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【産科医の海外留学・出産・子育て記】第5回 ハーバード公衆衛生大学院の留学生活

要旨:

渡米直後から、アメリカの教育機関での勉強の大変さを思い知りました。膨大な勉強量と同級生たちのエリート意識、熱い意気込みに圧倒される日々が続きました。英語が流暢ではない私の学生生活を支えてくれていたのは、進んで手を差し伸べてくれる教授陣、同級生、大学のスタッフ、街の人々、そして、そうした周りの人々に対して感謝の意を表すサバイバル英会話術です。今回の留学を機に、英語力を磨き、ハーバードの質の高くハードな教育環境でも勉強し、生き抜くことを学びました。英語文献の読み方、引用の仕方、そして論文の書き方も徹底的も学ぶことができました。また、アメリカ人の国民性、アメリカスタイルの思考回路から、人との上手な付き合い方も身につけることができたように思います。日米双方の良い点を学べたことは非常に幸せなことと思っています。

2008年8月、私たち家族、私と夫に娘3人(3歳、1歳、0歳)、そして私の両親は、成田を発つこと14時間、ボストンの空港に降り立ちました。ハーバード大学のメイン・キャンパスは、空港から車で30分ほど、私が通うことになる公衆衛生大学院はメイン・キャンパスから離れた医学部エリアにあり、チャールズ川を渡って反対側です。留学前に日本人家族から引き継いでいた1LDKのアパートメントに到着、いよいよハーバード子連れ留学の始まりです。

小さな子どもたちを連れての留学に必須の保育園については、留学前、まだ三女がおなかの中にいるころからボストンの保育園を探していたのですが、どこをどう探しても、保育料がとても高いのです。就学前の子ども一人当たり、毎日預けると月額の保育料が15~20万円にもなります。地理感覚もないし、現地に到着してから探し始めようと思い、到着後すぐに保育園を回り始めました。どの保育園も長い待機リストがあり、諦めかけたときに、渡米前からやり取りしていた保育園に、週に三日だけ空きがあると教えてもらいました。授乳中だったこと、あまりにも保育料が高かったことから、週に三日間だけ預けることにして、大学院の授業も、保育園で預かってもらえる日だけに集中して受けることにしました。様々な妥協を繰り返し、やっと保育園が決まったのは、新学期が始まる1週間ほど前でした。

子どもたちは、全く英語が話せません。別れ際はつらそうでしたが、それでも、友達や先生の言葉にうなずいたり、遊んだり、一生懸命コミュニケーションを取ろうとしています。子どもたちが何とか新しい環境に適応できるようにと願いながらの新生活スタートでした。

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渡米直後、夫と子どもたち、生活の立ち上げを手伝ってくれた母と

さて、本題の私のハーバードでの大学院生活。実は、私には、かなり甘い見通しがありました。

日本で博士課程をとった時の経験から、ハーバードでの大学院生活も自分の研究が中心で、マイペースで勉強をすればいいのかと考えていたのです。また、英語で授業を受けると分かってはいたものの、とにかく憧れの海外留学ができるという嬉しさで、楽観的に「なるようになるさ」と考えていました。

が、渡米直後から、アメリカの教育機関について噂で聞いていた、「入るのはたやすくても、出るのが難しい」ことを思い知りました。私にとっては、圧倒されるほどの勉強量です。また、周りはエリート集団ですし、年間300-400万円の学費を払ってきているわけですから、意気込みもすごいものがあります。その上、私には英語が流暢ではないという弱みがありました。教師や学生が、私のような留学生に配慮してゆっくりと英語を話してくれるというわけではありません。

教室内では無線LANが使えましたので、最も早く英単語を調べられるよう、常に画面には「英辞郎 on the WEB」というインターネット上の辞書を開いておきましたが、当然、英単語をいちいち追いかけていたのでは、授業の内容が全く頭に入りません。ハーバード公衆衛生大学院(以下HSPH)では、学生が後から何度でも授業を見られるように、授業の様子をウェブサイトにアップしてくれており、このビデオは大変役に立ちました。これは、HSPHにおける留学生の割合が多く、500人を超える新入生のうち32%(2007年度)の学生がアメリカ国外からやって来て、しかもそのうちの半分以上は英語が母国語ではないため、留学生の扱いに慣れているのでしょう。事実、隣の医学部では白人がほとんどを占めるのに対しHSPHでは様々な国籍の学生に出会うことが多く、人種の多様性を肌身で感じました。

授業スライドやハンドアウトも、同じくコースのウェブサイトにアップされます。事前に自分で予習をし、プリントアウトをして授業に臨み、授業を受けた後は、要点を解説したり理解を助けたりするためのTeaching Assistant(講義の補佐役を務める上級学生)セッション(TAセッション)という時間が週に1-2時間設けられています。たとえば、1つのクラスを取ると、1週間に2コマ、つまり、1時間半×2回の授業と、もう1コマ、TAセッションがあるということになります。

予習をしていかないと、途中で一つでも英単語につまずいて話についていけなくなったが最後、その時点からは宇宙人のように授業の流れに取り残され、意味が分からなくなってしまいます。そのうえ、電話帳ほどの論文や読み物の束と格闘する予習には何時間もかかります。

また、宿題も、小論文やレポートなど自分の考えを深めてまとめさせるような内容が多く、かなりのエネルギーを必要としました。例えば、私はもともと女性の健康や女性総合医療に興味があったのでWomen, Gender and Health(女性、性、そして健康)という分野のクラスを取りましたが、そこでの宿題は、授業で学んだことをもとにして自分なりに文献を集めて論理的な考察をするというもので、性同一性障害やDV、女性に多い健康問題ばかりでなく、インドの若年結婚、性差における偏見を増長するようなメディア報道など、広く社会的なテーマを含んでいました。論文を読むのも辞書と首っ引きなら、書く方はもっと大変です。スペルチェックはワードという文書作成ソフトの機能としてついていますが、文法や言い回し、重複を避ける工夫などは、一朝一夕には身につきません。TAや担当の先生方は、内容よりもまず文法や文章校正に難儀をしながら読んでくださったのではないかと思います。レポートの形式、例えば行間や文字数などを間違えて提出してしまい、提出後に指摘を受けて冷や汗をかきながら、慌てて書き直したこともありました。

さて、その授業中、どんなに神経を研ぎ澄まして聞き漏らすまいと集中していても、辞書を引いている隙に、あるいは頭の中で翻訳している一瞬の間に、授業が先へ進んでしまうことがあります。そのような毎日の中で身につけたサバイバル術の基本は、人を頼ることでした。なんて甘えているんだ!とお叱りを受けるかもしれません。が、私の場合は、平日の朝8時から夕方6時まで、3人の子どもたちが保育園に行っている時間しかありません。ほかの時間と週末は否応なしに子どもたちにかかりっきりになりますから、後で電話で質問したり、相談する時間などありません。まさに、「今、この時」が勝負です。

  1. 課題について、テストについて、担当の教師やTA、周りの学生仲間にくどいくらい確認すること、
  2. 教えてもらったら、そのことに対して大げさなくらい感謝の気持ちを言葉にすること、
  3. 機会があるごとに相手の配慮やサポートに対する感謝の意を表し、褒めること、

これらのことを徹底していました。

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最初の頃、遠い保育園に通わせているときは、
朝晩、路面電車に乗って保育園まで子どもたちの送り迎えをしていました

相手にとって、私を助けることのメリットは全くありません。そのうえ、この大学院で学ぶようなジェンダー、倫理、メディア、政策、マネジメント、統計疫学、環境、社会に関して、私は全くの素人で、英語もたどたどしいのです。人の心の中にある「誰かの役に立ちたい」というやさしい気持ちに甘えさせていただき、お世話になったことに対してせめてものお礼として感謝の気持ちをはっきりと表すことを常に心がけました。また、自分が受けたこうしたやさしさを、できるときに今度は自分が誰かに返してあげる、そうした思いを日々強く感じました。

その私の学生生活を支えてくれていたサバイバル英会話を少しご紹介します。

  • Your question was to the point!(いい質問だったね!)
  • I was just wondering about...(ちょっと教えてほしいんだけど...)
  • I was so impressed with your idea.(いいアイディアだね!)
  • Has instructor mentioned something about assignment?(先生は課題について何か言ってた?)
  • Your presentation was persuasive.(説得力のあるプレゼンだったねぇ。)
  • Your speech was fabulous!(素晴らしいスピーチだったよ!)
  • I really appreciate your help. I never forget about it.(助けてくれてありがとう、一生忘れないよ。)

などなど、数え上げればきりがありません。そしてもちろん、Thank you so much!(ありがとう!)この言葉を1日のうち何十回口にしたことか。

大学の中だけではありません。子どもを抱えていると、人さまのお世話にならなければ生きていけない毎日です。大学の守衛さんにも、スーパーの店員さんにも、何か手伝ってもらったときは、

  • I am so happy you are here!(あなたがいてくれて良かった!)
  • You are smart!(賢い!)

病院の受付の人にも、大学の清掃員の方にも、

  • You are such a hard-working person!(よく働くねぇ)

子供たちの保育園のdirectorに会ったら必ず

  • I really appreciate your dedicated work!(あなたの仕事ぶりには感心しているんですよ)

相手のお仕事に感謝しながら、そして褒めながらお願いをするのが日常的になりました。

日本人の感覚からすると、褒めるという行為は、何かおべっかを使っているように思われるかもしれませんが、アメリカでは人を褒めるのは当たり前です。それも、大げさなくらいの褒め言葉が頻繁に飛び出してくるので、いつの間にか私も、褒めることに抵抗がなくなりました。

たとえば、授業中、私がつたない英語で日本の医療システムについて5分間のスピーチをした際のことです。「こんなたどたどしい英語で恥ずかしいな」「こんな内容でよかったんだろうか...」自信なさそうに、先生の方をちらっと見ると、Your point of view is fabulous! (君の視点はすばらしいね!)とすかさず褒めてくださり、ひっくり返りそうになったことがありました。こんな私のスピーチ程度でも、褒めてくれるの??と。

また、セミナーで何か基本的な質問をすると、Thank you for bringing up such an excellent question!(すばらしい質問をしてくれてありがとう!)と、発表者がすかさず質問を褒めます。答えを聞く前に自分の質問を褒められると、それだけで何か貢献したような気持ちになって、とても気分が良くなったものでした。おかげで質問した私とそれを受けた相手の間に友情のようなものが芽生え、その後も親身になってやり取りすることができました。このように、多種多様な人材が集まっているアメリカでは、褒めることで異文化同士のコミュニケーションを図ったり、お互いの垣根を取り払ったりしているのかな、と思いました。

街の中でも同様です。三人の娘を連れて歩いていると、Your kids are beautiful!(かわいいお子さんたちね)と保育園の親御さんたちに声をかけられます。アメリカのお人形のようにきれいな子どもたちに比べたら本当に普通の日本人顔の子どもたちなので、褒められた私の方が驚きました。道ですれ違う年配の女性が、子どもたちを見てThey are so adorable!(なんてかわいらしい!)と、首を振りながらさも感慨深げに微笑んで通り過ぎます。丸々と太った0歳児の末っ子に向かって、Sweety Pumpkin!(かわいいカボチャちゃん)、Petit chou!(プチ・シュー=おそらくシュークリームのようなふかふかしたイメージなのでしょう)と声をかけながら通り過ぎる見知らぬ女性もいます。

子どもたちも、褒められると、言葉がわからなくてもニコニコと嬉しそうです。基本的に、子どもは笑顔の人を見るのが好きなようです。保育園でGood job! Give me five!(よくやったね!手のひらを合わせてパチンとして)と、褒められた言葉を覚えてきますし、Show and Tellという、皆の前で家から持参したものを説明する時間のときには必ず保育園の先生からその木切れやガラス玉などの真価を認めてもらえるようで、喜んでいます。

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保育園の前で、子供たちを送って行くところ

日本でよく耳にする「いえいえそんな、とんでもない...」という謙遜表現はまず聞きません。私にとっても、お互いに褒めたり褒められたりすることで、非常に気分よく過ごせるので気に入っています。きっと、アメリカでは人材育成や教育全般において、周りがその人をドンドン褒めて気持ちを高め、やる気にさせることが、人の能力を伸ばす重要な手法だと考えられているのでしょう。私も、調子に乗って自信を持ってアピールできることがこれほどまでに大切なのだ、ということを、留学生活で痛感しました。

今回の留学を機に、英語力を磨き、ハーバードの質の高くハードな教育環境でも勉強し、生き抜くことを学びました。英語文献の読み方、引用の仕方、そして論文の書き方も徹底的も学ぶことができました。また、アメリカ人の国民性、アメリカスタイルの思考回路から、人との上手な付き合い方も身につけることができたように思います。日米双方の良い点を学べたことは非常に幸せなことと思っています。

筆者プロフィール
report_yoshida_honami.jpg 吉田 穂波(よしだ ほなみ・ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー・医師、医学博士、公衆衛生修士)

1998年三重大医学部卒後、聖路加国際病院産婦人科レジデント。04年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、10年ハーバード公衆衛生大学院を卒業後、同大学院のリサーチフェローとなり、少子化研究に従事。11年3月の東日本大震災では産婦人科医として不足していた妊産婦さんのケアを支援する活動に従事した。12年4月より、国立保健医療科学院生涯健康研究部母子保健担当主任研究官として公共政策の中で母子を守る仕事に就いている。はじめての人の妊娠・出産準備ノート『安心マタニティダイアリー』を監修。1歳から7歳までの4児の母。
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