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新型コロナウイルスと学校教育

杉森 伸吉(東京学芸大学 教授・東京学芸大学附属大泉小学校校長:掲載時現在)

2020年12月25日掲載
VUCA世界の象徴としての新型コロナウイルス

経済協力開発機構(OECD)の教育局が主導して行っているEducation 2030の研究プロジェクトには、さまざまな加盟国が参加しています。日本からは、文部科学省や東京学芸大学、東京大学がその共同プロジェクトに参加しており、私も発足当初から東京学芸大学の一員として参加してきました。Education 2030とは、「2030年を生きる子どもたちに施すべき教育とは何か」を研究するプロジェクトです。OECDは、プロジェクト発足当初の2015年と比べて2030年ごろの世界は、VUCA世界と呼ばれる、先が予測できない世界になるだろうと予測していました。VUCA世界とは、変動性(V: volatility)、不確実性(U: uncertainty)、複雑性(C: complexity)、曖昧性(A: ambiguity)の高い世界です。つまり、科学技術、自然災害、戦争、テロ、移民、有害生物、疾病、経済危機、などなど人類が経験したことがないようなレベルでの、さまざまな変化や問題が大きくなるのがVUCA世界です。Education2030では、こうした未来の世界を子どもたちが生きるという見通しに立ち、その中でよりよく生きるための教育を構想しています。

新型コロナウイルスの問題は、こうしたVUCA世界の特徴を具備しています。変動性の高さに関しては、新型コロナウイルスが急に世界に出現し、瞬く間に世界を席巻してしまったこと、不確実性の高さに関しては、自分がウイルスに感染するのかしないのか、どうすれば感染予防の対処ができるのか、など未知なことも多いこと、複雑性の高さに関しては、新型コロナウイルスの変異種だけでも数千種類あり、複雑な免疫系をかいくぐる複雑な機序を持っていること、曖昧性の高さに関しては、国や地域によっては極めて多数の死者を出す場合と出さない場合があったり、極めて短期間で重症化する方とほぼ無症状の方がいたりして、症状の現れ方や科学的な知見も曖昧なことが多いこと、などがその例といえるでしょう。

VUCA世界での生きる力を高める教育とは

こうした状況の中では、人々は恐れの感情を高め、パニックになりやすくなり、マスコミ情報の影響も受けて、精神や判断力のバランスを崩してしまいやすくなる方も増えます。集団レベルでは、自粛要請を守らない人に対して一般市民が取り締まりをする自粛警察なども社会現象化していますが、リスクを恐れすぎる組織ではハラスメントが増えるという知見もあり、組織の柔軟性やレジリエンス、不安耐性の高さが大事になるとともに、組織も個人も、ユーモアや勇気、精神的ゆとりをもつことが大切になるでしょう。そのためには、リスクを恐れすぎず、また侮りすぎず、正しく恐れる力が必要です。正しく恐れるためには、できるだけ、すでにわかっている科学的知識を援用したり、ほかのリスクと比較したりしながら、バランスの取れた客観的な認識を形成する力が必要です。

こうしたリスクに関するリテラシーを高める教育は、今後のVUCA世界をたくましく生きてゆく子どもたちへの教育には、不可欠であろうと思います。

学校と新型コロナウイルス

わたしが現在校長をしている国立大学法人東京学芸大学附属大泉小学校では、2018年に創立80年を迎えましたが、「学校行事で子どもを育てる」という教育理念は創立当初から一貫しています。令和2年度には、新型コロナウイルス蔓延の影響を受けて、多くの行事が中止または変更になりました。そこで、変更時点で重視した点などについて一例をお示しし、学校とリスクの関わりについて考える一端としていただければと思います。

政府の要請を受け、3月2日より全校一斉休校となり、令和2年度の入学式も6月に入って行うなど、今年度は例年とは大きく異なる学校運営となりました。4月からは、教室に全員が入ると密になるために、6学年の半数、3学年分の児童を教室に入れ、1クラスで2教室を使うなどしたために、全学年が同時に登校できなくなり、半分の学年が交代で登校するなどの、分散登校となりました。しかし6月から、多くの公立学校では、全員が登校するようになりました。東京都でも、小学校だけで1,200校余りあり、クラス数は20,000以上あります。20,000以上あるクラスの中で、新型コロナウイルス感染症のクラスターが1つも発生していなかったということは、少なくとも小学生については、クラスター発生の確率が、極めて低いということではないでしょうか。インフルエンザと比較してみましょう。平成30年度に東京都のある市(小学校は全8校)で学級閉鎖になったのが30学級でした。1,000校あれば、ざっと4,000学級が学級閉鎖したことになります。それに対してのクラスター0学級ですから、その素晴らしさがわかるのではないかと思います。ただし、無症状のクラスターが発生しているかどうかは不明です。

しかし、ひとたびクラスターが発生したときに、学校が保護者などから批判にさらされる可能性を恐れるあまり、「できるだけのことはしていました」と言える、いわば説明責任を全うするために、学校ではクラスター発生確率の低さを考慮することなく、子どもたちがボールや遊具を使用するのを禁止したり、のびのびと遊ばせたりしないなどの状況もあります。もちろん、これだけ気をつかっているからこそ、クラスターが発生していないということも事実だと思います。しかし、子どもにとっては、のびのびと遊ぶことは成長上、非常に重要です。これだけ低確率のリスクに対して恐れ過ぎるということは、子どもに対して必要な教育を犠牲にしてまでも、学校が責められないための自己保身をしていると言われても仕方ないかもしれません。学校自体が、リスクの確率論的な査定をしっかりして、真に子どもたちに必要な教育活動をすることを、自己保身より優先することが大切です。

詳しいことは述べませんが、私どもは、子どもたちが遊ぶ時にはしっかり遊ばせる、しかし消毒などはしっかりするという方針をとりました。行事の開催に関しては、子どもたちにコロナ対策を考えさせる、子どもたちが考えあぐねる部分に関しては学校が決めるようにしてきました。また、200名近い教育実習生の受け入れはしっかりと例年通りする、しかし実習生の半分は廊下から教室を見るようにして、教室に入る実習生の人数を半分にするなど、感染予防の対策もとっています。運動会の参観についても、各家庭から1名だけにし、残りの方はネット配信の中継を観てもらうようにしました。それぞれの子どもは複数の競技に出るので、たとえば祖父母が自宅でネット配信を観て、両親の1人が学校で観て、もう1人は校門あたりでスタンバイし、スマホでネット配信を観ながら競技ごとに交代する、などの工夫をしてきました。

新型コロナウイルス感染症のような強力なリスクが出現すると、人間は感染予防の対応に支配され、バランスの取れた対応が難しくなります。しかしながら、一番大切なことは、正しく恐れながらの、バランス感覚だと思います。一般に、すべての希望が満たされるということは稀であり、「こちらを立てればあちらが立たず」というトレード・オフが世の中の基本です。今回の問題は、外出自粛をすると、飲食業などの経済にしわ寄せが来る(ほかにもリモート会議で座り仕事が増えて腰痛が増える、コロナ肥満が増える、家族間で家の中の領土問題が発生するなど)、外出を奨励すると、感染者が増える、などのトレード・オフ問題が浮き彫りにされました。

本校の行事の話に戻ります。ある大きな行事の準備をする中で、6年生に対策を考えさせた結果、運営委員長の児童が、「自分たちの行事を、自分たちで考えられることが、とてもうれしかった」、また「例年の行事は、誰でも経験できますが、今年の行事は、自分たちしか経験できないので、とても貴重な経験ができたと思います」と終了後のあいさつで感想を述べました。こういうコメントが出ることこそ、VUCA世界での生きる力が育っていることの証左ではないかと思います。

新型コロナウイルスと働き方改革

新型コロナウイルスのおかげで、いろいろなことが変わる契機が見えました。学校では、以前から教員の働き方改革が重点課題になっております。もともと学校は、業務が増えやすい体質をもっています。なぜなら、どの教育活動も、必要で良いと判断されるから学校に導入されているわけですが、新たに良いと判断された活動が毎年増えていきます。しかし、どれも子どもたちの発達のために重要なものなので、効率化や最適化をはかる、いわゆる「スクラップ・アンド・ビルド」が非常に難しく、教師の負担は増えていくばかりでした。

そのなかで、今年は新型コロナウイルスにより様々なことをカットせざるを得なくなりました。そこで初めて、「これはカットしてはいけない」、「これは省エネできる」ということが、改めて認識できたと思います。つまり、新型コロナウイルスの感染拡大は、図らずも、学校教師の働き方改革に関する重要な示唆を与えてくれたのです。ですので、コロナ禍が収束しても、ぜひこの経験を忘れずに、教師の働き方改革に活かしていきたいと思う次第です。

教師の仕事は、ただでさえ多忙ですが、これからのVUCA世界を考えると、決まった教育活動を決まったようにするのではなく、変動性の大きなリスク社会で生きる子どもたちには何が必要か、教師自身もリスク情報に関するリテラシーを高めつつ、また、さまざまな最新情報にアンテナを張り巡らしながら、柔軟に先進的な活動を切り拓いていくことが求められているのではないかと思います。

最後に、コロナ禍があらためて気づかせてくれた大切なことがもう一つあります。本年のように大きな変化がある中で、さまざまな大きな決断をしていくためには、子ども集団、保護者集団、教員集団などからなる学校コミュニティがチームワークを発揮して、一団となって問題解決にあたることが重要になるということです。そういう意味で、今回様々な難しい意思決定をしていく中で、学校コミュニティのチームワークのおかげで、何とかここまで乗り越えてこられたというのが正直な実感です。そのことに、この場をお借りして、あらためて深い感謝の意を表させていただく次第です。



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筆者プロフィール
report_sugimori_shinkichi.jpg杉森 伸吉 (すぎもり・しんきち)

東京学芸大学教授(社会心理学)。東京学芸大学附属大泉小学校校長。個人と集団の関係をめぐる文化社会心理学の観点から、集団心理学(チームワーク力の測定、裁判員制度の心理学、体験活動の効果)、リスク心理学などの研究を行っている。野外文化教育学会常任理事、社団法人青少年交友協会理事、社団法人日本アウトワードバウンド協会評議員、NPO法人学芸大こども未来研究所理事、社団法人教育支援人材認証協会認証評価委員会委員長など。

※肩書は執筆時のものです

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