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研究も子育ても:女性研究者を支援するための「東大の保育園」-設置の目的と経緯

要旨:

東京大学は、4つのキャンパスに1つずつ直営の保育園をもっている。他の法人等が設立・運営するのを含めると合計7園になり、世界的にもトップクラスである。直営保育園の設置目的は、男女共同参画の推進と東大のミッションの遂行である。本稿では、「自分の能力を生かす」ことが「次世代の育成」と両立するということを目指して設立された東京大学の保育園の設立目的と経緯について述べる。
English
東京大学には、4つのキャンパスに1か所ずつ大学直営の保育園がある。東大病院やNPO法人によって設立や運営されている園を含めると、合計7か所になる。これは、世界的にもトップクラスである。

最高レベルの研究・教育と保育園の設置・運営は、一般的にはミスマッチのように思われるかもしれないが、そうではない。保育園は、優秀な人材を集め、その能力を最大限に発揮させるための重要なインフラ整備なのである。特に、東大の保育園は、その設置に男女共同参画室が中心となって関わった経緯から、「男女共同参画を推進し、東大のミッションを全うするための保育園」として位置付けられており、その理念が入園基準等にも反映されている。筆者は、東大直営保育園の企画から開設に至るまで、男女共同参画室の環境整備部会長、後に室長として関わったので、その目的や経緯を述べたい。


1.東大保育園設立の経緯-男女共同参画室が推進

「各キャンパスに1つずつ保育園を!」

これは、小宮山宏・前総長(平成17年-平成20年)が各キャンパスで意見交換した際に、どのキャンパスでも強く出された要望だったという。

一方、東大では平成13年より男女共同参画推進ワーキンググループがスタートし、平成15年には「男女共同参画基本計画」を策定、「東京大学男女共同参画宣言」が発表され、平成18年4月には総長直轄の組織として男女共同参画室が発足した。この室の創設時から「環境整備部会」が設けられ、学内保育園の設置を推進するというミッションが与えられた。つまり、学内の男女共同参画を推進するには保育園が必要であるという視点、即ち、「仕事も子育ても」という姿勢が、当初から大変明確だったことは特筆すべきである。


2.東京大学が運営する保育園の基本方針

環境整備部会は、最初に学内の教職員を対象にアンケート調査を実施した(平成18年10月)。その結果、「学内保育所設置」の要望が、「勤務態様の柔軟化」に次いで高いことが分かった。

これを受けて、環境整備部会では「東京大学教職員・学生等のための保育施設整備の基本方針」(以下、基本方針)を作成し、平成18年12月に役員会で承認された。明確に示されたのは、以下の点である。

大学内に保育施設を整備することは、東京大学が男女共同参画及び次世代育成支援のための環境整備に真剣に取り組んでいる姿勢を示す上で大きな意義を有する。
大学内保育施設を設けることによって、一般の保育施設では入園優先度の低い学生の子どもを積極的に受け入れること、夜遅くまで実験・観察を行うなどの大学の研究者独特のニーズにあった保育サービスを提供することが可能となる。
子どもがキャンパス内に日常的に存在することは教職員・学生等への刺激となり、幅広い人間性をもった将来の研究者育成にも資する。
東京大学に働き、学ぶ者たちが、研究・労働・教育・勉学が子育てと両立することを示すこと、かつ、子育てを通して新たな支え合いや連帯を育んでいくことは、次世代を通して豊かな社会や文化を育成することに、東京大学が積極的に取り組む姿勢を示すことにもなる。


以上の理念を受けて、教職員ばかりでなく、学生やポスドク等の研究者(の卵)を対象とするという現行の方針が示された。ことに、留学生を正規の対象としたことは、通常では地域の保育園に入りにくくて困っていた留学生からとても歓迎された。また、大学の多様性を推進するという戦略とも一致していた。

なお、大学院生や留学生の子どもを正規の保育対象とすると、認可や認証保育園とすることは実質的に難しく、大学の事業所内保育園(無認可保育園)として申請することになった。また、希望者が多く見込まれる本郷キャンパスは、対象児を3歳未満とすること、学生や留学生に配慮して保育料には世帯収入に応じた減免措置を講じることも提案された。


3.実現に向けて

1)役員会の承認と資金確保

保育園設置に向けて、最初のハードルは大学が直営保育園を設置することの意義と必要性について、大学トップの共通理解を得ることと建設資金の確保であった。大学が複数の保育園の設置と運営費用を負担すると決断するためには、大学経営上の必要性が認められることが大切である。

平成19年12月の役員懇談会に、男女共同参画担当の理事が学内保育園設置を諮った際には、「東京大学が運営する保育園の基本理念及び方針」と共に、「世界トップレベルの大学の保育園事情」を調べて提出した。例えば、オックスフォード大学は7施設、ハーバード大学・イェ―ル大学・スタンフォード大学は6施設、ケンブリッジ大学は5施設等、世界有数の大学のキャンパスには複数の保育園があった。また、東大の女子卒業生の会(さつき会)メンバーからのコメント、「子連れで海外の大学に留学した時には留学前から保育園の入園申し込みができて大変助かった」も添えた。

このような資料と審議の結果、役員会においても東京大学内の保育園整備は、単なる福利厚生を目的とするのではなく、東大が世界のリーディングユニバーシティであるために必要な基盤整備であるとの共通理解が得られ、東京大学創立130周年基金の一部を保育園の建設費に充てることが認められた。

2)場所の確保

保育園は、利用者の利便性とセキュリティを確保できる場所に設置する必要があり、候補地は、各キャンパスで慎重に選定した。特に本郷キャンパスは、独立した建物で安全かつ散歩に行きやすい場所の選定が困難で、結局、既存の建物(本部直轄の倉庫)を改修して用いた。

3)推進力となった男女共同参画オフィス、専門家集団の結集

保育園の設置が決定してから、環境整備部会では「保育園設置準備ワーキング」を立ち上げ、具体的準備を始めた。ちょうど、科学技術振興調整費による女性研究者支援モデルプランに東大の計画が採択され、新たに男女共同参画担当の教員を2人採用できた(平成19年9月)ため、その内の一人(女性研究者支援相談員)に保育園設置準備も担当してもらい、急ピッチで進めることができた。この相談員は、助産師と保健師としての実務経験、更に博士課程での研究歴があり、研究者の気持ちと看護という専門性を兼ね備え、かつ、自分自身の子育てで保育園の利用経験をもつという、正に適任だった。保育園舎の設計プラン、保育業務委託の仕様書作成、委託保育業者の選考基準・募集要項・利用申請書の作成、ホームページ等の開設と学内への周知、説明会開催、問い合わせ対応等、多岐に渡る仕事をやり遂げた。海外からの研究者や留学生のために英語版の書類も作成し、英語での問い合わせにも対応した。

実際の保育は、民間業者に委託することとし、選考委員会を立ち上げて公募した。公募条件の1つが、「英語を話せる保育士を置くこと」である。これは、日本語を母国語としない利用者に対応するためであり、決して英語教育を目指したものではない。保育園は、何よりも子ども達の心身の健やかな成長を育むことが重要で、それを軸に業者を選考した。

本郷キャンパスの保育園を皮切りに、各キャンパスの保育園設置が進められた。この過程で、担当の教員だけでなく、職員も本当に頑張って下さったことに感謝している。また、保育学を専門とする教育学部の専門家から、色々と細やかなアドバイスをいただいたのがとても参考になった。

園医は、本郷けやきは医学系研究科小児科学教室が、白金ひまわりは医科学研究所の小児科医、他2園は近隣の開業小児科医が引き受けて下さった。園舎の設計は、駒場むくのきは生産技術研究所の教員(バリアフリー建築の専門家)、柏どんぐりは一級建築士の資格と実務経験をもつ新領域研究科教員が設計し、工学系研究科の教員(医療福祉施設の建築の専門家)がアドバイザーとしてかかわった他、新領域研究科人間環境学研究室から子どもたちの行動に配慮した建築の助言・提案を得ることができた。正に、全学的な支援があって設置にこぎつけることができた。


4.保育園の設置と運営

1)4つの保育園の創設

平成20年4月から12月にかけて、東大の直営保育園4つが順次開設された(スライド1)。各々定員は30名で、常時保育の他に臨時保育も受け付けている。

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(画像をクリックすると拡大します)

2)保育園運営委員会の設置と活動

4つの保育園は、キャンパスの特徴によって、求められる機能も少しずつ異なっている。このため、各保育園の質の確保・東大としての共通性の確保とそれぞれの状況に応じた柔軟性をもたせるために、「学内保育規則」を制定し、「東京大学保育園運営委員会」を発足させた(平成20年7月)。入園選考や細かなルールは保育園小委員会(各保育園に1つずつ設置)で案を作り、運営委員会が承認する。また、運営委員会は、基本的な保育の基準(開園時間、保育料金、入園選定基準など)や各保育園に共通する課題を審議するというシステムが確立された。

なお、東大の保育園は、無認可ではあっても、認証保育所と同じかそれ以上の保育士を配置し、全ての園で給食(手作り)を実施しており、良質である。また、本郷けやき保育園には看護師1人を配置し、急な体調変化への対応やインフルエンザ対策などにも気を配っている。認証保育所レベルの保育水準が確保されたことで、本郷と駒場キャンパスの2園は、東京都の事業所内保育施設費用補助制度(平成19年度創設)を申請することができ、現在も運営費用の一部は都からの補助を受けている。

3)入園選考基準の策定と適用

入園の選考基準は、両親の身分や研究時間によって厳格に定めている。保育園の使命として女性研究者支援が最重要であるため、「保育園の入園によって、研究者ポストに着任できたり、学業が遂行できること」が重視される。各保育園の入園選考には各キャンパスの事情が反映され、特に本郷けやき保育園は利用希望者が殺到しているため、選考は非常に厳しくなっているのが現状である。


5.保育園を設置したことの効果-現状と評価-

4つの直営保育園の内、本郷と白金キャンパスの保育園は、直ぐに満杯になった。駒場と柏キャンパスの保育園は、インターナショナルロッジに住む海外からの研究者の子弟が多く利用している。どの保育園も国際性豊かで、平成22年度の常時保育利用者の外国籍は、本郷けやき保育園と白金ひまわり保育園が各々5カ国、駒場むくのき保育園が7カ国、柏どんぐり保育園が4カ国といった具合である。

直営保育園の開設により、多くの女子学生・教員・研究者が学業を終え、また、研究者ポストを得ることができている。新たに東大に採用された女性教員から、「保育園があって、本当に感謝している」との声も寄せられている。

保育園の建設費が、東京大学創立130周年基金で賄われたことは既に述べた。寄付者に対する報告会の席で、フロアーから女子留学生が手を挙げ、「自分は博士課程の在学中に出産し、学業を殆ど諦めかけていたが、そんな時に東大の保育園が開設され、博士課程に復学することができた。毎朝夕、夫と子どもと保育園に通い、研究を継続できることは本当に幸せで、感謝している」と発言されたことが印象に残っている。

利用者同士のネットワークも生まれ、部局を越えた交流が広がっていると聞く。次世代を担う研究者達の幅広い連帯が育まれているのは、大変喜ばしいことであり、かつ、心強いことである。

一方で、現在の悩みは、本郷けやき保育園への利用希望者があまりに多いために、受け入れが非常に厳しいこと、また、恒常的にかかってくる運営費である。大学が保育園を設置・運営するには限度がある。やはり、各地域で行政が保育施設の整備を積極的に進める必要があり、それには、社会の理解が不可欠である。


6.終わりに

近年、大学内の保育施設はさほど珍しくはなくなった。しかし、東京大学直営の4保育施設は、①大学直営、②大学院生・ポスドク・留学生も正規の利用対象者、③世帯収入に応じた保育料の減免措置があること、が大きな特長である(スライド2)。

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子どもを持つ女性研究者、特に、その候補者である学生達は、「子どもは産みたいし育てたい。でも、それと同時に、自分の好きな研究をやるのは欲張り過ぎで、我儘なのではないか」というジレンマをもち易い。大学が保育園を運営するというのは、優秀かつ、人間味のある人材に対して、「自分の才能を伸ばすことと子育てをすることは、両方ともやって良いことなのだ」というメッセージを送ることでもある。また、大学や社会の文化を変えることでもある。

現代の日本は少子化に悩んでいるが、子育てが女性の自己実現、即ち、その能力やキャリア開発と共存し得るということを、社会の共通認識にしていく必要がある。人間らしさと研究者としての冷静さを兼ね備えた人材が多数育まれ、日本から豊かな文化が発信されていくことを心から願っている。


謝辞:本稿をまとめるに当たり、東京大学男女共同参画室 三浦有紀子ディレクター、および、特任助教 渡井いずみ・元女性研究者支援相談室専門相談員のご助言を得ました。
筆者プロフィール
report_murashima_sachiyo.jpg 村嶋 幸代(東京大学・大学院医学系研究科地域看護学分野・教授)

昭和50年東京大学医学部保健学科卒業(看護師・保健師)、東京大学で博士号(保健学)取得。聖路加看護大等を経て平成13年より現職。平成15年4月~平成23年3月健康科学・看護学専攻長。平成18年東京大学男女共同参画室環境整備部会長、平成19年4月~21年6月男女共同参画室長。現在、全国保健師教育機関協議会会長、日本地域看護学会理事長。専門は地域看護学。高齢社会におけるより良いケアシステムの構築やネットワーク形成を目指している。
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