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シンガポールにおける働く女性と子育ての問題

合田 美穂(香港中文大学兼任准教授、静岡産業大学非常勤講師)

2015年1月16日掲載

要旨:

シンガポールの女性の多くは、未婚、既婚にかかわらず社会進出をしている。子育て中の女性の社会進出を可能にしているのは、外国人家事労働者の存在である。外国人家事労働者は、シンガポールの家庭では重要な存在となっている。筆者が聞き取りをした親たちは、「特に学習面については、できるだけ親が寄り添いたい。子どもをお手伝いさんに任せっきりにしたくない」という考える傾向にあったが、社会では、育児を疎かにする親についての問題が指摘されるようになっている。就労する既婚女性が更に増える傾向にあるシンガポールでは、外国人家事労働者だけではなく、父親や祖父母の人的資源が、今後更に重要になってくるであろうと考えられる。
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1, 女性の高い労働参加率および働く女性を支える政策

筆者は、学生時代にシンガポールに数年間、留学をしていたことがある。その際に知り合った多数の人たちとは、現在も定期的に連絡を取り合っている。彼女たちの全員が結婚をしており、中には子どもがいる人もいるが、全員に共通していることは、現在も就労を継続していることである。この状況だけを見ても、シンガポール既婚女性の高い就労率を感じることができる。

シンガポールの失業率は、2014年時点で、2.00%である*1。 シンガポールの国内総生産(1人当たり)は、2014年では56,112.98米ドルであり、2013年の55,182.48米ドルと比較すると、10.1%の成長が見られる。 10年前の2004年(27,404.58米ドル)と比較すると、20.5%もの成長である*2。シンガポールの経済成長と、女性の高い就労率とは、無縁であるとは言えないだろう。

台湾の財団法人婦女権益促進発展基金会副執行長の黄鈴翔氏の調査によると、2012年のシンガポールの女性の労働参加率*3は、25-29歳(86.8%)、30-34歳(83.3%)、35-39歳(78.9%)、40-44歳(74.8%)であった*4。 これらの数字は日本よりも高い(25-29歳[77.6%]、30-34歳[68.6%]、35-39歳[67.7%]、40-44歳[71.7%])。シンガポールの女性管理職の比率も高く、2012年現在、管理職に就いている女性の割合は、35.8%である。一方、日本は、11.1%に過ぎない。

黄鈴翔氏が紹介したシンガポールの女性を支援する労働政策の中で、特色のある政策を以下に紹介する。

  1. WoW!基金(Work-Life Works Fund):2004年8月に創設された基金で、「柔軟な仕事形態」、「休暇と福利厚生の充実」、「従業員支援制度」を実現させるための補助金を提供する。
  2. 育児休暇に関する法令:「雇用法」および「児童育成共同貯蓄法」が適用されることにより16週間の産休が認められる。その他、乳児休暇、子ども休暇の制定。
  3. Dads for Life(父親の育児参加計画):政府が提唱するACT計画は、父親としての意識(Aware)、覚悟(Commit)そして時間(Time)をかけた生活スタイルの変革(Transformation)の重要性を主張している。また、専用のウェブサイトでは、父親たちが交流したり学んだりする機会を設けている。
  4. 1週間の有給付添い産休:父親の1週間の有給付添い産休の提供。自営業者も同様の付き添い産休がとれる。
  5. 退職および再雇用法:2011年に定年法が改正され、雇用主がスタッフを雇用する際に、年齢を理由に、採用条件を満たす求職者を不採用にしてはならないと定めた法律。既に退職年齢である62歳に達している求職者に対しても同様である。
  6. 女性の職場の多元的な選択を強化する政府・組合・雇用者の三方面からのワークグループ:就労する女性が職場に留まれるように協力する。出産と子育てを終えた女性の再就職の機会を増やす。また、無職女性の職場進出を促進する。
  7. 女性の再雇用の支援:シンガポール労働省および人材開発省との計画によって、企業に補助金を提供し、中高年女性などの職場への再復帰を支援する。
2,シンガポールが提唱する「家庭第一」という新しい価値観

2004年、シンガポールの合計特殊出生率が、これまでの最低記録を更新した。2003年の合計特殊出産率の1.24人から1.05人に落ち込んだのである。これをうけて、同年、リー・シェンロン首相は、建国記念日の演説にて、「家庭価値」を政策の重点として、シンガポールに「家族向けの家庭環境」を作り出すことを宣誓した。2009年には、「家庭向けの事業委員会」を創設し、政府の融資によりコンサルタントを派遣し、「家庭向けサービス」を提供する企業を支援することとなった。中小企業は、この融資を利用して、コンサルタントを雇用したり、社内に子育てのスペースを作ったり、乳幼児の家具を増やしたり、バリアフリーのスペースを増やしたりすることができるようになった。

2009年以降、シンガポール政府は、ジェンダーおよび仕事と家庭生活とのバランスを取ることを推進する活動を積極的に行うようになっている。シンガポール家庭委員会は、父親の子育てへの参加を積極的に促している。同委員会が、主に小中学校の教諭に対して実施した大規模な調査によると、調査対象となった教諭の98%が、父親が子どもの学校生活に関わることに賛成している。「父親の育児参加計画」の活動は、学校で父親の日、父子の読書活動などとして行われている。シンガポールのボーイスカウトもまた、特別に父親と子どもが一緒に参加できる活動を企画している*5

その他、2014年2月に、「家族向けの委員会」(Families for Life)が成立した。同委員会は、家庭を大切にすること提唱しており、10名のメンバーには、弁護士、学者、ボランティア団体の代表などが含まれている。メンバーのほぼ全員が既婚者であり、一部は「家庭向けの事業委員」の経験者でもある。

3,外国人家事労働者による家庭への支援

シンガポールの既婚女性の職場進出を更に容易にしているのが、外国人家事労働者の存在である。シンガポールは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などと同様に、外国人家事労働者を多く受け入れている地域の1つである。シンガポール政府統計局の資料(2012年)によると、総人口は531.24万人でシンガポール公民が328.51万人、永住権所有の外国人移民が53.31万人、外国人労働者が149.92万人である。外国人家事労働者の最低賃金は400米ドルである。シンガポールにおける外国人家事労働者の雇用条件は、家に12歳以下の児童がいるか、65歳以上の高齢者がいれば、1名の外国人家事労働者を雇用できる*6

このような事情から共働きの家庭では、外国人家事労働者が家事全般を行うにようになっている。多くの子どもたちは、親よりも、家事労働者に懐くようになっている。シンガポールの映画『イロイロ ぬくもりの記憶』(2013年)は、フィリピン人のお手伝いさんが働く家庭の物語を通してこうした問題を描いた映画である。イタズラ好きの息子の世話を依頼するため、両親はテレサというフィリピン人のお手伝いさんを雇用する。息子が自分たちよりも、テレサと良い関係を築いているのを目の当たりにした両親は、複雑な感情を抱き始めるのである。

そんな社会背景から政府の住宅政策も、祖父母による子育てへの参加を促すものである。シンガポールは、世界の中でも、公共住宅の問題をうまく解決できている国家の1つである。政府が提唱する「持ち家計画」*7の下、約82%が政府の公共団地に居住している。80%が自分で住居を購入しており、2%が賃貸で居住している。近年、政府はまた「大家族を推進する持ち家計画」を提唱している。同計画には2つの特徴がある。1つ目は、初めて政府の公共団地の購入を申請する者が、公開市場において父母または既婚の子どもの近隣の物件を購入する場合、購入時に4万シンガポールドル(日本円で約300万円)の補助を受けることができる。2つ目は、既婚の子どもが父母と同居あるいは父母の近隣の住宅を購入申請した場合、「抽選による公共団地購入計画」および「公共団地の予約購入計画」の下で、他の申請者の倍の当選確率を与えられる。その他、「小型コンドミニアム計画」がある。高齢の国民が、子どもの近くにある小型のコンドミニアムに居住することができる制度*8である。 これらの計画は、本来はすべて高齢化問題への対策であるが、筆者は、祖父母の子育てへの参加に対しても一役を担うものであると考えている。以下に筆者が話を聞くことができた事例を紹介する:

  • ケース1:Aさん(30代後半)は「大家族を推進する持ち家計画」で、現在、親の近所の公共団地に居住している。フルタイムの会社員をしており、小学生の子どもが2名いる。現在は、外国人のお手伝いさんとAさんの親の助けを得ているが、学習面など子どもに直接関することは、お手伝いさんよりも親に頼っている。

  • ケース2:Bさん(40代後半)もフルタイムの会社員で、3人の子ども(高校生1名、中学生1名、小学生1名)がいる。Bさんの親が10年近く子どもの世話をしてくれていたという。その時は、子どもと直接関わる必要がない掃除や洗濯など家事全般は、家事労働者に任せていた。

  • ケース3:Cさん(40代後半)はパートの事務員をしており、2人の子ども(高校生1名、中学生1名)がいる。フルタイムで働いていた頃、外国人家事労働者を雇ったこともあったが、うまくいかず解雇した。子どもが小さい間は、Cさんの義母に育児を助けてもらっていた。子どもが2人とも小学校に上がってからは、パートの仕事をするようになり、子どもの帰宅に合わせて帰宅している。

  • ケース4:Dさん(40代前半)はフルタイムの会社員で、2人の子ども(中学生2名)がいる。今は、残業や出張がない仕事に転職をしている。以前は外国人家事労働者を雇用していたというが、基本的には、家事全般のみを家事労働者に任せていた。子どもが宿題をするときは、夫に横について見てもらっている。

以上の4名が異口同音に気にしていたことは、シンガポールの教育のプレッシャーについてである。シンガポールでは、小学校6年生の最後に、Primary School Leaving Examinationと呼ばれる卒業試験を受けなければならない。筆者が聞き取りをした親たちは、「特に学習面については、できるだけ親が寄り添いたい。子どもをお手伝いさんに任せっきりにしたくない」という考えをもっていた。この背景には、シンガポールの厳しい学歴社会が関係していると考えられる。土地が狭く、天然資源がほとんどないシンガポールは、人材の育成に力を入れており、小学校段階から優秀な人材を効率よく育成し、より高い教育の機会を与えるということが長年行われてきた。そのために、シンガポールの子どもたちは、全国規模の試験を何度も受けなければならない。それらの試験の中で、最初の重要な試験が、Primary School Leaving Examinationである。この試験の結果によって、中学に進級できるか、どの中学校に行けるのかが決まるのである。将来を左右すると言っても過言ではないこの試験は、受験生である小学生だけではなく、家族にとっても大きなストレスとなっている。この試験の準備をするために仕事を辞める母親もいるほどである。このため、シンガポールでは「小学校時代の学習をおろそかにすると、子どもの将来がない」という考えが強く、「家事も学習面もすべてお手伝いさん任せ」になってはならないのである。また、母親が家事に忙殺されて、子どもの勉強を見てあげられないことがないように、家事労働者を雇用するという考えもある。この4人のケースから「家事は家事労働者、学習面は家族」という形がみられたが、それは、この4人の家庭に限られたことではないのである。

 とはいえ、社会では、育児を疎かにする親についての問題も指摘されるようになっている。シンガポール政府が「家庭第一」、「大家族を推進する持ち家計画」などを推進しているのもこのためである。これらの計画は、近年開始されたばかりで、まだ明らかな効果が見られていない。就労する既婚女性が更に増える傾向にあるシンガポールでは、外国人家事労働者だけではなく、父親や祖父母の人的資源は、今後更に重要になってくるであろう。


*1 Unemployment rate, Percent of total labor force: http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2014/02/weodata/weoselser.aspx?c=576&t=1
*2 Gross domestic product, current prices, U.S. dollars: http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2014/02/weodata/weoselser.aspx?c=576&t=1
*3 参加労働参加率とは、生産年齢人口に占める労働人口の割合のことである。生産年齢人口は、15歳から64歳までの人口を指し、この中で働く意思を持つ就業者と失業者の合計である労働人口がどのくらいかを表したものが労働参加率となる。 15歳以上の働く意志のない病弱者、学生、専業主婦、定年退職者などは非労働力人口とされる。
*4 黃鈴翔「提升婦女勞參率之政策探討─以新加坡為例」、『台灣經濟論衡』、2013年9月。
*5 陳雅慧「親子天下雜誌22期」、2011年3月。「星國打造家庭第一新價值」:http://www.grand88.com.tw/?cat=7
*6 高為邦「新加坡能!台灣為何不能?」、『外勞提升新加坡經濟』、2012年11月2日
*7 シンガポールの公共住宅の所有権は99年という規定がある。持ち家であっても、購入時から99年後には、その所有権は政府に帰属することになる。
*8 参照:劉遠擧「國外如何"以房養老"」、『新京報』、 2013年10月12日
筆者プロフィール
合田 美穂(香港中文大学兼任准教授、静岡産業大学非常勤講師)

現職:香港中文大学歴史学科・日本研究学科 兼任准教授(2001年~現在)、静岡産業大学 非常勤講師(2010年~現在) 研究領域:歴史社会学、東南アジアおよび香港社会の研究、民族アイデンティティ研究、民族支援および特別支援教育の比較の研究。 研究歴および職歴:旧文部省アジア諸国等派遣留学生派遣制度にてシンガポール国立大学大学院社会学研究科に留学(1996年~1998年)、甲南女子大学、園田学園女子大学、シンガポール国立大学にて非常勤講師(1995年~2000年)。文学博士(社会学)学位取得(1999年、甲南女子大学)。 所属学会:日本華僑華人学会、日中社会学会 主な出版:『日本人と中国人が共に使える発達障害ガイドブック  発達障害について知りたい!』(日中二ヶ国語併記。中国語タイトルは『日本人與中國人共用的發展障礙手冊 了解發展障礙多一些』)、向日葵出版社、香港、(2011年)等。
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