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【仲間関係のなかで育つ子どもの社会性】 第4回 社会的ルールの発達

酒井 厚 (山梨大学教育人間科学部准教授)

2012年4月27日掲載

要旨:

4月は節目の時期である。新入学やクラス替えを迎える子どもたちの多くが、期待と不安を胸に学校生活をスタートさせていることだろう。新しく構成された学級がうまく機能するためには、子ども一人ひとりが社会的ルールを理解し、守ることが期待される。今回は、子ども期の社会的ルールの発達について取り上げ、心理学的観点から実践されている道徳教育の試みについて紹介した。
1.環境の変化

新年度を迎える4月は、日本に住む多くの人が生活環境の変化を経験する時期である。私が所属する大学でも、新入生はガイダンスや授業選び、在学生は彼らとの交流やサークル勧誘などに忙しい。就学前から高校生まで、それぞれに特徴的な環境の変化があり、子どもたちは新たな生活に慣れることが期待される。しかし、近年では「小1プロブレム」や「中1ギャップ」など、とくに学校段階が変わる時点で、子どもたちがうまく適応できない状況が多く取り沙汰されるようになった。こうした現象への対策として、各自治体による保幼小や小中間の連携教育が展開されるとともに、学校現場では子どもに新しい環境での社会的ルールを教える方法が模索されている。今回は、子どもの社会的ルールの発達を取り上げ、心理学的な観点からの授業実践の一例を紹介したい。


2.社会的ルール

私たちの社会には、犯罪を規制するための法律からマナーまで、対人関係を円滑にするための規則や約束事が多数存在する。子どもが社会的ルールをどのように捉え、理解するようになっていくかは、主に認知発達(Piaget,1932)の分野で議論されてきた。認知発達とは、人間のものの見方や考え方の年齢による質的な違いと変化のことである。社会的ルールは、他者の権利や福祉に関わる道徳(moral)と、対人関係を調整し社会秩序を維持するための慣習(convention)の2つに分けることができる。

子どもにとっての慣習としては、順番を守ることやゴミのポイ捨てをしないなどの社会的な習慣、廊下を走らないことや勉強に関係ないものを持ってこないといった校則、あいさつや言葉づかいなどが挙げられよう。こうした慣習が道徳と違うのは、状況によって善悪の判断が異なる点である(Turiel,1983)。慣習は、ルールが存在するときだけに善悪が問われ(規則随伴性)、権威の存在によって善悪の判断が変わり(権威依存性)、その集団のメンバーによって変えることができ(規則可変性)、特定の集団にだけ適用され(一般性)、自分がそのルールを守らなくても他者に影響を与えない(個人決定性)。

日本の子どもを対象に、慣習と道徳の概念的な区別がいつ頃からできるかを調べた実験がある(首藤・岡島,1986;首藤,1999)。この実験では、幼児から大学生を対象に、主人公がいくつかの社会的ルールを違反する物語を提示し、違反したことの重大性とその判断基準について尋ねた。幼児を例にすれば、「この幼稚園ではブランコが1つしかなく、乗るためには順番を守る約束になっています。○○ちゃんはブランコに乗ろうとしているたくさんの友だちが並んでいるところに割り込みました」という内容の紙芝居を見せ、主人公のしたことがどれだけ悪いか、約束がなければ悪くないか、先生が許せば悪くないかなどを評価してもらうのである。その結果、幼児期の子どもであっても、道徳的ルール(嘘をつかないなど)の方が慣習的ルール(順番を守る、授業はちゃんと聞くなど)に比べて違反が重大であることを認識しており、慣習的ルールを破ることの善悪は、道徳的ルールに比べて権威の存在によって変わると考えていた。

また、小学生以上の年齢では、慣習的ルールを破ることは、道徳的ルールに比べて、規則があるときにだけ善悪が判断され、そのルールは変えることができ、違う集団であれば問われないと認識されており、その認識は加齢に伴い徐々に明確になっていた。このことから、子どもにとっての社会的ルールは、幼児期からすでに破ってはいけない絶対的な道徳と条件に依存する慣習とにある程度区別されており、加齢に伴い、慣習であれば許される条件が多様になっていくと考えられる。


3.モラルジレンマ授業

子どもは、実生活での親や教師からの教えによって行為の良し悪しを学んでいく。また、子ども同士では、いざこざとその解決の模索を通じて公正な関係のあり方を学び合う。こうした一人ひとりの実体験からの学びは、仲間と共有し話し合うことで洗練された知識となり、社会的ルールの発達を促していくと考えられる。学校での道徳の授業は、子どもたち同士が自由に話し合い、社会的ルールを学ぶ場のひとつである。今回は、道徳性の発達研究の第一人者であったKohlberg(1969)が考案し、わが国でも実践されているモラルジレンマ授業について紹介したい。

モラルジレンマとは、道徳的な葛藤が生じる状況において、2つの選択肢のどちらかを選ばなければならず板ばさみになることである。例えば「山田さんのジレンマ(荒木,1988)」は、「山田さんの奥さんが病気で死に瀕しており、医者から最近開発された高価な薬を飲む以外に治る見込みがない。その薬はある薬屋が100万円かけて1000万円で売っている。山田さんはその薬を買うために金策に走ったが500万しか集まらず、薬屋に理由を話して安く売ってくれるように頼んだが承知してくれない。不足分は後で払うと言っても断られてしまった。困った山田さんは、その夜、愛する奥さんを助けるために薬屋の倉庫に入り込み、薬を盗んだ」という法律と生命の価値葛藤に関する物語である。

モラルジレンマ授業では、一人ひとりに主人公の行為の善悪の判断を求めるが、仲間との討論によって善悪を決めることに主眼があるのではない。子どもたちに、自分ならどうするか、またそれはなぜかについて考えさせ、仲間との話し合いから道徳的な判断力を高めることが狙いとされる。また、授業の際に重視すべきは、子どもが物語の主人公や仲間の視点に立って考える機会を用意することであるといわれる(役割取得)。子どもたちには、賛成と反対のいずれの立場であってもそれぞれに理由付けがある。自分の意見が仲間の考えや気持ちとは違うことに気づき、その葛藤を調整することを通じて、他者への理解を深め、尊重する姿勢が育まれていくと考えられる。

道徳性の発達段階(荒木・八重柏・前田,1986)によれば、「山田さんのジレンマ」授業を実施した場合、小学生のレベルは「奥さんではなくても人間同士は助け合うべき(賛成)」や「どうにかして手に入れた薬でないと値打ちがないし、奥さんも気持ち良く飲めない(反対)」など、権威や他者から認められる行為が正しいと思う「良い子への志向」レベルであるという。次の段階の「社会秩序への志向」になると、「人命に関わる仕事をする薬屋がそれを優先しなかったことは悪いが、山田さんは盗んだ後に自首しなければならない(賛成)」や「山田さんのしたことは奥さんをよけいに苦しめることになり、山田さん自身も後に反省することになる(反対)」といった、法や秩序を維持しながら自分の義務や責任を果たす内容の回答が期待される(詳細は荒木,1988を参照)。道徳性の発達段階が上がるには、上のレベルの他者と話し合うことが必要であり、親や教師などの大人が果たす役割は大きい。また、保幼小や小中間の連携教育によって、異年齢の子ども同士が学びあう機会も重要であろう。


4."ぜったいひみつ"

さいごに、私が好きなモラルジレンマ課題を一つ紹介したい。『少しひっこみ思案だったよしえは、2年前に転校してきたのり子のおかげで活発になり、今では学級会係の班長をしている。よしえにとってのり子は自分を変えてくれた存在であり、いつもいっしょに遊ぶ大の仲良しだった。ところが、のり子はもうすぐお父さんの仕事の都合でまた転校してしまう。それを知ったよしえやクラスのみんなはがっかりするが、のり子が欠席した日に、のり子のためのお別れ会を計画する。そして、そのことはのり子を喜ばすために「絶対に秘密にしておこう」と約束したのだった。その日から、よしえやクラスのみんなは、のり子にお別れ会が知られないようによそよそしくなってしまう。のり子は、一人ぼっちで過ごすことが多くなってしまった。お別れ会まであと2日となった日の学校からの帰り道、のり子は一人で帰るよしえに走って追いつき、真剣な顔で、「ついこの前まであんなに楽しく遊んでいたのに、どうして話してくれなくなったの?よしえさんだけじゃなくてみんなもそう。どうしてなの?」と訴えてきた。よしえは言うべきだろうか、それとも黙っているべきだろうか(荒木,1988を一部改変)』という物語である。

ちなみにこの課題を小学4年生に実施した実践報告では、物語の最後の場面でよしえが「ごめんなさい」といって走り去ることにし、一人ひとりに理由づけを尋ねている。結果としては「言わない」と判断した子どもの方が多く、主な理由は「のり子があまり喜ばない」という回答であったが、「言う」と判断した子どもに多かった理由もまた「のり子が悲しんでいる」という回答であった。いずれの判断であったとしても、大切なのは二人の主人公の立場に立って考えた末に、のり子へのやさしさを重んじていることである。こうした秘密が私にとって素敵に映るのは、隠蔽や虚偽といった言葉が数多く聞かれる昨今で、他者の気持ちを推し量る大切さを思い出させてくれるからかもしれない。


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引用文献

Kohlberg,L. 1969 Stage and sequence: The cognitive-developmental approach to socialization. In D.Gosling(Ed.), Handbook of socialization theory and research. Chicago: Rand McNally(永野重史監訳 1987 道徳性の発達:認知発達的アプローチ,新曜社

Piaget,J. 1932 The moral judgement of the child. London: Routledge Kagan Paul.

Turiel,E. 1983 The development of social knowledge: Morality and convention. Cambridge University Press.

荒木紀幸 1988 道徳教育はこうすればおもしろい‐コールバーグ理論とその実践 北大路書房

荒木紀幸・八重柏新冶・前田和利 1986 「規範-基本判断」判定法を用いた道徳性の測定 兵庫教育大学研究紀要 第6巻 97-137.

首藤敏元・岡島京子 1986 子どもの社会的ルール概念 筑波大学心理学研究,8,87-98.

首藤敏元 1999 児童の社会道徳的判断の発達 埼玉大学紀要教育学部(教育科学Ⅰ),48,75-88.
筆者プロフィール
report_sakai_atsushi.jpg 酒井 厚 (山梨大学教育人間科学部准教授)

早稲田大学人間科学部、同大学人間科学研究科満期退学後、2002年に早稲田大学において博士(人間科学)を取得。国立精神・神経センター精神保健研究所を経て、現在は山梨大学教育人間科学部准教授。主著に『対人的信頼感の発達:児童期から青年期へ』(川島書店)、『ダニーディン 子どもの健康と発達に関する長期追跡研究-ニュージーランドの1000人・20年にわたる調査から-』(翻訳,明石書店)、『Interpersonal trust during childhood and adolescence』(共著,Cambridge University Press)などがある。
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