多様な学校
さて、家族で海外へ引っ越す時になによりも気になるのは、日本国内の引っ越しでもそうですが、子どもの学校のことです。娘たちをカナダの学校に通わせて驚いたのは、カナダの公立校の「多様さ」でした。まず、簡単にカナダの学校についてご紹介したいと思います。
カナダの教育制度においては、連邦制が強く反映されています。州政府が教育権をもち、各州の教育省が、教育内容・カリキュラム・教員免許の発行など、教育にかかわることはすべて決定します。ゆえに、州ごとに教育制度が微妙に異なっています。
公立学校の種類 ~英語かフランス語か選べる~
オンタリオ州の義務教育は、6歳から18歳まで。公立の学校(public school)と私立の学校(private school)があり、95%の子どもは、公立の学校に通います。
公立の学校の教育言語は、二言語主義に基づき、フランス語話者の権利が手厚く保護されています。フランス語話者は、母語話者のためのフレンチ・スクール(表中①)を選ぶことができます。非フランス語話者は、教育言語を英語かフランス語か選ぶことができ、英語メインのイングリッシュ・スクール(表中②)か、フランス語メインのフレンチ・イマージョン・スクール *1(表中③)に通います。つまり、公立のフランス語の学校としては二種類あり、一つはフランス語母語話者のためのフレンチ・スクール、もう一つは非母語話者のためのフレンチ・イマージョン・スクールです。カナダの政府系の仕事ではフランス語力が必須となるため、家庭内言語がフランス語でなくても、フレンチ・イマージョンの学校に通う子どもは少なくありません。イングリッシュ・スクールでも、4年生から第二外国語として、フランス語の授業が必修となります。
そして、上記①②③の学校すべてに、カソリック *2の学校があり、洗礼を受けたローマン・カソリック、もしくはローマン・カソリックを信仰する両親をもつ児童のみが入学できます。
生徒の母語 | 言語(英語/仏語) | 宗教 |
フランス語母語話者 | フレンチ・スクール① | カソリック |
非カソリック | ||
非フランス語母語話者 (英語話者など) |
イングリッシュ・スクール② | カソリック |
非カソリック | ||
フレンチ・イマージョン・スクール③ | カソリック | |
非カソリック |
これだけのバラエティに富んだ「多様な」学校がすべて公立とは、本当に驚くばかりです。もちろん、公立学校の学費は、カナダ国籍なら無料。外国人でも、永住権を持っている人、労働許可がある親の子どもは、就学許可を取得し無料で通学できます。家が学校から離れている場合は、スクールバスを利用することができ、それも無料です*。
*編集部注:2011~2013年の著者のオンタリオ州・トロントでの実体験に基づいており、各州によって異なる場合があります。小学校を選ぶ
さて、トロントには日本人学校はなく、当時小学校1年生だった長女は、アルファベットをかろうじて書ける程度の英語力でした。2つの新しい言語で学ぶのは困難だと考えると、学校の選択肢はおのずと公立のイングリッシュ・スクールとなります。辞令から夫の赴任までわずか1か月の間、ほかの事前準備はほとんど何もできませんでしたが、子どもの学校だけはインターネットを駆使して必死に探しました。というのも、トロントの小学校は学区制で、住む地域で通う学校が決まります。まず学校を決めないと、住む場所が決まらないのです。ある程度学校を絞り込み、一足先にカナダに赴任した夫を遠隔操作して、候補の学校の学区内で住まいを探してもらいました。
学校を探すにあたって決め手は
- アジア人、英語を母語としない子どもが多いこと
- ESL(English as a Second Language)のクラスが充実していること。
- 次女が通える付属の幼稚園が全日制であること。(次女の詳細は後述します)
私たちが住まいに選んだのは、中国、韓国、日本、イランなどのアジアのバックグラウンドをもつ人が、あまり偏らずほどよくミックスされたエリアでした。トロントでは珍しいことではありませんが、この地域ではイギリス系カナディアンは極少数派で、北米に住んでいるということを忘れてしまうような地域でした。長女が通うことになったのは、学区の人種構造が反映されている多国籍の生徒が集まる学校でした。
今となって振り返ってみれば、もっとカナダらしい場所に住めばよかったのにと思うのですが、当時はとにかく不安でいっぱいでした。まず夫婦ともに中国語はしゃべれるけれど、英語に全く自信がなかったこと、そして何よりも長女は内向的で、小さいころから人見知りが激しかったのが大きな理由です。初めて通った北京の日系幼稚園では半年間泣き通し、その後年少さんの途中から編入した東京の幼稚園では、いつまでたっても仲良しのお友達ができずヤキモキしました。なかなかなじめない上に、やっとなじんだと思ったら転校でリセットされ、またゼロからのやり直し。日本語環境でもそうなのに、今度は全く分からない英語の学校に通わせなければならない。何とか長女を徐々に慣れさせて、カナダのスクールライフを楽しめるようにといろいろ戦略を練りました。その一つが、文化的に親近感のもてるアジア人エリアに住むことでした。
ESLクラスについて
トロントの学校では、英語が母語でない子どものためにESLクラス(非英語母語話者のための英語クラス)が設けられています。学校によって頻度や対象学年が異なり、レベル分けされたESLクラスが設置されている学校もあります。通常のクラスが英語の授業をしているときに、別室でESLクラスが「取り出し授業」の形で行われます。ESLは毎日1、2時間行われ、通常、1年から2年で修了するのが一般的です。このESLクラスが充実している学校で、英語を上達させるのがカギだと考えて、ESLクラスに関する情報をインターネットで調べまくりました。その時に参考にしたのが、各学校が発表しているEQAO *3 のレポートです。トロントでは、毎年3・6・9年生を対象にEQAOという統一学力テストを行い、その成績と生徒のアンケートをレポートとしてまとめて発表します *4。その資料を元にESLを必要とする子どもが多く、教育熱心な学校を探しました。
長女の学校が発表した生徒のバックグラウンドに関するアンケート(3年生対象)の一部を紹介すると...
【生徒のカナダ滞在歴】
「英語を勉強している生徒」=ESLクラスに参加している生徒と考えました。22%という数字は、トロントの中でも比較的多いほうでした。
幼稚園について
トロントでは、小学校に幼稚園(3歳~6歳になる前まで)が併設されているのが一般的です。オンタリオ州の幼稚園は、2010年から段階的に半日制から全日制に移行しており、私たちが引っ越した当時、トロントの中でも全日制を先行して取り入れている幼稚園とそうでない幼稚園とがありました。
長女の小学校のことばかりでなく、次女の幼稚園のことも考えなければなりません。カナダに引っ越した直後に3歳になった次女は、まだ付属の幼稚園に通える年齢ではなく、まずナーサリーに1年通いました。その次の年はお姉ちゃんと一緒に小学校併設の幼稚園に通うことになるのを見越して、全日制幼稚園を併設している小学校を探しました。 次女の幼稚園については、また次の機会にご紹介したいと思います。
学年について
日本では4月から3月生まれが同じ学年になりますが、カナダでは同じ年に生まれた子どもが同じ学年になります。つまり、1月1日生まれから12月31日生まれの子どもが同じ学年となるのです。1月生まれの長女、日本では学年のしっぽの方でなにをやっても遅かったのが、カナダでは、突然学年で一番のお姉さんになったのです。しかも運よく、新学期スタートの9月に間に合い、1年生の最初から入学することができました。クラスメイトは、体格は良くても中身は幼く、入学後しばらくは緊張で泣いている子ばっかり。英語は分からなくても精神的に周りよりしっかりしているということが、長女にとって自信になったようです。
長女のスクールライフ
というわけで、無事長女の小学校が決まり、カナダのスクールライフが始まりました。

小学校初日の様子
強烈に覚えているのは、学校初日。もちろん入学式も、始業式もなし。学校に行くと、校舎の裏口に保護者と生徒がなんとなく集まっているので待っていると、先生が出てきて、受け持つクラスの子の名前を呼び、全員が集まると子どもはそのままクラスに連れていかれて終了。すべてはゆるーく進んで、説明もなければ、紹介もなく、始まりも終わりもなし。今となっては、なんの違和感もなく受け入れられることですが、日本のメリハリがある学校生活とのギャップが大きく、軽くカルチャーショックを受けたのをよく覚えています。
幸い、長女はカナダ滞在歴が長い日本人の女の子と一緒のクラスになり、私たちが想像していたよりも、はるかにいいスタートを切ることができました。

学校が始まると、すぐ冬服を購入。
これを着てスキーに行くのではありません。学校に行くのです。
- *1イマージョン(immersion)の意味は、もともと「(液体に)浸すこと」。イマージョン教育とは、理科や社会など言語教科以外の教科を対象言語で学び、言語習得を目指す教育法。
- *2 カナダの人口の約38.7%をカソリック教徒が占めるといわれる。
- *3 Education Quality and Accountability Office。州教育省から独立した機関で、EQAO試験を実施している。
- *4 http://www.eqao.com/en