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動物の笑い―笑いの起源論(2)

松阪 崇久 (京都大学霊長類研究所 研究員)

2010年1月15日掲載

要旨:

「動物の笑い-笑いの起源論(1)」では、霊長類以外の哺乳類と鳥類に見られる「笑い」についての記述を概観した。ヒトの笑いとの類似点はありながらも、 進化的起源が同じ行動といえるのかという点では根拠の少ない例が多いと言わざるを得なかった。では、ヒトにもっと近いサルや類人猿の仲間(霊長類)ではどうだろうか?様々なデータから,ヒトと類人猿の共通祖先たちもおそらく、森の中で遊びながら笑い声をあげていただろうということが示唆される。幅広い認知的刺激への反応,笑いの同期などの,大きな変化が生じたのは、人類がチンパンジーの系統と分かれた後である。
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人間以外の動物は笑うことがあるだろうか?

前回は、霊長類以外の哺乳類と鳥類に見られる「笑い」についての記述を概観した。ヒトの笑いとの類似点はありながらも、進化的起源が同じ行動といえるのかという点では根拠の少ない例が多いと言わざるを得なかった。では、ヒトにもっと近いサルや類人猿の仲間(霊長類)ではどうだろうか?


【霊長類の笑い】

「チンパンジーやオランウータンをくすぐると、口の両端を後方に引いたり、笑い声を発したりする。」類人猿の笑いに関して、1872年にチャールズ・ダーウィンがこのような記述を残している1)。サルや類人猿の笑いについての研究が本格的に始まるのはその100年後。オランダの動物行動学者ヤン・ファンホーフが笑いの起源に関する仮説を発表してからのことだ2) 3)

ファンホーフはまず、笑いを大きくラフ(laugh)とスマイル(smile)の二つに分類できることを指摘した。スマイルは発声を伴わずにニッコリと歯を見せるほほ笑みの表情、ラフは発声を伴う笑いのことで、ヒトの笑いにおいてはこの二つは重なり合うことも多い。しかし、ラフとスマイルは異なる進化的起源を持つとファンホーフは考えた2)。ラフ・スマイルのそれぞれに表情形態と文脈が対応する霊長類の二種類の行動を指摘したのである。スマイルの方は、霊長類が優位者と出会って恐怖を感じた際などに見せる「グリマス」と呼ばれる表情にその起源をたどれるとファンホーフは考えた。もう一方のラフは、霊長類が仲間同士で遊ぶ際に見せる口を丸く開ける表情(プレイ・フェイス)と、それにしばしば付随する音声がその起源だと考えた。

【スマイルの起源】

グリマスは、ニホンザルにもチンパンジーにも見られる表情である(写真1)。ニホンザルでは、グリマスを見せるのは劣位の猿である。自分よりも強い猿に対して敵意がないことを示す、恐怖または服従の表情だと考えられている。チンパンジーでも多くの場合は同様で、劣位者が恐怖を感じた際にグリマスを見せる。しかし、劣位ではない個体がグリマスを見せる場合もある。たとえば、オスがメスに求愛するときや、母親が自分の赤ん坊を抱き取ろうとするときなどだ。これらの観察からファンホーフは以下のように推論した。もともとは劣位者の恐怖・服従の表情であったグリマスが、ヒトと類人猿の共通祖先の段階で優劣に関わらず相手を宥める表情としても使われるようになり、人類においてはさらに広く親愛と友好を示す表情として用いられるようになったのだ、と2)

目上の人への挨拶など、優位者への緊張感を伴う場面でもスマイルがよく見られることを考えると、ヒトのスマイルが霊長類のグリマスと進化的なつながりを持つというファンホーフの発想も理解しやすくなる。しかし、劣位ではないチンパンジーが見せるグリマスの意味解釈には疑問も残る。これらはチンパンジーに特有の強いフラストレーションの表出だという、まったく別の解釈が可能だからだ。ニホンザルのグリマスよりもチンパンジーのグリマスが人間のスマイルに一歩近付いていると結論付けることはまだできない。スマイルの起源と進化については、チンパンジー以外の類人猿との比較も含めてさらに慎重に検討していく必要があるだろう3)

report_02_96_1.jpg写真1:オスにおびえてグリマスをするチンパンジーのメス

【ラフの起源】

プレイ・フェイスは口を丸く開ける表情で、口の両端が少し後方に引きあげられることもある。霊長類に広く見られる遊びの表情である。一方、遊びの際に音声を発する種は限られている。ヒトに近縁な類人猿の仲間は皆、遊びにおいてヒトの笑い声と類似の音声を発する(注1)。それ以外の霊長類の多くは、遊びの際に音声をまったく発さないか、ヒトの笑い声とは音響的にかなり異なる音声を発する。

チンパンジーは、仲間同士でくすぐり遊びや追いかけっこをする時にこの音声(笑い声)を発する3) 4)。脇の下や首筋、腹、股関節といった部位を口で軽く咬まれたり指で刺激されると、チンパンジーは刺激から逃れようともがきながら笑う。くすぐられる部位が急に変わるなどのちょっとした驚きの要素があると、笑い声が大きくなることが多い。また、相手が笑うと笑わせた方のチンパンジーはくすぐりなどの働きかけを繰り返すことが多く、笑い声が遊びを活性化すると言える。発声の文脈や機能もヒトの笑いとよく似ていると言ってよいだろう(注2)。

  report_02_96_2.jpg 写真2:母親にくすぐられて笑うチンパンジーの赤ん坊


チンパンジーの笑い声は人間の笑い声よりもしゃがれた感じで、「ア゛ーハ、ア゛ーハ・・・」あるいは「ア゛ッハハハハハ・・・」などと聞こえる。ヒトは一息の呼気を分断して笑い声を発することが多いのに対して、チンパンジーは呼気と吸気の両方で交互に発声することが多い。ヒトと類人猿各種の笑い声の音響的特徴を比較した最近の研究によると、系統関係の近い種間では概して音声の類似性が高い傾向があるという。この研究では、類人猿と人類の進化において、いつ、どのような音響上の変化が笑い声に生じたかも論じられている5)


類人猿の笑い声は、表情形態や音響構造だけでなく、発声の文脈や機能にもヒトの笑いとの共通点があった。また、音響構造の類似性には系統関係との対応もあった。以上のことから、類人猿とヒトの笑い声が同じ起源を持つ相同の行動だという見方はかなり確かだと言える。笑い声を伴う笑い=ラフの起源は、現生の大型類人猿がまだ種分化していなかった時代にまでさかのぼれる可能性が高い3) 5)

【ヒトの笑いの独自性と進化】

くすぐりなどの遊びにおいて、類人猿もヒトと同じように笑うということがわかってきた。しかし、ヒトの笑いはもっと多様な刺激に対して起こる3)。ヒトは、他者のユーモラスな発言やできごとなどにおかしさを感じて笑うことも多い。類人猿の遊びにもユーモアにつながる特徴が指摘されることはあるが、言語を持たない野生類人猿はユーモラスな発言をしないし、他者同士のやりとりを見て笑うことも無い。ヒトには他者を笑わせるためにわざとおかしな振る舞いをする「おどけ」があるが、野生類人猿にはおどけに対する笑いの報告はない。また、他者の失敗を嘲笑する例も知られていない。

もう一つ大きく異なるのは、笑い声の同期性である3)。何かおもしろいものがあると、ヒトはそれを他者に伝えてしばしば一緒に笑う。他人の笑い声を聴くと笑いが生じやすくなる「伝染」現象も知られている。そのため、大勢の人が一斉に笑うことも多い。しかし、類人猿の遊びは2~3頭でおこなわれることがほとんどで、笑い声をあげるのはくすぐられている一頭だけであることが多い。また、類人猿には笑い声の伝染もないようである。

ヒトと類人猿の共通祖先たちもおそらく、森の中で遊びながら笑い声をあげていただろう。笑いに大きな変化が生じたのは、人類がチンパンジーの系統と分かれた後である。まず、人類はより幅広い認知的刺激に対して笑うようになった。また、仲間と関心を共有する傾向が強まり、おかしさを共有してしばしば仲間と一緒に笑うようになった。これらの変化は、言語の獲得によっても促進されただろう。それぞれの変化がいつ頃に生じたかは定かでない。しかし、人類社会の進化とともに、笑いによる集団の結束強化作用は一段と高まったと考えられる。

【文献】
1) チャールズ・ダーウィン 1872.『人及び動物の表情について』(浜中浜太郎訳、1931、岩波文庫)
2) van Hooff JARAM 1972. A comparative approach to the phylogeny of laughter and smiling. In: Hinde RA (ed) Non-verbal communication. Cambridge University Press, Cambridge, pp 209-223.
3) 松阪崇久 2008. 笑いの起源と進化. 心理学評論 51:431-446.
4) Matsusaka T 2004. When does play panting occur during social play in wild chimpanzees? Primates 45:221-229
5) Davila Ross M, Owren MJ, Zimmermann E 2009. Reconstructing the evolution of laughter in great apes and humans. Current Biology 19:1-6.


※注1:類人猿には、チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータンとテナガザル類が含まれる。
※注2:チンパンジーは大人も笑うことがある。ただし、大人になると遊ぶ頻度が下がるため、子どもたちに比べると笑う頻度は低い。また、チンパンジーは様々な一人遊びをすることが知られているが、一人遊びで笑い声をあげることは稀である。

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