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「アクティブ脳」を知り・活かす 脳認知科学プロジェクトの紹介 ― "Active Learning on Brain"プロジェクト ―

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日本で始まった教育改革の中核をなすアクティブ・ラーニング(Active Learning; 以下ALと略)の正しい普及の為に、我々は、ALの諸特性や現象を一貫して説明できる学習理論を脳認知科学の視点から構築することを目指す研究プロジェクト(科研費:挑戦的研究(開拓))を発足させました。人間固有の学びであるアクティブ・ラーニング(AL)を教育の場でも活性化させることを目標としています。そのため、主体的・能動的に生涯にわたり学び・成長する人間を支えている「アクティブ脳」の脳認知科学的な解明に挑戦し、今までの教育で抑制されがちであった「アクティブ脳」の特性を正しく知り、活性化し、活かすことを提案しています。

教育は、「子どもたちがワクワクと学び・成長することを楽しみながら、自立した行為者(アクティブ・ラーナー)に育てる『学びの場』の活動」と位置づけられます。「アクティブ脳」は「幸福の心理学(Positive Psychology)」とも深く関係しています。自立した行為者は、高齢になっても日常生活・社会生活をイキイキと充実させて楽しむことができ、生活の質(QoL: Quality of Life)を高められるという「生涯学習」への挑戦も、本プロジェクトの隠れた目標となっています。

以上のように、本プロジェクトでは、人間本来の学びの能力を活かし・活性化させることを目指し、今までの学習や教育研究とはひと味違う「脳科学と教育の架け橋研究」を狙っています。アクティブ・ラーニング(AL)が起きる時、脳の中では何が起きているのかを我々は脳イメージングで研究しました。

人は行為(意欲と意図をもった行動)から学ぶ

ALの「主体的・能動的な学び」を解明するため、我々は、人間固有の「行為(=意欲・意図をもった行動)」に注目します。行為において意図目標を達成した時、人間に特徴的な「経験の記憶」形成(「行為の学習と記憶」と命名)します。これは、分からなかった・できなかったことが「分かった」「納得した」「できるようになった」時に起こる構成学習(Constructive Learning)であり、ALで注目される学習・記憶の諸特性(頑強性、柔軟性、応用力等)を全て備えています。
まさに、「行為」が人間固有の学びの秘密を担う原動力だったのです!

行為に注目することで、教育を「学びの行為者」と「教えの行為者」という人と人との繋がりの上に成り立つ協働作業として議論することができます。そこでの相互作業は「意図をもったコミュニケーション」を介しお互いの行為に影響を与え、「学びの行為」を通して生徒は学びます。
デューイ注1以来、教育改革のターゲットとされてきた「経験の記憶」は、生徒の「学びの行為を通した経験の記憶」と位置付けることで、先生の役割の重要性や、教育の位置づけも明確になります。 生徒一人一人が人格と個性をもち、主体的に学ばなくてはならない理由も、行為は行為者が主体的に行うものだからという必然性があります。さらに、行為による経験の記憶は、次にくる学習の質と内容を変え(=構成学習)、「行為者」を成長させます。成長する行為者を、構成的・形成的に自己の能力を育てることのできるActive Learner、自立し自ら変容できる行為者(TransFormer)へと成長させることがALの理想であり目標です。

アクティブ・ラーニング(AL)の脳科学

行為は、思考などの認知的機能だけでなく、記憶、意欲、感情、運動、体制感覚、感性など非認知的機能、社会情緒的スキルをも同時に必要とします。今までの教育と学習は、論理的思考を担う側前頭前皮質(Lateral Pre-Frontal Cortex[LPFC])の機能だけに焦点を当てる傾向がありましたが、行為をとおして実現されるアクティブ・ラーニング(AL)は、図1のように脳全体を使って実現されます。行為は、脳の前部にある外界への働きかけに関する機能(運動、思考)、脳後部の外界からの感覚受容に関する機能、脳の中央・深部の記憶に関する機能、意欲、感情、自己形成スキルや社会情緒的スキルを必要に応じフル動員し、その結果としてALの強い記憶を残せるのです。

report_02_264_01.jpg 図1 行為とALは、脳全体を使って実現されている。


アハ! 感動を伴う構成学習

今までの教育心理学や心理学では、構成学習の学習理論が未だ確立されていません。ここで、ALの核心である「構成学習」の脳科学研究を紹介します。
「知りたいと興味をもった問題」の答えが分かった時、我々は、アハ! 分かった! と思わず感動を感じると共に、その解法と答えを覚えてしまいます。それは、いつ、どのような状況で、どのように感じたかなど多くの記憶を伴っています。
このような学習・記憶現象を解明するため、なぞなぞ課題を用いた「インサイトフル問題解決」注2の脳イメージング研究を行いました。図2は、なぞなぞの解が理解できたときに、アハ! 感動を伴って活動した脳領域をまとめたものです。

report_02_264_02.jpg 図2 アハ! 感動を伴った「構成学習」が起きた時に有意に活動する脳領域


構成学習が起きた時、海馬の巨大棘シナプス注3が形成され、数ヶ月以上維持されることがラットの実験からわかっています。人間の場合、生涯忘れない記憶が残るとも言われています。我々は、この巨大棘シナプスが、成功行為に寄与した大脳皮質との機能的結合の情報をバインディング記憶注4すると解釈しています。このような記憶を想起する時、ほぼ同じ大脳皮質活動を再現することで、体験のビビッドな想起が可能になります。

ALを担う「アクティブ脳」

ALを担う「アクティブ脳」の構造と機能を図3に示します。構成学習を担うALコア脳回路(AL-Core Net)(図2参照)は、デフォルト・モード・ネットワーク注5 (Default Mode Net [DMN])に属し、「記憶中枢」である海馬、「感情中枢」である扁桃体、「認知的切り替えや対人認知」を担う前帯状皮質(Anterior Cingulate Cortex[ACC])、「こころの理論」を担う側頭頭頂接合部(Temporo-Parietal Junction [TPJ])等から構成され、ALで重要な「記憶」「Playful・ポジティブ感情」「意欲」「自己形成」等を実現しています。さらに、ALコア脳回路(AL-Core Net)は隣接する前頭葉-頭頂葉回路(PFC-Parietal Net)注6、 注意の脳回路(Attention Net)注7、顕著性脳回路(Salient Net)と連携動作し、ALで重要な「目標指向意欲」や「自己調整学習」を実現します。また、論理的思考と直感的な判断(ヒューリステック判断)を担う側前頭前皮質(LPFC)は、問題解決に必要な情報が不十分な場合、ALコア脳回路(AL-Core Net)に属しワーキング・メモリを担う頭頂葉(Parietal)を経由し、経験の記憶等を含む長期記憶にアクセスし、深い学びを引き起こします。

report_02_264_03.jpg 図3 アクティブ脳の構造


脳認知科学からのアクティブ・ラーニング(AL)への示唆

アクティブ・ラーニング(AL)を支える「アクテイブ脳」の働きを脳認知科学的に探ると、現在の伝授型教育の問題点や、ALを活発化するのに必要な条件等が見えてきます。いくつか紹介しておきます。

  • 構成学習は、ポジティブ感情で促進されます。
  • 内側前頭前皮質(medial Prefrontal Cortex[mPFC])がポジティブ感情や社会情緒的スキル、社会的感情評価に関わり、その結果は扁桃体を経由し感情表現されます。
  • 強いネガティブ感情は、構成学習を阻害します。
  • 意欲は、アクティブ・ラーニング(AL)のエネルギー。価値駆動意欲、目標達成型意欲へと学習・発達させるのもAL教育の目標となるべきです。
  • 単に外部から与えられた情報を処理するだけの サーフェス・ラーニング(Surface Learning)状態では、前頭葉-頭頂葉ネットワーク(PFC-Parietal Net)はデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)を抑制します。このため、構成学習は起こりません。
  • 脳は、意図を実現させるように情報処理を調整します。従って、学習では「学びの意図」を明確に持つ必要があります。

生徒は、意欲と意図をもった「学びの行為」の能力を生まれながらにもっています。しかし、従来の教育では、「アクティブ脳」の脳科学が示唆する感情や意欲、社会情緒的スキルなどの重要性が軽視されていたようにみえます。その芽を正しく伸ばすAL教育であれば、「学びの意欲」「学びの意図」、さらに成長マインドセット、情熱と努力(grit)など、社会情緒的スキルを十数年に渡る教育期間中に段階的に強化させることができるでしょう。

皆が教育から恩恵をうけ、人間本来の学びの力を獲得する為には、学びと教えの総合的な教育のリデザインが必要です。つまりALに関する脳科学から得たエビデンスに基づき、人間固有の「行為」の能力を正しく学習・発達させることを目指して、学びと教え、教育の再構成をめざす努力が必要であり、このような情報を皆様と共有するために、本稿の執筆に至りました。



*本稿の研究は、科研費:挑戦的研究(開発)18H05318で遂行している。また、本稿は、子ども学会議ポスター発表(仁木和久、緩利誠、内海緒香、岩野孝之、冨士原紀絵、榊原洋一、2018)、日本教育心理学会総会企画シンポジウム(仁木和久、緩利誠、内海緒香、冨士原紀絵、2019)原稿に基づいて作成した。




  • 注1. デューイは、プラグマティズム哲学者であり機能主義心理学者、経験主義教育改革の実践者。生徒の自発的な成長と社会・生活課題とを調査させる教育論を「実験教室」で実践し、教育分野に大きな影響を与えた。理念的には素晴らしい試みであったが、多少の成功と、多くの「這いずりまわる経験学習」の失敗があった。問題があるとすると、生徒の「学びと成長」に本当の意味での焦点が当たっていなかったことを指摘したい。本論で示すアクティブ脳のことをデューイが知っていたら、生徒の意欲と学びの意図目標を重視し、単に「経験」といわずに「学びの行為」と「教えの行為」の相互作業の中に「学びの状況Zone」と生徒の「学びと成長」を見出していたに違いない。
  • 注2. Jing Luo and (CA) Kazuhisa Niki: Function of Hippocampus in "Insight" of Problem Solving, Hippocampus 13:3, pp.274-281 (2003), Luo Jing, (CA) Kazuhisa Niki, Steven Phillips, Neural correlates of the "Aha! Reaction", Neuro Report Vol.15, No.13, pp.2013-2017(2004)
  • 注3. 神経軸索を伝達した信号はシナプスを経由して神経樹状突起の棘(Spine)に伝えるが、近年、樹状突起棘とシナプスとの結合が成長したり消滅する現象が観測可能になった。特に、海馬での記憶の形成と共に、巨大な「棘とシナプス群」が形成され、1か月以上も維持されることが2光子顕微鏡で観察可能になり、海馬で形成される記憶が長期記憶であることが確認された。
  • 注4. 棘シナプスの形成は、1回の体験が強い経験の記憶を残すことと同時に、その体験時の脳活動の状態をシナプス入力源として「バインディング記憶」を説明する。この記憶機構のため、その想起により、再体験が可能になる。
  • 注5. デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)は、睡眠時や安静時にも常に活動しており、脳の代謝エネルギーの70%以上を消費している。直ぐに解ける認知的タスクを与えると、たとえば視覚野や前頭葉がタスク処理のため活動しますが、同時にDMNの活動が抑制されます。この為、DMNは長くの間、役に立たない脳部位と考えられていましたが、我々の研究が示すように、解が明確でない問題に挑戦したり、自分から問題を提起する時に、記憶を想起し、記憶を形成し、再構成する重要な脳部位であることが分かってきました。いつ、どこで記憶したかの「見当識」もDMNが担います。さらに、自己に関する記憶とスキーマもここで作られます。このように、DMNは、行為をとおして経験の記憶をつくり、その集積として行為者の自己の記憶や自己スキーマを形成することにより、自立した行為者として成長することを支える重要な役割を果たしています
  • 注6. 前頭葉-頭頂葉回路は、LPFCと頭頂葉が連携した脳ネットワークで、ワーキングメモリ(WM)の機能を実現しています。即ち、ヒューリステックや論理的思考の実行機能をLPFCが担い、WMの黒板機能を頭頂葉が担います。頭頂葉の黒板機能は、トップダウン注意とボトムアップ注意の機能がついたアクティブな黒板で、足りない情報をDMN等の長期記憶にアクセスすることで拡張でき、結果として新しい記憶を形成するALを引き起こすことができます。しかし、この回路とDMNとの関係も、一般に抑制関係にあり、特に、生徒の学習を強いる伝統的伝授授業では、ALが起こりにくくなります。ALを起こすために、教室がポジティブな感情に満ちた学びの場であり、さらに、生徒が意欲と学びの意図目標をもち「学びの行為」を自ら行うことが重要になります。
  • 注7. 注意の脳回路は、トップダウン注意を制御する脳回路です。前頭葉と協調動作し、前頭葉と頭頂葉のWMの働きを制御します。
筆者プロフィール
niki_kazuhisa.jpg 仁木 和久(にき・かずひさ)

昭和49年東京大学工学部卒、平成22年東京大学論文博士(工学)取得。昭和49年、工業技術院電子技術総合研究所(現、国立研究開発法人・産業技術総合研究所)に入所。バイオニクス、人工神経回路モデル研究、認知科学研究に従事し、米国CMU訪問研究員、認知科学研究室室長などを歴任し、現在、産総研・人間情報研究部門客員研究員、お茶の水女子大学・人間発達教育科学研究所客員研究員。2000年以降、脳イメージング研究に従事し、人間固有の学習と記憶の解明を目指す脳認知科学研究に注力し、JST戦略的創造研究プロジェクト「脳科学と教育」に従事し、現在、科研費:挑戦的研究(開発)で「アクティブ・ラーニングの脳認知科学アプローチによる解明」に取り組み、教育現場での役立つ指針やAL学習理論の確立を目指している。
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