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第4回 個々の学び方を尊重する授業

要旨:

Schools AttunedRでは「授業に子どもを合わせるのではなく、子どもに合わせた授業を」と提言する。Schools Attunedは手法(method)ではなく理念(philosophy)であり、一人ひとり異なる学びを脳機能の視点で理解し、支え、伸ばそうという「理念」を授業に反映していくことこそがSchools Attunedの本質だ。本稿では研修を受けた先生がどのような実践を行っているかをレポートする。先生たちは多面的な学習方法を提示して子どもに選ばせることで、強い機能を活用して学習すると同時に、多面的にとらえることで理解を深め、弱い機能を強化することを促している。

「学校は集団で学ぶ場なのだから、一人ひとりの学び方が違うからといって、全員を個別指導するわけにはいかない」と、学校の先生によく言われる。しかしSchools AttunedRでは「授業に子どもを合わせるのではなく、子どもに合わせた授業を」と提言する。研修を受けた先生たちは、集団授業のなかで個々の学びを支えるという難題に、どう取り組んでいるのだろうか。

第3回で紹介した公立第166小学校(P.S.166 Henry Gradstein School)を5月に再訪し、さらに詳しく授業の様子を見せてもらった。

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リーディングの授業をするトリズラーノ先生


5年生の担任ジェニファー・トリズラーノ先生は、リーディングとライティング(読解と作文)を教えているところだった。その日の授業は、ある物語を読んで登場人物の性格や言動を把握するというもので、読書感想文を完成させるのが最終目標だ。

先生は10名ほどの名前を呼び、その子たちには自分もしくは補助教員の周りに集まるよう伝えた。他の子どもたちは、パートナーと2人で相談しながらワークシートを完成させる。つまり、読解が得意な子どもたちは、自分の力で学習を進め、苦手な子のグループは先生がヒントや質問を出して子どもたちから考えを引き出しながら、導いていく。

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補助の先生と一緒に内容を確認するグループ(奥)と、パートナーと2人で読み進めていく子どもたち(手前)


もともと学力や様々な能力に個人差があるのはもちろんのこと、この地域は移民が多く、子どもたちの英語力にかなり開きがある。そのような状況のなか、得意な子の発言で授業が進み、苦手な子が取り残されるのを防ごうという先生の思いが、こうした工夫と配慮に表れていた。日本人の感覚では、習熟度別のグループ分けや個別の配慮に対して「特別扱い」「本人が劣等感を抱く」などと否定的に捉える人もいるかもしれない。だが米国では「みんな一緒」という価値観は薄く、むしろ学習上の配慮はその子の「権利」と考えられるので、本人が嫌がったり周りが特別な目で見たりすることはほとんどないようだ。


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「広さ比べ」の絵本を読み聞かせるホアー先生


メアリー・ホアー先生の4年生のクラスは、2時限続きで算数の授業だった。長時間続けての算数では子どもたちが飽きてしまうのではないかと思ったが、そんな心配はすぐに吹き飛んだ。テーマは「面積」。導入として主人公が色々な広さを比べっこする絵本を読み聞かせたり、さいころを振って出た目の数だけ縦横にキューブを並べて作った長方形の広さを求めたりと、子どもたちが楽しみながら面積の概念を理解できるような活動が盛り込まれている。そして、長方形の面積の求め方を、図で、例題で、言葉でと、様々な角度から考えさせ、「自分に一番合った方法で覚えましょうね」という先生。視覚から理解するタイプ、言語で理解するのが得意なタイプなど、学び方は個々に異なるからだ。例えば、視覚的に理解する子は図を描いて、言語機能が強い子なら「長方形の面積は縦の長さと横の長さの積である」と言葉で考えた方がわかりやすい。また、強い機能を活用して学習すると同時に、多面的にとらえることで理解を深め、弱い機能を強化することにもつながる。先生は、公式も「縦×横」と「底辺×高さ」と2つの表現を併記し、それぞれの語が長方形のどの部分を指しているか意味を確認したうえで、どちらの言葉で覚えるかは子どもたちに任せていた。 
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面積の求め方を、例題で、言葉で、図でと多角的に理解させる。

 

report_08_04_5.jpg子どもたちに計算のコツを発表させるロビロット先生


同じく算数の授業をしていたのは、ローリー・ロビロット先生だ。こちらは3年生。「かけ算」の筆算を学んでいるところで、この日は「格子かけ算(Lattice Multiplication)という、ちょっと見慣れない計算方法に挑戦していた。(写真参照※) 「パートナーと確かめたり教えあったりしながらやってみましょう」「やり方を忘れてしまったら、もう一度手順を見ながらやってみて」と先生が声をかけている。この方法は、どの数とどの数を掛けるか、その答えの数字をどこに書くかをとらえやすく、空間認識の弱い子には通常の筆算よりわかりやすい場合がある。先生は、色々なやり方で答えを出せることを教え、自分がいちばんやりやすい計算方法で解いてよいのだと、子どもたちに強調する。

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格子かけ算(Lattice Multiplication) かけられる数をマスの右側、かける数を上部 に書
き、積を斜線で分かれたマスの中に記入する。斜線に沿って足し算すると、答えが出る。


「スムーズに計算するために、どんな工夫がある?」と先生が問うと、「(見やすいように)計算の済んだ数字は斜線で消していく」「いま注目している数字以外は指で隠す」などの意見が出た。「指隠し」のアイデアを発言した子どものノートを覗き込むと、「ぼく、途中でこんがらがっちゃったんだ。でも、こうやって指で隠したら、やりやすくなったよ」と、ちょっぴり得意そうに話してくれた。さらに先生は、「計算の手順は、サンプルか、手順表か、自分にいちばんいい方法を使って覚えるようにしてね」とアドバイスする。前の日に筆算でつまずいていたという女の子は、さっそく格子掛け算の手順をカードに書いて自分の机に貼り付けていた。

report_08_04_7.jpgカードに計算の手順を書いて机にはっている女の子



3人の先生は、「COPS」「I'M SMART 」(※第3回参照)などSchools Attunedの資料に載っていた様々な手立てもふんだんに取り入れていた。しかし、それらを使うことイコールSchools Attunedというわけではない。「Schools Attunedは手法(method)ではなく理念(philosophy)である」と、Schools Attunedに関わる人はみな口をそろえる。一人ひとり異なる学びを脳機能の視点で理解し、支え、伸ばそうという「理念」を授業に反映していくことこそがSchools Attunedの本質だ。もちろん既存の教授法のなかにもSchools Attunedに通じるものがたくさんある。さらには授業の形態、指示や説明のしかた、教材やワークシート、ちょっとした工夫や配慮など、あらゆるものにSchools Attunedの考え方を取り入れられることを、3人の先生の授業から教えられた。

次回は、子どもたち自身が「学ぶこと」を学ぶ授業を紹介する。

筆者プロフィール
金子 晴恵 (アンダンテ西荻教育研究所 代表)

自閉症や学習障害など発達障害児のための学習指導、親や教師の相談等に携わる。
また、ライターとして国内外の学校を取材し、各国の教育事情についての記事やエッセイを新聞・雑誌に執筆している。
著書に「先生が明日からできること。」(杉並けやき出版)
ブログ 「先生が子どもたちのために明日からできること
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