8月1日(土)東京で、「親権法改正を考える」という題でシンポジウムが開かれた。これは、5月に法務省が親権法改正に関する研究会を立ち上げ、親権法の一部改正作業に着手したことを受けて、児童福祉の現場が今どのような状況にあり、それを踏まえてどのような改正が必要かを考える機会にすることを目的としたものである。親権法については、児童虐待防止法の制定後、改正に際して附則で検討するものとされていたが、親権制度本体に関してほとんど何も検討されてこなかった。そのため、2007年改正の附則2 条で、法律の施行後3年以内に、親権に係る制度の見直しについて検討を行うことが規定された。以上のような経緯を受けて、5月に法務省が研究会を立ち上げたのである。
今回のシンポジストは以下の4名であった。
児童相談所の立場からは一時保護制度について、児童養護施設からは主に児童養護の現場における親権問題について話された。また弁護士と研究者の立場からは児童福祉法や児童虐待防止法、民法における親権と親権制限についての問題が提起された。この原稿では主に児童相談所と児童養護施設においてどのような場面で親権法の改正が求められているのかに焦点を当ててシンポジウムの概要を紹介することとする。
1.「一時保護についての検討を!」
一時保護所は、都道府県や政令指定都市の児童相談所に併設され、全国に約120カ所設置されており、児童相談所は児童福祉法及び児童虐待防止法に基づき、児童虐待から子どもの安全を確保するために速やかに一時保護を行っている。一時保護の目的は、虐待のみならず、現に適当な保護者又は宿所がないために緊急にその子どもを保護する必要がある場合や子どもの行動が自己又は他人の生命、身体、財産に危害を及ぼし若しくはそのおそれがある場合など、法第33条の規定に基づいて児童相談所長又は都道府県知事等が必要と認める場合に、子どもを一時保護所、または警察署、福祉事務所、児童福祉施設、里親その他児童福祉に深い理解と経験を有する適当な者(機関、法人、私人)に一時保護を委託することである。
最近は特に虐待から子どもの安全を確保する方法として用いられることが多く、シンポジストからは、虐待を受けた子どもの安全確保の体制をより強固にするために、下記の内容が問題提起された。
一時保護は、児童福祉法制定時から、基本的な枠組みに変更はない。
虐待された子どもの一時保護が決定された場合、一時保護中の子どもとの面会や通信などの親権者の権利は全面的に停止され得るが、こうした一時保護の判断、決定は児童相談所長に委ねられている。行政機関である児童相談所長が「必要」と認めるならば、それだけで実行し得ることとなるのである。その期間も、「ただし、児童相談所長又は都道府県知事等は、必要があると認めるときは、引き続き一時保護を行うことができる」(児童相談所運営指針)のであって、現実的にも長期の保護は、多くの自治体で常態化している。これは、児童虐待によって子どもを保護した場合、ごく短期間で家庭引き取りが可能となるのは稀であるという点が背景にあるためである。しかし、もともと一時保護制度は、「終局的な援助を行うまでの短期間のものであること等から例外的に認められているもの」(同)であり、長期間の一時保護が想定されてはいない。
一方、一時保護によって子どもと引き離された保護者は、児童相談所(児童相談所長)を非難、攻撃する以外に子どもを引き取る方法はないと考えるため、両者間に対立構造が生まれやすい。ここに一時保護制度の持つ深刻な問題を見ることができるが、その具体例をいくつかあげてみる。
児童相談所は子どもを保護するだけでなく、保護者に対して援助を行う責務を持っており、このような対立構造が生じると、保護者の対応に大きな困難を抱えることになるのである。これはそもそも、児童相談所が一方で虐待家族への福祉的援助を行い、他方で親子分離のための強制的機能を発揮するという、同一の機関に矛盾する機能を持っているところに問題があり、一時保護の場面での保護者との対立構造にもこの問題が表れているのである。
今の制度下では、児童虐待から子どもの安全を確保する唯一の方法として、児童相談所が速やかにかつ毅然として一時保護を行っているが、司法機関の審査がないまま、児童相談所長の判断一つで事実上無期限に親権の制限や停止が実施できることは、一時保護制度のあり方として適切であるとはいえない。これは、親子分離については司法的関与を必要であるとした「子どもの権利条約」9条1項に違反することである。
今後一時保護制度を考えていく上で重要な検討事項となるのは、緊急的な保護権限は引き続き児童相談所長においておくが、父母の意思に反して保護を一定期間以上継続する場合は、児童相談所長の判断だけでなく司法の審査を要することである。さらに、一時保護中の子どもに対して、児童相談所長、施設長、および親権者の権限を明確化していくための法整備が必要である。
2.児童養護施設の現場における親権の課題
児童養護施設のおかれている現状は、少子化の中でも社会的養護を必要とする子どもが増加しており、子どもが発達障害などさまざまな課題を抱えるケースや、親が社会生活、健康状況、経済生活等の諸問題を深刻に抱えているケースが増加している。そのため、親子関係調整や家族再統合へ向けての働きかけは容易でない状況である。
児童養護の現場において遭遇する親権問題について、日本弁護士連合会に寄せられてきた相談内容をいくつか取り上げてみる。
それ以外にも精神科への入院、服薬、脳波検査や予防接種の拒否、障害に応じた愛の手帳取得の拒否、特別支援学級への通級拒否など様々な例がある。このような、親権によって子どもが自分らしく生きていく権利が阻害されている現状を変えていくことが必要であり、そのためには親権ありきではなく人間が個として尊重される世の中づくりが前提となる。また、国や自治体による、真に人間や人間のつながりが大切にされる社会政策や政策誘導が必要である。
3.法律の側面から
親権制限に関わる法律には児童福祉法、児童虐待防止法、民法があるが、上述のように、児童福祉法上の一時保護に関しては司法審査が入らない。また、児童虐待防止法においては、12条で面会・通信の制限が設けられている。施設入所中・一時保護中の児童について「児童虐待の防止及び児童虐待を受けた児童の保護のために必要があると認めたとき」に児相長・施設長は面会・通信を制限できるが、これも司法審査のない行政処分である。
民法では第834条において、「父又は母が、親権を濫用し、又は著しく不行跡であるときは、家庭裁判所は、子の親族又は検察官の請求によって、その親権の喪失を宣告することができる」と親権喪失に関する条文を設けており、児童福祉法33の7で、この834条の親権喪失請求者として児童相談所長を定めている。この民法の親権喪失のみが司法審査があるわけだが、親権の一部または全部を制限した場合、制限した部分の権限・義務を誰が受託・補充するかという点が重要な課題となる。
以上がシンポジウムの概要である。シンポジウムは、児童相談所と児童養護施設という現場から「親権法」の課題が具体的に示され、その上で、弁護士、法学者という立場から、親権に関する法規定についての整理と今後の検討課題についての問題が提起された。したがって、現場で起きていることを理解したうえで、それを具体的にどのように制度改正に活かしていけるかについて考えさせられる内容となっていた。特に司法審判のない行政処分で行っている一時保護は限界に達しており、最も改善が必要な部分であることが非常に切実な問題として伝わってきた。児童虐待防止法に盛り込まれている親権に係る制度の見直しが、今後も研究会などを通して進められていくと思われるが、その際、可能な限り現場の声に耳を傾けつつ、子どもの権利を保障していくことが最も重要であると思われる。
児童相談所の立場から |
川崎二三彦氏(全国児相研代表委員) |
児童養護施設の現場から |
武藤素明氏(全養協・制度政策部長、二葉学園施設長 |
弁護士の立場から |
平湯真人氏(弁護士) |
研究者の立場から |
鈴木博人氏(中央大学法学部) |
コーディネーター・司会 |
吉田恒雄氏(駿河台大学法学部) |
児童相談所の立場からは一時保護制度について、児童養護施設からは主に児童養護の現場における親権問題について話された。また弁護士と研究者の立場からは児童福祉法や児童虐待防止法、民法における親権と親権制限についての問題が提起された。この原稿では主に児童相談所と児童養護施設においてどのような場面で親権法の改正が求められているのかに焦点を当ててシンポジウムの概要を紹介することとする。
1.「一時保護についての検討を!」
一時保護所は、都道府県や政令指定都市の児童相談所に併設され、全国に約120カ所設置されており、児童相談所は児童福祉法及び児童虐待防止法に基づき、児童虐待から子どもの安全を確保するために速やかに一時保護を行っている。一時保護の目的は、虐待のみならず、現に適当な保護者又は宿所がないために緊急にその子どもを保護する必要がある場合や子どもの行動が自己又は他人の生命、身体、財産に危害を及ぼし若しくはそのおそれがある場合など、法第33条の規定に基づいて児童相談所長又は都道府県知事等が必要と認める場合に、子どもを一時保護所、または警察署、福祉事務所、児童福祉施設、里親その他児童福祉に深い理解と経験を有する適当な者(機関、法人、私人)に一時保護を委託することである。
最近は特に虐待から子どもの安全を確保する方法として用いられることが多く、シンポジストからは、虐待を受けた子どもの安全確保の体制をより強固にするために、下記の内容が問題提起された。
一時保護は、児童福祉法制定時から、基本的な枠組みに変更はない。
第33条 児童相談所長は、必要があると認めるときは、第26条第1項の措置をとるに至るまで、児童に一時保護を加え、又は適当な者に委託して、一時保護を加えさせることができる。 2 都道府県知事は、必要があると認めるときは、第27条第1項の措置をとるに至るまで、児童相談所長をして、児童に一時保護を加えさせ、又は適当な者に、一時保護を加えることを委託させることができる。 (以下省略) |
虐待された子どもの一時保護が決定された場合、一時保護中の子どもとの面会や通信などの親権者の権利は全面的に停止され得るが、こうした一時保護の判断、決定は児童相談所長に委ねられている。行政機関である児童相談所長が「必要」と認めるならば、それだけで実行し得ることとなるのである。その期間も、「ただし、児童相談所長又は都道府県知事等は、必要があると認めるときは、引き続き一時保護を行うことができる」(児童相談所運営指針)のであって、現実的にも長期の保護は、多くの自治体で常態化している。これは、児童虐待によって子どもを保護した場合、ごく短期間で家庭引き取りが可能となるのは稀であるという点が背景にあるためである。しかし、もともと一時保護制度は、「終局的な援助を行うまでの短期間のものであること等から例外的に認められているもの」(同)であり、長期間の一時保護が想定されてはいない。
一方、一時保護によって子どもと引き離された保護者は、児童相談所(児童相談所長)を非難、攻撃する以外に子どもを引き取る方法はないと考えるため、両者間に対立構造が生まれやすい。ここに一時保護制度の持つ深刻な問題を見ることができるが、その具体例をいくつかあげてみる。
職権による一時保護を通知する面接が長時間に及ぶ中、納得しない保護者から暴力を受ける/保護された子どもを取り返すため、身体ごとぶつかって職員の制止を振り切ろうとし、所内中に響く大声で子どもの名前を繰り返し呼ぶ/一時保護を伝え、引き取りはできないこと、面会もできないことを伝える面接でパニックになった母が児童相談所を飛び出し、職員が追いかける。父は「母に何かあったら児童相談所の責任だ!」と、ますます興奮する。 |
児童相談所は子どもを保護するだけでなく、保護者に対して援助を行う責務を持っており、このような対立構造が生じると、保護者の対応に大きな困難を抱えることになるのである。これはそもそも、児童相談所が一方で虐待家族への福祉的援助を行い、他方で親子分離のための強制的機能を発揮するという、同一の機関に矛盾する機能を持っているところに問題があり、一時保護の場面での保護者との対立構造にもこの問題が表れているのである。
今の制度下では、児童虐待から子どもの安全を確保する唯一の方法として、児童相談所が速やかにかつ毅然として一時保護を行っているが、司法機関の審査がないまま、児童相談所長の判断一つで事実上無期限に親権の制限や停止が実施できることは、一時保護制度のあり方として適切であるとはいえない。これは、親子分離については司法的関与を必要であるとした「子どもの権利条約」9条1項に違反することである。
今後一時保護制度を考えていく上で重要な検討事項となるのは、緊急的な保護権限は引き続き児童相談所長においておくが、父母の意思に反して保護を一定期間以上継続する場合は、児童相談所長の判断だけでなく司法の審査を要することである。さらに、一時保護中の子どもに対して、児童相談所長、施設長、および親権者の権限を明確化していくための法整備が必要である。
2.児童養護施設の現場における親権の課題
児童養護施設のおかれている現状は、少子化の中でも社会的養護を必要とする子どもが増加しており、子どもが発達障害などさまざまな課題を抱えるケースや、親が社会生活、健康状況、経済生活等の諸問題を深刻に抱えているケースが増加している。そのため、親子関係調整や家族再統合へ向けての働きかけは容易でない状況である。
児童養護の現場において遭遇する親権問題について、日本弁護士連合会に寄せられてきた相談内容をいくつか取り上げてみる。
「母と7歳男児の母子家庭。母が抑うつ状態がひどく本児の養育が困難になったため当児童養護施設に措置された(同意入所)。母子関係そのものは良好であった。このたび、本児について麻しん・風しん混合ワクチンの接種が未了となっていることがわかったため、施設は母に対しワクチン接種をしたい旨を伝えたが、母は予防接種の副作用を理由に拒否した。施設としては予防接種をできないのか。」 「17歳女児。就労しながら定時制高校に通うことを希望しているが、そのためには以前在籍していた高校に退学届を出さなければならない。ところが、親権者である母が『あんたは、定時制に通っても、所詮続かない』などと言って、退学届に同意しない。高校の校長は、本児の意向は理解するも、『親権者が強く反対している状況下で、子どもの意向だけで退学を認めることはできない』としている。その結果、本児は実質的に高校に通学できていない。どうしたらよいか。」 「父母と本児の3人家族。父のDVのため母子が当県に逃げてきた。裁判所から保護命令も発令されている。このたび母が単身で身体障害者施設に入所することになり、本児を一時保護した。まもなく2か月になるので、児童養護施設に入所させたいが、その場合、親権者である父の意向を確認する必要はあるのか(確認すれば、母子が当県にいることが分かってしまう。なお、母は入所措置を承諾している)。」 |
それ以外にも精神科への入院、服薬、脳波検査や予防接種の拒否、障害に応じた愛の手帳取得の拒否、特別支援学級への通級拒否など様々な例がある。このような、親権によって子どもが自分らしく生きていく権利が阻害されている現状を変えていくことが必要であり、そのためには親権ありきではなく人間が個として尊重される世の中づくりが前提となる。また、国や自治体による、真に人間や人間のつながりが大切にされる社会政策や政策誘導が必要である。
3.法律の側面から
親権制限に関わる法律には児童福祉法、児童虐待防止法、民法があるが、上述のように、児童福祉法上の一時保護に関しては司法審査が入らない。また、児童虐待防止法においては、12条で面会・通信の制限が設けられている。施設入所中・一時保護中の児童について「児童虐待の防止及び児童虐待を受けた児童の保護のために必要があると認めたとき」に児相長・施設長は面会・通信を制限できるが、これも司法審査のない行政処分である。
民法では第834条において、「父又は母が、親権を濫用し、又は著しく不行跡であるときは、家庭裁判所は、子の親族又は検察官の請求によって、その親権の喪失を宣告することができる」と親権喪失に関する条文を設けており、児童福祉法33の7で、この834条の親権喪失請求者として児童相談所長を定めている。この民法の親権喪失のみが司法審査があるわけだが、親権の一部または全部を制限した場合、制限した部分の権限・義務を誰が受託・補充するかという点が重要な課題となる。
以上がシンポジウムの概要である。シンポジウムは、児童相談所と児童養護施設という現場から「親権法」の課題が具体的に示され、その上で、弁護士、法学者という立場から、親権に関する法規定についての整理と今後の検討課題についての問題が提起された。したがって、現場で起きていることを理解したうえで、それを具体的にどのように制度改正に活かしていけるかについて考えさせられる内容となっていた。特に司法審判のない行政処分で行っている一時保護は限界に達しており、最も改善が必要な部分であることが非常に切実な問題として伝わってきた。児童虐待防止法に盛り込まれている親権に係る制度の見直しが、今後も研究会などを通して進められていくと思われるが、その際、可能な限り現場の声に耳を傾けつつ、子どもの権利を保障していくことが最も重要であると思われる。