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【教育学者の父親子育て日記】 第8回 親としての心の余裕 (前編)

要旨:

娘が生まれる前は、果たして自分に子育てが十分にできるかという不安があったが、子育てのうちに不安がだんだん解消された。今回は、子育てに関わる前に想像していたことと、実際に子育てを体験するなかで感じたことの間のギャップについて話す。子育てというのは、頭で考えて想像していることと、実際に目の前で起こることの間に、大きな隔たりを感じることの連続だ。それを痛感させられた娘が生まれる瞬間のことなどを紹介する。

想像と実際の差

4月1日、木曜日、午前8時30分。

いよいよ今日から新しい職場での生活が始まります。前回の日記でお伝えしたように、名古屋から東京の保育園へ移ったわが娘も、元気に新しい環境に適応してくれています。とはいえ、実は前回の日記を読んだ妻から指摘されたのですが、新しい保育園に移った当初、朝、出かける準備をしようとすると娘が「名古屋の保育園に行きたい!」とか、「今日は保育園に行きたくないよ・・・」と言ってグズッてしまい、妻も困ったことがしばしばあったと言います。そのうえ、引っ越して3日目には熱を出してしまい、数日、保育園をお休みしたことなどもあったようです。やはり小さな心でかなり大きなストレスを感じながら、何とか新しい生活に移行するなかで、娘なりに一生懸命もがいていたのです。こうした娘のストレスも、少しずつ新しい環境に慣れていくなかで小さくなっていったようですが、そのころ前任校での仕事が終わっていなかったため、一人で名古屋に残って最後の仕事を片づけたり、海外出張に行ったりしていた私は、こうした娘の心のもがきに気づいていなかったのでした。妻も、私に心配をかけさせまいと思って、電話などで話をしていたときにもあまりそういったことには触れずにいたようです。いろいろと娘のことを理解しているつもりの私でしたが、やはりまだまだ分かっていないのですね。妻に指摘されるまでこうした娘の葛藤に気づかなかったことを反省しながら、新しい東京生活を迎えたのでした。

 

このように、娘のことがいまだ十分に理解できずにいる父親ですが、それでも新米オヤジとして少しずつ成長している面もあるのではないかと、自分を慰めたりしています。娘が生まれる前は、果たして自分に子育てが十分にできるのだろうかという不安がありました。その意味で、残念ながら教育学をどれだけ勉強していても、自信をもって親になることなどはできません。むしろ、頭でっかちになってしまって、何も始まらないうちからあれやこれやと考えてばかりいたように思います。そうした不安の多くは、実際に娘が生まれて、日々の子育てに追われるなかで、知らず知らずのうちに解消されてきたようです。今回は、子育てに関わる前に想像していたことと、実際に子育てを体験するなかで感じたことの間のギャップについて、少しお話をさせていただきます。

子育てというのは、頭で考えて想像していることと、実際に目の前で起こることの間に、大きな隔たりを感じることの連続だと思います。それを痛感させられたのが、そもそも娘が生まれる瞬間のことでした。実は、私はイメージ先行で物事を考える性分なようで、自分の子どもが生まれるときにも、次のような場面を想像していました。

夜中に陣痛が始まった妻を病院へ連れて行き、私はポツンと廊下に置かれたベンチに腰をおろして、やきもきしながら待っていると、ようやく明け方近くになって分娩室のなかから「オギャー!」といった泣き声が聞こえ、なかから出てきた看護師さんが「元気な女の子ですよ」と伝えてくれる。そして、わが子との初対面と妻をねぎらうためにいそいそと分娩室に入っていくなどという、いかにもテレビや映画のワン・シーンに出てきそうな光景を思い描いていました。

しかし、実際に起こったことは、全く想像とは異なっていました。深夜に陣痛が始まった妻を明け方に産院まで連れていき、陣痛室で助産師さんのお手伝いをしながら妻の痛みを和らげるためのマッサージをしたところまでは、それなりに想定していた通りでした。しかし、陣痛の間隔が短くなり、それまでの陣痛室から分娩室へと移ることになり、看護師さんたちがバタバタとやってきました。そして、妻をストレッチャーに移すと、間髪入れずに「はいっ、お父さん、これを着て!」と言われて白い防菌服を着せられたときには、かつて思い描いていたイメージなどはどうでもよくなっていたのです。そして、あれよあれよという間に分娩室に一緒に入っており、妻の傍らで娘の誕生を固唾をのんで待っている自分がいました。幸いなことに、分娩室に移ってからほどなく、娘は元気な泣き声を上げながら生まれてきました。実は、娘があまりにもスムーズに生まれたので、私は何が起こったのかよく分からないような状態だったのですが、一瞬の間の後に何とも言えない幸せな気持ちが体の奥底から湧いてきました。もしかすると、それが私にとっての父性の芽生えだったのかもしれません。いずれにしても、想定外の立ち会い出産でしたが、私にとってはかけがえのない経験となりました。

ちなみに、いざというときのために立ち会い出産の講習を事前に受けてはいたのですが、いまから振り返ってみると私が妻のためにできたことは陣痛緩和のマッサージのお手伝いぐらいで、大して何もできなかったように思えます。しかし、妻はマッサージのお蔭で楽になったと言ってくれていますので、それで良かったということでしょうか・・・

こうして無事に娘がこの世に生を受けることができたのですが、娘が生まれる前に私が最も懸念していたことは、うんちの付いたオムツを交換することが果たしてできるのだろうか、ということでした。それまで誰かのオムツを交換するといった経験をしたことがないなかで、いくら自分の娘とはいっても汚れたオムツの交換をできるのだろうかと、いまから思うと過剰なまでに心配をしていました。しかし、実際に娘が生まれると、そんなことを言っている暇もなく次から次にやらなければならないことが出てきて、いつの間にかオムツの交換もしている自分がいました。いまから振り返ってみると、この心配というのは、もしかすると子育てに対する実感をあまりもてないままに親になってしまう、父親特有のものかもしれませんね。あるいは、私自身に、親になるという「実感」というか「覚悟」のようなものが、少々希薄だったのかもしれないと反省したりもしています。

このようにオムツ問題は自然に解決されたのですが、生まれる前には想像もできなかったことで、私がいまだに苦手としていることがあります。それは、娘の爪を切ることです。赤ちゃんの軟らかな爪を切ることは、それほど難しいことではないのかもしれませんが、爪と一緒に娘の柔らかい指先までも切ってしまいそうな気がして、怖くてとてもハサミを入れることができませんでした。その点、妻はサッサッと娘の爪切りをするので、いつも感心しています。私も、ようやく娘が3歳を迎えるころになって、指先が少しずつ固くなってきたこともあって、何とか爪を切ることができるようにはなってきましたが、まだまだとても覚束ない手つきで切っています。


心の余裕と子への想い

父親になって3年が経ちましたが、父親としてはやはりまだまだ未熟なことを実感する日々です。たとえば、娘を叱るときに、ついつい大きな声を上げてしまうことも、反省の毎日です。やはり教育学者としては、常に心穏やかに娘と接して、大きな心でもって娘のいたずらなども受け容れてあげたいと思っていました。しかし、現実はそんな穏やかな訳にはいきません。娘がいたずらをしたり、言うことをきかないときなどに、どれだけ優しい口調で話しても、娘の態度は馬耳東風といった感じで、言われたそばから同じいたずらを繰り返したり、かたくなな態度をとって余計に言うことを聞かなくなったりします。しまいには、お互いがにらみ合ってしまうような有様で、もうどうしようもない状況になってしまいます・・・

どれだけ大きな声や厳しい口調で接しても、それだけでは決して娘は言うことを聞きません。むしろ、かたくなになるだけです。大切なのは、何がいけないのかということについて、本人が納得することです。そうとは分かっているのですが、なかなか自分の心をコントロールすることはできず、たとえば朝の出勤前の慌しい最中にグズられて、なかなか朝食を食べてくれないときなど、とくに私自身にも余裕のないときにはついつい声を荒げてしまいます・・・

さらに、最近、いわゆる「口答え」をするようになってきました。これは、自我が確立しつつある過程で起こる自然な態度なのだと頭では理解しているのですが、やはりこちらに余裕がないときに口答えをされると、大人げもなく思わずムカッとしてしまいます。そんなときは、「まあまあ、相手はまだ子どもなのだから」と自分に言い聞かせたりしていますが、やはり思わず声を荒げたりしていることに気づく、まだまだ未熟な父親です。

このように、実際に子どもを育てるようになると、当たり前のことですが、子どものすることは親の言う通りにはいかないことを痛感する毎日です。それが本当に当り前ですし、自我が芽生えて、自分というものを少しずつ強くもつようになってきたことの証しであり、それは嬉しいことでもあります。しかし、親の側に心の余裕がないときなどには、どうして言うことを聞いてくれないのか分からなくなってしまい、それが「怒り」のような負の感情に転化してしまうことも、実感として理解できます。

最近、育児放棄や親による虐待などの報道をしばしば見聞きします。いや、最近ばかりではなく、以前からこうした問題はよく報道されてきました。自分が子育てに関わるようになるまで、こうした問題がなかなか実感を伴って身近なものとして感じられませんでした。しかし、実際に子どもを育てるようになると、さまざまな条件が重なったなかで、親のなかでプチンと心の糸が切れてしまい、子どもに対する虐待などの行為となってしまう可能性があることも分かるようになってきました。

とはいえ、親が心の余裕を保てない状況のなかで、悲しい事件が起こることは頭では理解できるのですが、やはり親の一人としてそういった行為を許せないと強く感じる自分もいます。心のコントロールが狂ってしまう前に、最後に自分を引きとめるものは、子どもに対する「想い」なのだと思います。それは、一人ひとりの親が子育てとどのように向き合うのかという問題だと思います。自分の子どもに対する「想い」を見失ったときに、親は暴走するのではないでしょうか。

また、それと同時に、そうした「想い」を大切にするためには、やはり親を取り巻く環境が整備されることも必要だと強く感じています。核家族化の進行や長引く経済不況による家計の逼迫など、子育てを取り巻く環境が厳しくなっているなかで、親が孤立して、孤独感を感じてしまうような、「孤育て」の状況をなくすための社会的な努力も必要です。そのためにも、以前にもこの日記(第3回 「当事者意識に目覚める」)で指摘したような保育政策のあり方などを、改めて考えることが欠かせないと思います。

親が子どもと向き合うにあたって、教育学的な関心からはどのような言説がこれまでに構築されてきたのか、著名な教育思想家たちの考え方をご紹介しながら、引き続き考えてみたいと思います。

(後編につづく)

筆者プロフィール
カリフォルニア大学ロサンゼルス校教育学大学院修了。博士(教育学)。
慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業。
現在、上智大学 総合人間科学部教育学科 准教授。

共編書に「The Political Economy of Educational Reforms and Capacity Development in Southeast Asia」(Springer、2009年)や「揺れる世界の学力マップ」(明石書店、2009年)等。
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