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【12月】ジェーンさんを想う

ジェーンさんとは、あの有名な霊長類学者Jane Goodallさんである。彼女に近い人はみな「ジェーンさん、ジェーンさん」と呼んでいるので、私もそう呼ぶ事にしている。考えてみれば、長いお付き合いである。

 

ジェーンさんの事を初めて知ったのは、1962年、ロンドンの小児病院で研究生活をしていた時だった。緑豊かな公園脇の小さな本屋の店頭で、ナショナルジオグラフィックという雑誌のページをパラパラめくりながら立ち読みをしていた時、カラー写真で紹介されていた20代(?)のイギリス美人の彼女が、アフリカでチンパンジーの餌付けに成功したという物語が目にとまった。早速それを買い、小児科医としては勿論の事、息子が生まれたばかりでもあったので、チンパンジーの子育ての在り方など強い関心をもって読んだ事を思い出す。京都大学霊長類研究所で、松沢先生がアイとアユムの子育て研究を始める20年程前の事だった。

国際児童年の1979年のある日、向坊東大総長から教授室に直接電話がかかってきた。日本生命保険相互会社が設立したばかりの日本生命財団が、国際児童年を記念して、私に2年間子どもの研究費を下さるというのである。その額が、私が文部省や厚生省から頂いている研究費とはひと桁違っていたので、飛び上がる程驚くと共に、細々と続けていた子ども学研究のスケールを大きく出来ると思い、感激した。

研究期間も終わりに近くなって、国際シンポジウムを開催する費用も出して下さる事になった。是非ジェーンさんを招きたいと思っていたが、連絡方法も全くわからない。そんな折、京都大学の霊長類学者伊谷教授が連絡をつけて下さって、彼女の初来日が実現したのである。そして、東京と大阪で2回のシンポジウムを開いて成功を収めた。それが「親と子の絆」としてまとめられ、創元社から出版された事は2007年の6月の所長メッセージでも述べた。その1981年の初来日以来、ジェーンさんは殆ど毎年来日されている。来日されなかったのは、お母様が亡くなられた時ぐらいではなかろうか。

高校を卒業してロンドンの秘書学校で実務技術を学び、アフリカの動物をどうしても見たいと、発掘調査をしている化石人類学者リーキー先生の秘書になったのが、ジェーンさんの霊長類学研究の全ての始まりのようである。化石人類の骨は大抵当時の湖の岸で発見されており、類人猿の調査が研究のヒントになると考えたリーキー先生が、ジェーンさんの小さい時からの動物好きを見込んで、タンガニイカ湖の岸辺でチンパンジーの餌付けをしてみてはと勧めたそうである。若い女性がひとりでアフリカのジャングルに入るのは危険とされ、入国ビザがおりなかった為、彼女は母親と一緒に現地に渡り、餌付けを始めたという。お母さんは彼女の最大の理解者であった。ジェーンさんは双眼鏡を持って山に入りチンパンジーを追い、お母さんは部落で保健師・助産師のような仕事をしていたようである。ジェーンさんの父親は軍医さんだったそうで、お母さんにも医者心があったのであろう。

それから何年か経って、ジェーンさんは餌付けに成功する。手の上にチンパンジーの好きな果物をのせて差し出すと、果物を払いのけて手を握ったという話をジェーンさんから直接聞いた。群れに近づいてきた人間に関心を持ち始めたチンパンジーが、次第にジェーンさんに近づいたり、離れたりするのを繰り返しているうちに、やっとその中のひとりが手を握ったのである。そもそもチンパンジーは男性中心の社会で、時には凶暴な行動もとる。しかしそのチンパンジーは、彼女の優しさを見抜き、手を出し握ったのであろう。そんな彼女でも、やはり手の指に怪我を負っているそうである。

ジェーンさんはチンパンジーを人間扱いして、ひとり、ふたりと数え、Fefeといったように名前を付けて、家系図を作ったりして観察した。ケンブリッジ大学に提出した学位論文を見た教授会は、驚くと共に感銘を受けたという。後の色々な研究者の研究成果によると、ヒトとチンパンジーでは遺伝子のレベルで1~2%としか違いはなく、しかも、5~700万年前までは同じ祖先だそうである。

現在、チンパンジー研究を若い人に託し、ジェーンさんは自然保護や子ども達の環境教育に全力投球している。彼女がチンパンジーの餌付けに成功した森も今や岩肌となり、アフリカの自然も地球のあちこちと同じように破壊されている。それを見て、彼女の心は動かされたに違いない。

この11月29日(土)、ジェーン・グドール・インスティテュート・ジャパン主催のジェーンさんの公開講演会とパネルディスカッションが東京の一橋記念講堂で行われ、2年ぶりにお会いした。子ども達の未来、われわれの未来を確かなものにする為に、彼女は今、チンパンジーをはじめとする色々な動物の絶滅問題を語りながら、環境教育に情熱を傾けているのである。

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