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【移民の街トロントの子育て記 from カナダ】 第3回 現地校と補習校

森中 野枝

2016年2月 5日掲載
現地の小学校の様子

前回は、トロントでの小学校選びについてご紹介しましたが、今回は引き続き、現地の小学校での様子、そして日本語の補習校についてお話しします。

トロントにいる日本人の駐在員家庭の子どものほとんどは、平日は現地校(現地の小学校)に通い、週末は日本語の補習校 *1で勉強するという「ダブル・スクール」をこなします。まずは、トロントの小学校の一日を簡単に紹介しましょう。

学校に毎日持っていくものは、ランチ・バッグに入ったランチ、スナック二つ、水筒に、「アジェンダ」と呼ばれるA3サイズの大きくて分厚い、家庭との連絡用ノートです。これらをリュックサックに入れていくだけです。教科書もノートも筆記用具も持っていく必要がなく、すべて学校で貸し出されます。

カナダでは、基本的に小学生が一人で外を歩くことはできません。通学は、徒歩・自転車・車など、どんな手段であっても、基本的には保護者が付き添って送り迎えをします。家が学校から1.6キロ以上離れている場合、スクールバスを利用可能で、スクールバスのバス停にも大人が付き添います。我が家は、歩いて10分のスクールバスのバス停まで毎日送り迎えをしていました。バス停には、同じ学校に通う近隣の子どもたち30人くらいと保護者が集まります。

学校は9時スタート。校舎の扉が開くのはその10分前で、学年ごとに自分の教室の最寄りのドアの前で待ちます。校舎に入ると各自教室に向かい、ロッカーに荷物を入れます。上履きなどはなく、校舎内は土足。冬になると雪で教室内が汚れないように、スノーブーツは教室の外に脱いで、教室内は普通の靴に履き替えます。

9時になると、校内放送でカナダの国歌が流れます。カナダの国歌は「オー・カナダ!」。英語バージョン、フランス語バージョンがあります。国歌が流れると、立ち止まって直立して聞くように指導されます。「君が代」より先にこの国歌に親しんだ次女は、「オー・カナダ!」が流れると、片手を胸に当て大きな声で歌っていて、先生によく褒められていました。面白いのは、普通の厳かなバージョンの他に、ポップ調やロック調などいろんなアレンジがされた「オー・カナダ!」があって、朝から国歌に合わせてノリノリで踊りながら歌う先生もいます。日本では国歌を歌う機会はあまりありませんが、カナダの学校では毎日歌うため、長女も次女も学校に通い始めるとあっという間に覚えてしまいました。

午前と午後に一回ずつ休み時間があり、外で遊びながら持参したおやつを食べることができます。長女は後々まで、「カナダの学校は良かったなー。宿題はほとんどないし、校庭で遊びながらお菓子が食べられるんだもん」と言っていました。日本とは違って、休み時間はひどい雨の日以外はどんな天気でも全員強制的に外に出されます。小雨なんてお構いなし。マイナス10度でも元気に外遊び、がモットーです。教室内で本を読んで...という選択肢は与えられません。

冬の服装は、スノージャケット、スノーパンツ、スノーブーツ、帽子、マフラー、耳あて、手袋というフル装備。スキー場に行くような恰好で登校します。マイナス25度まで寒くなるトロントでは全く大げさな服装ではありません。帽子や手袋などの小物を忘れてしまうと外では遊べません。手袋などは、しょっちゅうなくしてしまうので、家には常に2、3の買い置きが必要。カナダ滞在1年目は、帽子、マフラー、耳あてとそれぞれ購入し使用していましたが、身に着けるのも手間だし、すぐなくしてしまいます。2年目は、いろいろ考えた末、以下の写真で長女がかぶっている、目出し帽のような毛糸の帽子を購入し、一つで帽子、耳あて、マフラーを兼用していました。手袋も、ジャケットにクリップのようなものでくっつけて、紛失防止に努めました。

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冬のナイアガラ。登校するときと同じ出で立ちで、目出し帽などをかぶった娘たち


昼食は、みんなで食堂に集まって一緒にお弁当を食べます。いろんなバック・グラウンドの子が集まって食べるランチは、とても新鮮だったらしく、まだ、英語が全く分からない最初のころ、長女が学校から帰ってきてお友達のお弁当についていろいろ話してくれたのをよく覚えています。「ランチに餃子を持って来ている子がいるの。でもね、お弁当箱に餃子しか入ってないの!餃子10個!他になんにも入っていないんだよ!」とか「お弁当にチョコレート・クッキーを食べている子がいた!」。と思うと、「おにぎりを食べていたら、それは寿司?って聞かれた」。長女なりに異文化を楽しんでいたようです。

多様なクラス

長女の通った学校は、一学年2~3クラスあり、全校生徒は約300人。1年生の長女のクラスの担任は、Mr Bilmes という30代の男の先生で、ユダヤ系カナダ人でした。体育のクラスと音楽のクラスは、Mr Koshida という日系3世のカナダ人の先生が担当。Koshida先生は、学校で一番人気の先生で、最初のころ英語のわからない長女によく片言の日本語で声をかけて励ましてくれていました。クラスは、全部で22人(男子11人、女子11人)。今、クラス写真を見返すと、肌の色、髪の色が本当に多様で、偏りなく人種がミックスされています。長女のクラスには他にカナダ滞在歴の長い日本人の女の子が一人いて、最初はとても心強かったようです。

ESLクラス(非英語母語話者のための英語クラス)は、1年生は15人。Ms Prashar という南米系の女性の先生が担当していました。所属しているクラスが英語の授業をしているときに、対象の生徒だけ教室を移動してESLクラスを毎日受けます。当時、まだ1年生だったので勉強というよりも、工作をしたり、歌を歌ったり楽しみながら英語を身に着けたようです。このクラスでの指導がよかったのか、半年後には先生の言うことを大体理解できるようになってきました。

長女は現地校に通い始めて最初の1カ月間、ほとんど毎日学校に行きたくないと泣いていました。学校でも英語がわからなくて涙したことが何度もあるようです。ただ、比較的恵まれていたのは、同じクラスの日本人のお友達がとても親切にいろいろ教えてくれたこと、ほかの学年の日本人のお友達も時々様子を見に来てくれたこと、日本人以外のクラスメイトもかわるがわるやってきて話しかけてくれたこと。いろんな人に助けられて、だんだん泣かずに登校できるようになりました。

入学して3、4カ月経ったころ、担任の先生との個人面談がありました。英語ができない長女に、「家では英語で話しかけて」とか「英語で絵本を読んであげて」というアドバイスをされるかなと思っていたら、「学校であったできごとを日本語でたくさん聞いて一緒に話してください」「日本語でたくさん本を読んであげてください」「母語を伸ばすことで、英語力が伸びます」と言われ、子どもの吸収力を信じてゆっくり待つことのできる学校の「寛容」な姿勢に、感動したのを覚えています。

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クラスの係表。ドア係、提出物係、テーブル係、図書係など。


日本語補習授業校

トロント補習授業校は幼稚園から高校まであり、総勢500人を超える大きな学校で、現地校を間借りする形で、土曜日の朝9:00から午後3:00の間、授業が行われます。週1回とはいえ、入学式、卒業式、運動会、お祭りなど様々な日本的な行事が用意されており、日本を感じることのできる唯一の場となります。

長女の編入した1年生は3クラスあり、1クラス約25名。ざっくり言ってクラスの半分が日本から転勤できた子ども、あとの半分が国際結婚・カナダ生まれの子どもでした。土曜日の1日だけで、日本の学校で勉強する一週間の分量(1、2年生は国語・算数・生活)をぎゅっと圧縮して詰め込みます。もちろん、1日で消化できない分は、大量の宿題として出されます。音読・計算・ひらがな(漢字)など、さっとやれば30~40分で済む量ですが、まだ勉強の習慣が身についていない1年生は、なにかと時間がかかります。慣れない現地校で疲れて帰ってきて、ほっとする間もなく、今度は日本語の宿題。カナダの生活でなにがつらかったかと言えば、長女はたぶん、「補習校の宿題」と答えるでしょう。そのくらい、日本語の宿題を毎日やるのも、やらせるのも大変でした。

最初は、親がお友達と一緒に宿題をやる日を設け、「宿題が終わったら遊べる」を条件にやらせたりしていました。だんだん要領をつかんで日曜日に一気に宿題を片付け、平日は習い事をしたり、遊んだりする余裕がもてるようになりました。その後、3年生の1学期に日本の小学校に戻っても、学力の面で、日本の同級生と比べて遜色がなかったのは補習校のおかげだと思っています。

トロントに引っ越した当初、長女は現地校以上に、補習校に行くのを嫌がりました。「どうして土曜日まで学校に行かなきゃいけないの?」というのが彼女の意見。もっともです。勉強する子どもも大変ですが、土曜日の朝、早起きしてお弁当を作り、車で3、40分かかる補習校まで送り迎えをする親も大変なのです。週末の朝ゆっくり寝たいパパたちが一計を案じ、近所に住む1年生の女の子の父親3人でカー・プーリング(車の相乗り)を始めました。補習校の送り迎えを当番制にして、ほかの子どもを一緒に補習校に連れて行く代わりに、当番の時以外はゆっくり寝坊できるのです。しかも、長女はお友達と一緒に行けるというだけで補習校を嫌がらなくなり、親にとっても子にとっても夢のような作戦でした。苦楽を共にしたこの3家族、同時期にカナダに来たこともあり、子どもも親も異国の地でぶつかる問題・悩みが似ていて、お互いに情報交換し、励まし合い、刺激し合い、同志というか戦友のような関係でした。子どもたちは補習校への行き帰りに日本語で思いっきりおしゃべりができて、精神的なバランスをとっていたのではないかと思います。現地校と補習校、長女にはどちらもとても高いハードルでしたが、いつのまにか、楽に越えてしまい、子どもの強さを目の当たりにしました。


  • *1 補習校とは、外国に一時的に滞在する子どものために文科省のカリキュラムに準じた教育を行い、帰国後の学校教育・学校生活への適応を目的とした週末の学校です。

筆者プロフィール
森中 野枝

都立高校、大学などで中国語の非常勤講師を務めるかたわら、中国語教材の作成にかかわる。
学生時代中国・北京に2度留学したあと、夫の仕事の都合で2004-2008 北京に滞在。2011-2013カナダ・トロント滞在。現在はアラブ首長国連邦ドバイに住んでいる。
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