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子どもの立場から少子化対策を考える

要旨:

近年様々な少子化対策が進められてきたにもかかわらず、出生率は低下し続けている。本稿ではこれらの少子化対策で、子どもが育つ環境がどのように変わったのか、また今後の少子化対策のあり方について見解を述べる。これからの少子化対策は女性の働く権利に加えて、男女共に「子育てをする権利」を保障するという視点に立った政策を充実していく必要性がある。また、子どもの数といった量的な目標より、子どもが育つ環境という質的な目標を重視し、人々が孤独に競争する不安な社会から、子育てを通じて人々がつながり安心できる社会への転換を目指すべきである。

◆ 少子化対策で子どもが育つ環境はどう変わったか

 

1989年の合計特殊出生率1.57ショック以来、様々な少子化対策が講じられてきた。1994年には子育て支援の施策の基本的方向としてエンゼルプランが策定され、同時に緊急保育対策等5か年事業がスタートした。緊急保育対策としては、3歳未満の低年齢児保育、通常の11時間を超える延長保育、病気回復期の乳幼児の一時預かりなどの整備が進められ、この方向は1999年策定の新エンゼルプランにも引き継がれた。2001年には、保育所の待機児童ゼロ作戦として、国の制度に基く認可保育所だけでなく、自治体が認定する認可外保育施設(東京都認証保育所等)や幼稚園における「預かり保育」なども活用する方向で、保育サービスの整備が進められている。

 

さらに、育児休業制度も充実してきた。1992年に男女を問わずすべての労働者に子どもが1歳になるまで休業する権利が保障され、95年には育児休業給付金の支給や健康保険・厚生年金保険の本人保険料負担の免除が加わり、2001年には給付金の支給率が25%から40%に引き上げられた。

 

しかし、こうした取り組みにもかかわらず、出生率は低下を続け、2005年には1.26にまで落ち込んだ。加えて、子どもが育つ環境もむしろ悪化している。ひとつには、保育サービスの充実とともに、長時間保育が増加していることがある。通常の保育時間でさえ、子どもにとっては集団生活がストレスになっており、保育時間の増加は子どもの不安傾向、攻撃性などにつながるという指摘もある。また、財政上の理由から、保育サービスの量的拡大に当たって十分な予算が投じられなかったため、保育の質の低下がみられた。園庭のない駅前の保育所が認められたり、定員を超えて預かることが認められたりすることは、親にとってはありがたいという一面はあるものの、最善とはいえない環境で長時間保育される子どもが増えていることは大きな問題である。2005年1月の中央教育審議会幼児教育部会の答申は、家庭や地域の教育力が低下しており、基本的な生活習慣の欠如、コミュニケーション能力の不足、運動能力の低下、小学校生活への不適応など、子どもの育ちが変化していることに警鐘を鳴らしている。さらに、子どもに対する虐待や犯罪の増加も深刻な問題となってきている。児童虐待の相談処理件数は、90年の調査開始以来、増加の一途をたどっている。

 

少子化が進み、子どもが育つ環境が悪化している背景には、出産・子育て世代に余裕がなくなっていることがある。ここ10年ほどは経済環境が厳しかったため、企業は人員削減を進め、一人当たりの仕事量が増える傾向にあった。そこに保育サービスが整備されたため、長時間労働が助長された面もある。また、育児休業制度は充実したものの、女性の被雇用者では2003年に非正規職員の数が正規職員を上回っており、その恩恵が広く行き渡っていない。女性の育児休業の取得率は約7割となっているものの、これは仕事を続けた人に対する割合で、実際には第一子出産を機に3人に2人が仕事を辞めており、育児休業給付金の受給者数は出生数の1割程度に過ぎない。仕事を辞めて専業主婦になる場合にも、核家族化が進む中で祖父母のサポートが得にくいことに加え、夫も長時間労働で育児の協力が得にくいため、子育ての負担感が強まっている。

 

◆ 豊かな子育ての時間をどうやってつくるか

 

これまでの少子化対策は、男女雇用機会均等法の施行をふまえ、子どもがいても女性が男性並みに働けるように、保育サービスの整備に重点が置かれてきた。その結果、出産・子育て世代の労働時間が増えると共に精神的なストレスも増え、子育てにかける時間が減っているだけでなく、子どもとゆったりと向き合う精神的余裕もなくなっている。豊かな子育ての時間をつくることは、親と子にとって単純に幸せであるだけでなく、子どもの教育の質を高めることや、地域社会のつながりを強めることなど、社会的にも様々な効果をもたらす。これからの少子化対策には、女性の働く権利に加えて、男女共に「子育てをする権利」を保障するという視点に立った政策を充実していく必要がある。

 

具体的政策としては第一に、女性正社員の継続就労を目的とした育児休業制度にとどまらず、男女すべての労働者に、子育ての時間を確保しやすい働き方を保障する必要がある。育児休業を時間単位で取得して時短に使ったり、育児休業とは別に労働時間短縮の権利を労働者に保障したり、父親専用の育児休業期間を設けることや、育児休業給付金を充実させることなどが考えられる。パートと正社員の処遇格差の解消も課題である。

 

第二に、保育サービスのあり方として、長時間保育など親の利便性を高めることではなく、子どもにとって負担の少ない保育時間を守ることや、保育環境を充実させる必要がある。また、親の保育サービスへの参加を促進することで、育児に対する不安を解消したり、親自身の学習や仲間づくりを促すなど、子育ての時間を豊かなものにする支援を行っていくことも期待される。専業主婦の方が働いている母親より育児に対する不安が強いという傾向も指摘されており、単に子育ての時間を増やすだけでは、負担感を強めることになりかねない。

 

第三に、子育てに対する経済的支援について、親が労働時間を短縮できるという観点から検討する必要がある。児童手当などの給付を増やすことは困難な状況にあるものの、たとえば諸外国と比較して私費負担の割合が高い教育費のあり方について、少子化対策の一環として議論すべきである。教育費を稼ぐために親子一緒の時間が削られることも問題であるが、私費負担が多いことは、教育格差を広げるという意味でも問題である。

 

ただし、このような政策が導入されても、出産・子育て世代の関心が子育てに向かわず、労働時間が減らない可能性も否定できない。なぜなら、都市化した環境で育ち、偏差値教育や受験戦争、雇用機会均等法施行などを経て社会人となったこの世代は、競争意識や効率重視の価値観が強く、効率的にはいかない、人との協力を必要とする子育てに対する抵抗感が強いためである。均等法の施行後、女性は自分の時間に経済的な価値があるという感覚を持つようになり、子育てで失う収入やキャリアが意識され、「子育ては損」という気分も生まれている。スピードや競争に勝つことだけでなく、協力することや非効率の価値が意識されなければ、こうした政策も十分に生かされないだろう。

 

子どもが育つ環境を改善するためには、少子化対策を「子育てをする権利」の保障を軸に見直すとともに、出産・子育て世代の競争・効率重視の価値観を問い直す必要がある。これからの少子化対策は、子どもの数といった量的な目標より、子どもが育つ環境という質的な目標を重視し、人々が孤独に競争する不安な社会から、子育てを通じて人々がつながり安心できる社会への転換を目指すべきである。

 

 

参考文献:  池本美香『失われる子育ての時間』(勁草書房・2003年)

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