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中国で開催された「子どもとメディアのシンポジウム」に参加して

2019年6月末に中国・重慶で行われた子どもとメディアのシンポジウムに参加する機会を頂きました。

発表内容

「園生活の保護者の振り返り支援を目的としたデジタルストーリーテリング・ワークショップの開発と評価」[1]についての報告と、園田学園女子大学・堀田博史先生率いる科研:基盤研究(B)[2]の紹介を行いました。

前者の研究は、保護者が子どもの成長や学びについて深く考えるために、デジタルストーリーテリング・ワークショップを開発し、効果を分析したものです。具体的には、「iアルバム」導入園を対象に実践しました。「iアルバム」は、幼稚園と家庭が連携するために開発されたシステムで、写真とともにクラスや個人の情報を共有できる機能があり、園の先生が日々の写真を撮りためています[3]。それらの写真を用い、保護者と子どもが映像制作アプリ[4]を使って、子どもの成長を動画にまとめたデジタルストーリーテリング作品の制作を行うワークショップを開発しました。

デジタルストーリーテリング・ワークショップは2時間で構成し、子どもの成長や学びについて深く考えていく仕掛けとして、ワークシートを準備しました。ワークシートの項目は「園での経験と幼児の成長に関する調査」(ベネッセ教育総合研究所 2016)の調査項目をもとに作成しました[5]。自身で記入後、参加者で共有、互いにコメントする活動を経て、制作に入ります。最後は参加親子全員で全てのデジタルストーリーテリング作品の鑑賞を行いました。事前事後の質問紙への回答の結果、デジタルストーリーテリング・ワークショップを通して、保護者が自身の成長を実感するとともに、子どもと親の成長が園での経験とどのように関連しているかへの意識に繋がり、園の先生の言葉かけや配慮を再評価している様子がわかりました。その後、デジタルストーリーテリング作品を園の先生たちにも見て頂き、インタビューを行いました。普段保護者が園での生活をどのように考えているのか聞く機会が少ないことから、どの先生も、自分が撮影した写真をデジタルストーリーテリング作品へ仕上げてもらえることに喜びを感じている旨のコメントを得ることができました。また、保護者の写真の選定やコメントから、「園を通して子どもを共に育てる」という気持ちが保護者との間で合致していると受け止めることができたとのことでした。

中国のシンポジウムにおける発表では、デジタルストーリーテリング作品を3つ(年少・年中・年長それぞれ1つ)上映致しました。参加者の皆さんがたちまち笑顔になり、子どもの成長を微笑ましく思う気持ちは、万国共通だと感じました。

また堀田科研については、現在行われている下記6つのプロジェクトを紹介させて頂きました。

<調査1>全国に散在する保育でのタブレット端末活用事例の収集と評価

<開発1>家庭でのタブレット端末活用指針作成のためのワークショップの開発

<開発2>保育活動の可視化を実現する:AI関連技術を用いたロボットの設置・園内限定ネットーワークによる情報共有

<開発3>発達障害のある幼児のタブレット端末活用ハンドブックの開発

<開発4>非認知的能力の育成を促すタブレット端末活用法の提案

<開発5>保育者養成課程での保育でのタブレット端末活用教材の開発

質疑応答からディスカッションへ

幼稚園で撮影した写真を用い、保護者の振り返りを支援する活動がとても新鮮だったようで、質疑応答の時間では、大変ありがたいことに、会場からは多くの質問が寄せられ、皆さんが活発な議論をして下さいました。印象に残った4つの興味深いコメントを紹介します。

まず1つ目は、「ナレーションにもっと工夫が必要なのではないか?」というものです。

このコメントには日本と中国の文化の違いが背景にあると考えています。これまで日本で行った他の実践でも、保護者が自分の気持ちを前面に出し、言葉として表現するのに時間がかかりました。本ワークショップは、デジタルストーリーテリング制作に向けて、個人で考え、皆で共有し、気持ちを言葉として産出する時間を45分設けました。恐らく中国の方であれば、スタート時点からナレーションが溢れ、沢山の言葉から整理構成するという段取りになるのかもしれません。

2つ目は、「デジタルストーリーテリング作品を評価するルーブリックの項目[6]にあるような子どもの成長についての視点は、本来常に親がもっていなくてはいけないものではないか?」というものです。

日本の保育観では、基準で子どもを評価・アセスメントするより、その子なりの良さ、成長に着目し、認めていく傾向にあり、親にも同様の視点を求めます。ただし、親がデジタルストーリーテリングルーブリックでの評価視点をもつことが、その子の特徴を把握することに繋がるとも考えます。今後は、チェック表で点数を付けるというのではなく親が子どもの成長を確認できるような活動方法を検討しても良いのではないかと考えました。

3つ目は、「保育者が記録を残すのではなく、保護者が記録するのはなぜか?」というものです。

親が保育に関して記録を残すという本研究の意味を改めて考えさせられました。以前行った保護者へのインタビュー調査からは、多くの保護者が「先生と保護者が対等な立場であると考えたことはない」というように、子どもと同様、「先生から教わる」ものとして関係を受け止めていました。一方、OECD(2012)は、保育の質を高める上での重要な政策課題の1つとして、「家族や地域の参画」を挙げており[7]、Keyserは親を保育者のパートナーと位置づけることで、親の力を保育の質の改善に役立てる可能性があることを指摘しています[8]。そこで、保護者が園と連携するパートナーとしての意識をもつためには、園における子どもの成長や学びを促す活動の意義について深く考え、保護者自身が子育ての担い手として成長していくことが必要と考え、本ワークショップをデザインしたことを質問者に伝えました。

最後に、「ワークショップは1年を振り返るのではなく、定期的に行わないのか?」という質問もありました。

今回のワークショップは初めての試みで、年度末に1年を振り返るというものでした。保護者の事後アンケートからも、もっと頻繁に行いたいとの回答が多く、保育者インタビューからも、「保育のテーマ毎に振り返るとよいのでは」との意見を頂いていたので、是非検討したいと思いました。

中国のパワー

質疑応答・ディスカッションを経て、中国の学会参加者の皆さんのパワフルさから元気を頂きました。そして、文化差があるものの、子どものより良い育ちを考えたいという気持ちは共通なのだということが伝わってきました。特にデジタルメディア利用については、中国でも慎重な態度が示されており、子どもを中心とした保育、研究が行われているのだと実感しました。

その他、束の間の重慶市内見学からは、古い歴史と最先端のテクノロジーが共存し、多くの人が行き交う姿が感じ取られ、中国のエネルギーの凄さに圧倒されました。 今後ますます進化・進展する中国の研究者と情報共有ができた本機会は、とても素晴らしい体験となりました。今後もお互いの良い点を取り入れ合えるよう、関係を継続していきたいと強く思いました。


参考文献

  • [1]佐藤朝美, 松河秀哉, 椿本弥生, 荒木淳子, 中村恵, 松山由美子, 堀田博史(2019),「園生活の保護者の振り返り支援を目的としたデジタルストーリーテリング・ワークショップの開発と評価.」日本教育工学会論文誌,Vol.43, Suppl.号.
    DOI<https://doi.org/10.15077/jjet.S43039
  • [2]「黎明期を迎える幼児教育でのタブレット端末活用に関する研究」(基盤研究(B)・2018年度~2020年度)
    https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-18H01064/
  • [3]松河秀哉, 今井亜湖 (2002)インターネットを用いた幼稚園と家庭の連携システムの開発と評価. 日本教育工学雑誌 26(1), pp.45-53.
  • [4] FilmStory
    http://filmstory.jp/
  • [5]ベネッセ教育総合研究所(2016)園での経験と幼児の成長に関する調査
    https://berd.benesse.jp/jisedai/research/detail1.php?id=4940(2018.02.14参照)
  • [6]DOGAN, B. (2009) Educational Uses of Digital Storytelling : The Challenges of Designing an Online Digital Storytelling Contest for K-12 Students and Teachers. In G. Siemens & C. Fulford (Eds.), Proceedings of World Conference on Educational Multimedia, Hypermedia and Telecommunications 2009, pp. 3879-3884
  • [7]OECD (2012) Starting Strong III - A Quality Toolbox for Early Childhood Education and Care.
  • [8]KEYSER, J. (2017) From Parents to Partners: Building a Family-Centered Early Childhood Program. Second Edition. Redleaf Press.
筆者プロフィール
sato_tomomi.jpg 佐藤 朝美(さとう・ともみ)

愛知淑徳大学人間情報学部准教授。東京大学大学院学際情報学府博士課程、情報学環助教、東海学院大学子ども発達学科を経て現職。教育工学、幼児教育、家族内コミュニケーション、学習環境デザインに関わる研究に従事。日本子ども学会(理事)。オンラインコミュニティ「親子de物語」で第5回、「未来の君に贈るビデオレター作成ワークショップ」で第8回、「家族対話を促すファミリー・ポートフォリオ」で第11回キッズデザイン賞を受賞。
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