顔面神経核は脳幹部の橋の後方にあり、顔の筋肉を収縮させることによって、目を閉じたり、唇を開けたり閉じたりさせる動きを支配しています。唇と書いたのは、口の開け閉めは顎の動きにもよって遠隔操作で動かすことができるからです。顎を動かして咀嚼(そしゃく)運動をするのは、第5番目の脳神経である三叉(さんさ)神経の働きです。顔面神経には顔の筋肉の動きを支配する以外に、唾液と涙を分泌する働きもあります。ヒトが笑ったり泣いたりするときに、顔がクシャクシャになると同時に涙が出たりもしますが、この動きは顔面神経の興奮が強く起こっていることを示しています。
2006年刊の「カラー臨床神経解剖学」(西村書店)によると、『顔面神経は喜怒哀楽の感情をもっとも反映しやすい筋である。この運動核には大脳辺縁系からの入力が入るが、主としてそれは側坐核(そくざかく)という前脳基底部の核に発する。側坐核は大脳基底核の腹側部にあって、運動皮質にも影響を及ぼしている。この神経連絡路はパーキンソン病でよく傷害され、無表情な仮面様顔貌を呈することで知られる』と記されています。この記述からパーキンソン病で側坐核と顔面神経核の連絡経路が障害されることがわかるとともに、泣いたり笑ったりする顔面神経の強い興奮には、大脳辺縁系の側坐核からの強い入力が関係していることが推測されます。大脳辺縁系とは大脳の中央部にある古い脳と呼ばれている部分で、かつては情動の中枢とも考えられていましたが、現在では運動の制御とコントロールに重要な働きを担っていることが知られています。下記の大脳半球を左側から見た図版に、大脳辺縁系と顔面神経核の場所を記入しました。

この図版を使って解説しますと、左右の脳をつないでいる脳梁の内周側に、視床を取り巻くようにオタマジャクシ型の尾状核があります。尾状核の前側の外側下方が側坐核と呼ばれる場所で、何か良いことを期待するときに興奮しやすい場所です。側坐核は麻薬などの薬物依存にも強く関わっている場所です。側坐核からの入力が顔面神経に大きな影響を与えることにより、ヒトの顔には喜怒哀楽の感情表現が強く表現されます。
パーキンソン病では側坐核と顔面神経核のある脳幹をつなぐ経路が障害されると共に、脳幹から側坐核を経由して脳全体に送られている、ドーパミンという大脳を興奮させる神経伝達物質が不足します。ドーパミンは大脳基底核の尾状核で運動の調節とコントロールを発現させるために重要な神経伝達物質で、パーキンソン病ではドーパミンの不足により、運動が起こせない、うまく調節できないと言った独特の症状が起こります。側坐核から両側の顔面神経核に送られる伝達経路が侵され、大脳辺縁系からの信号が途切れると、顔面神経がうまく働かなくなって、顔の表情が作れなくなり、仮面様顔貌と呼ばれる無表情な顔つきになります。パーキンソン病以外にも脳梗塞や顔面神経の麻痺によって顔面の筋肉が動かなくなった場合、うまく笑顔が作れないだけではなく、障害の起こった部位によって様々な症状が出現します。どのような症状が顔面神経のどの場所の障害と関連するかについて、次節でもう少し詳しく説明をいたします。