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【仲間関係のなかで育つ子どもの社会性】 第10回 思春期から始まる自分探しと友人との語らい

酒井 厚(山梨大学教育人間科学部准教授)

2014年12月12日掲載

要旨:

第二次性徴を迎える思春期は、心身の成長とともに大人への階段を上り始め、自分についてあれこれと考え始める時期である。子どもたちは、自分の話を誰かに語ることで自分らしさに気づくことができ、聞いてくれる友人は最良のパートナーである。今回は、思春期頃の子どもの自分探しについて触れながら、友人と自分について語ることの意義について論じた。
1.アスリートの卒業文集

最近は、日本人アスリートの活躍が目覚ましい。若い選手が世界の舞台で偉業を成し遂げていく様は、見ていてすがすがしく心躍る思いである。こうしたスターが現れると、メディアが幼い頃の卒業文集を見つけてきて、彼らが当時、将来の自分をどのように想像していたかを教えてくれる。発達心理学者としては、それもまた楽しみの一つである。彼らの文章を読むと、自分が今どれだけ練習を頑張っていて実力がいかほどかがしっかりと書かれており、それが将来の目標につながるはずだという自信が読み取れる。目標の内容も具体的で、大人になった今、それを本当に成し遂げているのだから恐れ入ってしまう。また、スポーツを通じてできた友だちやライバルの存在が、彼らの励みになっている点も興味深い。

彼らが卒業文集で書いたのは、言うなれば自分の人生についての語りである。私たちは、普段から他者と会話するなかで自分について語ることがあり、これは自分の存在を確認するために必要な作業であると考えられている(Ricouer, 1983)。とくに、自分らしさについて考え始める思春期には語ることの重要性が高まり、その相手は友人である場合が多い。今回は、思春期頃から本格的に始まる自分探しについて触れながら、友人と自分について語ることの意義について考えてみたい。

2.思春期の自分探し

第二次性徴が始まる思春期は、心身ともに大きな変化を迎える時期である。身長が伸びて大人びた体つきになっていくとともに、物事を考える力も洗練され、自分がどうしてそのように感じたり考えたりしたかを考えるメタ認知能力も発達する。また、ホルモンバランスの急激な変化によって精神的に不安定な状態が多くなるというから、この時期の子どもが変わりゆく自分に目を向け、色々と考え、ときに悩んでしまうのは自然な発達であると言えよう。心理学では、「私は何者であるのか」という問いをもち、自分らしさを見出そうとすることを「アイデンティティ(自我同一性)の探求」(Erikson, 1963)、その探究している期間を「モラトリアム(社会的に責任を取る存在になるまでの猶予期間という意味)」と呼び、子どもが自立した大人になっていくために重要な時期であると考えている。

アイデンティティの探究には、自分の存在に確信をもつことと、自分らしさを知ることの2つが含まれる。自分の存在に確信をもつというのは、どんな状態の自分も私という一人の存在であり(斉一性)、昔の自分も今の私であり(連続性)、私という存在はこの世で一人しかいない(独自性)という感覚をもつことである。また、自分らしさを知るというのは、様々な社会的なカテゴリーでの自分を理解しようとすることであり、例えば自分はどんな職業が向いているのだろうかとか、長男として自分はどうあるべきなのか、女性として自分はどんな将来を目指すべきなのか、などの答えを見つけ出していくことである。もちろん、青年の多くは普段からこんな風に自分のことを意識して生活しているわけではないが、自分探しをテーマにした歌を聞いたり小説を読むことで、歌詞の内容や主人公に自分を照らし合わせ、自らを省みた経験がある人は少なくないだろう。私にとっては、歌では尾崎豊さんの「卒業」であり、小説では村上春樹さんの青春3部作であった。

一方、なかにはアイデンティティの探究がうまくいかずに、自分への悩みが深くなる青年もいる。その場合には、これまでの自分という存在を受け入れられずに不良グループに参加して悪いことをしてしまったり、モラトリアム期間が延びて社会的に引きこもってしまうことがある。子ども時分は、自ら評価する自分らしさが、周囲にいる親しい人の目にも同じように映るとわかることで安心し、自分自身について統合的な感覚をもつことにつながるので(Bruner & Kalmar, 1998)、アイデンティティの確立には自分のそばで見てくれている存在が必要である。自分が彼らにどう思われているかを知るには、その相手と自分のことについて話す機会が必要であり、児童期までは親が、思春期以降は友人がその役割を担うことが多い(McLean, 2005)。

3.友人と語り合うこと

自分の人生を誰かに語る作業には、前の出来事と後の出来事とのあいだの裂け目が大きくなったときに、それをつなぎ、意味づけ、納得させる機能があるという(やまだ,2000)。確かに、いつもの生活とは違った良いことや悪いことが起きた時に、友人に話したり愚痴ったりしながら、これまでにも似たようなことがあったことや、その時どうしたかなどを思い出し、これからの行動に役立てる場合がある。大学生を対象にこれまで自分について語った経験を尋ねた研究でも(McLean, 2005)、過去の出来事を話す相手は友人が多く、その出来事は現在の教訓になっているようなことが多かった。また、過去の同じ出来事を思い出す場合でも、語り合う相手によってその解釈や理解は異なることがあり、例えば、昔の友人が自分にとった行動の真意がその当時はわからなかったが、後になって他の友人に語っているうちに気づき、今の自分にとって意味ある過去として再構築することがある。

このように、友人への語りが自分を省みるきっかけになるには、話し手が自分を語ろうと努力するばかりでなく、友人が話をうまく聞いてあげる必要がある。10代の若者が友人と自分について語り合う場面を観察した研究によれば(McLean & Jennings, 2012)、聞き手が、話し手自身が語った出来事の解釈を違った観点や新しい視点から考えられるように促すことで(例えば「その時どう思ったの?」や「相手はそんな風に思わなかったんじゃないかな?」など)、話し手が過去の経験から自分を省みることができるようになるという。 近年では、自分の内面を見せるような話を遠慮する青年も少なくないというから、互いに積極的な聞き手となって友人と語り合う機会を作ってもらいたいものである。

4.私自身のエピソード

最後に、私自身のエピソードを聞いてもらいたい。私が生まれ育った町では就職しても地元を離れずに暮らしている同級生が多く、今でも会って昔話をすることがある。先日、いつものように食事をしているときに中学時代の友人の話題になった。その友人は体つきが大きくやんちゃで、それでいてシャイなとても魅力的な人物であった。私が中学2年生のときである。私の成績が随分と上がり、学年で一桁の順位になった際に、それを知った彼が「すごいじゃん。これ教えてよ。何て訳すの?」と言って聞いてきた単語があった。congratulation。とりたてて取り柄のなかった私に対するシャイな彼なりの賛辞だったのだが、その時、気の利かない私は文字通りに答えを教えただけであった。私がその意図に気づかされたのは、20代に入ってまもなく彼の訃報を聞き、旧友と集まって彼との思い出を語り合ったときであった。私は今、学者のはしくれとなり、学び続けることが仕事である。その時に彼が送ってくれた賛辞は、これからもずっと、学者としての自分を支えてくれるだろう。


引用文献

  • Bruner, J., & Kalmar, D.A. 1998 Narrative and metanarrative in the construction of Self. M.D.Ferrari, & R.J. Sternberg (Eds.), Self-awareness: Its nature and development. (pp. 308-331). New York: Guilford Press.
  • Erikson, E. H. 1963 Childhood and society 2nd edition. New York: Norton. (エリクソン E.. H. 仁科弥生(訳) 1977 幼児期と社会Ⅰ みすず書房)
  • McLean, K.C. 2005 Late Adolescent Identity Development: Narrative Meaning Making and Memory Telling. Developmental Psychology, 41, 683-691.
  • McLean, K.C., & Jennings, L.E. 2012 Teens telling tales: How maternal and peer audiences support narrative identity development. Journal of Adolescence, 35, 1455-1469.
  • Ricoeur, P. 1983 Temps et Récit Ⅰ. édition du Seuil(リクール P. 久米博(訳)1987 時間と物語Ⅰ 新曜社)
  • やまだようこ(編) 2000 人生を物語る―生成のライフストーリー,ミネルヴァ書房:東京
筆者プロフィール
report_sakai_atsushi.jpg 酒井 厚 (山梨大学教育人間科学部准教授)

早稲田大学人間科学部、同大学人間科学研究科満期退学後、2002年に早稲田大学において博士(人間科学)を取得。国立精神・神経センター精神保健研究所を経て、現在は山梨大学教育人間科学部准教授。主著に『対人的信頼感の発達:児童期から青年期へ』(川島書店)、『ダニーディン 子どもの健康と発達に関する長期追跡研究-ニュージーランドの1000人・20年にわたる調査から-』(翻訳,明石書店)、『Interpersonal trust during childhood and adolescence』(共著,Cambridge University Press)などがある。
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