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アクティブラーニング型教室における取り組み

グローバル化や情報化などによって社会が急激に変化し、将来の予測が困難な時代となる中、様々な課題に対して主体的に考え、他者と協力して行動する人材が求められている。アクティブラーニングは、こうした社会変化に対応できる人材育成の手段として注目されており、大学教育のあり方にも変化を迫っている。東京大学教養学部では、理想の教養教育を実践するモデル教室として、2007年に駒場アクティブラーニングスタジオ(以下、KALS)を、2011年に8部屋のアクティブラーニング型教室を設けた21 Komaba Center for Educational Excellence(理想の教育棟)(以下、21 KOMCEE)を設置し、いちはやくアクティブラーニングの導入を進めてきた。KALSや21 KOMCEEについては、すでに多くの文献で紹介されているが(山内・林・西森・椿本ほか 2010、林 2010、永田 2016)、ここではアクティブラーニング部門が管理・運用するKALSと21 KOMCEEの201教室(以下、K201)で開講された授業の担当教員と学生を対象におこなったアンケートの結果をふまえつつ、これらのアクティブラーニング型教室における取り組みについて紹介する。

KALSでは、学生が資料・データ・映像・情報などのインプットを読解・ライティング・討論を通じて分析・評価し、その成果をレポート・論文・発表・作品として統合的にアウトプットするような能動的な学習をアクティブラーニングと定義している。こうした活動を支えるために、KALS・K201には、2面/4面スクリーン、タブレットPC、クリッカー(注1)などのICT設備のほか、討議に役立つ可動式の勾玉テーブル、ホワイトボードが備えられており、リベラルアーツ教育の新たな手法を実践するICT支援型協調学習教室として機能している。

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出所 KALSホームページ http://www.kals.c.u-tokyo.ac.jp/internal/index.html


2015年度Aセメスター(秋学期)には、学術英語(ライティング、スピーキング)をアクティブラーニングで学ぶ授業、統計分析、映像制作、翻訳、フィールドワークの授業など合計20コマの授業がKALS・K201で開講された。これらの授業では、教室に設置された設備を活用して、アクティブラーニングの要素を取り入れた様々な活動がおこなわれている。たとえば、映像制作の授業では、学生が撮影してきた動画を4面スクリーンに映し出し、それについて学生同士で討議をしたり相互評価をしたりする。討議やグループワークを取り入れた授業では、思考プロセスを可視化したり、成果を共有したりするためにホワイトボードが用いられる。学生はホワイトボードに書かれた内容から他者の多様な視点や価値観を学び、またそれによって自己理解を深める。教える知識の量が多い授業では、学生の理解度をその場で即時に確認できるクリッカーが用いられたりする。学生は教員の出題する多肢選択問題にクリッカーを用いて回答し、教員はその正解率に応じて説明内容を調整することで学生の理解向上を図ることができる。

以下ではKALS・K201の授業の担当教員と学生(注2)のアクティブラーニング型教室に対する評価結果(小原・福山・吉田 2016)や、学生の到達度に関する調査結果(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 2015)にふれながら、これらの教室における取り組みについてみていく。まずアクティブラーニング型教室(以下、AL型教室)を利用した満足度(4段階評価)については、教員・学生ともに非常に高く、教員については「とてもそう思う(満足している)」と回答した者が9割を超え、学生については、「とてもそう思う(満足している)」(約5割)、「そう思う(満足している)」(3.5割)と回答した者が約8.5割を占めた。また、授業/学習に役立った設備・機材については(複数選択形式)、教員ではスタッフ・TA(ティーチング・アシスタント)をあげる者が最も多く(約7割)、次いで勾玉テーブルが多かった(約6割)。KALS・K201では、教員が授業そのものに専念できるよう、機材の操作支援やトラブル対応、机のレイアウト、機材準備などの面でスタッフ・TAが授業支援を行っている。教員からは「支援があるので授業そのものに専念できる」という意見も聞かれ、この点が評価されたものと考えられる。一方、受講生については、2面/4面スクリーンをあげる者が最も多く(約5割)、続いて、勾玉テーブル(約3.5割)、ホワイトボード(大)(約3.5割)、TA・スタッフ(約3割)の順に回答が多かった。KALS・K201は授業の目的に応じてレイアウトを変更するため、机・椅子が必ずしも常に教壇の方向を向くわけではない。複数スクリーンは、柔軟なレイアウトを特徴とするKALSのような学習空間において評価されたと考えられる。教員と学生の双方から評価の高かった勾玉テーブルについては、「レイアウトを自由に変更できるので、授業内容を柔軟に設計できた(教員)」、「非常に議論の役に立った(学生)」といった意見も述べられた。

KALS・K201で行われる授業の受講生に行うアンケートでは、教養学部前期課程の修了生全員を対象に毎年実施している達成度調査と同じ質問項目を用いている。具体的には、「学問的知識の習得」、「論理的・分析的に考える力」、「自分の知識や考えを表現する力」、「他者と討論する力」、「問題を発見し、解決する力」、「主体的に行動する力」に関する達成度の自己評価を確認している。AL型教室における授業の受講生は、すべての項目について「とても身についたと思う」、「身についたと思う」と回答した者の比率が教養学部全体の授業の受講生のそれと比べて高かったが、両者の差が最も顕著であったのは「他者と討論する力」で、逆に両者にほとんど差が見られなかったのは「学問的知識の習得」であった(注3)

教員・学生に対するアンケートでは、AL型教室とその他の教室とで違いを感じた点を複数選択形式で確認しているが、教員・学生ともに「(AL型教室の方が)より作業や議論・発表がさせ(し)やすい」と回答した者の比率が高く、「他者と討論する力」に関する上記の達成度調査の結果は、こうした教員・学生の実感からも納得がいく。KALS・K201を利用した受講生の回答には、「自分の議論や見解に対する建設的な批判をもらえると、自分の考えに欠けている部分や考え方を改善することができ、考えを発展させるには議論が必要不可欠だということを実感できた」というコメントもみられ、KALS・K201の授業は、討議を通じてその力を身につけさせるだけでなく、その意義の理解も促していることがわかった。

学生への「学問的知識の習得」に関する調査結果は、アクティブラーニングに関する一般的イメージと矛盾する結果となっている。一般に、アクティブラーニングを取り入れると教員による講義の時間が減少し、教えられる知識の量が減少すると捉えられがちである。しかしアンケートではAL型教室における授業の受講生と教養学部全体の授業の受講生の回答にはほとんど差がみられず、むしろ、「(学問的知識が)とても身についた」と回答した受講生の比率は、AL型教室の授業の受講生の方が教養学部全体のそれを2割近く上回った。アンケートでは、「討論を通じて知識や考えを深められた」という回答もみられ、このことからアクティブラーニングを取り入れた授業は、知識の修得に必ずしも不利なわけではなく、講義形式の授業とは異なる方法で学生の学問的知識の習得を実現していることがわかる。

「議論・発表がさせ(し)やすい」こと以外に、AL型教室とその他の教室との違いを感じた点として教員・学生双方の回答者の比率が高かったのは、(AL型教室の方が)「より学生の集中度が高い」、「より学生/教員の距離が近い」点であった。教養学部で行われている授業の多くは大教室を利用する授業であるが、KALS・K201で行われる授業は少人数授業(約10~20人)である。教員・学生の認識にはこのことが影響していると考えられる。アンケートでは、教員とTAとの距離が近いことで、フィードバックを受けやすく充実した時間を過ごせたと述べる学生もみられた。

以上のように、AL型教室は、質の高い学びを提供する場として、大学教育改革において重要な位置付けにある。こうした学習環境を最大限に生かすためには、物理的な教室環境の整備のみならず、学生の学びの質や成果を高める工夫やコツ、効果的な設備の活用方法などの実践知を教員間で共有し、相互に学び合えるような機会や場を設けるとともに、それを支援するための環境整備を進めていくことが重要となろう。


  • 注1 学生が応答用に用いるリモコン装置。学生の回答結果をグラフ表示したり、集計したりできる。大人数講義でも双方向教育を実現できるツール。
  • 注2 受講生はアンケート実施日の出席者203名、教員は16名を対象にしている(未回答者2名と調査をおこなった専任スタッフ2名を除く)。KALS・K201で開講される授業は、学部生と大学院生を対象としている。KALS・K201は必修授業でも利用されているが、すべての学生がこれらのアクティブラーニング型教室を利用しているわけではない。
  • 注3 「他者と討論する力」については、「とても身についたと思う」、「身についたと思う」と回答した者の合計比率は、教養学部の受講生では約2.5割、AL型教室の受講生では約6.5割と大きく差があるのに対して、「学問的知識の習得」について「とても身についたと思う」、「身についたと思う」と回答した者の合計比率は、教養学部の受講生とAL型教室の受講生いずれも約8割であった。

参考・引用文献
  • 小原優貴・福山佑樹・吉田塁(2016)「アクティブラーニング型スタジオと授業に対する評価-受講生と教員の視点から-」京都大学高等教育研究開発推進センター『第22回大学教育研究フォーラム発表論文集(個人研究ポスター発表)』pp. 192-193。
  • 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部(2015)『教養教育の達成度についての調査(平成27年3月実施)』
    http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/assessment/deguchi14.pdf(最終アクセス日2016年3月7日)
  • 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構アクティブラーニング部門(2016)AL Newsletter (Winter 2015), vol. 3, Issue.1.
    http://www.kals.c.u-tokyo.ac.jp/dalt/wp-content/uploads/2014/09/KOMEX-DALT-Newsletter-201602.pdf(最終アクセス日2016年3月7日)
  • 永田敬・林一雅(編)(2016)『アクティブラーニングのデザインー東京大学の新しい教養教育』東京大学出版会。
  • 林一雅(2010)「ICT支援型ラーニングスペースにおける授業の類型化―東京大学アクティブラーニングスタジオの事例から―」『日本教育工学会論文誌(Suppl.)』第34巻、pp. 113-116。
  • 文部科学省中央教育審議会(2012)「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けてー生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へー(答申)」
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325047.htm(最終アクセス日2016年3月7日)
  • 山内祐平・林一雅・西森年寿・椿本弥生ほか(2010)『学びの空間が大学を変える』ボイックス株式会社。
筆者プロフィール
小原 優貴

東京大学大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構特任准教授。博士(教育学、京都大学)。専門は比較教育学、南アジア地域研究。途上国・新興国の教育に関心をもち、高等教育の国際化、教育の質保証、子どもの教育権の保障について研究している。単著に『インドの無認可学校研究―公教育を支える「影の制度」』(東信堂、2014年)、共著に『トランスナショナル高等教育の国際比較』(東信堂、2014年)、『激動するアジアの大学改革―グローバル人材を育成するために』(上智大学出版会、2012年)、Low-fee Private Schooling: Aggravating Equity or Mitigating Disadvantage? (Symposium Books、2013年)、ほか。
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