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44. ヒトはなぜ「人見知り」するのか?

林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

2010年1月15日掲載

要旨:

乳児には人見知りの時期がある。今回は人見知りについてその精神機能発達上での意義を深く考えた。乳児の人見知りについての記述は大変少なく、十分に知られていない部分も有ると思われるので、筆者は20年の外来診療経験から自身が解釈している乳児期の人見知りについてその概要を述べた。人見知りは決して養育者からの分離不安の結果ではなく、他人の心に対する理解が出来ないための不安に違いない、従ってこの時期こそが人類特有の社会的なコミュニケーションが芽生えるときだと著者が考えている。
前回「ヒトがいつ人類に進化するのか?」では、乳児期の「人見知り」の時期に、私たちが人類としての「コミュニティや社会の知的資産」を受け継ぐと共に自由にそれを活用できる知的な能力、つまり他者の考え、すなわち知的経験を自分の脳内で自由に再現し活用できる能力を自他認識システムの発達とともに獲得するのだと提唱いたしました。今回は人見知りについてその精神機能発達上での意義を深く考えてみようと思います。乳児の人見知りについての記述は大変少なく、十分に知られていない部分も有ると思われますので、最初に20年の外来診療経験から私が解釈している乳児期の人見知りについてその概要を述べてみます。

私が『ヒトの子どもがなぜ人見知りをするのか』という疑問に注目するようになったのは、人見知りはコミュニケーションの始まりとして赤ちゃんの脳と心の発達を考えるキーポイントだと個人的に信奉しているからです。赤ちゃんから始まるヒト対ヒトの典型的な最初のコミュニケーションは表情コミュニケーションです。表情コミュニケーションとは、笑顔やしかめっ面でお互いに感情を察知し合うコミュニケーションの方法のことです。

0ヶ月から2ヶ月までの赤ちゃんには、満腹で微睡んでいるときにニッコリ笑う新生児微笑が観察されますが、これは意識的な微笑ではなく、主に副交感神経刺激で顔面神経核が興奮することによる生理的な微笑反射です。

3ヶ月目から4ヶ月目には、赤ちゃんは自分に向けられた人の笑顔に特異的に笑顔を作って返すようになります。この時期の赤ちゃんの視力は顔全体の輪郭と大きな動きを見分ける程度の弱いものですので、顔を合わせる人の口の動きに敏感に反応します。これはまだ反射的な微笑の延長と考えられますが、人の笑顔、特に口を開いて歯を見せる笑顔に特異的に誘発されますので、反射より組織化された社会的微笑の始まりとも言えます。そして相手が人であれば、家族以外でも相手を選ばずほとんど無差別に笑顔を返すのが特徴的で無差別微笑とも呼ばれています。

5ヶ月から6ヶ月になると、人の笑顔にとりあえず笑顔で答えたあと、あるいは笑顔を作りながら少し考える時間が出現します。また相手に対してどういう態度で接するべきか迷った様子で母親の表情を見上げてから決める「社会的参照」と呼ばれる行動が出始めます。母親が笑顔を見せると乳児は安心して笑顔を作り、恐怖表情の出現頻度が少なくなります。ここで重要なことは、この時期に赤ちゃんは既に母親という「他者の心の状態」を自分の心の中に取り込もうとし始めていることで、特に注目すべき発達過程です。

6ヶ月から8ヶ月になると、それまで無差別に見せていた笑顔は出なくなり、母親と世話をする家族以外には笑顔を返す事が極めて少なくなります。普段世話をしている人以外の人が笑顔で近づいて来ても、泣きそうな顔と微妙な笑顔との間を複雑に往復して第16回「モナリザの微笑」のなかに書いた泣き笑いの表情を数秒間つづけ、最後は目をそらして相手の視線を避けるようになります。仮に父親であっても単身赴任で滅多に会わないと人見知りの対象となります。乳児院に預けられて母親との接触がない赤ちゃんも実の母親に対して人見知りをしますので、誰に対して人見知りをするかは遺伝性ではなく環境依存性であると言えます。

8ヶ月から12ヶ月になると、日常的に接触している親しい人以外には笑顔は示さず、不審そうに見つめたり、たいていの場合は視線を避けて恐れたように泣いて逃げようとする行動、いわゆる『乳児期の人見知り』が完成します。

6ヶ月から8ヶ月の人見知り早期に、まだ泣き出さず迷っている間に、乳児の手を取って観察者の顔を触らせると、一時的ですが人見知りを軽減することが出来ます。これは相互に触れ合うことで人見知りをブロックする機能が存在し、養育者などに対して人見知りするのを防いでいるのだと思います。私が推測するには、視覚-触覚系あるいは聴覚-触覚系のバイモーダルニューロンが存在し、その活性化が乳児の人見知りに対して抑制的に働いているのではないでしょうか?そうすることで日頃世話をしてくれる人に対してのみ、心を開いて安定した統一性のある社会的交流を受け入れ始めるのだと思われます。またこの時期は指や腕で指し示した方を見る共同注視が出始める時期で、バイバイやイヤイヤなどの身振り言語や喃語も出現します。子どもが目をそらした方向を観察者が一緒に見つめるとハッとした表情で観察者を見つめますので、すかさず歯を見せた笑顔を向けると人見知りが弱くなります。これらの現象からこの時期が他人との交流の萌芽期であることがうかがえます。この時期はまたピアジェが物の永続性と称して行った実験、ハンカチで隠した物をハンカチの下から探し出す能力の獲得時期でもありますので、自分に近い場所での視覚-触覚連合が急速に発達する時期でもあるのだと思われます。

12ヶ月以降、少しずつ恐怖反応が軽くなり、言葉を話し始めると共に他者とのコミュニケーションに積極的に参加するように成長していきます。人見知りの開始・終了時期と強さには家族ごとに異なる家系的な差があり、一般的に兄や姉が人見知りが強いと下の子も同様に強いようです。

ここからはまだ個人的見解ではありますが、重要であると考える点について述べたいと思います。一般的な印象として、人見知りが正常な時期に始まり、3~5ヶ月間と適切な期間で終わり、人見知り以後の対人関係回復の早い子どもの方が、その後の言語獲得を含む知的発達が全般的にスムーズで早いとの印象を持っています。そして私は、最近の数年間で人見知りの定型発達から外れる子どもが増加しているような危機感を持っています。自閉症の一部では人見知りが全く観察されないことから考えても、この時期に対人的コミュニケーションの急速な発達が乳児の脳内で起こっていることが強く示唆され、その発達が何らかの原因で支障を受けている可能性を危惧しています。

マルコ・イアコボーニは『ミラーニューロンの発見』の中で、ミラーニューロンシステムは乳児期の表情コミュニケーションを通じて次第に発達してくるとの意見を提示しています。自閉症がミラーニューロンシステムの機能不全であるとの説も同時に提示していますが、私はミラーニューロンはサルの脳でも機能が確認されている進化的には古くて安定したシステムと推測しているので、ミラーニューロンは関与するけれど、それよりも上位に位置する他人の知的精神活動を自分の脳内に吸収して、さらに他人に与えてゆく社会的-知的ネットワークの元となる、他人の心理や他人と自分との関係を理解する神経基盤に障害があるのだと推測しています。ヒトの赤ちゃん特有の『人見知り』の解明にはコミュニケーション発達の過程を究明する上で、大きな意義があるものだと思われます。

ヒトの脳と類人猿の脳の機能の大きな差は、『社会的に情報を交換し共有する能力』すなわち、他者の情報が自分の脳にアクセスすることを許す能力が、ヒトにおいては極めて高いということだと総括できそうです。逆の表現を取れば、人類以外では他者の感情や心理といった脳内情報が自分の脳に侵入することを防ぐ強力なバリア機能(ファイヤーウォール)が存在するとも言えます。この事は第33回「脳は小宇宙」において『人類の脳は多層構造の小宇宙』と表現した図の最外層部に相当する『コミュニティーや社会の知的資産』を作る能力の差だとも言えます。他者の情報が自分の脳にアクセスすることを許す能力を育むのが、ヒトにおける『乳児期の人見知り』による発達準備時期なのだと考えています。

ヒトが他人の心を理解する現象を心の理論と呼びますが、この課題中に活性化される脳部位は①扁桃体周囲領域 ②上側頭葉溝(バイオロジカルモーション応答ニューロンのあるSTS部) ③BA9の内側でBA25との境界領域が画像検査で指摘されています。①の扁桃体周囲は恐怖の条件付けで活性化される部位で、③の脳部位は扁桃体の恐怖反応に対して抑制的に働く部位に近接していることが近年の脳画像検査で明らかになってきています。人見知りでは理由はともあれ他者に対する恐怖反応が出ているのは確かで、扁桃体の働きが過剰なために他者を拒絶していると集約できると思います。すると、人見知りは受け入れた他者と自己を区別して上手く情報を操作することができないか、あるいは他人の心を受け入れる際に他者の理解が十分出来ない、すなわち心の理論が未熟であるために心の状態が不安定となり過剰な恐怖反応を生じるのだと考えることが出来るのではないでしょうか?だからこそ定型発達的な人見知りが観察されない乳幼児では、後に起こるコミュニケーションの発達にも問題となる影響が起こっているのだと考えるべきだと私は思っています。ヒトの乳児では人見知りの時期を通じて、他者の心が自分の心の中にアクセス(侵入)するのを扁桃体が中心となってブロックする機能に対して、乳児自身が迷って泣き笑いを見せながら、最終的に人類特有の『他者を受け入れる』能力を獲得させているのだと私は考えているのです。


report_04_57_1.jpg乳児期の「人見知り」については養育者(主に母親)からの分離不安によって起こる一時的な現象だと単純化した結論に帰納する考え方が現在でも主流で、乳児期に他人に対する認知機能が発達した結果だという説明に導かれている論説も見受けられます。しかし私の20年間の外来経験から申しますと、生後1ヶ月の乳児でも母親が視界から消えると不安な表情で周囲をキョロキョロ見回して母親の姿を探します。そして母親の顔が見つかると安心した表情になって生理的微笑を浮かべます。人見知りは決して分離不安の結果ではないのです。それは他人の心に対する理解が出来ないための不安に違いなく、従ってこの時期こそが人類特有の社会的なコミュニケーションが芽生えるときだと私は強く信じています。

最後に人見知りに関する苦い思い出を述懐させていただきます。ずいぶん前の3歳児検診での出来事です。異常に恐怖反応が強くて身体に指1本触れさせずに激しく泣き叫び続けている3歳児を診ることがありました。私が連れてきていた父親に「この子の身体には異常はなさそうですが、心の発育に何か問題が有りそうです」と話したところ父親は血相を変えて「この子は母親が亡くなったんだ!だからこうなんだ!そんな事もわからん思いやりのない医者は要らん!」と吐き捨てるような言葉を残して泣きわめく子どもを脇にかかえて退室してしまいました。「だからこそ心のケアが必要なんです...」と言った私の言葉は耳に届かなかったようでした。あの子はその後どうしているんだろう...とその事を思い出すたびに苦しくなる悲しい経験であります。子どもの心の発達を診る難しさを改めて感じたエピソードでありました。

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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