<小学校高学年の楽しい英語とは>
日本全国の公立小学校でも、いよいよ来年度から、5、6年生対象に毎週1回英語教育(英語活動)が始まります。そして、今年度、日本中の公立小学校は、どこでも、その準備に追われています。
ところで、小学校の英語教育の議論の中で、英語の音声教育の早期開始について賛成論を唱える人は多いのですが、どういう理由かアルファベット文字を低学年から教えることについては反対意見が強いようです。しかし、先駆的に英語教育を行っている小学校では、先生方は、児童が高学年になると、歌やゲームなどの音声中心の授業では飽き足らなくなってしまうことに、とっくに気がついています。
それでは、どうすれば、教室で英語の時間、高学年の児童の興味をつなぎとめることができるでしょうか。そのひとつの答えが「英語絵本を読む」だと思います。5年生の夏休み頃は児童の知的好奇心も挑戦動機も高まる時期です。短い英語絵本に挑戦してみるのにとても良い時期なのです。適切なレベルの英語絵本を読破した児童は、達成感や満足感を覚え"「読む」楽しみ"を知ります。その成功体験から得られる児童の「読み」への積極的な感覚は、以降の英語全般への積極的な学習態度へとつながります。そして、英語の「読み・書き」に自信を持った児童は、中学校に進学しても英語学習に積極性を保ち、英語習得を加速度的に進めていく可能性が高いのです。
<英語文字学習の早期開始がカギ>
ところが、高学年で「英語絵本を読む」ためには、低学年から文字学習を始めることが必要です。積極的に英語の文字学習に取り組む高学年の児童を育成するためには、文字学習を早期に開始して4年生までに効果的な文字学習指導を行って基本的な「読み」の力を定着させておくことがカギとなります。低学年から音と文字の関係を理解させる文字学習を始めると、学習効果が高く、学年ごとに到達度目標を定めて手順を踏んだきめ細かな文字学習指導を行えば、児童は、文字に対して、驚くほど正確に素早く反応する力を身につけます。
もちろん、低学年の児童にとって、英語学習上最も重要なのは音声領域の「聞く・話す」中心の学習です。英語の歌を歌ったり、実際の場面でのコミュニケーション活動を通じて、児童は、まず音声言語を身につけていきます。けれども、その上で、この時期、緻密に構成された短時間の文字学習指導を開始して、小学校のうちに一定の英語文字の「読み・書き」の能力の定着を図ることができれば、先々の英語学習の展開を考えたときに、すでに述べたように、たいへん大きな意味が出てくるのです。
<英語文字学習導入の理由>
私は、文字指導の低学年からの早期導入を提唱しているのですが、それはなぜでしょうか?以下に理論や実証研究に基づく4つの理由(意義)を挙げておきます。皆さまは、どのようにお考えでしょうか?
(理由1) 「読み・書き」で英語のインプットを増やす
第2言語である英語を習得するためには、本来、学習者に十分な量インプットすることが必要不可欠です。けれども、日本で英語を学ぶ児童の多くにとって実際に英語に接する機会は教室内の耳からのインプットにほぼ限られていて、教室外で英語を使う機会はまれでしょう。
しかし、低学年から文字学習を始めれば、聴覚からのインプット(音声)と視覚からのインプット(文字)の双方を得ることで、児童への英語のインプット量は倍増します。「読み・書き」の能力を定着させておけば、認知発達が進む5年生時頃には、児童は絵本のような易しい英文は読み進めることができるようになります。高学年になって児童が独力で英語を読むことができるようになれば、教室外(家庭)でも得られるインプット量はさらに増えます。週1~2時間の授業時間という制約の下で、聞くだけでなく読むことからもインプットを得たほうが、第2言語習得上、はるかに効果的な学習となるのです。
(理由2) 英語を聞きわけて音読できる児童は、スペルを正しく書けるようになる
2つ目の理由は、音韻認識能力と文字学習との関わりです。日本語環境に育った人にとっては、英単語を英語の音素で区切ることは、音節で区切ることよりも難しく、また、単語の中から子音だけを切り離したり加えたりすることはたいへん困難です。ところが、小学1、2年時までに、音韻認識能力を高める訓練をしておくと、その後の積極的な英語学習に役立つ、という実証研究結果が報告されています。
千葉大学のアレン玉井教授によれば、音韻認識能力の高い(ライミングを聞き分ける力の高い)児童は、後々、英単語の「読み・書き」能力が高くなる傾向があり、この二つの能力に相関関係があるというのです。音韻認識能力は、ライミングが多く含まれているマザーグースや、チャーントを歌うことなどで高めることができます。
(理由3) 高学年の児童は文字学習こそ知的に楽しいと感じる
3つ目の理由は、小学4、5年生の頃に生じる認知能力の発達と思考方法の変化です。個人差はありますが、4、5年生の頃から、認知能力が発達して、具体的な物に基づく思考から抽象的な目に見えない事柄についての思考へと次第に思考方法も変化し、目の前にない物についても考えることができるようになってきます。
教室で児童を経年観察していると分かるのですが、その頃から、時間の経過(過去、未来)を頭の中で容易にイメージできるようになり、抽象的語彙を操ったり、因果関係の説明を試みるようにもなってきます。さらに、自分中心の世界から外の世界へと、未知の物や様々な事象に対する興味の幅が、広がり始めるのもこの頃です。異言語である英語の文字にも興味を持つようになるのです。
だからこそ、私は、「児童が興味を持ち始めたその時点から、ABCを始める」というのでは、遅いと考えています。日本語で言えば、「あいうえお」を5年生で始めても、5年生の認知能力に見合った活動と言えないことは自明でしょう。児童はさほど面白くありません。5年生は、例えば、クロスワードを解く活動(ヒントから推測して単語を当て英語文字を使ってスペルを考える)なら、より知的な楽しさを感じるのです。認知発達のレベルや児童の思考方法に見合った文字学習活動であれば、児童は楽しさを感じて学習意欲も高まります。
(理由4) 高学年の児童は情報を「読み」で入手して「書き」で記録する
4つ目の理由は、母国語において必要な情報を手に入れるときなどに拠り所とする手段が、7、8才頃を境に、聞いて記憶することから、「読み・書き」へと移行し、高学年は「読み・書き」への依存度が高まっているという点です。低学年の児童は、耳から聞いた情報をそのまま記憶して文字にはあまり頼りませんが、学年が上がり、必要情報が多く長く複雑になるに従い、文字から情報を得たり、聞いたことを忘れないように書き留める、というように文字への依存を高めていきます。
当然、外国語である英語学習の際も、高学年の児童は、書かれた文字を読んで理解したい、必要情報を忘れないようにメモしたい、と思うようになります。児童が、高学年の時点で英語文字の「読み・書き」がある程度できるということは、児童の情報収集、記録の手段として大きな意味を持っているのです。