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就学移行期における子どものQOLの発達に関わる要因

要旨:

本研究は、就学移行期における子どものQOLの発達に関わる要因について検討することを目的として行われた。結果、子どものQOLは総じて就学前よりも就学後に低下する傾向にあった。また、子どもが就学前の時点での親の自尊感情の高さが就学後の子どものQOLにポジティブな関連を示していた。

キーワード:
子どものQOL, 就学移行期, 母親の自尊感情, 小1プロブレム
English
はじめに:就学移行期の適応を支える取り組み

幼児期から児童期のいわゆる「就学移行期」は、生活空間・生活リズム・学習習慣など、さまざまな変化が伴う時期である。小学校就学後に集団生活になじめないなどの適応に困難を示す「小1プロブレム(新保, 2001)」と呼ばれる現象が注目されるようになって以降、子どもの就学移行期の適応を促進する取り組みが活発になっている。例えば、年中・年長の段階で、小学校生活を視野に入れた生活リズムを取り入れることや、入学予定の小学校との交流学習会を行うといった取り組みが挙げられる。このような試みは「小学校スタートカリキュラム」(文部科学省, 2008)として提唱され、さまざまな現場で実践されている。また、それらの取り組みが就学後の子ども達の学校適応にどのような効果をもたらしているのかについての検証も蓄積されつつある。一方で、就学移行期にある子どもの精神的健康に関する縦断的研究は未だ不足している状況にある。子ども一人ひとりの精神的健康状態について把握することは、子どもの学校適応の維持・促進に関わる要因を明らかにしていく際にも役立つものと考えられる。

子どものQOL(Quality of Life)

子どもの日常生活における包括的な状態像を測る指標の1つにQOLがある。子どものQOLを測る尺度としてはKINDLR (Racens-Sieberer & Bullinger, 1998)が代表的であり、子どもの普段の生活における満足度を身体的健康・精神的健康・自尊感情・家族・友だち・学校(園)生活の6領域から評価することができる。
この尺度には子ども本人による自己回答用(幼児の場合にはインタビュー形式で回答を求める)と親回答用が存在し、これまで20数か国語に翻訳され、日本語版は、古荘・柴田・根本・松嵜(2014)が幼児版、小学生版、小中学生版それぞれについて自己回答用と親回答用を作成し、妥当性と信頼性を確認している。

就学移行期における子どものQOLの発達的変化

本研究では、対象児が年長と小学1年生の両時点の質問紙調査(郵送法)に回答した107家庭(男子54名, 女子53名)を分析の対象とした。今回の回答は母親のみで、年長時の子どもの平均月齢は76.82ヶ月(SD=3.14)、小学1年生時(就学後)では88.83ヶ月(SD = 3.36)、対象児が年長時の母親の平均年齢は38.59歳(SD = 4.54)であった。
子どものQOLが就学前後でどのように変化するかについて6つの下位領域と全体のそれぞれについて比較した結果、6下位領域中の「学校(園)生活」の得点および「子どものQOL総得点」が、就学前よりも就学後に低下していたことが示された(Table1参照)。小中学生を対象とし、子どものQOLの発達的変化について検討した柴田・松嵜(2014)は、QOL総得点が学年とともに低下傾向にあったことを報告している。本研究結果から、就学移行期においても柴田ら(2014)の結果と同様の傾向が確認されたものと考えられる。また、就学移行期の子どもをもつ母親を対象に「子どもの生活での気がかり・悩み」についてベネッセ総合研究所が行った調査から、親の気がかりとしては、年長児では「友だちとの付き合い」であるとの回答が最も多かったが、小学校1年になると「勉強や学習」に関するものが上位を占めており、「宿題を嫌がったり自分からしないことが気になる」という声があがっていたと報告されている(田村, 2013)。つまり、就学後にQOLの学校(園)生活領域得点が低下していた背景には、学習課題(宿題など)に対する取り組み姿勢に関する親の認識が、就学前よりも「子どもの生活での気がかり・悩み」として挙げられやすかったことが反映されたものと推察される。


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就学移行期における子どものQOLと親の自尊感情との関連

子どものQOLと「母親の自尊感情」との関連について検討するため、母親の自尊感情についてThe Self-Perception Profile for Adults(Messer & Harter, 1986)を邦訳し、Global Self-Worthに関する6項目(自尊感情に相当)を使用した。 結果、対象児が年長時点での母親の自尊感情の高さが、小学1年生での子どものQOLの高さにポジティブな影響を及ぼしていることが示された。菅原(2015)は、0歳~2歳の子どもをもつ初産世帯の父母を対象として、子どものQOLに影響を及ぼす要因について検討し、発達初期の子どもの生活と心身の状態の良好さは、両親のQOLに影響されていたことを報告している。本研究においても、就学後の子どものQOLに就学前の時点での母親の自尊感情が関連していたことから、親の精神的健康が就学移行期の子どものQOLに関連する可能性が示されたものと考えられる。

おわりに:就学移行期にある子どもをもつ親の自尊感情の重要性

榊原(2011)は、5歳児と7歳児をもつ親を対象としたQOLの研究から、子どものQOLと親のQOLとの間にポジティブな関連を見出しており、これらの結果を踏まえて、「子どもの幸福を願うのであれば、まず親である自分が幸福になること」(榊原, 2017)と述べている。この研究結果からも、子どものQOLの維持・促進を考えるのであれば、まずは「親自身が自分を大切にすること」、また、「親自身が自分自身を好きだと思えること」の重要性が示されたものと言えよう。
特に就学移行期は、子どもだけではなく親にとっても環境変化の激しい時期であり、例えば、「小1の壁」(放課後や小学校の長期休暇中に安心して子どもを預けられる先を確保することに関して、保護者が遭遇する適応困難状態)といった言葉からも、就学前後における親の環境移行の困難感がうかがえる。「小1の壁」の打破を目的とした「放課後子ども総合プラン(内閣府, 2015)」をはじめとする取り組みがより充実していくことは、親の精神的健康の増進に寄与する可能性があり、間接的に子どものQOLの向上にもつながっていくのではないだろうか。
今回は、母親のみを対象として、就学移行期における子どものQOLに直接的・間接的に関わる要因について検討した。今後はさらに調査対象者を増やし、父親から得られたデータも含めて、親子の性別組み合わせを考慮した検討や社会経済的要因を含めた詳細な縦断的研究を継続していく必要があるものと考えている。

*本稿はチャイルドサイエンス(眞榮城・酒井, 2018) および子ども学会議ポスター発表(眞榮城和美・梅崎高行・前川浩子・則定百合子・酒井彩子・田仲由佳・高橋英児・室橋弘人・松本聡子・酒井厚, 2018)で得られた結果に基づき作成した。


引用文献

  • 古荘純一・柴田玲子・根本芳子・松嵜くみ子【編著】(2014). 子どものQOL尺度その理解と活用―心身の健康を評価する日本語版KINDL. 診断と治療社.
  • 文部科学省.(2008). 小学校学習指導要領解説 生活編. 日本文教出版.
  • 眞榮城和美・酒井厚.(2018). 就学以降期における子どものQOLの発達と関連要因の検討―親の自尊感情・養育態度との関連を中心として― チャイルドサイエンス, 16, 19-24.
  • 眞榮城和美・梅崎高行・前川浩子・則定百合子・酒井彩子・田仲由佳・高橋英児・室橋弘人・松本聡子・酒井厚.(2018). 子ども期の社会性の発達に関する縦断研究プロジェクト(18)―就学移行期の子どもの QOL―, 第15回日本子ども学会議学術集会, 於:同志社女子大学.
  • Messer, B. & Harter, S.(1986). The Self-Perception Profile for Adults Manual and Questionnaires, University of Denver.
  • 内閣府.(2015). 平成27年度版. 少子化社会対策白書.
    https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2015/27webhonpen/index.html
  • Ravens-Sieberer, U. & Bullinger, M. (1998a). Assessing health related quality of life in chronically ill children with the German KINDL: first psychometric and content analytical results. Quality of Life Research, Vol. 7, Issue 5.
  • 酒井厚・眞榮城和美・前川浩子・則定百合子・上長然,・梅崎高行・田仲由佳・高橋英児.(2012). 子ども期の社会性の発達に関する縦断研究プロジェクト(1) : 養育者の子育てサポートネットワークと養育態度および幼児の問題行動との関連,教育心理学会第54回総会発表論文集, 402.
  • 榊原洋一.(2011). 生育環境とその格差が子どもの生活の質と精神的健康に及ぼす影響.
    https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-21402044/21402044seika.pdf
  • 榊原洋一.(2017). 親の幸福は子どもの幸福, Child Research Net
    https://www.blog.crn.or.jp/chief2/01/36.html
  • 柴田玲子・松嵜くみ子.(2014). 第1章 基礎編 7 QOL尺度の実用化. 古荘 純一・柴田 玲子・根本 芳子・松嵜くみ子【編著】(2014). 子どものQOL尺度その理解と活用―心身の健康を評価する日本語版KINDL. 診断と治療社. 29-37.
  • 新保真紀子.(2001). 「小1プロブレム」に挑戦する 子どもたちにラブレターを書こう 明治図書
  • 菅原ますみ.(2011). 第6章 家族のQOLの特徴 第2回 妊娠出産子育て基本調査(横断調査)報告書.  ベネッセ教育総合研究所報. vol.9. 106-117.
  • 菅原ますみ.(2015). クオリティ・オブ・ライフと子ども期の発達 ―妊娠期から青年期まで― 日本小児看護学会誌. vol.24(3). 56-63.
  • 田村徳子(2013) 第3回 小学校入学前後の子どもを持つ親の悩みと課題, ベネッセ教育総合研究所
    https://berd.benesse.jp/berd/focus/2-youshou/activity3/
筆者プロフィール
kazumi_maeshiro.jpg 眞榮城 和美 Ph.D.(心理学 白百合女子大学)。白百合女子大学 人間総合学部 発達心理学科 准教授。日本子ども学会編集委員・SEL(Social Emotional Learning)研究会監事・セカンドステップ指導講師・生涯発達研究教育センター運営委員。専門は発達心理学・臨床心理学・自己心理学・発達精神病理学。
主な著書:「自己評価に関する発達心理学的研究 —児童期から青年期までの検討—」2005 風間書房。菅原ますみ(監訳)2006「発達精神病理学 子どもの精神病理の発達と家族関係」 E・M・カミングス、P・T・デイヴィーズ、S・B・キャンベル 共著 第10章担当 ミネルヴァ書房。繁多進(編)2009 「子育てに活きる心理学 実践のための基礎知識」 新曜社 第4章担当。黒田祐二(編著)2014「実践につながる教育相談」 第11章担当 北樹出版 など。
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