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論文・レポート

幼託一元化後の台湾における幼児園防災教育の推進

翁 麗芳(国立台北教育大学教授)

2017年4月 7日掲載

要旨:

台湾における幼稚園と託児所 1の発展の歴史は100年を超えるが、前者は教育、後者は社会福祉システムに属するなど、様態は複雑であり、幼児のための防災教育のシステムが政府によって確立されることはかつてなかった。しかし2012年には幼託一元化政策が実施され、「幼児園」が登場した。幼稚園が115年の歴史に幕を下ろす一方で、教育部(日本の文部科学省に相当)を幼児の教育・保育の所轄庁とする体制が確立し、21世紀の課題である少子化、ハイテク化といった新たな動きに向き合うこととなった。教育部は幼託一元化政策を実施すると同時に、幼児園における防災教育のプロジェクトを試行する準備を進めている。

本稿では、まず台湾における災害と防災教育の現況の全体像を説明した上で、2012年1月1日実施の幼託一元化政策を転機とし、その実施前後で、幼児園の防災教育の環境がソフト・ハードの両面でどのように変化したかを分析する。さらに、2014-15年度幼児園防災教育実験モデル園試行プロジェクトの計画と実行を軸に、教育部による幼児園防災教育の計画と実行、及びその問題点を説明する。


Keywords: 幼児園防災キャンパス、防災モデル幼児園、防災リテラシー、幼児防災教材
中文

【本文の構成】

  • 1. はじめに~台湾の災害と防災教育の現況~
  • 2. 2012年1月以後の幼児園と防災
    • 2-1. 2014年度「幼児園防災教育実験研究開発試行プロジェクト」
    • 2-2. 2015年度「幼児園防災教育実験モデル園試行プロジェクト」
  • 3. おわりに
1. はじめに~台湾の災害と防災教育の現況~

台湾は各種自然災害の潜在的リスクが極めて高く、近年の気候変動の影響で、風災、水災、土砂災害、斜面災害の潜在的リスクがさらに高まっている。他方、社会の複雑化によって、単一の災害がより被害の大きい複合災害につながる確率も増している。最近では、メディアの急速な発展により、災害関連の報道がさかんになされている。

1999年9月21日に台湾を襲った大地震(通称921地震)は、死者2,505名、行方不明者52名、重傷者701名、家屋倒壊10万戸強という被害をもたらした。地震の後、教育部は、その管轄下にある小・中学校、高校、大学・専門学校の被害については明確な統計データとして発表したが、さらに膨大な量の幼稚園については、いかなる損害の統計資料も存在しない。国家地震工学研究センター 2のレポートによれば、当時、大学・専門学校47校、高校83校、中学校168校、小学校488校、計786校で校舎が損壊したが、地震の発生が早朝であったため、校舎の倒壊で学生が死傷することはなかった(国家地震工学研究センター,1999)。その後、公立学校は、政府の補助により次々と耐震性評価と補強を行ったが、私立の幼稚園と託児所は、その対象に含まれなかった。他方で、教育部は、キャンパス防災に関連するプロジェクトを始動し、災害評価基準を設けて、全国の小・中学校に学校の自然災害・人為災害のリスクを評価させた。しかし、幼稚園・託児所の施設については、小学校付設の幼稚園が小学校と一括で監督・評価の項目に組み込まれる恩恵にあずかったのを除き、それ以外の公立・私立の幼稚園と託児所で災害リスクの評価が行われることはなかった。

幼稚園と託児所の台湾における発展の歴史は百年を超えるが、前者は教育、後者は社会福祉システムに属するなど、様態は複雑である。2012年に幼託一元化の政策が実施され、幼稚園と託児所は「幼児園」と総称され、教育部の所管となった。一元化政策前後の教育部の統計資料は、以下の通りである。

幼稚園数(一元化前)幼児数教員(一元化前)
2010年度3,283校183,901人
2011年度3,195校189,792人14,918人
2014年度6,560校448,189人45,288人
2015年度6,468校444,457人45,336人
2016年度6,362校462,115人46,167人
出典:教育部(2010)、教育部(2011)、教育部(2014)、教育部(2015a)、教育部(2016)

2012年に幼託一元化政策が実施されると、教育部が管轄する就学前教育の施設数は倍増した。対象年齢は、満4歳以上から満2歳以上に拡大され、人数は2.5倍となった。幼児園のマンパワーは、幼稚園教諭のみから、保育士 3、補助保育士 4を含むものとなった。教育部が管轄する施設の数が増えただけでなく、対象年齢が広がり、教員・保育士の任用が複雑化したため、幼児園の行政面で多くの新たな課題が現れた。一元化政策実施の過渡期に、教育を主管する行政機関と幼児園の現場の両方が新制度への適応に追われていたと言える。

921地震は、「災害防救法」 5成立のきっかけとなった。2000年に立法院(日本の国会に相当)を通過した「災害防救法」によれば、各自治体は、その主管業務に基づき防災プログラムを推進することになっている。同法の第22条第2項は、「災害の発生を減らし、災害の拡大を防ぐために、各自治体は、その権限と責任に基づき災害防救教育を行わなければならない」と定めている。教育部は正式に学校での防災教育に着手し、国民教育局が小・中学校 6、中等教育局と技術・職業教育局が高校及び職業高校、高等教育局が一般の大学を主管するほか、環境保護チーム 7、学生事務・特別支援教育局(学生の安全等に関する業務を担当)と国民教育局が共同で、各教育段階における防災教育を推進することになった。第1期(2003-06年)の「防災科学技術教育人材育成パイロットプロジェクト」と「小・中学校防災教育深耕試行プロジェクト」は、主に小・中学校、高校、大学・専門学校、特別支援学校及び一般市民を対象とするものだったが、第2期(2007-10年)の「防災スクールネットワーク設置・試行プロジェクト」は、それに加えて幼稚園を組み込むものであった。第3期(2011-14年)には、環境保護チームが、さらに進んだ「防災スクールネットワーク設置・試行プロジェクト」の推進を提起し、防災教育プログラムを学校から地域社会に拡大し、防災ネットワークが確立した。しかし、上に述べたプロジェクトの多くは、託児所が教育部の管轄下になく、幼稚園も6割以上を私立が占めるという事実によって、キャンパス防災推進プログラムの対象から就学前の幼児がもれてしまうという結果に繋がった。一部の公立幼児園では付設する小学校と同時に防災プログラムが推進されたが、1.5倍の数になる私立幼児園では、防災プログラムが進められず、重視されることも極めて少なかった。防災スクールネットワークの設置プログラムは幼児園を含むものであるが、今なお幼児園の防災利用はなされていない。また、教育部が教育施設の安全と防災に関わるプログラムを推し進めた13年の間に、513校の学校を防災スクールとして認定したが、その中に幼児園と託児所が含まれることはなかった。

教育部は全国の各段階の教育に関する事務を管轄し、教育段階ごとに業務を分け、各署と各局が手分けして仕事を行っている。防災教育は国民教育局、中等教育局、技術・職業教育局、高等教育局、環境保護チーム、学生事務・特別支援教育局が共同で推進している。教育部の防災教育プログラムの効果を評価することは難しいが、「船頭多くして船山に登る」ような状況で、労力のわりに効果が上がっていないとの批判が既に現れている。

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2. 2012年1月以後の幼児園と防災

2011年以前、就学前教育(幼稚園、託児所)は法令上、学校教育体系の外に置かれていた。教育内容の計画は、往々にして就学前教育段階を見過ごしがちで、防災教育の計画と推進もまた然りであった。2011年6月に「幼児教育及び保育法」 8が公布され2012年1月から幼託一元化政策が実施されることになり、就学前教育が正式に教育体系に組み込まれることとなった。その後、「幼児園教育・保育服務実施準則」 9等、幼託一元化政策の実施に関わる法規が次々と定められた。そのうち幼児園の環境設備及び防災に関わるものとしては、「幼児園・分園の設立、変更及び管理に関する規則」 10、「地方自治体による幼児園・分園の設立、変更、管理の処理に関する注意事項」 11、「幼児園・分園の基本施設の設備に関する基準」 12、「幼児園児童専用車両と運転者及び添乗員の指導と管理に関する規則」 13がある。このほか、「教育部2013-2017年度幼児園基礎評価指標」 14にも環境設備に関する項目が含まれている。「幼児園における教育・保育に係る専門知識と能力の研修に関する実施規則」 15は、幼児園で働く者が受ける研修の時間と内容を定めている。総じて言えば、「幼児教育及び保育法」は、「安全のための各種演習・訓練措置」と「緊急事態処理メカニズム」を含む安全管理事務について、幼児園が管理、実行ならびに定期的な検討・改善を行うべきことを明確に定めているが、地震、火災等の災害についての記載はない。しかし、幼児の健康と車両運行の安全の面では多くの規範があり、専用車両とその運転者、添乗員の指導と管理に関する規則、基本救命術の訓練・演習等の詳細な規定にまでおよんでいる。

以下では2014-15年度の防災教育試行プロジェクトを紹介する。

2-1. 2014年度「幼児園防災教育実験研究開発試行プロジェクト」

幼児は災害に対する脆弱性が最も高い集団である。2014年9月、翁麗芳は、教育部の委託を受けて「2014年度幼児園防災教育実験研究開発試行プロジェクト」(以下、本プロジェクトと略称)を主宰し、以下の4つの目標を設定した。

  1. 幼児園防災教育システム推進枠組みの計画の策定
  2. 幼児園防災教育実験研究開発試行プロジェクトの全体計画と実行方法の策定
  3. 幼児園防災教育試行プロジェクトが必要とする教員の防災リテラシー評価ツール(草案)の作成
  4. 教育部幼児園防災教育中・長期計画草案の研究と作成

換言すれば、本プロジェクトの目標は遠大なもので、内容は雑然としている。幼託一元化後の幼児園に対して、中央政府の防災教育システムを推進するための枠組み、実行計画、幼児園のスタッフと幼児に適した防災の知識、態度、技能の内容とそれを測定するためのツール等の策定が含まれる。

本プロジェクトの調印にあたり、幼託一元化後の幼児園スタッフの学歴・経歴などのバックグラウンドがまちまちであることに目をつけた。幼託一元化以前、幼稚園で教育を行うものは「教員」、託児所は「保育士、補助保育士」と、この三者は学歴・経歴のバックグラウンドを異にしていた。また、「幼児教育及び保育法」では、幼児の総数が60名以上の場合、かならず看護師を置くことを義務づけ、必要に応じて就学前特別支援教育の教員及びソーシャルワーカーを置くことを定めている。幼児園に出入りし、幼児の教育と保育に責任を負う者には、教育・保育サービススタッフ以外に、看護師、ソーシャルワーカー、実習生、調理、運転等の職員、作業員がいると考えられる。そのバックグラウンドはさまざまだが、幼児園のスタッフとして、その防災の知識、態度、技能を同じようにチェックすべきだというのが本プロジェクトの基本的立場である。

2014年9月から4か月間の研究の歩みと成果は以下の通りである。

1. プロジェクト推進チームの設置、諮問グループの設置及び運用
幼児園の教員と園長14名、土木工学者1名、水利工学者1名、計16名のメンバーからなる諮問グループを招集し、教育部の専門家人材バンクとし、幼児園防災教育推進に関する事項について、具体的な諮問あるいは計画と提案を行うこととした。

2. 幼児園の様態に関する研究・分析の整理
国内の幼児園の統計資料を収集・分析するとともに、専門家会議を招集してそれぞれの幼児園の分類方法について議論した。また、その分類方法に依拠して、幼児園防災プログラムのニーズの重点、実行性の最も高い推進方法についても議論した。

3. 様態の異なる幼児園における防災教育の現況の実地調査
台湾北部・中部・南部・東部の4つの地区から様態の異なる14の幼児園(都市部と僻地、公立と私立、人数の多い園と少ない園を含む)を選び、現場を視察して議論した。様態の異なる幼児園の防災プログラムの現況を理解し、将来的に実行性のある推進方法、求められる資源と支援について議論した。

実地調査の結果
様態の異なる14の幼児園は、所在地域、規模、園舎の構造、コミュニティとの関係等、災害の潜在的リスクの特性もさまざまである。しかしながら、防災教育の認知及び対応の上では、いずれも意識はあるが力が足りないという状況にあることが判明した。具体的には、非常用袋やヘルメット、メガホン、ラジオなどの防災用品が準備されていなかったり、されていたとしてもそれらがなぜ必要かという理解にまで至っていないケースや、避難訓練が火災と地震を想定したものが主とされ、他の災害を想定したものが見られないケース等があった。その他、幼児園スタッフへの防災指導・訓練の不十分さ、保護者への緊急連絡方法の未確立なども見られた。

4. 幼児園の危機対応システムと防災ハンドブック(草案)の作成
台湾の『災害危機対応レファレンスハンドブック』(教育部、2011年) 16、『幼児園キャンパス災害管理ハンドブック』(教育部、2012年) 17、『幼児園防災教育プロモーションハンドブック』(未定稿)、及び日本の『保育所・幼稚園等防災マニュアル作成の手引き〈地震・津波編〉~子どもたちの生命を守るために~』(高知県教育委員会、2012年)を参考にし、幼児園向けの防災ハンドブック(草案)の作成に取り組んだ。

また、地震災害に焦点を当てた「幼児園地震危機対応の手引き」を作成し、専門家の諮問会議の中で、これを幼児園の危機対応システムに位置づけ、幼児園のスタッフが地震災害に遭遇した際に起こりうる状況への対応をはっきりと示すことを決議した。

5. オペレーティング・モデル、評価ツールの研究と作成
前述の14園の実地調査を元に、「幼児園災害潜在リスク特性評価表」と防災実験モデル園のオペレーティング・モデルを修正・起草した。

また、過去に推進した小・中学校防災教育の経験、即ち、防災パイロット学校及び各教育段階の教員・学生の防災リテラシー評価の課題を参考に、幼児防災実験モデル園のオペレーティング・モデルと評価ツールの検討・作成を行った。

6. 幼児園スタッフの防災教育訓練制度の研究と作成
 (1) 防災教育訓練制度と資格制度の設計
 (2) 台湾の教員研修の補助システムに関する規則を参考に、教育部による幼児園における防災教育訓練の補助システムを研究・起草する。

7. 幼児園防災教育プロジェクトのフレームワークの確立
前述の実地調査の結果をまとめ、国内外における幼児防災教育の推進の現況を参考に、台湾の幼児園防災システムの推進枠組み(中央、地方、学校、顧問団 18を含む、縦軸・横軸の統合メカニズム)を研究・起草した。5回の諮問会議を経て、最終結論をまとめ、提出した。

2-2. 2015年度「幼児園防災教育実験モデル園試行プロジェクト」

上述した2014年度のプロジェクトの取り組みを発展させ、翁麗芳は、プロジェクトチームの4名とともに、2015年度モデル園プロジェクトの試行を提起した。幼児園防災教育システムの推進枠組み(緊急事態処理システムの草案、防災ハンドブックの草案、教育部災害リスクプラットフォームによる幼児園災害リスク評価の実行性を含む)の設計を継続的に行うほか、幼児園防災教育モデル園の計画と試行を重点プログラムとした。「幼児園防災教育試行プロジェクト所要ツール」には、教員用防災リテラシー評価ツール(草案)、教職員(保育士、補助保育士等を含む)の教育訓練教材(草案)、災害リスク評価プログラム(草案)、幼児園危機対応ハンドブック(草案)、幼児園防災教材事例集等のツールが含まれる。

2015年のプロジェクトでは、2つの幼児園を選び、その防災設備、教材と教具、防災リテラシーをもつ教職員を整備し、比較的優良な幼児園の防救計画/緊急対応計画の作成と演習を継続し、幼児園防災教育モデル園を試験的に設置することとした。2014年度と15年度にプロジェクトに参加した幼児園スタッフを招集して幼児園防災教材ワークショップを行い、幼児園防災教材(案)を生み出したことも、2015年モデル幼児園プロジェクトの成果の1つである。

(1) 2つの防災教育モデル園試行のプロセス
モデル園の選定にあたり、幼児園の規模、設置主体、所在地等、各種の条件を検討し、高雄市立前金幼稚園と新北市立三暉幼児園を選んだ。3-10月に、ソフト・ハードの両面で防災を充実させる整備工事を試行した。

2つの園は、もともと2015年度第1学期のカリキュラム、行事計画を定めていたが、本プロジェクトに合わせて、3月と5月に2度の地震避難訓練を行い、防災教育を実施した。プロジェクトチームは、計画に参加し、訓練の当日に実地視察を行い、検討会議に参加して改善のための意見を提案した。また、プロジェクトチームは、災害の専門家を派遣し、各幼稚園で3時間の全園教職員防災知識・能力研修を行った。2回の避難訓練を終えた後、2つの園は、行政管理及び教育・保育の角度から見た防災幼児園設置プロセスに関する知見と提案をプロジェクトチームに提出した。

総じて言えば、2015年のプロジェクトは、2つの園の園舎の安全性強化に貢献したと言えるだろう。教育・保育スタッフは、本プロジェクトに参加して、園舎の災害リスクを実地で調査し、自らの園の災害の特性に即した防災知識・能力の研修を受けるなど、反応は極めて良好であった。防災備品のニーズについては、園舎の規模、公私立等の設置条件により、やや違いが見られた。私立の三暉幼児園では、園舎が狭いため、防災用品、備品については、その意義を認めながらも、十分に設置することができず、それは都市部の小型幼児園の現実的な課題となっている。

幼児園防災は、知識をもたない園もあれば、知識に行動がともなっている園もあるが、幼児園防災キャンパスの設置は、絶対的な必要性をもっている。しかし、ハード面での整備は、場所や園によって柔軟性をもたせる必要がある。スタッフの能力強化の面では、プロジェクトチームの防災リテラシーテスト及び聞き取りを通じて、教育・保育サービススタッフの防災知識・能力研修への参加が絶大な効果をもち、当人たち自身もその必要性を認めていることがわかった。しかし、私立の小型幼児園では、本プロジェクトの出張研修のようなものでない限り、各種行政が実施する研修には参加が不可能であることが明らかになった。

プロジェクトチームのメンバーが2つの園の保護者向け防災講座を視察したのは計画外のことであったが、講座に参加した保護者の熱心な様子から、幼児園と家庭の間の親密性がうかがえた。幼児園の防災教育は、他の学校教育段階と比較して、家庭、コミュニティへの防災教育の普及において、より良い成果を挙げることが可能であるかもしれない。

2015年のモデル幼児園プロジェクトは、同年12月に成果報告書を提出した。2カ所のモデル実験園での防災のソフト・ハード面の充実と整備のプロセスを説明したほか、中央政府の幼児園防災教育プログラムに対して提案を行った。以下では、同報告書の幼児防災教育、モデル幼児園、幼児防災教育指導体系に対する提案を引用し、プロジェクトの内容と実行の結果を説明する。

(2) 幼児防災教育教材
プロジェクトチームは、2009年より防災教材・教案の編集作業に参加した幼児園スタッフを集めて、幼児防災教育教材(案)ワークショップの計画を策定した。主宰の翁麗芳が日本の児童を対象とする防災教材(動画、絵本を含む)を翻訳・紹介し、台湾の幼児園でこれを試しに教え、修正を加えてさらに試用するという実験を行った。ワークショップのメンバー10数名は、それぞれ台北、台中の様態の異なる幼児園で教えているが、日本の教材を試しに使ってみたところ、写真、挿絵の内容が、美しさと実用的な機能を兼ね備え、簡単明瞭な指導によって幼児が重点を把握し、災害に関する知識と自らを守る方法を学べるようになっているとの評価であった。日本の教材の試用と議論を経て、ワークショップでは、現在の台湾では幼児防災教育の教材が不足しており、関連する教材を作成していく必要があるとの結論に至った。また、教材の作成にあたっては、「行政と民間が協力して、台湾の幼児のための防災教材を作成する」「"絵本"型の教材を、教材作成の試行の第一候補にする」「教材の内容は幼児の生活経験に結び付ける」などをはじめとする7点の提案を行った。

(3) モデル幼児園
プロジェクトチームでは、2つの防災教育モデル園の経験に基づいて、モデル幼児園設置の意義を認め、モデル園の設置について、3点の提案を行った。

  1. 設備の購入と設置は、各幼児園の規模と形態によって決めるべきである。
  2. 教員の能力強化カリキュラムの内容は、各幼児園のニーズに応じたものとすべきである。
  3. 保護者の教育を重視する。

(4) 教育部幼児防災教育指導体系の設計について
中央政府は、幼児園防災教育の面で、中央政府と自治体の各レベルにおける権限と責任が明確な諮問制度を創出すべきである。この前例のない制度の設計について、中央政府および各地方自治体における諮問団の設置について、また、教育部やモデル園の具体的な役割を含む8つの提案を行った。

(5) 教育部「幼児園防災教育中期計画(2016-18年)草案」
向こう3年間の教育部「幼児園防災教育中期計画(2016-18年)草案」について、実行すべき4つのタスクを示した。

  1. モデル幼児園の設置
  2. 教員の防災の知識・能力の育成
  3. 防災リソースネットの強化
  4. 幼児防災教材の開発
3. おわりに

台湾の自然災害のリスクの高さを鑑みれば、防災教育はかならず行うべきものである。2000年以降に始動した学校防災教育は、まず幼稚園が学校教育システムに属さないという当時の制約によって、政府の幼児防災教育プログラムにもれが生じることとなった。しかし、2012年の幼託一元化政策の実施以降、教育部は、国民教育段階ほどではないにせよ、意識的に就学前教育段階の防災教育プログラムに力を入れ始めており、2014-15年度のモデル園プロジェクトの計画と実行からも、その意図の一端が見て取れよう。

2014-15年度のプロジェクト終了後、教育部は、未だその先の幼児園防災教育推進計画を正式に発表していないが、現在実施中の「2016年度幼児園防災教育モデル園指導プロジェクト」は、先行する2年間のプロジェクトによって策定された「幼児園防災教育推進中期計画(2016-18年)草案」に沿った内容となっている。換言すれば、先の2年間で提起した幼児園防災教育推進の現況と問題が、教育部のプロジェクトのよりどころとなったのである。「専門家を現地に派遣して幼児園の災害環境について実地調査を行う、幼児園が危機対応ハンドブック(草案)に依拠して防災避難訓練を実施する」といった指導の推進を継続し、2018年内に24のモデル園を完成させ、台湾全土の各地方自治体に少なくとも1つの防災教育モデル園を設置するという目標が達成される見通しである。

しかしながら、幼託一元化政策の全面実施は、もともと別組織であった幼稚園と託児所の統合とあって問題も甚だ多く、一大事業である。「幼児教育及び保育法」「幼児園教育・保育服務実施準則」から幼児園評価、「幼児園における教育・保育に係る専門知識と能力の研修に関する実施規則」に至る法規から見て取れるのは、これらがいずれも、一元化政策を確実なものとするために、各幼児園間の設備とマンパワーの質の落差を補うことに力を注いでいるということだ。幼児園の主管機関は、国民及び就学前教育署だが、防災教育の主管機関は情報・科学技術教育局で、どちらも教育部に属しているが、幼託一元化以来、前者の幼児園に関する業務は、教育・保育のカリキュラムと、マンパワーの統合及び質の向上の問題に集中している。例えば、教育・保育活動のカリキュラム大綱の研修、職種を異にする教員、保育士、補助保育士の間の合理的な仕事の分配等である。後者の情報・科学技術教育局の幼児園に関する業務は、プラットフォームの確立、災害情報の伝達、幼児園の安全環境の整備、避難演習の実施等を焦点とする。同じく幼児園の業務に関わっているが、組織内の管轄の分担によって、それぞれが独自の道を歩んでいるため、幼児園防災教育の推進は、労力の割に成果が挙がっていない。例えば、「幼児園における教育・保育に係る専門知識と能力の研修に関する実施規則」は、研修の時間数を規定し、カリキュラムの範囲にも、「幼児園の空間づくりと環境設計」と「幼児の健康と安全」が含まれているが、2つのカリキュラムを実際に行う際には、災害と防災に関わる知識と能力に関する内容に触れないことが多いようだ。国民及び就学前教育署の視点から言えば、幼託一元化に関わる業務は膨大で、各種法規の実行において安全教育に触れることで、防災・安全教育の要点はおさえているということになるだろう。情報・科学技術教育局にしてみれば、小学校から大学に至る防災教育を一手に引き受けることは煩雑であり、幼託一元化によって6千あまりの幼児園がいきなり対象となって、できることと言えば、幼児園危機対応ハンドブック(草案)の編集、幼児園の防災設備の整備の奨励と補助、防災避難訓練等の規範の制定ぐらいであり、幼児園の防災設備、演習と日常的な教育・保育カリキュラムとの結合となると、まだまだ力不足である。このような状況は、あるいは2-3年後、一元化の過渡期を過ぎた時に、中央省庁が幼児園防災プログラムを統合し、有効に推進することで解消されるかもしれないし、2-3の主管機関が交わることなく推進することで、組織的な仕組みはあっても実質的な成果が挙がらないという結果に陥るかもしれない。

日本の幼児防災教育の教材及び避難訓練の実践は、台湾にとって重要な参考となるものだ。高知県の2012年度の防災ハンドブックを参考にまとめた「幼児園危機対応ハンドブック(草案)」は、台湾の幼児園が避難訓練をする上でのよりどころになりつつある。日本の災害を題材とした紙芝居、絵本、動画も、台湾の教育・保育スタッフが興味をもって研究する材料となっている。しかし、地域性と文化の差異を検討することのほか、いかにして幼児園スタッフの1人ひとりに防災プログラムと避難訓練の重要性を理解し、身をもって実行してもらい、単純な模倣に終わらせないようにするかが、今後の台湾における幼児防災教育推進の重要な鍵となるだろう。あるいは、2015年度の教材(案)ワークショップの形式を採り、幼児園スタッフの防災意識の育成を確実なものとする方法を試してみるのもよいだろう。ワークショップは、モデル園を拠点とし、計画的な実作、討論、共有という方法によって、幼児園防災のマンパワー育成を確かなものとすることができるだけでなく、地に足のついた幼児園防災文化を形成することで、上述の中央政府が確立する仕組みとの組み合わせにより、幼児園防災教育の目標を有効に推進することが可能となるのである。

教育部の幼児園防災プログラムは、着手の立ち遅れはあったが、地方自治体に対しても効果を発揮している。台北市は、2014年に幼児園防災教育推進グループを設立し、教育部の防災モデル園制度の開始に合わせて防災自主管理園推進プログラムを開始した。2015年度に11の防災自主管理園の設置を完成させ、2016年度には12の園(うち5つは前年度実施の園である)を選んで、設置作業を進めている。各地方自治体の幼児園防災教育の推進には、程度のちがいがあり、今のところ台北市に続く自治体は見られない。

(訳者:帝京大学准教授 山崎直也)


参考文献
  • 1. 幼稚園は4歳以上の就学前の幼児を対象とした就学前教育施設であったのに対し、託児所は生後1ヶ月以上6歳未満の乳幼児に適切な養育と保育を提供する福祉サービス施設と位置付けられていた。
  • 2. 原語は「国家地震工程研究中心」
  • 3. 原語は「教保員」
  • 4. 原語は「助理教保員」
  • 5. 「災害防救」は「災害予防(disaster prevention)」と「災害対応(disaster response)の二つの意味を含む概念。以下、原語のまま用いる。
  • 6. 「国民教育」は小・中学校9年間の義務教育課程を意味する。
  • 7. 各教育機関における環境保護と「教育深耕事業」を管轄し、2013年の政府組織の再編で情報・科学技術教育局と改称。
  • 8. 原語は「幼児教育及照顧法」
  • 9. 原語は「幼児園教保服務実施準則」
  • 10. 原語は「幼児園與其分班設立変更及管理辦法」
  • 11. 原語は「直轄市県(市)政府辦理幼児園與其分班設立変更及管理注意事項」
  • 12. 原語は「幼児園及其分班基本設施設備標準」
  • 13. 原語は「幼児園幼童専用車輌與其駕駛人及随車人員督導管理辦法」
  • 14. 原語は「教育部頒布2013-17学年度幼児園基礎評鑑指標」
  • 15. 原語は「幼児園教保専業知能研習実施辦法」
  • 16. 原語は「災害応変機制参考程序手冊」
  • 17. 原語は「幼児園適用校園災害管理工作手冊」
  • 18. 原語は「輔導団」

筆者プロフィール

Wong_Lee-Fong.jpg 翁 麗芳

教育学博士。国立台北教育大学幼児と家庭教育学学科教授。教育の仕事に15年従事し、台北で就学前の教員養成に携わりながら、幼児園評価、養成プログラム評価のため、毎月一回台湾全島および離島へ出向き、現場指導を行う。台湾の早期教育過熱現象を、親・教育者・行政の三つの角度から観察、グローバル時代における子どもの教育とケア政策のあり方を研究テーマとする。
主要著書:『子育て支援の潮流と課題』(共著)ぎょうせい2008、『世界の幼児教育・保育改革と学力』(共著)明石書店 2008、『アジアの就学前教育』・『多文化に生きる子どもたち』ともに明石書店、2006 ほか
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