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【イギリスの子育て・教育レポート】 第4回 イギリスで友人の「初回の妊婦健診」に同席してみた

要旨:

友人が妊娠し、初回の妊婦健診を受けた。そこに筆者が同席した様子から、イギリスと日本における初回の妊婦健診の違いを紹介する。違う点は3つある。まず1つめは、医師でなく助産師がメインで担当し、担当助産師が妊婦の自宅を訪問して健診が行われたこと、2つめは細かく問診し、身体的な面だけでなく、社会的なサポートの必要性なども確認されたこと、3つめは初回の妊婦健診では、尿検査、内診などの医学的な検査がまったくなかったことだ。このような違いの背景には、「妊娠・出産は病気でなくて自然なこと」という考え方や、受診料が無料であるイギリスの医療制度の財政面の課題があるようだ。

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この連載では、小学生の息子をもつ母親による「イギリスの子育て・教育」体験レポートをお届けします。

前回までは主に、イギリスの小学校についてのレポートをお届けしました。今回は少し目先を変えて、イギリスでの妊娠・出産に関する内容をお届けします。イギリスで出会った日本人の友人が妊娠し、初回の妊婦健診を受けることになりました。友人夫妻のご厚意により、筆者はそこに同席する機会を得ました。今回は、妊娠初期に行われる健診にスポットをあてて、イギリスと日本の違いを見ていきます。

イギリスの医療制度~無料の国営保健サービスと自費のプライベート医療~

妊婦健診のことを述べる前に、イギリスの医療制度についてごく簡単に説明します。イギリスの医療機関には、国営保健サービス(National Health Service, 以下NHSと表記)と、プライベート(私立)医療によるものがあります。

NHS医療は、税金で賄われており、原則として診察は無料ですが、加入者は保険料を支払う必要があります。病気になるとまず、かかりつけ医(General Practitioner, 以下GPと表記)の診察を受けます。あらゆる疾患の初期診察、治療を行うので、病気になったらまずGPにかかります。NHS医療は受診料が無料である点はいいのですが、「GP以外の診察を受けられない」「予算や医師・看護師不足の影響で、予約が非常に取りにくい」など課題が山積みです。一方、プライベート医療は治療費がすべて患者負担のため非常に高額ですが、スタッフや設備は充実しています (1, 2)。友人はNHSを利用しているため、ここで紹介する内容は、イギリスの国営保健サービスにおける妊婦健診の一例としてご理解ください。

初回の妊婦健診は、助産師が自宅にやってきて行われた

イギリスでは、妊娠判明から初回の妊婦健診に至るまで、どのような流れになっているのでしょうか?日本との違いを簡単につかんだうえで詳細を見ていきましょう(表1)。

表1:妊娠初期の受診・健診 ~イギリスと日本の違い~

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表にもあるように、まずイギリスと日本の妊婦健診で大きく違う点は、イギリスでは「助産師」がメインで担当することです。助産師は妊娠期間中、ずっと同じ担当者であることもあれば、そうでない場合もあり、地域や妊婦によって違います。日本では助産師は主に出産前後に活躍することが多いですが、イギリスは日本に比べて助産師が担当できる業務の範囲が広く、妊婦健診、医療処置なども行います (3)。では、GP(かかりつけ医)の役割はというと、妊婦が受診したら、その妊婦の連絡先などの情報をNHSに連絡するのみ。妊娠の経過が順調であれば、妊婦はGPや産婦人科医と関わることはありません。

また、友人の初回の妊婦健診は「自宅」で行われました。この背景には、「赤ちゃんを迎えられる家庭環境であるかどうかなどを見る」とか「出産場所として自宅を希望している場合、それが実現可能な環境かを見る」などの理由があるようです。さて、いよいよ、助産師が友人宅に到着。助産師による自己紹介の後、さっそく問診を始めました。助産師は「Pregnancy Notes(妊娠手帳)」という、いわゆる「イギリス版母子手帳」のようなものに、問診した内容を記入していきました。この手帳は妊娠の経過記録のためのもので、出産後は子ども用に別の手帳が交付されます。

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「Pregnancy Notes(妊娠手帳)」
この手帳はA4版30ページと、日本の母子手帳に比べてかなり大きくて分厚い!

問診では、日本では聞かれないような質問も

問診はかなり細かく、日本では耳にしないような質問もありました。質問は身体的なこと、社会的なこと、精神的なことなど多岐にわたります。身体的なことは、概ね日本と同じで、身長・体重、妊娠・分娩歴、既往歴など。違うのは、特に社会的、精神的なことに関する質問です。社会的なこととは、例えば「宗教」「英語の理解度」「パートナーや家族、友だちからサポートを受けられるか」「お腹の赤ちゃんの父親は、上の2人の子の父親と同じか」「パートナーから暴力を受けていないか」などが印象的でした。「英語の理解度」については、問題がありそうだと判断されれば、次回以降、無料で母国語の通訳を派遣してくれます。また、「パートナーや家族、友だちからサポートを受けることができるか」という項目は、日本の母子手帳にもあったらいいのにと思う項目でした。妊娠初期の段階でサポートの必要性がわかれば、その後、迅速に対応できるだろうと感じました。

精神的なこととは、「ここ1か月の間、落ち込んだことがあったか」「妊娠した今の気持ちはどうか?ハッピーな気持ちか?」などです。妊娠に対する気持ちはよく聞かれることのようで、別の友人も「妊娠してハッピーな気持ち?」と聞かれたのが最も印象的だと話していました。妊娠を歓迎する気持ちでない場合、いろいろなリスクが考えられるため、妊娠初期のタイミングで聞くのでしょう。

初めての妊婦健診なのに、医学的な検査がない

助産師の訪問は1時間程度だったのですが、驚いたのは妊婦健診が問診だけで検査類は一切なかったこと!もちろん内診もありません。通常は妊娠12週(妊娠4か月)ごろに初めての血液検査と超音波検査が予定されていますが、妊娠が早い段階で判明していても、その時期まで医学的な検査で妊娠を確認することができません。妊娠がわかったのに超音波検査はだいぶ先であると知り、心配になった友人は自費のプライベート医療で超音波検査を行い、心音や正常妊娠であることを確認し、ほっと胸をなでおろしたそうです。

日本とはさまざまな面で違っているイギリスの妊婦健診ですが、この友人がイギリスでの妊婦生活について、あるエピソードを語ってくれました。

―「上の二人の子は日本で産んだので、健診の度にいろいろな検査をして安心でした。でもイギリスは超音波検査が12週までないのが不安でした。だから、初めて超音波検査を受けたとき、今日までとても心配だったという話をしたんです。そうしたら、助産師さんに『自分の体は自分が一番よくわかってるでしょう。母になるんだから、出血とかちょっとした体調の変化に向き合わなきゃ。感じる力、産む力をつければ大丈夫!頼り切りのお産じゃつまらないでしょう』と言われたんです。検査が少なくて不安だったのですが、自分が主体となって産む力、感じる力をつけてお産に臨めば大丈夫、という発想が変わるアドバイスをもらえて少しほっとしました。また、日本では妊娠中『あれもダメ、これもダメ』と言われることが多いけれど、こちらはそれが少ないのがいいところです。日本のようなすごく厳しい体重管理は一切ないんです。ある意味、自己責任なのですが、妊娠は病気じゃないから自己管理で、というのは気が楽です」

イギリスの妊婦健診で検査が少ない背景には、上記のエピソードにあるように「妊娠や出産は病気でなく、自然なこと」という考え方や、受診料が無料であるNHSが財政的に大きな課題を抱えていることがあげられるようです。イギリスでは医学的な検査は妊娠週数がだいぶ経ってから行われるため、何か問題があっても早期発見ができず、この体制で母子の健康を守れるのかと思うところはあります。しかし、言語サポートや、夫や家族など周りからの社会的なサポートが受けられるかどうかを見るなど、身体面以外のサポートをしている点は日本が学べる点だと感じました。


<参考文献>
筆者プロフィール
橋村 美穂子(はしむら・みほこ)

大学卒業後、約15年間、(株)ベネッセコーポレーションに勤務。ベネッセ教育総合研究所で幼稚園・保育所・認定こども園の先生向け幼児教育情報誌の編集長を務め、2015(平成27)年6月退職。現在は夫、息子と3人でイギリス中西部の街バーミンガム在住。
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