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保育園における ICT を活用した幼児教育と子育て支援 ― デジタル・ストーリーテリングとしての言語活動 ―

要旨:

保育園におけるICT を活用した先進的な実践事例として、「認定こども園 つるみね保育園」の年長児による「プレゼンタイム」というクラス活動を紹介し、その実践プロセスについて、言語活動の一種であるデジタル・ストーリーテリングの観点から分析することにより、幼児教育および子育て支援におけるICTの意義について考察する。

キーワード:

ICT, 言語活動,デジタル・ストーリーテリング,幼児教育,子育て支援
はじめに

初等・中等教育においては、2019年6月に「学校教育の情報化の推進に関する法律」が施行され、保育園・幼稚園・認定こども園(以下、園と総称する)でも、ICT や IoT が浸透しつつある。国や地方自治体も、様々な制度の整備、児童票や連絡帳の作成などの園内業務を中心に ICT 化を推進している。しかしながら、実践現場では ICT の導入にむけて戸惑いの声も根強くあり、特に、子どもに対する保育や保護者支援における ICT の活用については慎重な姿勢をとる園が多い(小平, 2019; 小泉, 2019; 保育の友編集部, 2018; 高橋他, 2017)。その背景には『保育所保育指針』(厚生労働省 2017)等において自然との直接的なふれあいや関わりが重視されていることがある。また、ICTを活用した保育実践の事例が少ないために、実践を考える上で土台となるイメージがわきにくいことも指摘されている(堀田, 2018)。

そこで、本稿では、ICT を活用した先進事例の一つとして、「9割のアナログ保育と1割のデジタル保育」を掲げる「認定こども園 つるみね保育園」(鹿児島県鹿屋市)におけるクラス活動「プレゼンタイム」を紹介し、その実践プロセスに着目することで、ICT を活用した幼児教育と子育て支援について考える。

「プレゼンタイム」とは、保護者から届いたデジタル画像をもとに、子どもがエピソードを語り、聴き手となった子どもたちとのやりとりを楽しむ活動である(写真参照)。この活動は、幼児教育や、子育て支援の観点からはどのように捉えられるのであろうか。

写真.プレゼンタイムの様子(2018.9.10.撮影)

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まず、幼児教育の観点からは、物語り行為(narrative / story-telling)という言語的なリテラシー育成活動として位置づけられる。北米では、幼稚園(日本の年長児クラスに相当する)や小学校低学年において「シェアリング・タイム(sharing time)」「ショウ・アンド・テル(show and tell)」などと呼ばれるクラス活動がさかんに行われてきた(ex. Cazden, 2001; Michaels, 1981)。具体的な活動内容としては、子どもたち一人一人が、クラス全員の前で、放課後の出来事から、何か話したい内容を選んで、クラス全員の前で語り、クラスメイトたちはこれを聴く、というものである。語られる内容は、教室内の出来事ではないため、その場に居合わせなかった教師や他の子どもたちにとっては未知の出来事を題材に、話し言葉のみを頼りとする活動が進行していく。このような語りの活動を通じて、言語能力やコミュニケーション能力の向上が期待されている。我が国の就学前教育でいえば、保育内容「言葉」の領域に相当し、初等教育における「言語活動」(文部科学省, 2011)の芽生えとして位置づけられるであろう。

ただし、幼い子どもの場合、語彙そのものが少なく、物語り能力も未熟であるために、語りの活動を成立させるには教師の専門的技術を駆使した援助が求められる。とりわけ、エスニシティー(民族的バックグラウンド)や母語が異なる子どもの場合は、一層、手厚く行う必要があることが、かねてより指摘されてきた(Michaels, 1981)。このため「シェアリング・タイム」等では、教師の専門的知識・技術が埋め込まれた「質問」で介入することにより、子どもの語りへの統制が行われていることが報告されている(Cazden, 2001)。

一方、つるみね保育園の「プレゼンタイム」の場合、保育者からの言語的な介入は最小限にとどめ、代替手段として、デジタルなサポートを取り入れている。この手法が、どのような効果をもたらすのか、検討する必要がある。

次に、子育て支援の観点から述べる。これまで、保育者―保護者間のやりとりは、会話や面談、あるいは、連絡帳やおたよりなどの、アナログ媒体を用いるものが主流であった(cf. 二宮, 2018)。これらは、保護者側の日本語の習熟度に依存するところが多く、特に、日本語を母語としない保護者にとって負担の大きいものであることが指摘されている(富谷他, 2011)。画像を用いたネット上のやりとりであれば、このような障壁を乗り越えていく足場となる可能性もある。

そこで、以下、「プレゼンタイム」の実践プロセスを分析することにより、幼児教育および子育て支援の実践におけるICT の機能や効果について分析を行う。

分析の対象と方法

対象:社会福祉法人 上名福祉会 つるみね保育園。定員 60 名(0~5歳児クラスが1クラスずつ)。プレゼンタイムを中心とする保育実践への参与観察および園長へのインタビュー調査を実施した。

方法:ICT を活用した実践について、ナラティヴ・アプローチの一種である「デジタル・ストーリーテリング」(小川, 2016; 西岡, 2014)の観点から検討を行った。

結果

プレゼンタイムの流れは、①家庭における活動準備と、②クラスにおける言語活動の2つの段階に分けられる。このプロセスについて、デジタル・ストーリーテリングの手順から捉え直せば、①保護者が子どもと共に、家庭でストーリーの題材となる画像を用意する段階、②子どもが画像をもとに、クラスメイトの前で家でのエピソードを語ったり、討議したりする段階、となる。活動内容を順に示していく。

①家庭における活動準備

あらかじめ、保護者が撮影したデジタルカメラの画像や動画が、家庭から園に送られてくる。もともとは、連絡帳でのやりとりの延長線上で、保護者からデジタルな情報として送られてきて、担任保育者だけが閲覧していたものであった。これらの画像等が園で「プレゼンタイム」の教材として、クラス活動にも活用されるようになったことにより、保護者から以下のようなコメントが寄せられている。

「プレゼンタイムの前に、親子で一緒にエピソードを語り合う機会が増えた」
「家族の前で、子どもが練習をする姿が見られるようになった」
「プレゼンタイムで用いる写真を選ぶなかで、親子で写真を通して振り返る機会がもてた」

②クラスにおける言語活動

園では、プロジェクタで画像や動画を上映し、その横で語り手となった子どもがエピソードを語ったり、聴衆となった子どもたちからの質問に応じる(写真参照)。典型的には、次のようなやりとりがみられた。

語り手「僕の名前は佐藤 K 太(仮名)です。この写真はパパとカブトムシをとりに行った写真です。僕が一番見てほしいのは、(自分でタブレットをスワイプして画像を拡大しながら)このクワガタです。なぜかというと、それは、かっこよかったからです。何か質問はありますか?」
(全員、挙手したなかから、語り手の子が指名する。)
男児 A「なんで、この写真がいいんですか?」
語り手「それはかっこよかったからです」
女児 B「お母さんは行かなかったんですか?」
語り手「行ってません」
女児 C「何匹とったんですか?」
語り手「10匹です」
担任 「K 太くん、発表上手でした。次は、感想を発表しましょう」
女児 B「K 太くんと一緒にとりにいきたかったです」
女児 C「K 太くんの発表する声が大きかったです」
担任 「そうだね、大きかったね(語り手の頭をなでる)」
男児 D「僕がとりに行ったとき、K 太くんより1匹多い数だけ捕まえた」
(以下、略)

考察とまとめ

前節では、つるみね保育園の「プレゼンタイム」について、幼児教育と子育て支援の二つの観点に分け、デジタル・ストーリーテリングの観点から、その実態をとらえてきた。最後に、その意義について検討する。

Cazden(2001)は、「シェアリング・タイム」のなかで、白人ではない子どもや母語が異なる子どもに対し、教師が質問することを通じて「白人文化に適合する話し方」へと枠づけする傾向があることを指摘し、そのような語り方に親しんでいない子どもたちにとっては、自らのエスニシティーに基づく自己表現が阻害される可能性があることを懸念した。

本稿のデータでは、保育者ではなく、子どもたちが質問する場面が多いことから、保育者主導で「語り方」の型に統制するリスクは軽減されていることが分かる。「プレゼンタイム」では、子ども同士の仲間関係のなかで、デジタル画像を補助的に用いながら、言葉によるやりとりが成立するプロセスが見出された。このことは、語り手となった子ども自身が、主体的に、クラスメイトを聴き手として意識しながら、相手との対話が成立する「語り方」を試行錯誤し、習熟していくという効果が示唆される。

また、子育て支援の観点からは、園のクラス活動と家庭における親子のやりとりとの好循環が促され、園と家庭との連携が深まる可能性があることが指摘できる。これまでは、家庭での出来事が、保護者から担任への報告だけで終わってしまうことが多く、クラス活動とは分断されていることが多かった。

「プレゼンタイム」の活動は、家庭における親子のやりとりと園のクラス活動との連携なくしては成立させることができない性質をもっており、保護者が撮影したデジタル写真と子どもの語りを媒介として、園と家庭の双方の活動がお互いに高め合う関係にある。園におけるICTの活用は、子どもを中心においた幼児教育および子育ち支援を模索する上で、新たな視座を切り拓く可能性を秘めていると言えよう。


引用文献

  • Cazden, C. B., 2001, Classroom Discourse: The Language of Teaching and Learning, 2nd ed, Heinemann.
  • 保育の友編集部, 2018,「特集:ICT を活用した業務軽減により保育の質を高める」『保育の友』66(12):8-23.
  • 堀田博史, 2018,「保育でのタブレット端末活用の可能性」『チャイルド・リサーチ・ネット』
    https://www.blog.crn.or.jp/report/02/252.html (2019.9.20.閲覧)
  • 小平さち子, 2019,「"子どもとメディア"をめぐる研究に関する一考察:2000年以降の研究動向を中心に」『放送研究と調査』 69(2): 18-37.
  • 小泉裕子, 2019,「保育現場におけるICT化の有効性について:スマートデバイスを活用した保育園における導入効果」『鎌倉女子大学紀要』26: 1-14.
  • Michaels, S., 1981, "Sharing Time: Children's narrative styles and differential access to literacy," Language in Society, 10(3): 423-442.
  • 文部科学省, 2011, 『言語活動の充実に関する指導事例集:思考力,判断力,表現力等の育成に向けて【小学校版】』教育出版株式会社.
  • 二宮祐子, 2018,『子育て支援 15のストーリーで学ぶワークブック』萌文書林.
  • 西岡裕美, 2014,『教育に生かすデジタルストーリーテリング』東京図書出版.
  • 小川明子, 2016,『デジタル・ストーリーテリング:声なき想いに物語を』リベルタ出版.
  • 高橋翠・淀川裕美・野澤祥子・関智弘・村上祐介・遠藤利彦・秋田喜代美, 2017,「保育・幼児教育施設における保護者との情報共有と利用ツール : ICT ツールの利用状況」『電子情報通信学会技術研究報告 : 信学技報』116(524): 119-124.
  • 富谷玲子・内海由美子・仁科浩美, 2011, 「子育て場面で外国人保護者が直面する書き言葉の課題:保育園・幼稚園児の保護者を対象とした調査から」『神奈川大学言語研究』34: 53-71.

【謝辞】つるみね保育園の杉本正和園長(神戸教育短期大学客員教授 兼務)をはじめ、先生方と子どもたちに、ご協力をいただきました。深く感謝いたします。

【付記】本稿の調査は一般社団法人日本事業所内保育団体連合会福祉研究費助成をうけて実施した。

筆者プロフィール
二宮 祐子(にのみや・ゆうこ)

東京女子体育大学・東京女子体育短期大学 准教授
広島市出身。広島大学学校教育学部卒業、広島大学大学院教育学研究科博士課程前期修了後、川崎市公務員として保育園・発達支援センター・障害児施設に11年間勤務。東京学芸大学連合学校教育学研究科修了(教育学博士)。保育のICT化の他、保育者の専門性の可視化、および、医療的ケアを必要とする子どもと家族への支援について研究活動をすすめている。

主要業績
『子育て支援 15のストーリーで学ぶワークブック』(単著,萌文書林,2018年),
『保育者のためのパソコン講座 Windows 10/8.1/7 対応版』(共著,萌文書林,2018年)
「保育/子育て支援の実践現場におけるナラティヴと研究視角」『保育学研究』第55巻  第3号(単著,日本保育学会,2017年) 他

富山 大士(とみやま・ふとし)

こども教育宝仙大学 准教授
大阪市出身。大阪大学理学部物理学科卒業、大阪大学大学院理学研究科博士前期課程修了(理学修士)。国内の電機メーカーにて基礎物理学・情報工学分野の研究者として11年間勤務。その後、保育士資格・幼稚園教諭免許を取得して都内認可保育所にて10年間勤務した後、保育者養成校にて勤務。保育のICT化の他、保育環境のあり方、保育者のキャリア形成、組織マネジメント等について研究活動をすすめている。

主要業績
『育てたい子どもの姿とこれからの保育』(共著,ぎょうせい,2018年)
『新版 幼児理解』(共著,一藝社,2018年)
「保育実習の経験を通した実習生の「危険」場面に関する理解の深まり ~領域『保育内容(健康)』に見られる安全教育の視点から~」『秋草学園短期大学 紀要』第34号(共著,2017年) 他
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