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【イギリスの子育て・教育レポート】 第6回 学校に行かずに家で学ぶ「ホームエデュケーション」(後編:長所・短所と社会の偏見)

要旨:

今回は後編として、ホームエデュケーションの「長所・短所」と「社会の偏見」にスポットを当てて紹介する。前編に登場した友人から見たホームエデュケーションの長所は「子どもに合った学び方」「通学していると難しい学びも可能」「時間的な余裕」など13にものぼる。対する短所は「経済的な負担」「保護者の時間的な負担」「きょうだい間でやりたいことが違う際の難しさ」の3つで、圧倒的に長所の方を多く挙げていた。
だが、ホームエデュケーションには、社会からの偏見が存在するのも事実。その偏見の代表例は「ホームエデュケーションでは社会のルールや人間関係のスキルが学べない」というもの。その偏見や課題をカバーする1つの方法として、一部の時間だけ学校に行き、残りはホームエデュケーションで行う「フレキシ・スクーリング」という方法も選択できる。
ホームエデュケーションは、社会の偏見や家庭による質のバラつきという課題もあるが、一人ひとりの子どもに充実した学びの時間を提供するためには有効な方法だと感じた。

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この連載では、小学生の息子をもつ母親による「イギリスの子育て・教育」体験レポートをご紹介します。

第5回に紹介した前編に引き続き、今回もイギリスにおける「ホームエデュケーション」について紹介します。今回は特に、ホームエデュケーションの長所・短所や社会の偏見にスポットを当てたいと思います。

実践者から見たホームエデュケーションの長所と短所

ホームエデュケーションを実際に行っている人はどのような点に長所や短所を感じているのでしょうか。まず、友人から見た長所・短所をまとめた表1を見てください。

表1 Aさんの母親が感じている ホームエデュケーションの長所・短所

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最も多く挙がった長所は、「子どもに合った学び方」について。子どものペース、興味・関心、タイミングに合わせられるところにメリットを感じています。「子どもに合った学び方」の例として友人が以下のようなエピソードを話してくれました。

「イギリスでは、早い子は4、5歳ごろから絵本を自分で読むようになるけれど、Aはそのころ、まだ英語の本に興味がありませんでした。というのも、Aは2歳まで日本で育ったこと、また、我が家ではなるべく日本語で話し、日本の絵本をたくさん読み聞かせしていたので、英語よりも日本語を読むほうが得意だったのです。5、6歳頃には日本語の絵本を読めるようになりました。でも、英語はもっと遅く、自分で読むようになったのは8歳頃。もし、学校に通っていたら、Aの興味が出る時期まで待つことはできず、自信を失くしていたかもしれません。今では、英語の本を読むのも大好きになり、1日1冊、妖精の小説やムーミンのお話を読むのが朝の日課。子どもに興味が芽生えるタイミングまで待ててよかったです。」

確かに、周りの子どもの状況や学校の方針に合わせる必要がなく、子どもの興味・関心が花開くまで待つことができるのはホームエデュケーションならでは、ですね。

一方の短所については、たくさん挙がった長所に比べ、わずか3つで「経済的負担」「時間的負担」「きょうだい間でやりたいことが違う際の難しさ」です。「経済的負担」とは、例えば、GCSE(中等教育終了一般資格試験)は公立校に通っていれば無料で受けることができますが、ホームエデュケーションで学んでいると、受験料を支払う必要があります。また、友人は特に言及しませんでしたが、ホームエデュケーションを行っている人への公的な補助はなく、習い事や教材の費用もすべて自己負担です。そのほか、自分自身はあまり苦にならないけれど、確かに保護者の時間的な負担もあると話してくれました。学校への送り迎えはありませんが、グループの集まりや習い事に連れて行ったり、下の子のお世話をしたりするので、自分の時間が取れるのは子どもが夜寝たあとだと言います。

社会の偏見―ホームエデュケーションでは社会のルール、人間関係が学べない?!

友人の話を聞き、私はホームエデュケーションのよさを実感できたのですが、実はイギリスでは、ホームエデュケーションに対する社会の無理解や偏見があるといいます。偏見の代表例は「ホームエデュケーションでは社会のルールや人間関係のスキルを学べない」というもの。イギリスでこのスキルは「社会化(socialisation)」というキーワードで論じられています。社会の無理解や偏見が大きいからか、ホームエデュケーションをしている人の間では、この「社会化」という言葉は「言ってはいけない言葉、ひどい言葉(S word)」と言われているそうです。ホームエデュケーションの主な団体のHPには、この偏見や無理解に対する反論が書かれています(1)。ホームエデュケーションを自身の子どもに行っている別の友人は、社会の偏見の背景や現状について以下のように話します。

「このような偏見をもつ人の根底には、『子どもは学校に通い、学業のみならず、社会に出る訓練もしなくてはならないのに、学校に行かずに家で勉強していると、そのスキルが身につかない』という考え方があるようです。そういう子どもはのちに、学校にも行かず就労もしない、いわゆるニートになったり、非社会的な問題行動を起こす人格を形成したりする、などの極端な見方が偏見につながっているのではないかと感じます。このような偏見をもっている人の中には、ホームエデュケーションの団体のHPに書き込みや攻撃をする人もいるようです」。

しかしながら、前編で紹介したように、イギリスにはたくさんのホームエデュケーション仲間で作る団体やグループがあり、その活動に参加している人も多く、「社会化」に関する心配はないと言われています。もし、「社会化」という点を解決したいなら、イギリスには学びの形態にもう1つ、選択肢があります。それは、学校には一部の時間のみ通い、その他の時間はホームエデュケーションで行う「フレキシ・スクーリング(Flexi Schooling)」という形態。この方法のメリットは「家庭では教えることが難しい専門的な授業やスポーツ活動などに参加したりすることができる」「子どもが学校に行く間、保護者はパートタイムの仕事をすることができる」などです(2)。学習内容が難しくなり、GCSE(中等教育終了一般資格試験)の試験が近づく中学校段階ではこの方法を取る人もいます。もちろん、前述のように、「社会化」を後押しする方法としても有効かもしれません。さらに、親子関係が難しくなってくる思春期においてホームエデュケーションを円滑に進めるためにもいい方法なのかもしれませんね。

ホームエデュケーションを受けている子ども本人が語る、その長所

友人から見た長所・短所と社会の偏見の話を聞き、ふと、ホームエデュケーションを受けている本人であるAさん(9歳の女の子)はどう思っているのだろうと思い、聞いてみました。すると、その長所について以下のように答えてくれました。

「いいところは、やりたいことをやれるところかな。好きなときに、好きなこと(学びたいこと)をできるのがいいと思う。楽しいよ!」

学びを「勉強=イヤなもの」と感じる子どももいる中で、学びを非常にポジティブにとらえているのが印象的でした。教科書上で学ぶのではなく、生活や体験の中で学んでいること、また自分の興味・関心のあることを通して学ぶスタイルであることも影響しているのでしょう。Aさんが楽しそうに話す顔を見て、学校に行かなくとも、ホームエデュケーション仲間や多様な大人と充実した学びの時間を過ごすことがきっと、将来につながっていくと感じました。

ちなみに、Aさんの母親は学校制度に反対の立場ではありません。本人が学校に行きたいと言えば通わせると言います。自宅近くに小学校があり、そばを通るときにときどき、学校に通いたいかどうか子どもの意思を確認するそうです。しかし本人は日本人補習授業校に通っていること、数か月間、日本で学校に一時編入した経験、また学校に通う代わりに自分の関心のあるテーマに取り組みたいという理由で、ホームエデュケーションを続けたいと話しています。



実践者はポジティブにとらえているけれど、社会にはネガティブにとらえる人もいるホームエデュケーション。実践者は義務教育対象年齢の1%以下と、少数派ゆえに社会の理解が得られているとは言えません。また、ホームエデュケーションには家庭により学びの質にバラつきがあるという課題もあります。教育委員会などの監査が厳しくないことを利用し、十分な教育を受けてきていない保護者が子どもに教えられず、放置に近い状態の家庭もあり、自治体も頭を痛めているそうです。ホームエデュケーションには、長所・短所のほかに、社会の偏見や学びの質のバラつきという課題もあるけれど、一人ひとりの子どもに充実した学びを提供するためには非常に有効な方法だと感じました。日本で「学校に行かない選択肢」を導入するには、法律などさまざまなハードルを越えなければなりませんが、すべての子どもの充実した学びのために検討されていくことを望みます。

さて、次回はイギリスの小学校で見た、子どもを「ほめて認める」しかけを紹介します。息子の現地の小学校では、言葉でほめるだけでなく「ほめて認める」仕組みがたくさんあります。どうぞお楽しみに!


<参考文献>
筆者プロフィール
橋村 美穂子(はしむら・みほこ)

大学卒業後、約15年間、(株)ベネッセコーポレーションに勤務。ベネッセ教育総合研究所で幼稚園・保育所・認定こども園の先生向け幼児教育情報誌の編集長を務め、2015(平成27)年6月退職。現在は夫、息子と3人でイギリス中西部の街バーミンガム在住。
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