまでも昼寝は家の布団で十分に取らせていましたが、1.5時間から2時間の昼寝を徹底させました。
⇒昼寝の途中で起きてしまう場合にも、上記の添い寝が効くというのを同じくPantleyの本で読み、また保健師からも聞き、実践。添い寝で昼寝をさせ、途中で起きてしまいそうになると、娘の隣で寝入った時と同じ添い寝の形をとり、昼寝を続けさせました。2-3日続けると昼寝の途中で起きることがなくなり、しっかり1時間から2時間の昼寝をするようになりました。
お気に入り(Lovey)の導入
Elizabeth Pantleyの書籍では、夜中に目覚めても母親の助けや授乳がなくても再び眠りに戻る方法として、お気に入りのアイテムを寝床に置くというのが紹介されていました。これはE.G.医師のアドバイスにもありました。
そこで、おもちゃ屋さんで自ら猫のぬいぐるみを選んだため、寝かしつけの際には「夜中に目が覚めても、ねこちゃんをぎゅっとしたらまた寝られるよ」と娘に言い聞かせました。
⇒一つのぬいぐるみ等をとても気に入り、赤ちゃんの頃から幼児になってもかわいがり続ける子がいるという話を聞きますが、娘のお気に入りはその日によって違ったり、布団がたくさんのぬいぐるみであふれかえったりして、特にこれによって睡眠への効果があったとは言えませんでした。
昼間にお腹を満たす
Elizabeth Pantleyの方法で、まだ月齢の小さい赤ちゃんであれば昼間に好きなだけ授乳をし、お腹を満たせるというのを読みましたが、娘はすでに1歳前だったため、寝る前に軽食を導入しました。タンパク質は消化に時間がかかり腹持ちがいいというのを医師から聞き、豆腐やチーズを主に小さなおにぎりなども食べさせました。娘は普段の食事でも一度にたくさんは食べないので、これは本人も気に入ったようでした。お風呂から出ると軽食を食べながら本を読み、歯磨きをして寝るという流れが出来上がりました。
⇒明け方の授乳が徐々に減っていきました。お腹がすいているからしかたない、と授乳していたのが、寝る前に食べたから大丈夫なはずだと思うことで、私が安易に授乳をしなくなりました。
眠りに誘う方法(Sleep Association)の見直し
夜間授乳は1、2度程度になっていましたが、やはり授乳→眠るという結びつきが強かったため、これを見直すために「おっぱいは朝になったら飲もうね」という言い聞かせと、Pantley's Gentle Removal Planを行いました。これは徐々に授乳の時間を短くしてなくしていく方法です。授乳→やめる→赤ちゃんが泣く→母親が10秒数える、その間あごに指でそっと触れる→泣き止まないようであればまた授乳という繰り返すのですが、授乳する時間を10分から8分へ、8分から6分へと短くしていきます。
⇒結果として徐々に減っていきました。夜間の頻回授乳で困っている場合には特に功を奏すのではないかと思いました。
その頃のメモが残っているので読んでみると、これを3、4日繰り返したところで母子ともに風邪をひき、一度中断しています。数日後に再び10日間連続で試し、最終的に授乳なしでも眠りに戻れるようになったものの、その後のメモでもやはり2、3回は夜中に起きているということが書かれていました。
結局時間とともに、ゆっくりと改善されていきました。ぐっすりとよく眠るようになってくれたのは2歳半を過ぎてからのことでした。
まとめ
私が選んで行ったねんねトレーニングが「成功した」と言えるかどうかはわかりません。ただ、いろいろと自分自身で調べ、「泣かせない」かつ「添い寝を続ける」方向で、自分たちにカスタマイズした方法がとれたのはよかったと思っています。「添い寝は勧めない」派であったり、自分の育児では「泣かせる方法」をとった医師や保健師も、私の相談に乗ってくれながら「私は医療従事者としての意見を言ったまでで、最終的にどうするか決めるのはあなた次第。それに文化の違いもあるから」と最後に言うことが多く、その言葉にカナダという国の個人主義と多文化共生主義を強く感じました。夫と手分けして書籍にあたり、相談しながら自分たちに見合った睡眠プランを立てていった中で、経験豊かなプロの睡眠コンサルタントを雇う気持ちも少し理解できました。「トレーニング・訓練」と言うと構えてしまいますが、それぞれの生活および育児スタイルに見合ったやり方、かつ、一つの方法だけに捕らわれず、複数の方法を柔軟に取り入れて対応することで、子どもとその周りの家族が良い睡眠がとれればいいのだというのが結論です。
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注釈:
- *1 Cry It Out Method(泣かせる方法・・・一人でずっと泣かせるのではなく両親等赤ちゃんの世話をする人が適宜チェックする)とCry It Out Alone Method(完全に一人で泣かせる方法)は分けるとする人もいる。
Richard Ferber, Solve Your Child's Sleep Problems, Touchstone, 2006. 初版は1986年。泣かせる方法の提唱者はFerber以前にも存在している。 - *2 Elizabeth Pantley, The No-Cry Sleep Solution: Gentle Ways to Help Your Baby Sleep Through the Night, McGraw-Hill Education, 2002. 著者自身が「1秒でも赤ちゃんを泣かせたくない」という思いから、泣かせる方法ではないねんねトレーニングを考えた。
- *3 William Sears, The Baby Sleep Book: The Complete Guide to a Good Night's Rest for the Whole Family, Word Alive, 2005. Pantley同様、泣かせないねんねトレーニングの提唱者。「母子の添い寝」「家族寝」をすすめている点が特徴的。