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ブラジルルーツの幼児の言語発達評価と継承語を基盤とした支援の試み

要旨:

日本語とポルトガル語のバイリンガル在日ブラジル人幼児の語彙力を、1言語のみの評価と2言語での評価で比べると、2言語での評価の方が高く、1言語のみの評価では語彙力を過小評価する可能性が示唆された。また、読み聞かせの再話課題では、継承語であるポルトガル語の語彙力と日本語による再話の発話長と新出核語彙数に相関がある可能性が示された。2言語による読み聞かせが再話の産出に与える影響についても今後の検討課題である。

キーワード:

外国ルーツの幼児、多文化多言語、在日ブラジル人、語彙発達評価、Conceptual Vocabulary 、ナラティブ
English
はじめに

近年、幼児教育・保育や発達支援の現場では外国にルーツをもつ子どもが増加しており、それらの子どもたちの家族の出身国や母語も多様化している(e-stat,2019)。そうした子どもの多くは、家族の母語(継承語注1)と日本語の2言語環境で育っており、保護者の中には日本語でのコミュニケーションが難しい人たちも多いため、保育者や支援者は、子どもたちやその保護者とのコミュニケーションの難しさを抱えている。保育者や支援者は、子どもたちの発達の状態を適切に把握する必要があるが、バイリンガル児の場合、言葉の発達を捉えることの難しさが課題の1つである。

モノリンガルの子どもの場合は、言葉の理解力と表出力の均衡が取れていることが多いが、バイリンガルの子どもの場合は、理解力と表出力の差が大きく、理解はできていても表現ができない子どもたちも多い。また、日本語と継承語の発達の均衡もとれにくく、幼児期は家庭で使われている言語が優位な場合が多い。このような言語内、言語間での発達の不均衡さがバイリンガル児の言葉の発達を捉えにくくしている要因の一つである。

もう1つの要因は、発達検査や言語検査をする場合、モノリンガルの子どもをサンプルとした標準化テストの標準値を用いて発達年齢や指数を算出することが適切ではないという点である。日本語を母語としない子どもに対して日本語の検査を行った場合、その子どもがもっている潜在的な力を発揮できないのは当然であり、下井田(2014)が指摘しているように、標準値はあくまで参考値として取り扱うべきだろう。したがって、発達年齢や指数といったわかりやすい数値を得ることは難しい。さらに、文化差や親の社会経済的状況等を考慮すると、バイリンガル児の言葉の発達を捉えることは容易ではない。

しかし、外国ルーツの幼児の言葉の発達評価を何らかの方法で行わなければ、有効な支援を受けられないまま就学し、言葉の壁によって本来もっている力を十分に伸ばせなくなってしまう可能性も高まる。先行研究では、継承語の語彙とナラティブ注2が就学後の言語の伸びを予測する指標であるという指摘がある(Uccelli and Páez, 2007)。そこで、現在取り組んでいる研究では、2言語環境で育っている幼児の言語発達、特に、語彙発達状況を把握するための方法について検討している。また、継承語による絵本の読み聞かせが、読み聞かせ後の日本語の再話の産出を向上させるかどうかを探索的に研究している。本稿では、これまで得られたデータの一部を紹介したい。

語彙発達の研究

まず、語彙発達評価の検討について紹介する。これまでの欧米の研究では、2言語環境で育つ子どもたちは、特に社会経済的レベルが低い家庭の場合、言語発達に遅れが生じることが報告されている(Bialystock,et al., 2010; Uccelli & Páez,2007)。そこで、英語圏では、2言語環境下で育つ子どもの語彙の発達を評価するためにconceptual vocabularyを算出するという方法を提案している研究者らがいる(Pearson, et al., 1993)。これは、同じ語彙検査を2言語それぞれで行った場合、少なくとも1言語で獲得していればその語彙の概念は獲得されたものとみなす、という方法である。この評価方法によると、子どもが潜在的にもっている語彙力を過小評価するという誤りを回避できると示唆している(Core, et al.,2013)。

日本語と他の言語とのバイリンガル児にconceptual vocabularyを適用することについては検討の余地もある。例えば、日本語で「見る」という語を英語で言おうとしたとき、"look"なのか"watch"なのか"see"なのか、あるいは他の語のほうが良いのかと考えてしまう。このように2言語間で全く同じ概念を表している語は少ないと思われる。特に形容詞や動詞のような抽象性の高い語では、具体物を表す名詞に比べてその可能性は大きいといえよう。このような難しさを理解した上で、現在進めている研究では、conceptual vocabularyの考え方を取り入れ、具体的なモノの名称を問う語彙テストを使って、ポルトガル語注3と日本語の2言語で語彙発達の評価を試みている。

[対象]
協力してもらったのは、ブラジル人集住地域にある企業内保育所の年中・年長児30名である。ただし、今回報告できるのは、分析が終了した10名(生活年齢は5歳2ヵ月から6歳10ヵ月、平均年齢6歳2ヵ月、男女各5名。内、年中児3名、年長児7名)についてである。父母の使用言語は全員ポルトガル語である。クラスの担当保育者は日本語話者2名とポルトガル語話者1名であり、保育は日本語で行われるが、年長児には毎日1時間程度のポルトガル語の授業がある。子どもたち同士の会話もポルトガル語が多く、全般的に見ると、ポルトガル語主体の言語環境で生活している。

[評価]
語彙評価に使用したのは、図版の絵の名称を問う100 項目からなるブラジルの標準表出語彙テスト(Teste de Vocabulário Expressivo)(Capovilla, et al., 2011)である。ポルトガル語の語彙テストはポルトガル語話者が実施し、日本語の同テストは日本語話者が日本語を用いて個別に実施した。

[結果]
表出語彙テストの結果は100項目中の、「2言語ともに誤り/無回答の数」、「日本語のみの正答数」、「ポルトガル語のみの正答数」、「2言語ともに正答した数」を算出し、少なくともどちらかの言語で言える単語数をconceptual vocabularyとした。誤り/無回答数平均は22.9、2言語ともに正答した数の平均は32.5、日本語の正答数平均(日本語のみの正答数と2言語ともに正答した数の合計)は41.2、ポルトガル語正答数平均(ポルトガル語のみの正答数と2言語ともに正答した数の合計)は68.4、conceptual vocabulary平均は77.1であった(表1)。この結果から、1言語のみの評価よりもconceptual vocabularyによる評価のほうが高い表出語彙力を示していることがわかる。

表1.100問中の正答数平均(n=10)
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1言語による評価よりも2言語による評価のほうが高くなるのは当然の結果といえるかもしれないが、本研究で示した結果は、外国にルーツのある子どもたちの言語発達を把握しようとする場合、日本語の力だけを見るのでは潜在的な言語力を過小評価してしまうという危険性を示してくれる。実際には、2言語で言葉の発達を把握するというのは難しさもあるが、外国語のできる専門職や通訳の確保(下井田, 2014; 佐々木, 2014)、家庭での様子の聞き取り、翻訳ソフトを用いるなど様々に工夫しながら、できる限り子どもが潜在的にもっている言語力に近い評価をする努力が必要であろう。

また、上述の結果からは、本研究の対象児たちがポルトガル語優位であり、ここでは詳細な数字は示していないが、年長児になって特にその傾向が強くなっていることが示された。これは、本研究の対象児たちがポルトガル語優位な言語環境で生活しているからだと考えられる。筆者は、幼児期の子どもたちにとって家庭で使用する継承語の力は、安定した親子関係、ひいては就学後の言語発達やアイデンティティー形成にとって重要なものであると認識している。したがって、継承語であるポルトガル語も大事にしつつ、社会的な言語である日本語の環境の充実を図りながら幼児教育・保育や支援をしていく必要性を感じている。2言語による言語発達評価によって言語間の差を把握することで、具体的な支援策についての手がかりも得られるのではないだろうか。

絵本の再話課題を用いた研究

英語とスペイン語のバイリンガル児の調査では、幼児期の優位言語であるスペイン語ナラティブの力が就学後の英語ナラティブの質に関連しているという報告もある(Uccelli & Páez, 2007)。在日ブラジル人の子どもたちも、優位言語であるポルトガル語の力を借りながら日本語のナラティブの力を促進することはできないだろうか。

ここでは、日本語でのナラティブが難しい子どもたちにとって、比較的取り組みやすいと思われる絵本の読み聞かせ後の再話課題を用いた探索的な研究に触れたい。子どもが物語を聞いて再話する力が、自分の経験を人に語るというナラティブの力を促進することにつながるかどうかについては、さらに検討しなければならない。しかし、読み聞かせてもらった話を、物語の構造や時間の流れに沿って人に伝えるという再話の経験は、ナラティブの促進につながるのではないかと筆者は考えている。

特に、日本語での絵本の理解が難しい子どもたちにとって、日本語だけの読み聞かせでは十分な内容理解につながらず、読み聞かせの楽しみも半減するのではないだろうか。日本語に加えて継承語でも絵本を読んでもらうことは、新しい語彙に触れるだけでなく、登場人物の特徴や心情を理解したり、想像力をはたらかせて話の流れを理解したりと、総合的に言語を活用する機会を与えてくれる。さらに、継承語で理解した内容を日本語の読み聞かせの内容と照らし合わせることで、日本語の理解が進むことも期待できるのではないだろうか。そこで、2言語による読み聞かせが、日本語の再話の産出を促進するのではないかという発想のもと研究を始めたところである。

[方法]
前述の保育所の年中、年長児10名について、生活年齢、性別、日本語の理解・表出語彙力によって2つの群に分け、一方には、初めにポルトガル語での読み聞かせをした後に日本語で読み聞かせをし、もう一方の群の幼児には日本語のみの読み聞かせを2回行った。使用した絵本は、ポルトガル語と日本語との2言語で出版されており、8話の昔話が収録されている(Cousins, 2009)。今回、読み聞かせた話はその内の1話で、16ページからなる4歳から6歳児向けのくまの家族と女の子が登場する物語である。読み聞かせの後、対象児にはまず日本語で、次にポルトガル語で再話してもらった。

録音した再話データを文字化した上で、総発話数、Mean Length of Utterances (MLU:形態素発話長)、Total Number of Different Words(TDW:新出核語彙数)をそれぞれの言語で算出し、量的な分析を行っている。

[結果]
現在、日本語については各群5名ずつの結果まで得られている。ポルトガル語の分析は現在進行中でまだ結果を得られていない。

日本語の再話の結果についても限定的な人数のため明確なことは言えないが、2群を比較すると、2言語で読み聞かせをした群より日本語だけで読み聞かせをした群の対象児たちの方が良い結果を示した。この結果から、日本語とポルトガル語で1回ずつ読み聞かせをするより、日本語で2回読み聞かせをしたほうが、日本語の再話の産出はよくなるという、ある意味あたりまえの結果に止まっているが、ポルトガル語の再話結果の分析を含め、今後もデータ分析を進める予定である。

参考として、10名全員について日本語とポルトガル語それぞれの語彙力と日本語のMLUやTDWとの相関を見てみると、日本語の語彙力との相関よりもポルトガル語の語彙力との相関の方が強い可能性が見られた。十分なデータが蓄積されるまで明確なことは言えないが、継承語の語彙獲得が日本語の再話産出に何らかの影響を及ぼしている可能性があるとすれば、幼児期の子どもたちの継承語への働きかけが日本語の習得にも良い結果を及ぼすことが期待される。


謝辞:本研究にご協力くださっている子どもたち、保護者の皆様、保育所の先生方に感謝いたします。また、本研究は、科学研究費補助金基盤研究B(課題番号17H02718)の助成を受け進めています。


  • 注1)継承語とは、現地の言葉ではない、親や祖父母などから継承する言語を指す。
  • 注2)ナラティブとは、ある出来事や自分の経験についての時間の流れや感情などを含んだ「語り」を指す。
  • 注3)本研究におけるポルトガル語はブラジルの公用語であるポルトガル語を指している。


  • 文献

    • Bialystock,E., Luk,G., Peets,K.F. & Yang, S. 2010 Receptive vocabulary differences in monolingual and bilingual children, Bilingualism: Language and Cognition, 13(4), 525-531.
    • Capovilla, F.C., Negrão, V.B., & Damázio, M. 2011 Teste de Vocabulário Auditivo e Teste de Vocabulário Expressivo, MEMNON.
    • Core,C., Hoff,E., Rumiche,R., and Señor,M. 2013 Total and Conceptual Vocabulary in Spanish-English Bilinguals From 22 to 30 Months: Implications and Assessment, Journal of Speech, Language, and Hearing Research, 56(5), 1637-1649.
    • Cousins,L. 2009 Yummy: my favourite nursery stories, Walker Books; Oliveira,J.(ポルトガル語訳) 2010 Que delicia! As minhas histórias infantis preferidas, Editorial Caminho; 灰島かり(日本語訳)2010 パックン!おいしいむかしばなし,岩崎書店
    • e-Stat, https://www.e-stat.go.jp/stat-search,(2020年3月12日閲覧)
    • 下井田恵子 2014 カリフォルニア州における多文化多言語児童への言語評価:現状と課題,コミュニケーション障害学, 31(2), 112-119.
    • Pearson, B.Z., Fernandes, S.C., and Oller, D.K. 1993 Lexical development in bilingual infants and toddlers: Comparison to monolingual norms, Language Learning, 43, 93-120.
    • 佐々木由美子 2014 多文化共生保育における外国籍保育士の役割, こども環境学研究, 10(2), 58-65.
    • Uccelli, P. & Páez, M.M. 2007 Narrative and Vocabulary Development of Bilingual Children from Kindergarten to First Grade: Developmental Changes and Associations Among English and Spanish Skills, Language, Speech, Hearing Service in School, 38(3), 225-236.

筆者プロフィール
権藤 桂子(ごんどう・けいこ)

共立女子大学家政学部教授。博士(教育学)。臨床発達心理士。現在の主な研究テーマは、多文化多言語環境下で育つ幼児の言語コミュニケーションの評価方法と支援方法の検討。特に、バイリンガルで発達障害の傾向のある幼児を対象とした研究に関心がある。
主な論文:権藤桂子他(2016)日本版CCC-2 子どものコミュニケーション・チェックリスト評価の母親と専門職の評価者間比較, コミュニケーション障害学, 権藤桂子他(2015)日英2言語環境下で育つ児童の語彙力と文法力に関する一考察 : 米国A地域の日本語補習校低学年児を対象として, 国際教育評論。

※肩書は執筆時のものです

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