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【宝宝、ニーハオ!-上海子育て記】 第1回 上海生活の始まり

赴任に際して

2011年6月、私たちは夫の転勤に伴い、中国第二の都市上海にやってきました。私は7年あまり勤めていた企業を退社、2歳の息子は誕生直後からの保活*1の末、なんとか入園できた認可保育園を退所しての決断でした。仕事と子育ての両立がようやく軌道に乗ってきた時期でもあったので、全く迷いがなかったわけではありません。しかし、日本を出て家族が助け合って生活する経験は得難いものです。幸い夫も私も海外生活の経験があり、多少の不便も耐えられる自信がありました。また、息子にとっても世界の多様性に触れる最初のチャンスだと考えたのです。


巨大な日本人コミュニティー

さて、縁あって上海という都市に住むことになりましたが、中国メインランドに足を踏み入れることは初めて。私にとっての上海はテレビやニュースで知る姿のみでした。中国語も全くできない中、未就園児を連れた生活がどんなに大変かと当初は不安がありましたが、すぐにそれは全くの杞憂だと知りました。

上海は在留邦人の数が世界で二番目に多い都市であり、約56,000人の日本人が暮らしています*2。全日制の日本人学校は小学部のある虹橋校、小学部、中学部、高等部のある浦東校の2校があります。また、それだけの人が住んでいるわけですから、日本料理店、日系デパートやスーパー、日本人医師のいるクリニックに歯医者など、日本人コミュニティーをターゲットとしたサービスが充実しています。日本とは全く違う海外生活が始まるんだ!と意気込んでいた者としては少々肩すかしではありますが、やはりありがたいことに違いはありませんでした。

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日系デパートの醤油コーナー
価格は日本の定価の2~3倍


子育てを考えた物件探し

さて、新生活を始めるにあたって一番頭を悩ませたのが住まい探しでした。上海は高層ビル、高層マンションの街です。土地が狭く、地価も非常に高いため、おのずと上へ伸びていきます。紹介していただいた部屋もほとんどが高層階にあり、周囲はショッピングセンターと車の往来のみです。子どもを育てる環境として考えた時、万が一の窓からの転落(実際子どもの転落事故は多いです)、空気の悪さ、騒音、狭い敷地内駐車場での交通事故の可能性など、中心地の高層マンションは便利ではありますが、2歳の息子と暮らすには適さないと感じました。

いろいろと考えた末、結局私たちが選んだのは、郊外の、日本人の多く住む古北地域からも少し離れた場所にある緑豊かな低層集合住宅です。立地は少々不便ですが、大通りから一本外れているのでその分静かで、なにより一階の自宅の庭からマンション敷地内の公園に直接行けるのが決め手となりました(上海には日本によくある小さな公設の児童公園が全くないのです)。

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高層マンション群


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庭から公園へ遊びに出ていく息子


子どもを取り巻く環境

住環境はもちろんですが、さらに重要なのは子どもを巡る社会の環境ではないでしょうか。上海で生活を始めるにあたって、多くの人に言われたのは、子どもの誘拐にはくれぐれも気をつけるようにということでした。実際、中国国内ではスーパーマーケットや学校の行き帰りでの子どもの連れ去りは後をたちません。誘拐された子どもたちはどうなるのでしょうか?子どものいない夫婦に売られたり、工場で働かされる、物乞いをさせられる、いやもっと悲惨な目にあっている、など真偽のほどは定かではありませんが、一度いなくなったらまず見つかる可能性はとても低いのです*3。子を持つ親としてはゾッとする現実です。そう思って見ていると、上海では日本のように子どもが一人で町を歩いているのを見かけることはまずありません。常に大人が一緒にいるのです。 

また、車やバイクの運転も噂通り、いやそれ以上に乱暴で危険です。中国では車両は右側通行で右折車は直進信号が赤でも右折できます。歩行者優先という意識は全くないようで、青信号の横断歩道を渡っているのに左右から車が我先にと突っ込んでくるのには驚きました。オートバイは歩道を堂々と猛スピードで逆走してきますし、一時として小さな子どもの手を離すことはできないのです。

子どもを連れて外出すると、これらの危険に常に細心の注意を払う必要があり、慣れるまである程度の緊張を強いられます。では上海は子どもにとってリスクばかりの恐怖に満ちた社会なのでしょうか?


子ども好きな人々

息子と歩いていると、道行く人が私たちに、いいえ、息子に話しかけてきます。「宝宝、你好!(おちびさん、こんにちは!)」宝宝と書いてバオバオ、小さな子どものことです。宝!なんて素敵な呼び方するんだろう、と嬉しくなってすぐに覚えた中国語です。「男孩?女孩?(男の子?女の子?)」不思議と必ず聞かれます*4。一人が立ち止まると何人かが集まってきて、「几岁了?(何歳?)」顔をなでて「皮肤很白!(肌白いね!)」などと、(勝手に)盛り上がります。

また、レストランやお店では従業員の方がバオバオ!おいで!と抱っこしてくれるだけでなく、食事や買い物が終わるまで面倒を見てくれることもよくあります。そして、バスや電車では東京よりずっと高い確率で子ども連れに席を譲ってくれますし、普段愛想のないタクシーの運転手さんも子どもと見るや相好を崩して、「宝宝、你好!」です。おかげで子どもを連れての外出が苦ではないどころか、いつのまにかこちらまでニコニコと嬉しくなってくるぐらいです。

公共の場での子どものマナーに対して周りの目が厳しく、親はいつも心の中で謝っているような日本に比べて、上海では子どもだから仕方がないよと許してくれるおおらかさを随所で感じます。いい点、悪い点があるとして、これはとても大きな違いです。少なくとも私にとっては、子どもだけでなく子どもを連れた外国人の私の存在をも快く受け入れてくれているようで、ほっと肩の力が抜けました。子どもに、そして親に優しい上海の人たち、彼らに大きな勇気をもらって私たちの上海での子育ては始まったのです。


  • *1 保育園入園活動の略。 育児休暇復帰後のスムーズな保育園入園を目指した活動のこと。認可保育園ならびに認証保育園の情報収集、見学、予約、申し込みなど。
  • *2 参考:外務省海外在留邦人数調査統計
  • *3 中国政府はこの問題を解決しようと大規模な犯罪グループの検挙を繰り返しており、数十人、ときには数百人の子どもが親元に返されたというニュースをよく見ます。しかし残念ながら組織的犯行であると言われているこの社会問題はいまだ改善されていません。
    参考:Child kidnapping in China: A case study
  • *4 中国では女の子も大きくなった時に黒く豊かな髪が生えてくるようにと、みな男の子のような短髪にしているため、男女の区別がつきにくいようです。
筆者プロフィール
石橋 貴子

チャイルド・リサーチ・ネット日本語版・英語版編集、外資系企業勤務を経て、2011年6月より夫の転勤に伴い上海在住。
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