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何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (2)

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かつては日本に限らず世界の多くの国で、障害のある子どもたちは、通常の教育体制ではなく別途に分離された特別な学校で教育を受けていました。1970年代に国連が中心となって、障害の有無によって社会参加における差別がある状態を解消することを目指したノーマライゼーションという理念が広がります。その流れの中で、障害のない子もある子も全て地域の同じ学校で学ぶ「統合教育」あるいは「インテグレーション教育」への取り組みが進みます。イタリアでは、インテグレーション教育を国の基本的な教育方針とすることを決定し、1992年までに特別支援学校などの特殊教育施設を全廃しています。前回ご紹介したアメリカやカナダではまだ特殊教育施設がありますが、最終的な到達点として描いているのはイタリアのような教育体制だといえます。

2006年に国連が提唱した「障害者の権利に関する条約」との関連から、インテグレーション教育は「インクルーシブ教育」という名前で呼ばれるようになりました。前回もご紹介した「障害者の権利に関する条約」第24条 「教育」の2 (a) には「障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないこと及び障害のある児童が障害に基づいて無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと」とうたわれていますが、排除 (exclude) の反対語はincludeですので、インクルーシブ (inclusive) 教育と言われるようになったのです。

日本も2007年に国連の「障害者の権利に関する条約」に署名しました(その後2014年に批准)。署名したからにはそこに書かれていることを着実に実行しなくてはなりません。文科省に、日本のインクルーシブ教育体制を推し進めるための特別委員会が設置され、そこでの議論をもとに現在の日本のインクルーシブ教育の基本方針が策定されました。

そのインクルーシブ教育体制こそが、私が「何か変だよ」と思っているものなのです。「変だ」と思う2つの点について説明します。

(1) 特別支援学校を「一般的な教育体制」内であるとしたこと
インクルーシブ教育の源流がノーマライゼーションであると考えれば、さらにノーマライゼーションがこれまでの「教育における分離」を排除することを目的とするのであれば、特別支援学校は一般的な教育体制ではなく、特殊な教育制度であると考えるべきです。世界中で条約批准時にこの条項を完全に満たしている国はイタリアのみでしたので、イギリスなどは批准を一旦保留し、慎重な議論を重ねた上で、「障害のある子どものニーズに応ずることのできるメインストリームの学校や職員へのアクセスがより多くできるようなインクルーシブなシステムの開発を継続する」という宣言を加えて批准しています(メインストリームの学校とは、普通学校のこと)。まだインクルーシブは完成していないが、アクセスを多くしてゆく努力を続けることを宣言したのです。

さて日本でも、特別委員会の中でこの一般的な教育制度に特別支援学校は入らないのではないかという議論が起こりました。特別委員会の議事録を見ると第一回目から、特別支援学校関係者はこれに対し声を大きくして「インクルーシブ教育といったときに、特別支援学校はそのシステムの中で機能している」「 (特別支援学級も) インクルーシブ教育の制度のシステムの枠内で、今まで教育が行われてきたと自負しております」あるいは「 (特別支援学校が) なくなってしまうという恐怖感さえ思い浮かべるという親御さんの切実な声が届いております」と特別支援学校の存続を訴えています。特別支援学校が、これまでの日本の特別支援教育体制の中で重要な役割を果たして来たことと、きたるべきインクルーシブ教育体制の中でも同様にその役割を果たして行くかということは、全く別のことではないか、と私は考えますが、こうした委員の強い訴えと、一部の委員の、分離教育は障害の種類によっては必要である、という意見に押されて、文科省は、特別支援学校は一般的な教育制度内にあると宣言します。ただし文科省の自らの見解としてではなく、以下のように外務省の条約批准の担当者の意見を引用してその根拠としています。
障害者の権利に関する条約第24条にある「general education system (教育制度一般 (ママ) ) 」について、外務省に照会したところ、以下の回答があった。

条約第24条に規定する「general education system (教育制度一般) 」の内容については、各国の教育行政により提供される公教育であること、また、特別支援学校等での教育も含まれるとの認識が条約の交渉過程において共有されていると理解している。したがって、「general education system」には特別支援学校が含まれると解される。 (第5回特別委員会資料2)
外務省の見解によって、特別支援学校はインクルーシブ教育の中にあると認められ、障害のある子どもを特別支援学校や学級で「分離」して教育することも「インクルーシブ教育」であるといって良いことになったのです。

障害のある子どもを5歳児検診などで早期に発見し、特別支援学級や特別支援学校に送ることは、インクルーシブ教育といって良いのですから、インクルーシブ教育を推進することによって年々特別支援学校に通う子どもが増加することにつながります。

ここに最近発表された日本の特別支援学校に通学する生徒数のデータ *がありますが、2015年には約14万人と過去最高になり、この10年間で36%増加しています。この間、義務教育を受けている子どもの数は少子化によって減少を続けていますので、相対的には特別支援学校に通う生徒数はもっと増えているのです。

インクルーシブ教育体制といいながら、普通学級から分離されて教育を受けている子どもが増えているという不思議なことが日本では起こっているのです。インクルーシブではなく、その逆(エクスクルーシブ)になっているのではないか、と皮肉を言いたくなります。

さてこの辺でブログの紙数がつきました。本テーマについて2回に分けて書くと前回書きましたが、2回では収まらなそうです。次回に、もう一つの「何か変だよ」について書いておしまいにしようと思います。

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※「何か変だよ、日本のインクルーシブ教育」シリーズの続きは以下よりご覧ください。
何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (4)
何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (5) 大いなる誤解
何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (6) the general educationって何?


* 文部科学省 学校基本調査(速報版)2015
筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学副学長)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学副学長。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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