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フィンランド訪問を通じたインクルーシブ教育の再確認

インクルーシブ教育

インクルーシブ教育とは、障害のある生徒が普通学級で教育を受けることです。それは理想論だという意見もあります。障害のある生徒から個別支援の機会を奪うものであるという見方もあります。新しい概念ですので、様々な意見が出るのは当然のことだと思います。ただ、「インクルーシブ教育」という言葉の定義に、「障害のある生徒が普通学級で教育を受ける」という一文が含まれることは間違いありません。しかし、日本での学校教育を眺めていると、こんなシンプルなことなのに、自分の解釈が間違っているのではないかと不安になってきます。

2年に1度のフィンランド訪問は今回で4回目となります。今回も「インクルーシブ教育」の定義を再確認し、自分のブレを修正するための1週間になったと思います。

ユヴァスキュラにある小学校の一風景

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写真は小学校での算数の授業風景です。訪問した小学校はユヴァスキュラ市内にある新しい学校で、授業は多目的ホールのような教室で行われていました。アクティブラーニングでの授業ということもありますが、見てわかる通り本当に自由な雰囲気です。はじめに簡単な説明、その後は課題演習と流れは普通でしたが、テキストに書き込む生徒、棚に並んでいるパソコンを取り出し課題をこなす生徒、壁に向かって一人黙々と取り組む生徒、何人かとワイワイ話し合いながら取り組む生徒といろいろです。フィンランドの小学校訪問はこれまで何度も行なっているので、この様子にそれほど驚きはありません。驚いたのは右側の写真に写っている男性教師の方です。今回この男性教師の方が学校内の案内や授業の説明などをしてくれたのですが、斬新なヘアースタイルとタトゥーは日本人の感覚からすると、教師からは一番遠い存在に見えます。とても感じの良い方で、様々な質問に対して真摯に答えてくれました。ただ、ヘアースタイルとタトゥーについての質問は遠慮しました。それは、聞きにくいということもありますが、「授業を行う上で何か問題はありますか」と、不思議そうな表情で返答されることが容易に想像できたからです。

これと同じような経験で記憶に強く残っているのが、2回目にフィンランドを訪問した際に見学したユヴァスキュラの小学校での授業風景です。

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机に座っている生徒。場所を移動したり、上着を脱いだり、イスに座ったりと落ち着きがない様子が見られ気になったのですが、先生や他の生徒は特に気にすることなく授業は進んでいきました。授業終了後に質問の時間を設けていただいたので、この生徒の振る舞いは問題がないのかを先生に尋ねてみました。先生は不思議そうな表情で「授業を行う上で何か問題はありましたか」と答えてくださいました。見学していて思いましたが、確かに問題はありません。それどころか授業内にてこの生徒は、とても素敵な発表を行っていました。

基礎的環境整備

フィンランド国内でもインクルーシブ教育に対する温度差はあります。訪問したユヴァスキュラ市は、教育学部で有名なユヴァスキュラ大学が市内にあることもあり、インクルーシブ教育に対して積極的な学校が多いようです。そのような学校を見学してまず感じることが、基礎的環境整備に対しての意識の高さです。

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少し古いですが、上の写真は2012年に訪問した小学校の様子です。左の写真は教室内の後方に設置された着替え用テントみたいなものです。授業中に落ち着かなくなった生徒が自由に使うことが出来、教室内にあるリソーススペースとなっています。右の写真は廊下に設置された机とイスで、これも同じくリソーススペースとして活用されており、授業中であっても自由に利用できます。

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上の写真は今回(2018年)訪問した小学校の様子です。新しい学校のためリソーススペースが設計段階から組み込まれています。その他、タイムタイマー・姿勢保持を助けるクッション・イヤーマフなど、便利な物がいろいろと準備されています。また、IT先進国だけあって、電子黒板やPC、タブレットなどは当たり前のように活用されています。

ソフト面でも同じような配慮がなされていると思います。詳細については省きますが、先生と話をしていて強く感じるのは、アカデミアとの繋がりです。会話の中で普通に、インクルージョンを研究している大学や研究所の論文の話が出てきて、それに基づいたカリキュラムを現在試していて・・・のような話がよく出てきます。また、実践結果は大学や研究機関にフィードバックされ新たな研究に生かされるそうです。ユヴァスキュラ大学にて研究者の方とディスカッションをしたときにも、現場からのフィードバックの重要性を強調していました。学校にて特別支援教育の主導的立場にある特別支援教諭は、教員免許取得後、大学院にて特別支援教育に関する単位を取得することによってなれます。アカデミアとの繋がりの強さは、特別支援教諭の多くが、教員として働いた後休職して単位を取得し、復職していることと関係があるかもしれません。

日本のインクルーシブ教育

私自身は学校教育の専門家でも、実践家でもありません。これまで小学生~高校生を対象とした学習塾に勤務し、現在は保育園にて働きながら学校教育というものを外側から眺めてきました。フィンランドの訪問も、インクルーシブな保育環境を構築するための視察が主な目的です。保育園は幼稚園とは異なり、契約ではなく措置で児童が入所するシステムであることもあり、入所児童を園で選択することは原則出来ません。そのため保育園は「障害のある生徒が普通学級で教育を受ける」という点においてはインクルーシブであると言えます。ただそれだけでは十分と言えず、その質を向上させ、その先にある多様性を認め合う豊かな保育環境の構築を目標としています。このように外側の立場にいるからなのか、日本のインクルーシブ教育に対しては違和感を強く感じており、卒園児として学校に送り出す立場としてとても不安を感じています。

はじめにも述べたとおりインクルーシブ教育に対しての考え方はいろいろあります。フィンランド国内でも、インクルーシブ教育に対して否定的な意見を聞くこともあります。ただ、インクルーシブ教育が「障害のある生徒が普通学級で教育を受ける」という意味であることを否定する人はいません。日本で感じる違和感は、この当たり前の定義が書き換わっていることです。日本でのインクルーシブ教育は、通常学級と特別支援学級を同じ敷地内に作ることが「基礎的環境整備」とされ、特別支援学級での個に合わせた指導が「合理的配慮」、そして障害児への合理的配慮を保証するため就学相談を通じて特別支援学級に措置されたりします。この「日本型インクルーシブ教育」はどう考えてもインクルーシブ教育ではありません。

インクルーシブ教育についての議論を進める前に、このインクルーシブ教育の定義を共通認識とすることが最も重要だということを、今回のフィンランド訪問でも強く感じました。

筆者プロフィール
Masashiro_Oba.jpg 大庭 正宏

小学生から高校生を対象とした学習塾の副代表を経て、現在は社会福祉法人陽光福祉会理事長兼太陽の子保育園園長。2012年より続けているフィンランドの保育園視察で学んだインクルーシブ保育をモデルに、東京都羽村市にて運営している2つの保育園にてその実践に取り組んでいる。さらに現在は、児童発達支援事業所である発達支援Kiitos羽村を通じ、インクルージョンを地域へと拡げていけるよう活動を行っている。
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