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64.自閉症症候群への早期発見・早期介入の可能性と重要性

要旨:

他者の心理を自己のエピソード的な意識と記憶の第1回路を使用して仮想体験して認識する脳神経回路の機能障害として自閉症症候群という疾病概念を新しく提出し、この機能の発達障害を早期発見し早期介入する可能性と方向性を提唱した。それはエピソード的な要素の発達を促進する方法として積極的に子どもの顔を覗き込んで視線を合わせ、感情表現をコミュニケーション能力発達の基礎とする考え方だ。携帯電話等の発達によって現代社会ではこのような感情を含むコミュニケーション能力の発達が困難になっていることに懸念し、警告を行った。
前回までの2回で私が新しく考えた自閉症の発病メカニズム、すなわちエピソード的な意識と記憶の第1回路で他者の心理を仮想体験する機能の障害が自閉症の発病原因であるとの脳神経モデルについて解説いたしました。今回はこの自閉症発病モデルをさらに一歩進めて、自閉症の早期発見と早期介入の可能性と重要性について提言を行おうと思います。その前に、表題で用いた自閉症症候群という私流の名称について説明をいたします。

自閉症については当初カナーによって提唱された疾患概念が近年大きく拡大されて来ています。この点を高木隆郎編「自閉症」(星和書店2009年刊)を参照して解説しますと、カナーは自閉症の診断基準を明確には示していませんが、次のような特徴を持つ疾病であると考えていました。(1)人々との接触からの著しい後退、(2)同一性保持の強迫的欲求、(3)巧みな、愛情を込めた物との関係、(4)知的で憂いに満ちた顔貌、(5)言葉を話さないか、対人コミュニケーションの目的に役立たない種類の言葉、以上が当初カナーによって提唱された自閉症の主症状で、私は現在でも診断基準として使用可能なレベルの詳細な記述だと思っています。その後ルターによって(1)対人関係の重度かつ全般的な失敗、(2)言葉の意味理解の障害や反復言語、人称代名詞の逆用を伴う言語の遅れ、(3)儀式的あるいは強迫的症状、以上の3点が自閉症の診断基準として示されました。この診断基準はカナーの示した5項目の主症状よりも幅の広い概念で、自閉症を精神疾患ではなく発達障害とした点で大きく評価され、後にDSM *1や、ICD *2 の基礎となりました。ただしルターは言語障害を自閉症の基本障害と考えていたようで、この点で現在の自閉症概念とは異なる点があります。現在の自閉症概念の基礎となっているのはウイングによって提唱された自閉症スペクトラム障害の概念で、(1)対人認知の障害、(2)対人コミュニケーションの障害、(3)対人想像および理解の障害、を特徴としています。これはアスペルガーによって報告された言語発達障害を現さない自閉症の存在を含んだ、カナーの報告より範囲の広い概念で、コミュニケーション障害としての自閉症スペクトラム障害の概念を樹立したものでありました。この概念の拡大により、当初1万対4であったカナーの自閉症の頻度は、自閉症スペクトラム障害においては百対1にまで約25倍の上昇をみました。さらに近年のDSM等では広汎性発達障害として(1)対人的相互関係の障害があり、(2)コミュニケーションの障害か常同的行動や興味の活動のいずれかが有れば、他に特定できない広汎性発達障害と診断することになっています。近年の研究で自閉症児の家族・同胞を調査した結果、自閉症スペクトラム障害の診断基準全部を満たさない、部分的で軽微なコミュニケーションの障害を持つ人たちが発見されるに及んで、自閉症スペクトラム障害の概念はさらに拡大される傾向があります。これまでの自閉症および自閉症スペクトラム障害・広汎性発達障害の概念はいずれも症状を主体として診断基準を提唱していますが、脳神経モデルについては全く触れられていません。自閉症が遺伝的な要因を基本的に内包していることは広く認識されているにもかかわらず、その脳神経的なメカニズムに触れた研究が皆無に近いことは大きな驚きであります。ここに心理学と脳神経科学との連繋が必要であると考えて、私は今回の連載の中で【他者の心理を自己のエピソード的な意識と記憶の第1回路を使用して仮想体験して認識する脳神経回路の機能障害】として自閉症の脳神経モデルを提出した訳であります。このモデルによって引き起こされる自他の関係への認知障害を基礎とするコミュニケーション障害等の一連の病態を、私は【自閉症症候群】と仮に命名するのであります。ずいぶん話がややこしくなりましたが、自閉症を取り巻く現状が明快な診断基準と病理理論を備えていないので、この様な混乱が起こることはある程度仕方がないことであります。

さて、そこで表題に戻って、自閉症スペクトラム障害の早期発見と早期介入について論旨を進めようと思います。自閉症症候群を【乳児期に発達すべきエピソード的な意識と記憶の第1回路が通常発達しない症候群】と規定するならば、それは乳児期における対人関係の異常として早期発見できる可能性が示唆されます。現在まで自閉症の早期発見については、Maestro らが、人を見る、物を見る、人の方向に注意を向ける、物の方向に注意を向ける、姿勢調節、対人接触を求める、人に微笑む、物に微笑む、行動調整、人に発声する、物に発声する、抱かれることを予期する、物の探索行動、などの出現頻度を0ヶ月から6ヶ月の自閉症スペクトラム障害児と通常発達児で比較し、対人刺激における注意・行動が自閉症スペクトラム障害児では有意に頻度が少ないことを報告しています。自閉症スペクトラム障害児の早期スクリーニング尺度としては、日本語版M-CHATが、子どもを揺すったとき喜ぶかどうか、他の子どもに興味を示すか、階段を這い上がるのが好きか、「いないいないばあ」を喜ぶか、などの23項目の質問票形式で、18ヶ月での自閉症スペクトラム障害児スクリーニングに有効だとされています。しかし1 歳前の乳児に有効なスクリーニング方法はいまだ確立されていません。私が提唱する自閉症症候群の考え方では、他者の行為を自己のエピソード的な要素を処理する脳神経回路で仮想体験する能力の発達障害をスクリーニングすればいいので、人見知りがどのように出現したか、他者の真似をすることが出来たか、指さしや視線追従が出来たか、「いないいないばあ」や隠した物を出したりする行動予期が可能だったか、などの指標を使用して自閉症症候群を早期発見できる可能性を提唱できると思います。

また自閉症症候群の考え方は、早期発見した場合の早期介入的な対処方法として、エピソード的な要素の発達が障害されることを念頭に置いた対応への道筋をつけることが出来ます。それは一方では従来から提唱されている(1)視覚的な理解と意味理解を中心とした発達支援という方向と共に、(2)エピソード的な要素の発達を促す刺激の与え方の研究という従来にない方向性をも示唆するものであります。私はこの第2 の方向を過去数年間自院で試みてきて、わずかな症例数ではありますが大変有用な方法であると感じています。私が試行錯誤する中から効果を感じているのは、自閉症症候群の乳児であっても養育者、特に母親の視線と感情表現への理解は比較的発達の余地が多いという感触です。私は自閉症症候群が懸念される症例では乳児期早期から母親に乳児の顔をいつものぞき込むようにして無理矢理にでも視線を合わせる訓練と、視線があったら母親が歯を見せて微笑む感情表現を繰り返し行うように指導しています。この様な訓練を繰り返すことで、最初は無反応・無表情であった自閉症症候群と疑われる乳児でも視線が合う時間が長くなり、母親の表情に同期する表情変化が現れたり、対人関係を構築する要素がゆっくりでながら発達したりするようになると私は臨床経験から感じています。この視線理解を促す育児方法が今後の自閉症症候群への早期介入の可能性を進展させることを期待しています。

乳児を自閉症症候群に育てやすいと私が懸念している母親像は、積極的に子どもの顔を見ようとしないで声だけ掛ける【電話機のような母親像】です。携帯電話の普及した現代社会の最も悪い点の一つは、【目や顔を合わせない・顔の消失した社会関係】ではないでしょうか?人類的な顔表情のコミュニケーション能力は乳児期からの長い期間の経験を必要とします。人が声の抑揚や声の質に込められた感情を理解できるのは実際の顔表情との照合経験を必要としますが、現代の乳児はその経験が重度に欠落して育てられているケースが存在すると私は懸念しています。この様な母親(もちろん母親以外の養育者も含みますが)の子育ての特徴として、細かいことを口うるさいぐらい説明して子どもに理解させようとする傾向が見られます。このような子育てを私は【口先だけの子育て】と命名していますが、視線を合わせないで子どもの背中に向かって平気で大人に向かうのと同じように命令口調で話しかける母親が増えてきている気がするのは私だけでしょうか?乳児はいわゆる【母親語】と呼ばれる、赤ちゃんに優しく話しかけるような分かり易い特別な簡易言語を好むことが心理実験でも報告されていますが、電話機のような母親は大人言葉で顔も見ないで話しかけるので、このような感情交流の希薄な母子関係では乳児期の情緒発達は上手く行くはずがないと私は懸念しています。自閉症症候群の早期介入を考えるとき、表情コミュニケーションの希薄化した現代社会の人間関係の脆さが、乳児の心の発達に悪影響を及ぼしているのではないかと心配しています。


*1 DSM: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders(精神疾患の診断・統計マニュアル)

*2 ICD: International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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