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敏感性の高い子どもと環境からの影響:感受性反応理論からの示唆 

要旨:

周囲の小さな刺激も敏感に感じ取る感受性の高さゆえに困難を抱えがちな子どもたちがいる。従来,高敏感性は脆弱性因子とされてきたが,感受性反応理論の枠組みでは正負両面の反応規定要因として拡張的に捉えられ,発達の可塑性因子として概念化されている。本理論的観点から,敏感な子どもは環境との適合次第で対照群より好ましい適応を示すことが実証報告され,個人と環境の相互作用に新たな視座を提示している。

キーワード:
高敏感性児,感覚処理感受性,感受性反応理論,発達の可塑性,個人と環境の適合
English
敏感な子どもたち(HSC)と感覚処理感受性(SPS)

人には誕生後初期から観察できる「気質」と呼ばれる個人差がある。例えば,多少の物音にも動じずよく眠る赤ちゃんもいれば,小さな物音にも敏感に反応し,泣き出すとなだめるのに時間がかかる赤ちゃんもいる。後者のような子どもは,養育の際に細かな気配りや世話が必要となるため,手がかかる「難しい」気質(difficult temperament: Thomas & Chess, 1977)として形容されることも多い。このような気質の子どもは,自己主張ができるようになると食べ物や衣服などに特定のこだわりを見せたり,一人遊びを好み集団に馴染みにくい様子や,些細なことにも強い感情的反応を示すこともある。気質特性は神経生理学的基盤をもつ刺激感受性の側面もあり,一般にその後の性格や人格発達における基礎となる(Rothbart, 2011)。

一方,このような気質の個人差をパーソナリティの観点から説明している概念がある。Aron & Aron (1997)は高い敏感性をもつ成人(Highly Sensitive Person: HSP)を対象とした研究から,彼らの敏感さの背景には感覚処理感受性(sensory processing sensitivity: SPS)の高さがあると提唱し,敏感な個人は刺激感受性の高さや感情反応性の強度に加え,情報処理の深さなどを特徴とすると報告している。また,HSPに関する一連の知見を援用してこのような特徴をもつ子どもをHighly Sensitive Child(HSC:Aron, 2002/訳 明橋,2015)と称し,子どもの敏感さのため養育に困難を感じている保護者などを対象として育児支援のキーワードとしても使われている(長沼,2017)。HSCは先述の「難しい」気質特性のほか,発達の過程では「内向的」で「臆病」な性格と評されることもあり,集団行動が重視され,様々な刺激が多い学校生活場面などで困難を抱える子どもも少なくない。

他方,感覚の過敏さや特定の感覚へのこだわりなどは非定型的感覚行動を特徴とする自閉スペクトラム症(ASD)の感覚特異性とも類似の様相を呈し,その弁別についての議論がある *1。Acevedo et al.(2018)は,この点を踏まえて高い感覚処理感受性(SPS)とASDなど感覚特異性との関連が予想される精神疾患について脳の機能を画像化するfMRI研究の文献レビューを行い,比較の結果,高い感覚処理感受性(SPS)とASDの感覚特異性の間に共通点を見出しながらも,両者の違いは社会的刺激に対する報酬系神経回路の働きや共感,自己制御に関する部分であったとしている。しかし,本レビューでは弁別を明確にするために高機能自閉症などを対象とした研究は含めておらず,本議論を精緻に進めるには実証研究の蓄積を待たなければならない。実際,心理・生物・精神医学などの学際的観点から系統的レビューを行ったGreven et al.(2019)は,高い感覚処理感受性(SPS)はニュートラルな特性であり精神疾患の症状ではないものの,それらに通じる橋渡し要因「通臨床的特性 *2」(cross-disorder, or transdiagnostic trait: p.301)として検討する価値が大きいことを指摘している。

上述のように環境刺激に対する敏感性の高さは保護者の養育困難感,本人の適応困難や精神疾患のリスクともなりうるため,予防的観点をもった支援が求められる。日本でも串崎(2018)が感覚処理感受性(SPS)と感覚特異性に関する周辺概念にも触れながらレビューを行い,高敏感児の不登校支援も含め,理解の促進を求め論を結んでいる。

感受性反応理論(Differential Susceptibility Theory)からの示唆

ここまで,敏感な子どもは環境刺激への感受性が高く影響を受けやすいため,困難を軽減する支援が必要であることを述べてきた。この観点は,敏感な個人特性と環境におけるリスク要因との相互作用による負の結実を予防するために重要である。これは従来,素因ストレスモデル(または,環境と個人要因の二重リスクモデル)から研究され,多くの貴重な実証的知見が蓄積されてきた(e.g. Caspi et al., 2003)。

しかし,環境刺激に対する敏感性の高さは,必ずしもリスク要因となるわけではなく,環境との適合(Goodness of Fit:Chess & Thomas, 2013)が大切であることは言うまでもない。Belskyは,敏感性の高さを感受性の個人差である差次感受性(susceptibility)として捉え,環境刺激に対する正負両面の反応規定要因として拡張的に解釈し,感受性反応理論(Differential Susceptibility Theory: DST)を提唱した *3(Belsky et al., 2007; Belsky & Pluess, 2009; Ellis et al., 2011; 岐部・平野,2019)。本理論的枠組みでは,従来の脆弱性因子(vulnerability factor)は可塑性因子(plasticity factor)としても機能しうることが示され,感受性の高さは環境との相互作用次第で「良くも悪くも」("For better and for worse" Belsky et al., 2007)作用することが実証的に示されている。これにより,感受性の高い個人は,ちょうど揺れ幅の大きな振り子のように,ネガティブな環境要因から大きく影響を受ける一方で,ポジティブな環境要因からも大きく影響を受けることが示され,従来の素因ストレスモデルでは見落とされていた発達の可塑性に光が当てられた。Fig. 1にそれぞれの概念モデルを示している。(a)が素因ストレスモデル,(b)が本理論によりポジティブな側面も拡張的に含められた包括的モデルである。

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本理論に立脚した実証研究では,これまで脆弱性要因とされてきた「難しい」気質や高敏感性に加え,精神疾患との関連が指摘される遺伝的要因なども含めた個人差が可塑性要因として機能することが報告されている。例えば,情動性制御の困難を示す子どもは,質の高い養育や介入プログラムを受けた場合,そうでない群の子どもと比較して有意に好ましい結果を示していたという(Scott & O'connor, 2012)。また,ストレスなどの環境要因と相互作用をもち精神疾患との関連が指摘されるセロトニン遺伝子多型5HTTLPR[ss, s/l]をもつ個人が良好な環境に育った場合,対照群と比較してよりポジティブな反応を形成していたとも報告されている(e.g. Van Ijzendoorn, et al., 2012)。さらに,先述のSPSを指標とした介入研究では,感覚処理感受性(SPS)の高さは養育の質による幼児の外在化型問題行動の変化(Slagt et al., 2018),青年期女子の抑うつ症状の変化(Pluess & Boniwell, 2015)などに調整効果をもつことが示され,日本でも高校生を対象とした研究で感覚処理感受性(SPS)の高低により心理的支援の効果が異なることが示されている(Kibe, 2018)。

これら一連の知見は,遺伝的要因,気質やパーソナリティ特性などの個人差要因が環境との適合次第で正負両面の様相を呈することを実証的に示すものであり,個人差に配慮した環境調整の重要性を改めて示唆しているといえよう。本稿で中心的に論じた子どもの感受性の個人差については,感覚処理感受性(SPS)の高低に応じて「ラン」「チューリップ」「タンポポ」型(Fig. 2)と修辞的に評されることもあり *4,育児支援などの現場には直感に訴える有用な概念提示となるであろう。しかし,感受性の個人差は連続体で捉えたほうが妥当であり,個人内変動もあることに留意すべきである。子どもの育ちに関わる現場では,個々の「らしさ」が「良さ」として花開くように子ども本来の姿を見つめ,環境を工夫することは言うまでもない。日本では本領域の研究はまだ始まったばかりであり,今後の進展が期待される。

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    脚注
  • *1 養育困難感をもつ保護者としては切実な問題でもあり,精神科医の明橋氏はこの点に焦点を当てたアドバイスも多数行っている。(明橋, 2019)
  • *2 摂食障害の領域でFairburn et al. (2003)が診断の亜型にとらわれないTransdiagnostic Theoryを提唱し,永田(2007)が「超診断的理論」と訳出しているものの,本稿ではGreven et al. らの定義に従い,非臨床と臨床をつなぐ「通臨床的特性」と訳出した。
  • *3 本理論は,環境と個人の相互作用において,主に遺伝感受性に対する環境の役割に着目し理論化が進められていたBiological Sensitivity to Context Theory (Boyce & Ellice, 2005) と気質や遺伝要因など感受性の個人差に着目し理論化を進めていたDifferential Susceptibility Theory (Belsky et al., 2007)が方向性を共有する理論として統合されたものである。さらに,近年はSPSを鍵概念とするHSP/HSC研究も前者と共通の文脈で論じられるようになってきた(Ellice et al., 2011; Pluess et al., 2018; 岐部・平野,2019)。
  • *4 先に「ラン」と「タンポポ」型と評されていた分類(Ellice et al., 2011)に,実証研究から新たに得られた知見をもとに「チューリップ」型が加えられた(Lionetti et al., 2018)。

参考文献

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  • 明橋大二 (2019). 教えて、明橋先生! 何かほかの子と違う? HSCの育て方 Q&A.1万年堂出版
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筆者プロフィール
chieko_kibe.jpg 岐部 智恵子(きべ・ちえこ)

お茶の水女子大学人間発達教育科学研究所、研究協力員。イーストロンドン大学応用ポジティブ心理学修士課程修了(M.Sc.)。お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 博士課程修了(Ph.D.) 。日本ポジティブ教育協会理事。
専門と関心:ポジティブ心理学,発達精神病理学,発達心理学,臨床心理学
主な書籍:
Teaching Well-Being and Resilience in Primary and Secondary School. In S. Joseph (Ed.), Positive Psychology in Practice, (Chapter 18共著) Wiley 2015,
イラスト版 子どものためのポジティブ心理学: 自分らしさを見つけやる気を引き出す51のワーク ポジティブ教育協会(監修) (共著)合同出版 2017.
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