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妊婦の飲酒と胎児性アルコール症候群(Fetal Alcohol Syndrome: FAS)

新美 洋一 (独立行政法人国立病院機構 久里浜アルコール症センター婦人科(非常勤))

2008年9月26日掲載

要旨:

妊娠飲酒は胎児に様々な危険を与える可能性がある。なぜならば、妊婦は非妊娠時よりアルコールの代謝のレベルがダウンしており、アルコールを代謝する能力をほとんど持たない胎児にとっては、母から無理やり飲酒を強制されている状況になる。特に妊娠初期の胎児における影響が極めて大きい。このようなアルコールに被曝した胎児への胎内治療は進歩しているものの実現には至らず、出生後は先天異常児の適切な保育が行なわれるにとどまる。

Ⅰ 母体と胎児のアルコール代謝

総ての妊婦飲酒に於いて、それが胎児にとって安全ということはあり得ない。其の飲酒の量・期間・妊娠時期について胎児毒性との間の相互の因果関係は不明である。妊婦には適正飲酒概念(low risk and responsible drinking)は当て嵌まらない。胎児にとって最も安全なことは妊婦は飲酒せぬことであるが、今日、妊婦の飲酒者は10%を超えていると考えられる。

母体消化管から吸収され血中に入ったアルコールは、先ず肝臓で主にアルコール脱水素酵素(alcohol dehydrogenase : ADH)の作用によりアセトアルデヒドに酸化される。このアセトアルデヒドはアセトアルデヒド脱水素酵素(acetaldehyde dehydrogenase :ALDH)によって酢酸になる。その後は複雑な経路を辿り最終的にはH2OとCO2に分解され、体外へ排泄される。

妊婦は非妊娠時よりもアルコールの代謝に於いてレベルダウンしている。それは、エストロゲンは、アルコール脱水素酵素やアセトアルデヒド脱水素酵素の活性を大きく阻害するからである。特にエストロゲン三分画のうちのエストラジオール(estradiol)は、その作用が大きい。また、妊婦血清中のエストロゲン総量は妊娠初期で非妊娠時の10倍乃至100倍、妊娠中期から妊娠末期にかけて100 倍乃至1000 倍になり、エストロゲンの三分画もまた各々変動が大きいことが影響する。

ところで、人体のアルコール代謝に於いて、フィードバック機構は存在せず、代謝の速度は一定で、1時間7gである。20gのアルコールは大凡、ビール中瓶1本(500ml)、日本酒1合(180ml)、ワイングラス2杯(240ml)、焼酎五分の二合(70ml)、ウイスキー又はブランデーダブル1杯(60ml)、にそれぞれ含まれている。これらの酒類を複数種類飲んだ場合ではアルコールの合計量(g)を7gで除すれば代謝に要する時間を計算し得る。ただし妊婦の場合は、これらの時間の1.5倍とする。例えばビール中瓶1本日本酒2合とを飲んだ場合は、全アルコールは、20g+(2合×20g)=60gである。 60g÷7g=8.6時間 が代謝に要する時間になる(妊婦の場合は13時間)。

妊婦は生理的に胎児の発育に伴う動的平衡状態にあり、アルコールを代謝するには不利な状態にある。アルコール脱水素酵素(ADH) は胎児肝臓に妊婦第三月半ばころから認められ、以後、直線的に活性は僅かに増大するものの、胎児はアルコールを代謝する能力をほとんど持たない。しかも分子量の小さいアルコールは、胎盤という柵を瞬時に通過して胎児に影響を及ぼす。通過したアルコールの50%は胎児循環に入り、残りの50%は胎児肝を通過してから胎児循環に入る。アルコールが血中に存在している間、胎児は言わば、母から無理やり飲酒を強制されていることになる。

Ⅱ 先天異常児(胎児性アルコール症候群Fetal Alcohol Syndrome: FAS)

アルコール依存症妊婦の40%から胎児性アルコール症候群Fetal Alcohol Syndrome: FASが出生する。わが国では第一例を高島らが報告(1978)した。胎児性アルコール症候群(FAS)とその不全型の胎児性アルコール効果(Fetal Alcohol Effects : FAE)は、アルコール(エタノール)の直接作用が主な原因と考えられている。また、症状が表面に現われていない潜在群の存在が問題である。FASは胎児期に母体の飲酒によりアルコールに被曝し、三主徴としての顔面異常・中枢神経機能障害・発育遅延がある。Rosettの診断基準1){1.出生前および/または出生後の発育不全(体重・身長・頭囲・のうち一つ以上が10パーセンタイル未満)。2.中枢神経系の障害(神経学的異常の徴候・発育遅延・知能障害のうち一つ)。3.特徴的な顔面の異常(小頭症・小眼球症および/または短眼裂・人中の発育不全および上口唇および平低化した上顎のうち少なくとも二つ)。以上の1・2・3のうち三つがそろったときはFASそろわないときはFAEの疑いあり。} がある。Streissguth(2000)はFASD(Fetal Alcohol Spectrum Disorder)という概念(胎児期のアルコール曝露によって出生後の児に異常が連続的に生じている)を提唱している。

FASの出生頻度は、本邦で30年前は千件の分娩について一人であったと思われる。現今では、その十分の一以下になっているであろう。地域の生活状況によっては、しかし、この頻度もかなり異なると考えられる。

妊娠8週までの胎児は胎芽(たいが)とも云うが、この胎芽期の奇形成立臨界期では、特にアルコールの胎児毒性が及ぶ時期・器官別の問題がある。アルコールに対する感受性は、器官全体として或いは一つの器官についても個体差がある。睡眠薬サリドマイドは、胎芽期内の一時期(最終月経開始日から34日目~50日目)に妊婦が服用したときに先天異常児が生まれることが知られている。しかしアルコールは妊娠の如何なる時期でも影響は胎児に及ぶ。即ち、胎児毒性は、胎芽期を含む妊娠初期では主に胎児器官の発生に関わり、妊娠中期以後では胎児発育に関する。FAS(FAE)は、胎芽病であり且つ胎児病である。胎児性アルコール症候群は突出的に存在するものではなく、いわば氷山の一角であり、水面下には膨大な問題がかくれている。

即ち、{妊婦の飲酒では、アルコールによる致命的な障害を受けた胎芽(胎児)は自然淘汰的に流産する。しかし障害の程度が低くて致命的にまでは至らない胎芽(胎児)が、逆に、アルコールの抗流産作用によって子宮内にとどまり成長が継続するが、その間、妊婦が飲酒を続ければ、胎児全体の発育は阻害される。こうして出生した児について、顕在する先天異常(胎児性アルコール症候群)を有する場合と、潜在的になんらかの障害を種々の程度に有するが異常を見いだし得ぬ者に分けることが出来る}。

Ⅲ 胎児治療

アルコールに被曝した胎児について、超音波断層法をはじめとする検査技術や器械の進歩を踏まえて胎内治療の展望はあるが2)、今日未だ実現に至らない。出生後は、先天異常児の適切な保育が行なわれる。児について、胎児性アルコール症候群スクリーニングテスト(Fetal Alcohol Syndrome Screening test: FAST)3)(表1)によってスクリーニング出来る。但しこのFASTは、妊娠中に人工妊娠中絶をするためのものではなくて、あくまでも胎児や新生児の異常に備えるためのものである。飲酒する妊婦が分娩時に産科手術を必要とするケースが多いので4)、分娩に備えて器械等を準備しておく場合や、出生後にも、このFASTを参考にすることが出来る。また、妊婦のアルコール問題スクリーニングチャート5)(図)は、FASTと久里浜式アルコール症スクリーニングテスト(KAST)6)(表2)を組み合わせたものであり、妊娠・分娩の際に用いる。

この妊婦のアルコール問題スクリーニングチャート5)で、妊婦の飲酒者にはアルコール依存症が含まれるがアルコール依存症の診断基準(DSM-Ⅳ)は次のようになる(樋口の表7)から一部引用)。{同じ12カ月間に以下の7項目のうち3項目以上を経験―― 1.耐性の証拠 2.離脱症状 3.飲酒コントロールの喪失 4.飲酒コントロールの欲求または力の失敗 5.飲酒行動に時間がかかる 6.飲酒中心の生活 7.負の強化への抵抗}。

アルコール依存症に至るには、おおむね例えば次のようなコースを辿る。{初飲酒→→機会飲酒→→習慣飲酒→→酒のレパートリー拡大(酒の種類を問わない、どんな酒でも飲みたい)→→探索行動(酒を隠しておいても探して飲んでしまう)→→酒に強くなる→→離脱症状繰り返し→→離脱症状を避けるために飲む→→酒を渇望するようになる→→飲み方の異常(連続飲酒)}


表1


表2



参考文献:

1) Rosett, L. : A clinical perspective of the fetal alcohol syndrome. Alcoholism., 4: 119, 1980.
2) 新美洋一 : 胎児性アルコール症候群胎内治療――その試みの現状――アルコール医療研究、7:45,1990.
3) 新美洋一、松村太郎、他 : 妊産婦問診による胎児および新生児のFASスクリーニングテスト(FAST)、アルコール医療研究、6:207,1989.
4) 新美洋一 : アルコール嗜好婦人の分娩に関する統計的考察、産科と婦人科、42:9,1975.
5) 新美洋一 : 妊婦と飲酒、産婦人科治療、68:773,1994.
6) Saito, S., Ikegami, N. KAST (Kurihama Alcoholism Screening Test) and its Applications. Japan J. Stud. Alcohol., 13:229, 1978.
7) 樋口進:アルコール依存症概論、別冊日本臨牀、精神医学症候群Ⅲ、日本臨牀社、405, 2003.

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