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9. 笑いの起源を探る

要旨:

人類にとって重要な「笑い」という現象がどのようにして発生して、どのようにして進化の過程で受け継がれてきたのか。本稿は脳科学と照らし合わせながら考え、説明する。結論として、人類の笑いは、新生児微笑という、人が生まれる前から持っている顔面神経の引きつれ(無意識な痙攣)が、満腹感や安心感と結びつく中から生まれて発達してきたと考えている。

赤ちゃんが笑わないことが、パーソナリティーに問題を持ちながら育つ子どもたちに出現する最初の症状である可能性について『サイレントベビー』のなかで書きました。私は笑うことは人類にとって大変重要な事だと考えています。笑いが人間性の根元であるといっても過言ではないとさえ感じます。このように人類にとって重要な「笑い」という現象がどのようにして発生して、どのようにして進化の過程で受け継がれてきたのかを脳科学と照らし合わせながら考え、そこからを子どもの脳科学の導入にしていこうと思います。

 

笑いの起源については、精神科医である志水彰(しみずあきら)等が「人はなぜ笑うのか」という書籍の中で詳しく述べています。志水先生の推論によると、挨拶的な笑いや照れ笑い等の、霊長類に見られる社交的な笑いの起源は、口の中に入った有害な物を吐き出そうとする口の動きが、驚いたときにもでるようになり、危険の伝達つまり防御のシグナルとしての意味を持つようになった、としています。(志水彰他『人はなぜ笑うのか』 講談社ブルーバックス刊 1994年)

しかし私はこの説に全面的には賛同しません。なぜならば、もしも口から何かを吐き出す動作を防御を表すシグナルとしての「社交的な笑い」にまで進化させたのあれば、笑いは地球上で人類や霊長類だけが持つ現象ではなく、魚や鳥だって同じように口からものを吐き出す動作から、笑いでなくても何か他の危険や防御を伝達する行為を発達させてもおかしくない気がするからです。笑いの起源が魚の時代までさかのぼる筋肉運動に基づく現象だとするならば、笑うワニや笑うネコがいてもおかしくないはずです。しかし実際には地球上で笑う生物は人類あるいは、広い意味で霊長類だけで、「人とは笑う生物である」という定義さえ存在するくらいなのです。

少し話が脱線しますが、小説の世界では、ネコが笑ったりライオンが笑ったりします。サーカスのライオンが、子どもが口の中に頭を突っ込んだ時にニャーっと笑ってから、ガブリと子どもの頭をかみ砕いて殺してしまう場面が推理小説の中に書かれています。1) この殺人のネタを明かせば、犯人はライオンに嗅ぎタバコを嗅がせ、ライオンがくしゃみをする事を利用して、被害者の子どもの頭を大衆の目前で噛み砕かせたのです。ライオンのくしゃみを我慢する顔が笑い顔に見えたと言うところが、この小説の殺人描写のミソであります。

動物の笑いに関する別のエピソードをもう一つ紹介すると、アメリカのテレビ広告で馬が笑うシーンを撮影したのですが、その時には馬の口にマスタードを塗って、馬が嫌がる顔を撮影して笑い声に重ねたそうです。これらの逸話は笑い顔の顔面の筋肉とそれを動かす顔面神経の動きは、何かを嫌がって吐き出そうとする動作に似ていることは事実だと感じさせます。人の笑いの起源が顔面神経の収斂(痙攣)と何かの感情とが結びつく中から出現したという考え方は充分に支持できる推論だと思われます。

馬が笑う話のついでですが、映像の世界ではどうして動物が笑っているように見えたのでしょうか?人にパの発音をする映像を見せてアの音を聞かせるとパと言っているように聞こえてしまう現象があります。これは一般に人間では視覚の方が聴覚よりも、優先して受信処理されることを利用しています。

人間の目は本来、奥行きのある三次元の世界を見るように出来ています。テレビや映画の画面は平坦な二次元の視覚なので、脳内で三次元視覚イメージに置き換えないと、視覚映像としてきちんと認識できません。そのための神経上の作業が別に必要になります。外国映画の吹き替えを観てもさほど違和感を感じないのは、テレビや映画の二次元の画面上で見た映像では、脳が視覚を認識するまでの処理過程が長くなり、視覚と聴覚の優先順位が逆転されやすくなるからです。もしも目の前にいる外人が英語を喋るのをヘッドホーンから同時通訳で聴くと、人は目前にいるその外人が喋っているとは感じることはなく、別の人が同時通訳しているだけだと感じるのです。

馬が笑う映像では、馬が笑った顔を見た人はいなかったでしょうから、この場合は視覚と聴覚の優先順位が逆転して、笑い声に反応して馬が笑うと勘違いさせることに成功したというわけです。テレビ画面は二次元視覚を三次元イメージに変換する神経作業等で、脳に大きな負担をかける可能性がありますので、成長発育期の子どもには見せすぎない注意が必要です。テレビと脳の発育についてはまた後ほど別の章で詳しく考えることにして、話題を笑いの起源に戻しましょう。

私は人類の笑いは、新生児微笑という、人が生まれる前から持っている顔面神経の引きつれ(無意識な痙攣)が、満腹感や安心感と結びつく中から生まれて発達してきたと考えています。この推論をこれからの連載で詳しく述べてゆくつもりです。

人類以外の動物の笑いはどんな意味を持つのでしょうか?以前にも書きましたが、チンパンジーの赤ちゃんにも新生児微笑が観察できるそうです。するとサルも笑うと言うことになるのでしょうか?サルや動物が笑うのか笑わないのかについては、詳しく書かれた文章がありますので、その文章を次節からご紹介しつつ、人類の笑いの起源に迫っていこうと思います。


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(画像は本文とは関係がありません)



1) 早川書房 『シャーロック・ホームズのライヴァルたち 2』
「ライオンの微笑」(ハヤカワ・ミステリ文庫 87-2)

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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