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「双減」政策から見た中国教育の変化

要旨:

中国政府が2021年7月に施行した「双減」政策*1とは、学校の宿題と塾の学習負担を軽減するためのものです。2023年11月現在までに2年以上が経過した今、 なぜこのような政策が導入されたのか、この政策が中国の子どもたちの学習負担を軽減できたのか、この政策がどのような影響をもたらしたか、について論じるとともに、今後の見通しを考察します。

キーワード:

双減政策、中国の教育、宿題、塾の学習負担、少子化問題
English
「双減」政策とは何か?

2021年7月に、中国共産党中央弁公庁と国務院弁公庁は共同で「義務教育段階での児童生徒の宿題負担と校外学習の負担を軽減するための意見」という名の文書を発表しました。その後も「双減」政策に関する一連の法令が施行されており、それらの内容を整理すると、以下のようになります。

・学校の宿題負担軽減

  • 小学校1~2年生:宿題のプリントなし、テストなし
  • 小学校3年生~6年生 :宿題は60分以内に終えられるもの
  • 中学生:宿題は90分以内に終えられるもの

※睡眠時間を確保することが奨励される(例えば小学生の就寝時間は、21:00。1日の睡眠時間は、小学生10時間、中学生9時間、高校生8時間)*2

※適度な運動や読書、文化・芸術的な活動を行うことを推奨しており、デジタル機器の利用時間をコントロールし、視力や健康に配慮したバランスの取れた生活を推進することが求められる

・補習塾・学習塾の負担削減

  • すべての地域で補習塾・学習塾の新規開設禁止
  • 既存の補習塾・学習塾は再登記を義務化
  • 土日・祝日、夏休み、冬休みには、塾の開講禁止
  • オンライン授業は30分以内、授業の間10分以上の休憩、21時までに終了すること
  • 3歳~6歳の就学前オンラインレッスンの禁止
  • 就学前の学習系(外国語を含む)の塾の禁止

ちなみに、補習の規制対象は「国語」、「数学」、「地理」、「歴史」など学校で進学と関係する教科である「学科類」となり、音楽、アート、スポーツなどは「非学科類」として補習禁止の対象外とされています。(「義務教育における学校外学習塾の学科類と非学科類範囲の通知」中国教育部2021年7月28日)*3

「双減」政策の背景と目的

中国では、厳しい受験競争が存在し、学校の教師も競争に勝たせるために、子どもたちに多くの宿題を課しています。さらに、学習塾への通学により、子どもたちの自由時間が大幅に削られ、睡眠不足や運動不足といった問題が生じています。子どもたちは過度なプレッシャーのせいで、心身発達にマイナスの影響を受けていると考えられています。学校の宿題と学習塾の負担を軽減することで、子どもたちをそのような状況から救い出すことが「双減」政策の主な目的です。

また、現代社会では、受験や知識重視の傾向から脱却し、創造的な人材を育成することが求められています。受験のための学力だけでなく、子どもの心身の健康や主体的な学びを重視する考えが、この政策の背後にあります。

さらに、親の子育てへの不安や教育費の高騰による経済的な負担を軽減することも目指しています。これは、少子化対策の一環でもあります。中国では、1979年から30年以上にわたり厳格な一人っ子政策が実施されてきました。その影響もあり、2022年には年間の出生数が1000万人を下回り、2023年現在では、800万人以下になると予測されています。人口の割合から見ると、少子化の進行は日本以上です。教育費の高騰は、子どもを産まない一つの大きな理由となっています。『中国育児コスト報告書2022年版』*4によれば、子どもが17歳になるまでの教育費は、全国平均で約48.5万元(2023年10月現在、約900万円)です。都市部ではさらに負担が重く、最も高い上海では、100万元(同、約2000万円)が必要とされています。幼稚園や小中学校の学費に加えて、受験戦争を勝ち抜くためには、学習塾や家庭教育に投じる教育費が膨大な額になっています。

「双減」政策がもたらした影響

学習塾:深刻な打撃
この政策の導入後、学習塾は大きな影響を受けました。大手学習塾の株価は急落し、2021年7月23日時点で、オンライン授業を提供する大手A社の株価は63.26%下落し、中国最大手教育補習産業のB社とC社も54.22%、70.76%と、それぞれ株価下落を記録しました(出典:『双減背景下、2021年中国教育培訓研究報告』*5)。

多くの学習塾は生き残るために、受験指導から「素質教育」と呼ばれる全人的な教育への転換を図りました。学科類である受験科目の補習は禁止されていますが、STEM、音楽、アート、スポーツなどの科目は非学科類として規制対象外とされ、これに対応した変化が見られました。中には、教育業界に見切りをつけて、ネット販売業界への転身を試みたりするような事例も生まれています。

政府:優秀な小中高教師によるオンライン授業の提供
一方で政府は、営利目的の塾とは異なり、無料で学べるオンラインの学習コンテンツを提供しています。その発端は、2020年に新型コロナウイルス感染症による休校期間中に、「停課不停学(学びを止めるな!)」というキャッチフレーズを掲げて、自宅でも学習できるように優秀な小中高の教師によるオンライン授業のプラットフォームを設置したことにあります。コロナ後もオンライン・プラットフォームの充実を図っており、教師が授業を行う前の準備に利用したり、児童生徒の予習・復習で使われたりしています。

保護者:教育不安の低減?
「双減」政策の実施により、利益追求のために過剰な教育を行っていた塾が一掃されることになりました。また、小中高生の宿題の負担、特に小学生の宿題の負担が軽減されたという中国科学院から2023年1月に発刊された報告書『中国国民心理健康発展報告(2021-2022)』*6がありました。こうした動きに伴って、保護者の教育に対する不安はどうなったのでしょうか。2021年9月に中国共産党青年団が全国31都市、51万人を対象に行った調査(中国青年報社・社会調査センター)*7によれば、双減政策に賛成する保護者は86.8%にのぼります。また、72.7%の保護者は教育不安が軽減されたと評価しています。

しかし同時に、この調査では、次のような保護者の不安も明らかになっています。

  • 自分では子どもに適切な学習指導を提供できない(73.2%)
  • 補習がなければ子どもが学業で遅れをとる恐れがある(53.1%)
  • 収入が低いため、子どもに良い教育を提供できない(48.7%)
  • 中学受験・高校受験の競争が激しいため、大学進学の道が閉ざされるかもしれない(48.2%)

保護者の多くは、小学校までは「学業成績」と「子どもの素質」の両方を重視しています。しかし、学齢が上がるにつれて進学のことを考え、「学業成績」重視の声が増える傾向があります。

専門家:成果とともに課題を指摘
私がヒアリングした研究員の一人は、学習塾に対する「ニーズ」を減らすことが問題解決の根本になると指摘していました。それには、受験制度、入試の試験内容、アセスメント評価方法の改革が求められます。それにより補習ニーズが減れば、子どもたちの負担軽減が実現できるという考えです。一方で、負担の軽減は、本来、教育を受けるべき子どもの機会を奪うことにもなりかねません。そのため、教育リソースの再配分、教育の公平性、公教育の質の向上とバランスの確保が急務とされています。

今後に向けて

「双減」政策の導入実施から2年以上が経過し、子どもたちの学校の宿題や学習塾の負担は減り、自由な時間が増えました。しかし、この自由な時間の利用方法については、多くの保護者が不安を感じています。子どもはただ遊ぶだけで大丈夫なのか、それとも補習が必要なのか、という懸念を抱いている保護者が多い状況です。実際、補習をこっそりと受けている人も少なくないと、中国の友人からは聞きます。中国のニュース報道でもその現象が取り上げられています。この状況への対応として、教育部は新たな法令である「学校外教育に対する行政処分に関する暫定措置について」*8が2023年10月15日から施行されました。この法令では、ルールに違反して補習を提供する組織や個人に対して、厳しい罰則が科せられることになります。

中国では現在、若者の失業率が20%を超え、大学卒業後の雇用が不安定な状況が続いています。また、中学校から進路選択制度が導入され、従来の「優れた高校に進学し、優れた大学に入り、優れた企業に就職」するという成功ストーリーのステレオタイプが変わりつつあります。保護者は子どもたちの将来を考え、どの道を選択させるべきか、岐路に立たされています。

新しい法令の施行によって、試験対策の補習がますます難しくなる中、保護者の育児観がどのように変化するか、その政策の効果は時間とともに検証されることになるでしょう。補習塾が少なくなったことで、試験に強い子どもの養成から、子どもの能力に合わせた進路選択にシフトするのか、それとも競争が一層激しくなり、高額の補習がさらに水面下で行われ、格差を広げていくのか、今後の動向が注目されます。また、「中国製造2025 」*9を2015年から8年間実施してきたが、科学技術による興国への注目がいま一層に集まっており、科学教育に加えて、アート、スポーツ、STEM教育などが奨励されています。想像力や創造性を重視する人材の育成に力が入れられています。

日本も中国と同様に、少子化問題、教育改革の大きな転換期を迎えています。中国の実践からは、日本も多くの示唆を得ることができるでしょう。


参考文献

筆者プロフィール
aiping_liu.jpg劉 愛萍(CRN主任研究員)

CRN主任研究員、ベネッセ教育総合研究所主任研究員、日本子ども学会常任理事、おもちゃコンサルタント。
1996年に(株)ベネッセコーポレーションに入社。語学事業の立ち上げ、教材編集、マーケティング等を経て、教育研究部門に。2003年よりChild Research Netに所属。
これまで関わった主な研究、発刊物は以下の通りです。
『「子ども学」から見た少子化社会~東アジアの子どもたち』(2006年)、『遊びのレシピ集(DVD)』(2011年)、『東アジア子ども学交流プログラム』(2007年~2014年)、『ECEC(Early Childhood Education and Care)研究』(2013年~2015年)、『CRNアジア子ども学研究ネットワーク』(2016年度~現在)、『国際視野下の学前教育』(華東師範大学、2007年、p262-277、翻訳)、など。
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