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フランスとヨーロッパのシティズンシップ教育の比較

はじめに

フランスの小中学校におけるシティズンシップ教育は、1980年代に復活した市民教育(éducation civique)をより発展させるために、知識重視から、生徒に実践をさせたり、学校生活での問題に主体的に取り組ませたりする活動を重視する方針へと転換していった。実は、こうした取り組みはヨーロッパ・レベルでの議論と基本的なところで一致している。本稿では、ヨーロッパにおけるシティズンシップ教育について紹介しながら、両者の共通点やフランスの独自性に焦点をあてる。最後に、日本への示唆についても述べたい。


ヨーロッパ・レベルでのシティズンシップ教育

フランスでは1995年に学習指導要領が改訂され、共和国の価値や概念を知識として学ぶだけでなく、それを実践しながら身につけさせようと、体験重視の教育活動へ転換された。翌年に出された仏教育省通達では、市民教育の再活性化を目指して、シティズンシップ教育という新しい概念が示された。

実は、同じ頃、ヨーロッパ・レベルにおいてもシティズンシップ教育が重視されるようになった。1997年に欧州評議会(Council of Europe)において民主的シティズンシップ教育(Education for Democratic Citizenship, EDC)のプロジェクトが開始されたのである。

欧州評議会とは、20世紀に経験した2つの大戦で荒廃したヨーロッパ社会を立て直すため、ヨーロッパ統合を目的として1949年に設立された国際機関の1つであり、共通の理念として法の支配の原則、民主主義、基本的人権、自由の保障を掲げている。設立当初はフランス、イギリス、イタリア、ベルギー、ルクセンブルク、オランダ(ベネルクス三国とよばれる)、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、アイルランドといった10か国だったが、ギリシャ、トルコも1949年に加盟した。冷戦の舞台となったドイツは西ドイツが1951年に加盟している。その後、1989年に冷戦が終結すると、中東欧、バルカン諸国が続々と加盟し始め、今では全EU加盟国、ロシアなど約50か国が加盟している。

その欧州評議会でEDCの取り組みが開始された理由として2つの要因を挙げることができる。

第一に、1990年代に欧州評議会へ加盟した旧共産主義諸国では民主化が始まったばかりで、法の支配、基本的人権、自由の保障などはまだ定着していなかった。それゆえ、これら新規加盟国において民主化、法の支配、人権、自由を推進するため、欧州評議会では市民への教育活動や教員研究などを行いながら、民主的シティズンシップの普及に努めていったのである。

第二に、ヨーロッパ諸国では第二次世界大戦で失った労働人口を補うために、戦後、外国人労働者を募集して経済復興を進めた。例えば、ドイツにはトルコから、フランスには植民地支配をしていた北アフリカ諸国から、多くのムスリム(イスラーム教徒)たちが、1960年代に締結された労働者募集の二国間協定に応じて働きにやってきた。ほとんどのヨーロッパ諸国では、彼らを短期の労働力として受け入れたのだが、その思惑とは異なり、彼らの滞在は長期化し、1970年代に経済不況が起こって失業しても帰国せず、逆に家族を故国から呼び寄せ、定住化していった。さらに80年代以降、その子どもたちが就学年齢に達すると、学校に多様な価値観をもち込むようになった。

ヨーロッパ諸国ではムスリム移民を社会構成員として迎えているため、彼らとの共存において似たような課題を抱えている。ほとんどがキリスト教文化で、民主主義の歴史が長い主流社会に対して、異なる宗教、文化、習慣をもち、民主主義や自由・人権という政治文化の未発達の国から来た移民は、社会生活の様々な場面で衝突や摩擦を生んでいる。しかしヨーロッパ諸国では、すでに移民2世や3世の存在も目立つ社会になっていることから、マルチカルチュラルな社会という現実を前に、市民教育が特に重要となっている。

こうした政治的・社会的な変化を前に、欧州評議会ではEDCのプログラムが開始されたのである。EDCのプログラムでは、現代社会が必要としている、知識を身につけ、自ら考えて行動ができる(active)、責任をもった市民を育てることを目的に掲げている。そして、人権と民主的シティズンシップを守ろうとする態度や行為を促すような実践を探求する活動が開発され、また学校という場に限らず共同体での生活を意識して、シティズンシップを育てなければならないという方針が打ち出された*1

こうした教育活動は、とりわけ民主主義の後進国である旧共産主義諸国において強力に進められているのだが、前回の記事で示したフランスのシティズンシップ教育の活動を見ればわかるように、その特徴は西欧諸国でも共有されている。さらに言えば、欧州評議会のこのEDCプログラムの報告書をまとめたジュネーブ大学教授のフランソワ・オディジェ(François Audigier)は、その前年にフランス国立教育研究所から出された『シティズンシップ教育』(L'éducation à la citoyenneté, 1999, INRP)の著者でもある。彼は同書の中で、権利と義務を教える際に、その知識や概念を実践の中で獲得させることを提唱している。この実践を探求する活動こそ、フランスおよびヨーロッパ・レベルで展開されるようになった新しいシティズンシップ教育の特徴なのである。

なお、この欧州評議会のシティズンシップ教育の方針は、ヨーロッパにおけるもう一つの国際機関である欧州連合(European Union, EU)も共有している。なぜならEUも、ヨーロッパ統合を目的に欧州評議会と同じ理念を掲げているためである。欧州評議会が文化的側面に力を入れているのに対して、EUは経済・商業・金融・政治的側面において統合を進めてきた超国家機関である。そうした違いから、中東欧の共産主義諸国が民主化を宣言し、EUへの加盟をいち早く表明した際には、EU側はアキ・コミュノテール(acquiscommunautaire, 仏語で「共同体の獲得したもの」)、すなわちEU現加盟国がすでに批准し国内法に取り入れてきたEUの法規や、EUの目的、民主主義や法秩序、自由や基本的人権の保障といったEUの理念を受諾し、経済格差もなくす努力をしなければならないという加盟条件を交渉で突きつけた。

EUが加盟時期として示した2004年5月に間に合わせようと、その条件をクリアする努力が中東欧諸国で行われ、EUも地域間格差是正のための基金を設けて支援した。その結果、中東欧の8か国が目標期日に加盟したが*2、この時点でクリアできなかったブルガリアとルーマニアは2007年に遅れて加盟することになった。

こうしたEU加盟に向けた取り組みはやや高圧的な面も否めないが、理念を共有するヨーロッパ政治経済統合を短期間で進めるためには必要な措置であったといえる。また、EUの教育政策はそもそも職業教育の分野で加盟国間の統合が進められてきたものの、公教育政策に関しては各国の専管事項となっている。したがって、「補完性の原則」に基づき、国よりもEUが行った方が効率的である場合、あるいは他国と協調を図る上で必要な場合のみ、EUが教育政策を主導している。こうしたなか、中東欧諸国で民主主義という政治文化を促進するうえで、欧州評議会による学校での民主的シティズンシップ教育活動は、EU政策全般と調和しているといえる。


フランスのシティズンシップ教育の独自性と特徴

ここまで、前回と今回で、フランスとヨーロッパ・レベルのシティズンシップ教育の共通点をみてきたが、次にフランスのシティズンシップ教育の特徴あるいは独自性について3点述べたい。

第一に、フランスでは共和国を支える理念として世俗性(laïcité)を掲げている。世俗性とは、公的な領域からあらゆる宗教を排除し、宗教的中立を維持するという考え方である。歴史的にみると、フランスは「カトリックの娘」と呼ばれるほど王権とカトリック教会との結びつきが強く、人々の社会生活に大きな影響を及ぼしていた。だが、1789年以降の人民による革命によって、個人の自由、法の下の平等、国民主権をうたった「人間および市民の権利宣言」(以下、「人権宣言」)が採択され、1791年憲法による王権神授説の否定、そして王政打倒の末に、共和国が成立したのである。これ以降、100年かけて世俗的な考えがカトリック勢力を駆逐していく。

とくに1875年に誕生した第三共和政の下で、社会生活への共和主義的考えが広まっていった。1880年には革命100周年を祝した式典が大々的に開催され、7月14日が国民の祝日に制定されるなど、旧体制(ancien régime, 「アンシャン・レジーム」)を転覆させた革命の記憶が人々の間に公的に刻まれていった。さらに1881~82年にジュール・フェリー教育大臣が、公教育制度の確立と、初等教育の無償化・義務化・世俗化という三原則を導入した。これにより、初等教育は公教育として国によって制度化され、それまで民衆の子どもたちに対する教育を担ってきたカトリック勢力を排除することに成功したのである。そして、初等教育に公民(市民)教育(éducation civique)を導入して、世俗的公民の育成に力を注いだ。さらに、1905年には「政治と宗教の分離に関する法」(いわゆる政教分離法)が定められたことによって、世俗性が公教育以外の公的領域全般に及ぶようになる。以来、世俗性はフランス共和政の核をなしてきた。

キリスト教文化が根強く残っているヨーロッパ諸国の中で、こうしたフランスの世俗性の原則はとても珍しい。

例えば、この世俗性をめぐり、公立中学校でムスリムの女子生徒がスカーフ(ヒジャブ)を脱ぐことを拒否した問題が起きた1989年以降、フランス社会とムスリムとの間で、しばしば対立が生じている。これは、宗教を公立学校という公的な場に持ち込むことを世俗性の原則から認められないフランス社会と、公私の区別なく宗教的な実践をよしとするムスリムの間の考え方の相違によるものである。

2004年にフランスはついにこの問題に決着をつけるため、宗教的な表章を公立学校に持ち込むことを禁止する法を制定したのだが、この是非については他のヨーロッパ諸国で議論を呼んだ。他のヨーロッパ諸国でもムスリム移民と主流社会でさまざまな問題が起こってはいるが、フランスで起こった一連のイスラーム問題は独特なものとして受け止められている。

第二に、フランスのシティズンシップ教育の教育活動には、生活体験や実践を重視した興味深い活動が行われているが、その取り組みには公民科以外の時間を使ったり、教師以外の大人が関わったりしている点が特徴的である。前回の記事で述べたように、公民科以外の教科の担当教員が公民(市民)教育に関連した教育活動を行っていたり、市民性教育に関連した行事を学校を挙げて行ったりしている。また、1968年の学生運動以来、生徒自治の力を信用し、公立中学校の管理・運営に生徒を参加させる仕組みが制度化されている。さらに1989年教育基本法では、この生徒の権利と義務の行使は市民性の学習として位置づけられ、学級の生徒代表で構成される生徒代表委員会が制度化されるようになった。

こうした生徒自治の実現やシティズンシップ教育の活動に、学校内では教科を教える教師だけでなく、校長、生徒指導専門員(conseiller principal d'éducation, CPE)を中心に、学校で働くすべての職員(清掃員、図書室司書、用務員など)も協力して一緒に行っている。

生徒指導専門員(CPE)とは生徒指導を専門に行う職員で、教師とは異なるが、高等教育機関で教育指導の養成を受けた専門家である。その職務は、全校生の遅刻や欠席の把握、生徒やその親との連絡係、生徒たちが授業時間外に過ごす自習室や中庭での生活の監督などである。そして、選挙によって選ばれた生徒代表に対して、生徒代表の役割や心構えについて指導するのもCPEの重要な仕事である。このような指導を受けた生徒代表は、全学年の生徒代表が出席する生徒代表委員会や、学級評議会(学級ごとの生徒の成績評価に関して教科教員が話し合う会議)、親代表との会議、懲戒処分を受ける生徒に対する懲戒評議会などの各種会議に出席して、生徒代表としての意見を述べることが求められる。また、生徒に関係する会議には、CPEは学校管理者として必ず出席している。

このように、CPEはすべての生徒の授業以外の生活や問題をすべて把握しているため、問題への対処や予防に気を配り、医師やソーシャルワーカーなど学校外部との連携もとっている。

第三に、フランスのシティズンシップ教育では、学校の外における連携も充実している。フランスでは基本的に学区内で進学していくので、小中高という地域における公教育の縦の連携を重視している。さらに市立図書館、自治体、警察といった公的機関や、保健医療、ソーシャルサービス、青少年に関連した活動を行っている地域のアソシアシオン(NPOのようなもの)も一緒になって取り組んでいる。これらの公教育関係者と地域社会の関係者たちは、「健康と市民性の教育のための協議会」(le comité d'éducation à la santé et à la citoyenneté, CESC)を中心に、地域の子どもたちの健康や市民性に関する問題を分析し、それらの問題への対応を検討したうえで、教育活動プログラムを作成し、協議会に参加する学校に提案している。その提案を、学校はシティズンシップ教育の活動の一環として学校全体で採用したり、地域の小中高全部で取り組んだりしている[詳細は前回の記事を参照されたい]。

以上、フランスのシティズンシップ教育の特徴や独自性を3点挙げてみた。世俗性という独自性はあるものの、異質な文化をもつ移民を市民として育成し、社会構成員として受け入れるための努力をしていることは他国と変わらないといえる。また、シティズンシップ教育の具体的な取り組み、担い手、枠組みとして取り上げた、生徒代表の養成、CPE、CESCという事例は、日本にも多くの示唆を与えるであろう。


おわりに

本稿で概説したように、世俗性に対する考え方には相違がみられるとはいえ、フランスのシティズンシップ教育は、ヨーロッパ・レベルにおけるシティズンシップ教育の考え方などとも共通した側面を多分にもっている。そのうえで、シティズンシップ教育にとって重要な市民の権利と義務に相当する生徒自治の考えと役割は、人権宣言を生んだフランスならではの特徴といえる。そして、その生徒代表を養成するCPEという専門員の存在は、モンスター・ペアレント対策で疲弊している日本の学校教育関係者には興味深く映るだろう。さらに、CESCのような、学校(小中高)の縦の連携と、学校と地域社会との連携によって構成される教育協議体は、いじめ問題への対応で「内向き」と批判される日本の学校と教育委員会の連携のあり方に代わる、新たな枠組みを考えるうえで参考になるのではないだろうか。


*1 François Audigier, Project "Education for Democratic Citizenship", Basic Consepts and core competencies dor education for democratic citizenship", Council of Europe, Starasbourg, 26 June 2000, pp.8-9.
*2 2004年5月には、中東欧8か国のほか、地中海のマルタとキプロスを含む10か国がEUへ正式加盟した。
筆者プロフィール
鈴木 規子(東洋大学専任講師)

慶應義塾大学大学院修了。博士(法学)。
フランス・パリ政治学院留学。ストラスブール大学政治学院修了。
現在、東洋大学社会学部 専任講師。
著書に『EU市民権と市民意識の動態』(慶応義塾大学出版会、2007年)、 共著に『統合ヨーロッパの市民性教育』(近藤孝弘編、名古屋大学出版会、2013年) [担当:第5章 「フランス共和制と市民の教育」]、『ヨーロッパの学校における市民的社会性教育の発展―フランス・ドイツ・イギリスー』(東信堂、2007年)等。
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