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小学生の学業成績におよぼす家庭環境の影響―遺伝要因との関わり

子どもの貧困と教育格差は、今日わが国が抱える大きな社会問題の一つである。

家庭の経済状況が子どもの学習機会に影響を及ぼし、学業成績や進学経路、将来展望や、成人になってからの収入にも影響を及ぼすことが知られている。

近年の教育社会学や教育経済学の研究からは、親の学歴や社会階層が子どもの学習環境と学力を大きく規定し、教育格差を再生産していることを、大規模データをもとに描き出している(たとえば苅谷・志水, 2014、松岡, 2019、野崎・樋口・中室・妹尾, 2018; 赤林英夫・直井道生・敷島千鶴, 2016)。一方、行動遺伝学からは、知能や学力に対する遺伝の大きな影響を頑健に明らかにしている(たとえばLoehlin & Nichols, 1976; Lichtenstein & Pedersen, 1997; Chambers, 2000; Asbury & Plomin, 2013)。

教育社会学と行動遺伝学のこのような一見矛盾する結果に対して、その両側面を検討することのできる双生児データを用い、小学生の子どもの学業成績と学習環境には親の社会経済的格差(=収入と学歴)が影響していることは確かだが、その効果は相関係数(≦1)にして0.12から0.24程度と必ずしも大きくはなく、説明率(相関係数の自乗で求められる)にすれば1.4%から6.0%(平均2.6%)、双生児法を用いて家庭(共有)環境の効果を推定しても統計的には検出されず、ゼロとみなせることを、一昨年の日本子ども学会において、示した。むしろ同じ社会階層内に残る個人差7割が遺伝要因で説明されることを明らかにした。この成果はこのチャイルド・リサーチ・ネットの「格差と学業成績―遺伝か環境か」という記事に紹介されている。

行動遺伝学は、往々にして世間の期待に反する、このような悲観的な結果を出すことが多い。子どもの学力格差が、社会に潜在するさまざまな環境要因の積み重ねによって生まれたものであることを、教育社会学や教育経済学のような社会・経済的要因で説明されるという構図を示せば、その社会的、経済的不平等を政策や社会設計によって改変することによって、格差を解消することができるという希望を抱き、そのための行動も起こすインセンティヴになる。しかしそれが「遺伝」だと、もうお手上げではないか。行動遺伝学者は、そうした正義の剣をせせら笑う地獄からの使者、スター・ウォーズのダース・ベイダーの如しである。

いや、この私だっていやしくも教育学者を自認している。もとはといえば、「能力は生まれつきではない。人は環境の子なり」を唱えた鈴木鎮一*のヴァイオリンの才能教育に惹かれて研究の世界に入ったものだ。教育で世界を救いたいという思いは、教育社会学者や教育経済学者と同じだと自負している。それを単なるイデオロギーや、自説に都合のよいデータの一側面からだけでなく、現象の全貌-ここでは遺伝要因と環境要因の両側面-を見据えた上で、妥当性のある「この世界の救い方」を科学的に、知的に誠実に、示したいと思っているのだ。

本研究の目的と方法

学力に及ぼす遺伝の影響は、親の経済格差を考慮してもなお無視できない大きな影響力をもっている。それはもし政策によって親の経済格差が完全に解消されたとしても、遺伝による学力格差は依然として残ることを意味する。むしろ学力に及ぼす経済格差がなくなった分、それでも生じる学力の差は、もはやどうしようもない遺伝子の違いに還元されてしまい、われわれはさらに自らの首を絞めることになるだろう。

いや、そうはいっても学力に占める遺伝の影響は65%か70%。残る30%から35%のうち、家庭の経済格差がわずか3%弱ほどしか影響を説明しないとしても、まだ40%前後、未知の環境要因が学力を左右していることを意味する。それは何か。それを探ってみようというのが、今回の研究の目的である。

ここで用いるデータは、一昨年の発表と同様に科学技術振興機構(JST)の『脳科学と教育』プログラムの公募研究として行われていた「首都圏ふたごプロジェクト」(Tokyo Twin Cohort Project; ToTCoP)の中の横断調査で得られた双生児のデータである。一昨年は小学生低学年高学年を合わせた分析をしたが、今回は低学年に限り(1、2、3年生)、784組の双生児(一卵性双生児 351組、二卵性双生児433組(年齢 7.0~10.0歳、平均8.45、 SD=0.89))からのデータを用いている。この調査は、東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県のほぼすべての自治体の住民基本台帳から、2003年から2004年にかけて、所定の手続きのもとに「同世帯同生年月日」の人たちの氏名と住所情報を転記し、得られた乳児から成人までの約4万組のリストから、該当する家庭に説明と同意文書を付した調査用紙を送付して行われた。回答者は子ども自身が小学3年生以下の双生児の親である。

私たちの調査では、家庭環境要因として多様な変数を集めている。前回の調査では学習時間の長さ、塾とおけいこに通わせているかについても検討した。これらには学業成績のような遺伝要因はほとんど見出されず、大部分が共有環境として説明された。つまり一卵性双生児も二卵性双生児も、その類似性にはほとんど差が見出されなかったということだ。しかしそのうち社会経済格差要因によるもの(格差変数の調整前から調整後に共有環境で減少した分)は、高学年において学習時間で1.8%、塾で2.4%、おけいこで3.6%にすぎず、低学年では無関係だった。

一昨年の分析では、このように家庭環境の中で、学習時間・塾・おけいこといった子どもの学習行動をつくる場所と時間、つまり器の部分に着目したが、今度はもう少し直接的な、親から子に対して示す関わり方や行動の側面、つまり中身の部分に着目してみたい。これらは意図的に変えることができ、塾やおけいこのように教育費がかかるものではないという意味でも、重要である。

今回取り上げた変数は二つの種類からなる。まずふたごにとっては共通する家庭の教育環境としてTable 1、またふたごきょうだい一人ひとりへの個別の教育的働きかけと考えられるものとしてあげたのがTable 2である。


Table 1 家庭の教育環境(ふたごに共通の環境)に関する質問項目

A. 蔵書数 自宅には本(マンガ、雑誌類を除く)は何冊くらいありますか(ご家族のものを含む全て)。

10冊未満(1) 10~50冊(2) 51~100冊(3) 101~300冊(4) 301冊以上(5)


B. ふたごのお子さんに対する養育態度やしつけなどについておたずねします。

全くあてはまらない(1) ~ とてもよくあてはまる(6)


1. 基本的なマナーや生活習慣をきちんとしつけている
2. 暴力をふるったり、物を壊したり、嘘をついたりした時は叱る
3. 良い悪いは一貫した態度でしつけている
4. 子どもに対する接し方が自分の気分次第で変わる
5. 就寝時間を決めて、生活のリズムを守らせている
6. 朝ご飯をきちんと食べさせている
7. パートナー(配偶者の方)は育児に協力的である
8. 子どもが食事をしているときは、テレビやビデオを消す


Table 2 ふたご一人ひとりへの個別の教育的働きかけに関する質問項目

ToT/CoPちゃん(それぞれについて)へのあなたの養育態度について、最もあてはまる番号を○で囲んでください。

あてはまらない (1) ~ あてはまる (4)


1. 「勉強しなさい」とよく言う
2. 小さいことでも良いことは褒める
3. 自分の言いつけどおりに従わせている
4. からだ(頭・手・お尻など)を叩く、つねる、蹴ることがある
5. 泣いても泣きやむまで無視する
6. 頭やからだをなでてあげたり、だっこしたりしてあげる
7. かんしゃくを起こしたり、だだをこねて泣いたりすねたりしてもいいなりになることはない
8. 家の外に出したり、部屋や風呂場に閉じ込めることがある
9. 読み聞かせをしたり、読書の機会を与えたりしている


学業成績については、前回同様に調査実施年度3月までの学年について「算数/国語では良い成績をとっていますか」という問いに「あてはまらない、どちらかといえばあてはまらない、 どちらかといえばあてはまる、あてはまる」の4段階で1~4で評定してもらった値の平均値を用いた。また世帯収入と両親の最終学歴の情報を、親の社会経済的地位(SES)の指標として得ている。

分析の手順としては、重回帰分析という統計手法を用いて、まず子どもの学業成績うち、親の社会経済的地位(SES) 、つまり両親の収入と学歴で説明できる成分を差し引いた。それはこれまで述べたように、この研究の関心は、子どもの学業成績の個人差の要因として、親の社会経済的地位(SES)だけで説明できない部分に目を向けて、親が直接的・間接的に子どもに関わる教育的働きかけの効果を見たいからだ。なので親の社会経済的地位(SES)の効果は初めに統計的に除去しておくわけである。

その上でTable 1に挙げたふたごに共通する家庭の教育環境に関する項目のなかでどれが有意に子どもの学業成績を説明するか明らかにし、続いてTable 2に挙げたふたご一人ひとりへの個別の教育的働きかけに関する項目のなかではどれが有意に子どもの学業成績を説明するかを調べた。

こうして二段階のステップで子どもの学業成績に有意に関与すると考えられる親からの働きかけが絞られたところで、特にふたご一人ひとりに個別に働きかけられる教育環境の項目について、双生児法を用いて、その教育環境の効果が本当に「環境」の効果といえるのか、それとも実は子どもの遺伝的素質に反応して(遺伝要因を媒介としてともいう)出来上がった環境なのかを明らかにしようとした。

結果

子どもの学業成績に及ぼす親からの教育的働きかけの環境としての寄与を検討するに先立って、教育社会学や教育経済学で指摘されている親の社会経済的地位(SES)の影響を重回帰分析で調べた。その結果がTable 3である。


Table 3 親の社会経済的地位(SES)が子どもの学業成績を説明する割合(重回帰分析) report_02_291_01.jpg


この結果を見ると、家庭の収入単独では統計的に有意な効果はないが、父親と母親の最終学歴の影響はそれぞれ有意であり、この三つの変数をあわせて子どもの学業成績の個人差の3.8%が説明されることがわかる。

この効果を差し引いた上で、Table 1で掲げたふたごのきょうだいに共通する家庭の教育環境(共通環境)の項目のうち、統計的に有意だった項目のみを重回帰分析のステップワイズ法(有意なものから順にステップをふんで探しだし、有意でない項目がきたらそこで打ち止めにする方法)で解析した結果がTable 4である。


Table 4 社会経済的地位(SES)とふたごに共通する家庭の教育環境(共通環境)が子どもの学業成績を説明する割合(重回帰分析による) report_02_291_02.jpg


このようにTable 1に掲げた項目のうち統計的に有意だったのは「基本的なマナーや生活習慣をきちんとしつけている」「子どもに対する接し方が自分の気分次第で変わる」(これは係数がマイナスなので「子どもに対する接し方が自分の気分次第で変わらない」という意味)「暴力を振るったり、物を壊したり、嘘をついたりしたときは叱る」(これも係数がマイナスなので、「叱らない」の意味)そして蔵書量だった。つまり子どもに対してきちんと一貫した関わりを示し、叱るべきときは叱るという教育方針で臨んでいること、そして蔵書数が多いことが重要であることがわかる。この4項目で4.7%が説明され、先の社会経済的地位(SES)の説明率3.8%と合わせて8.5%が説明された。

それでは社会経済的地位(SES)と共通環境だけでも説明できない子どもの学業成績の個人差に、ふたご一人ひとりへの個別の教育的働きかけで有意な効果をもつものはなにか。先と同じように重回帰分析のステップワイズ法でTable 2に挙げた変数を入れてみた結果がTable 5である。


Table 5 社会経済的地位(SES)と共通環境とが子どもの学業成績を説明する割合(重回帰分析による) report_02_291_03.jpg


このように「読み聞かせをしたり読書の機会を与えたりしている」「『勉強しなさい』とよく言う」(係数がマイナスなので「言わない」の意)、「自分の言いつけどおりに従わせている」、「叩く、つねる、蹴ることがある」(これも係数がマイナスなのでこういう行動が「ない」)が有意で、これらで8.3%が説明され、すべての説明変数では16.8%が説明されることがわかった。

こうした行動が子どもの学業成績に反映される可能性が示唆されたことは有意義である。きちんとしたしつけによって勉強を促すことは確かに学力向上に役立ちそうだ。

だがここで行動遺伝学者は更なる疑問を呈する。読み聞かせが学力に寄与するのではなく、学力の高い遺伝的な素質があることが親はわかっているから読み聞かせしようとし、またわざわざ勉強しなさいといわないで済んでいるのではないのか、子どもが遺伝的に聞き分けがいいから言いつけを守り、叩く・つねるなどの虐待をせずに済んでいるのではないか。

ここで、これらの「環境」項目についても双生児法を適用し、遺伝・共有環境・非共有環境の相対的比率を解析してみる。もし非共有環境が大きければ、それは、それぞれの子どもに則した関わりを子どもの遺伝的素質いかんにかかわらず親がしていることを意味し、共有環境が大きければ、やはり親の一貫した教育方針として子どもの遺伝的素質いかんに関わらず、ふたごきょうだいどちらに対してでも行っている教育的関わりが効いていることになる。つまり純粋な、遺伝の影響ではない「環境」の影響といえる。しかしもし遺伝要因が大きければ、それは子どもの遺伝的資質に取り込まれてつくらされた環境に過ぎないということになする。

双生児法の結果が次の図である。Figure 1はこれら4項目の一卵性と二卵性の類似性を相関係数で表したもの、Figure 2はそこから算出した各項目の遺伝・共有環境・非共有環境の相対的比率である。

Figure 1から明らかなように、全体として二卵性の類似性も高く、ふたごきょうだいに対して同じような教育的かかわりをしていることが示唆されるが、それでもやはり一卵性のほうが二卵性より類似した環境的な働きがされやすくなり、子どもの示す遺伝的傾向に誘発されてそれらの環境が作り出されていることが示唆される。これを遺伝と環境の誘発的相関という。


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Figure 1. 子どもの学業成績に影響する個別環境の双生児相関 Figure 2. 子どもの学業成績に影響する個別環境を説明する遺伝と環境の割合

 分析はさらに、これら一人ひとりに個別に与えられる親の教育行動と学業成績との関係が純粋に環境の影響といえるのか、それともそこにも遺伝要因が橋渡しの役目を果たしているのか、双生児法の二変量遺伝分析を用いて検討してみた。

まず読み聞かせなどの読書の機会と学業成績との関連である。これを説明するFigure 3の見方をまず説明しよう。

四角で囲まれているのは質問項目に答えたそれぞれの値、あるいは合成得点である。これが実際に得られたデータ(観測変数)となる。「読み聞かせ」と「(学業)成績」の間には0.314の相関がある。これは読み聞かせの個人差が学業成績の9.9%、つまりほぼ1割を説明する大きさである。この相関、つまり関連性の原因となっているのが、遺伝要因、共有環境要因、非共有環境要因のそれぞれにどの程度依っているかを、二変量遺伝分析と呼ばれる手法で統計学的に解析した結果が、その回りの円で囲まれた変数から出された矢印(パス)で示されている。この図はいろいろなパスを引いた結果、統計的に有意であることが確認された部分だけを図示したものである。

この場合、まず読み聞かせに関わる遺伝要因(遺伝1)が成績に及ぼす影響力が0.009つまり0.9%あることを意味する(ふつうはこのパス係数の自乗値が説明率になるので、説明率を平方根で表している。それぞれの観測変数ごとにかかるパスの平方根の中の数値を合計すれば100%になる)。これはつまり、子どもが遺伝的に成績がよい子なので、親が読み聞かせをしたくなっているという遺伝と環境の誘発的相関があることを示唆する。しかしそれだけでなく、読み聞かせに関わる共有環境1が3.9%もあり、非共有環境1も0.3%と、遺伝の影響を上回る環境の影響力の可能性を示唆している(これらを全部足すと5.1%と、相関分析で推定された9.9%を半分程度下回っており不一致ではあるが、両者は分析手法が異なるため、こうした不一致は往々にして生ずるものなので、読み聞かせは総体的に学業成績をだいたい5%から10%程度説明すると理解していただきたい)。


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Figure 3. 親の読み聞かせが子どもの学業成績に及ぼす影響を媒介する遺伝と環境の関係


続いて親が「勉強しなさい」と言うことが子どもの学業成績に及ぼす影響についての分析結果を示したFigure 4をみてみよう。両者には-0.174という負の相関がある。説明率は3%と大きくはないが、「勉強しなさい」と言わないほうが成績がよいという傾向があるということである。これは一見逆なんじゃないか? と思わせる結果だが、きっと成績がいい人ほど親から「勉強しなさい」と言われない傾向があることを示唆している。確かに二変量遺伝分析の結果、この負の相関の原因は遺伝にある。遺伝的に成績がいい人ほど、その遺伝的資質によって親からは「勉強しなさい」と言われなくなっている。これで10%説明できている。ところが興味深いのは、環境のほうが遺伝と逆方向の正の相関を示していることだ。共有環境は6.5%、非共有環境は1.4%、「勉強しなさい」と言ったほうが子どもの成績はよいのである。この環境からの寄与率は8%、両者の寄与率を足し合わせると相殺されて2%で、先の相関分析が示す3%とほぼ等しくなる。基本的には成績がよい子ほど「勉強しなさい」とは言われない、しかし同じ遺伝的なレベルの人だけで見てみると、やはり「勉強しなさい」と促されたほうが成績はよくなるという納得のいく結果であろう。


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Figure 4. 親が「勉強しなさい」ということが子どもの学業成績に及ぼす影響を媒介する遺伝と環境の関係


 次は、親が自分の言いつけどおりに子どもを従わせていることが子どもの学業成績に及ぼす影響である(Figure 5)。ここには1%足らずの説明率しかないが、これには遺伝要因は関わっておらず、共有環境と非共有環境が0.2%, 0.3%であった。効果量は小さいとはいえ、言いつけはきちんと守らせようとする姿勢は大切であることが示唆される。


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Figure 5 親が自分の言いつけどおりに従わせていることが子どもの学業成績に及ぼす影響を媒介する遺伝と環境


最後に親が叩く、つねる、蹴ることがあることが子どもの学業成績に及ぼす影響についてである(Figure 6)。これも「勉強しなさい」というのと似て、成績がいい子どもほどそのような虐待のようなふるまいは受けていない傾向があり、その説明率は1.8%、その大部分は子どもの遺伝的性向によるものであることが示された。


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Figure 6 親が叩く、つねる、蹴ることがあることが子どもの学業成績に及ぼす影響を媒介する遺伝と環境


こうしてふたごの子どもへの親の個別環境として、子どもの学業成績に有意に関与することが示された行動について、その関係を橋渡しする遺伝要因と環境要因の構造をそれぞれ一つずつ検討してきたが、それらをまとめて解析した結果(非共有環境については複雑なので割愛している)が、次のFigure 7である。このうちアンダーラインを引いたパスが、それぞれの個別環境から学業成績への有意なパスとして検出されたものだ。基本的にこれまでの個別の分析の要約となっており、子どもの学業成績には遺伝を経由して、「(親が)読み聞かせをする」「勉強しなさいといわれない」「叩いたりつねったり蹴ったりされない」という「教育環境」が誘発されている一方で、「(親が)勉強しなさいという」ことと「(親が)読み聞かせをする」ことが学業成績を高めることが示されている。それぞれの寄与率は3~5%と微弱なもので、学業成績の約50%は遺伝が説明し、共有環境は「勉強しなさい」と「読み聞かせ」であわせて10%程度、残る40%が非共有環境によるものであることがわかった。ちなみにここに描かれていない非共有環境、つまり同じ親元で育つふたごのきょうだいであっても一人ひとりに固有な環境の影響で、学業成績の個人差に独自に寄与する割合は、Figure 3からFigure 6までの図に一貫して描かれていたように26~27%程度だった。ということはこれら具体的な親からの個別環境が、残る13~14%は説明していることも示唆していることになる。


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Figure 7 親のふたご一人ひとりへの個別環境が子どもの学業成績に及ぼす影響を媒介する遺伝と環境


まとめ

環境によって「世界を救う」「教育格差問題を解決する」「子どもの学力を高める」可能性はまだ残されているのではないかということを、いつも悲観的な結論ばかりを示す行動遺伝学の、遺伝の重要性ばかりを見せつけてしまった同じその双生児データで示すことができないか試みてみた。結果として、学業成績の個人差におよぼす約70%もの遺伝の影響に対して、親が子どもに「勉強しなさい」と諭すこと、本の読み聞かせをしてあげることが、それぞれ5%ほどの純粋に共有環境の影響として意味がある可能性が示唆された。さらに非共有環境の影響も、これら具体的な子どもへの個別の働きかけによって15%弱の影響力があることが示唆された。こうした親が自分の意志でしてあげることのできる行動で示す環境が、トータルで遺伝70%に対して20%弱を説明することがわかったわけである。
これは悲観的な結論だろうか。

行動遺伝学者からすれば、具体的な環境要因、具体的な親の教育行動がこれだけの効果をもつことを示したことに、むしろ驚きすら覚える。なぜなら行動遺伝学では遺伝も環境も、どちらも抽象的な統計量に過ぎず、具体的に何をすればいいのかの示唆を与えることができなかったからである。特に読み聞かせの学業成績への環境の効果は、遺伝のそれを上回り、言いつけにきちんと従わせようとする効果には遺伝の影響はなく、もっぱら環境の影響であった。

しかしながら、これらの結果から、家にもっとたくさん本を置いて(「蔵書量」もふたごに共通の家庭環境として有意だった)、子どもにきちんとしたしつけをし、勉強をうながしてやれば、どんな子でも早慶東大や医学部に合格させることができるという「明るい将来」が導き出せるわけではないことには注意しなければいけない。とにかく遺伝は50%もあるのだ。しかしいまの学力を、「その子なりに」高めてあげることは、塾やおけいこのようなお金のかかることをしなくとも(本を買うのには少し出費がかさむが、それは中古品や図書館から借り出すのでもいいわけだ)、親の努力で「それなりに」目立った効果量を示すであろうと期待することができる程度であることは確かなようだ。 ここで敢えて「その子なりに」「それなりに」といういやらしい表現を用いたのは、そもそも「教育=学業成績をあげること」と考えるだけでよいのかというところまで考えたいと思うからである。

確かに学校や試験の成績がよければ、あるいは成績があがれば、それを武器に、より偏差値の高い有名な学校に進学し、いい企業に就職するチャンスは増えるだろう。羽生結弦でも藤井聡太でもない平凡な子どもをもつ親にとって、子どもの幸せのために少しでも高い学業成績を期待することは、ささやかな希望だ。「ドラゴン桜」の桜木先生や「ビリギャル」の坪田先生に出会えなくとも、何とかうちの子を東大や慶應に入れさせることはできないかという考えが、どの親も一度は頭によぎるだろう。

だが同時に、学校の勉強ができることだけが大事なのではないのではないか、この子にはこの子にふさわしい道があり、そのための勉強こそが大切だということも、どの親もわかっているはずだ。

今回の研究のような結果は、その希望にも光を与えてくれていると考えている。ここで取り上げたのはあくまでも学業成績だ。そこには遺伝の違いがすでに50%もの個人差を説明しており、いわば遺伝によって与えられたスタートラインのでこぼこがあった上で、親の働きかけが「それなりに」効果があるということだけが示された。学校で学ぶような学習に遺伝的に向かない子にとっては、できる人と比べれば、いつまでたっても「それなり」の成績しかとれない。しかしその「遺伝」まで考慮して、この研究で示されたような親の教育力を利用すれば、その子がもつ学業以外のさまざまな能力に関して、親はなにかをしてあげることができることも示唆していると、行動遺伝学者であり教育学者である筆者は受け止めている。子どもが生活のさまざまな場面で見せる、その子らしい行動や心の動き、それは児童期にはまだまだ不安定で、遺伝的資質を完全に開花させてはいない。しかし特に児童期後期から青年期にかけては安定期に近づいてくることも、行動遺伝学研究からは示唆されている(たとえばBriley & Tucker-Drob, 2014; Tucker-Drob & Briley, 2014)。

遺伝を乗り越える環境ではなく、遺伝を考慮し遺伝を生かす教育をどのように築いていくかはこれからの課題である。行動遺伝学はこうした研究に対しても、その独自の手法を用いて切り込もうとしている(安藤・敷島・平石, 2021)。



引用文献

  • 赤林英夫・直井道生・敷島千鶴 (2016) 『学力・心理・家庭環境の経済分析-全国小中学生の追跡調査から見えてきたもの-』有斐閣
  • Asbury, K. & Plomin, R. (2013) G is for Genes: The impact of genetics on education and achievement. Wiley-Blackwell. (土屋廣幸訳 『遺伝子を生かす教育-行動遺伝学がもたらす教育の革新』新曜社
  • 安藤寿康監修、敷島千鶴・平石界編 (2018) 『ふたご研究シリーズ1 認知能力と学習』 創元社
  • Briley, D. A., & Tucker-Drob, E. M. (2014). Genetic and environmental continuity in personality development: A meta-analysis. Psychological Bulletin, 140, 1303-1331. doi:10.1037/a0037091
  • Chambers, M.L. (2000) Academic achievement and IQ: A longitudinal genetic analysis (twin pairs). Dissertation Abstracts International: Section B: The Sciences and Engineering, 60(7-B), 3551.
  • 苅谷剛彦・志水宏吉編 (2004)『学力の社会学-調査が示す学力の変化と学習の課題』 岩波書店
  • Lichtenstein, P., & Pedersen, N. (1997) Does genetic variance for cognitive abilities account for genetic variance in educational achievement and occupational status? A study of twins reared apart and twins reared together. Social Biology, 44, 77-90.
  • Loehlin, J.C. & Nichols, J. (1976) Heredity, environment, and personality. University of Texas Press.
  • 松岡亮二 (2019) 『教育格差-階層・地域・学歴』ちくま新書
  • 野崎華世・樋口美雄・中室牧子・妹尾渉 (2018) 親の所得・家庭環境と子どもの学力の関係:国際比較を考慮に入れて NIER Discussion Paper Series No.008.
  • Tucker-Drob, E. M. and Briley, D.A. (2014) Continuity of genetic and environmental influences on cognition across the life span: A meta-analysis of longitudinal twin and adoption studies. Psychological Bulletin. 140(4), 949-979.


注記

* スズキメソードの創始者。

筆者プロフィール
ando_juko.jpg 安藤 寿康(あんどう・じゅこう)

慶應義塾大学 文学部 教授
博士(教育学)
1981年慶應義塾大学文学部卒業、1986年同大学大学院社会学研究科博士課程終了。2001年より現職。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。1998年より大規模双生児コホート研究を開始し、これまでに新生児から成人までの1万組を越す双生児データを収集、特に認知能力とパーソナリティの発達に及ぼす遺伝と環境(主に教育環境)の影響に関して縦断研究を続けている。主著に『遺伝と環境の心理学―人間行動遺伝学入門』培風館、2014年、『日本人の9割が知らない遺伝の真実』SB新書、2016年、2017年、『なぜヒトは学ぶのか 教育を生物学的に考える』 講談社現代新書、2018年など。
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