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保育におけるプログラミング的思考の基礎を育てるための保育実践

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はじめに:保育におけるプログラミング教育の位置づけ

幼稚園教育要領(文部科学省 2017)や幼児期の終わりまでに育って欲しい姿(文部科学省 2016)には、プログラミング的思考の基礎になる技能を育むための要素が散見される。具体的に、前者では「具体的な活動の中で、比べる、関連付ける、総合するといった、思考の過程を示すなど、思考力の芽生えを育む」、後者では「保育活動をとおして、思考力のめばえ、数量・図形、文字等への関心・感覚、豊かな感性と表現」といった技能であり、これらが目標として設定されている。ところが目標のなかに、プログラミング的思考の基礎を育むための要素が散見されるにもかかわらず、その具体的な手立てや方法は示されていない。思考のめばえを育む保育方法の1つとして、「プログラミング的思考」の基礎を育む保育を確立することは、幼稚園教育要領や幼児期の終わりまでに育って欲しい姿に対応するうえでも重要だと考える。

保育におけるプログラミング教育の現状

上述したように、幼稚園教育要領にプログラミング的思考という記述がされていないため、そもそもどういった技能を育むものなのか、どのような保育実践をするのかが想定されていない。また本研究を始めた2018年度初旬において、保育を対象とした先行事例や研究も十分になかった。 そこで著者らは、保育の中のプログラミング的思考とは、そもそもどういった技能を育むものなのか(野口、堀田 2018a)、そういった技能はどのように評価するのか(野口、堀田 2018b、野口、堀田、松 2018)を研究してきた。本稿では、これらの成果をまとめたうえで、保育においてプログラミング教育を行なった成果を報告する。なお以下では、一般的なプログラミング的思考と保育の中のプログラミング的思考を区別するために、保育の中のプログラミング的思考を「プログラミング的思考の基礎」と呼称したい。

プログラミング的思考の基礎に関わる技能

表1は、プログラミング的思考の基礎に関わる4技能を定義したものである(野口、堀田 2018a)。

表1 保育におけるプログラミング的思考の基礎に関わる技能

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これらの技能は、1)小学校のプログラミング的思考の定義(文部科学省 2017)、2)山崎ほか(2017)や大森ほか(2017)による高校や中学校の情報教育のカリキュラムから逆算した保育におけるプログラミング活動の定義、3)太田ほか(2016)による英国・オーストラリア・米国のプログラミング教育のカリキュラム、において共通するものである。

①計画する技能は、指示された目標を達成するために、目標を理解したうえで計画することを指す。
②組み合わせる技能は、目標を達成するために、もの(記号・動き)の順序を組み合わせることを指す。
③評価する技能は、より意図した目標・活動に近づけるために、組み合わせの試行・工夫をすることを指す。
④比べる技能は、指示された目標と実際のものを比較し、改善点を見出すことを指す。

一方で、プログラミング的思考の基礎に関わる4技能を設定したものの、これだけでは幼児の成長をとらえることができない。なぜなら技能を定義しただけで、具体的に幼児がどのようなことができるようになったのか、なにができないのかを評価できないからである。ここでいう評価は、幼児を他の幼児と比較して優劣をつけるものではなく、幼児の姿がどのように変容したかをとらえるものであり(文部科学省 2010)、教師の関わり方や環境が適切なのか検討するためのものである。そうした幼児の姿を捉える方法の1つに、ルーブリックを利用して、パフォーマンスを評価する方法がある。ルーブリックとは、成功の度合いを示す数段階程度の尺度と、尺度に示されたレベルに対応するパフォーマンスの特徴を記した評価基準である(西岡、田中 2009)。

プログラミング的思考の基礎に関わる4技能を評価するためのルーブリックの開発

4技能を評価するためのルーブリックを開発することにした。著者は、2018年4月初旬に、4技能の成長を評価するためのルーブリックを開発するためにワークショップを開催した。ワークショップの参加者は、兵庫県にある園田学園附属学が丘幼稚園の教師7名である。この幼稚園は、2018年度から幼児にプログラミング的思考の基礎をつくることを目標の1つとして設定しており、プログラミング的思考の基礎を検討することに積極的である。

ワークショップでは、「4技能を活用する課題を遂行するために、どのようなことができる必要があるのか」、「どのような水準で幼児が、達成できる必要があるのか」といった2つの意見を抽出するために、3つの手順で意見を出してもらった。

1.技能の抽出:教師に対して、「プログラミング的思考の基礎をつくる保育をとおして、幼児が身につけるべき技能はなにか」という質問をし、その解答を思いつく限り、自由に付箋に書いてもらった。なお幼児には、満3歳から満5歳の年齢の幼児がおり、教師がイメージする年齢によって、抽出する意見に差が生まれることが考えられる。そのため教師には、年長組の幼児を想定するように伝えた。

2.技能の整理:自由に解答した意見について、ワークショップに参加した7名の教師を2グループに分けて(3名、4名)、出した意見を共有してもらった。このとき十分に話し合ってもらい、類似した意見を統合し、整理してもらった。

3.成功の度合いの設定:整理した意見ごとに、年長組の幼児を想定してもらった上で、「よくできる、できる、できない」の3段階の評価の到達水準を考えてもらった。

上記の3つの手順のあとに、著者が2グループの意見を整理し、その結果を共著者・堀田と共有し、元の意味と大きく離れたものになっていないか、表現の了解性について確認し、修正した(野口、堀田 2018b)。たとえば類似した意見の統合として、計画する技能であれば、「思い出すことができる」、「考えることができる」、「見通しを立てることができる」を統合して、「与えられた材料をもとに、手順や方法の見通しを立てることができる」という技能を設定した。また、他の基準や成功段階も同じ手順で統合し、作成した。さらにワークショップに参加した教師には、統廃合した基準および成功の度合いが、出した意見と齟齬がないことを確認してもらい加筆修正した。その結果、教師から34種類(計画する:11、組み合わせる:8、評価する:6、比べる:9)のルーブリック項目および成功の度合いの3段階が抽出できた(表2 野口、堀田 2018b)。

表2 プログラミング的思考の基礎をつくる保育方法の評価ルーブリック

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(1)計画する技能

「計画する」技能に関する基準は、「人の話を聞いて、指示や目標を理解することができる」、「与えられた材料をもとに、手順や方法の見通しを立てることができる」、「友だちと協力して取り組むことができる」である。たとえば、「遠足時に撮影した写真の一覧から楽しかった場面を保護者に紹介する」という課題を与えた場合、幼児がその目標を理解したか評価することになるだろう。したがって、幼児が目標を理解したうえで計画をしているかは、話し合っている様子を見なければ判断できない。そのため教師の考えた基準には、幼児に目標を理解させること、見通しを立てさせることだけではなく、友だちと協力して取り組ませることが含められた。

(2)組み合わせる技能

「組み合わせる」技能に関する基準は、「ルールや順序を理解し、守ることができる」、「表現することができる」、「人のしていることが理解できる」である。幼児がプログラミングを目的とした知育玩具であるProgrammable toy(たとえば、Bee-botやコード・A・ピラーなど)を利用するときは、目標を達成するために、部品(Bee-botでは前進・後退・左右の回転などの書かれたボタン、コード・A・ピラーでは前進・後退・左右の回転などの記号のついた節)を組み合わせることになるだろう。そのときルールとして、記号に対応する動作が分かったり、自分なりに記号を組み合わせて表現したりすることになる。また、グループで取り組むときには、他の人の動きを見て、次の実行に移すことが求められる。そのため組み合わせる技能のなかに、人のしていることが理解できるという項目が設定された。

(3)評価する技能

「評価する」技能に関する基準は、「繰り返して、やることができる」、「違いや問題点を見つけることができる」、「人と一緒に順番を考えることができる」である。取り組んだ活動に対する評価である。活動を見直すためには、自分がどのようなことに取り組んだのか、正しく認識できる必要があるだろう。また問題がある部分について、グループで意見を出し合い、問題点を整理する必要がある。幼児を評価するためには、幼児どうしが話し合っている様子を確認しなければならないため、人と一緒に順番を考えることができるという基準が含められた。

(4)比べる技能

「比べる」技能に関する基準は、「活動を振り返ることができる」、「最初の指示や目標をもとに、活動を反省できる」、「友だちとやり方を比べることができる」である。これらは、はじめに示された目標と取り組んだことを比べる基準である。より良いものに改善するには、幼児が取り組んだ活動の課題に気づく必要がある。そのため自らが取り組んだ活動を想起すること、他の幼児と比べること、はじめの目標と比べることが必要である。

4技能を育むための保育実践

つぎに著者らは、「プログラミング的思考の基礎」を育むことを目的とした保育実践に取り組み、幼児の成長をルーブリックで評価することにした。調査協力園は、前述の兵庫県内の幼稚園である。保育実施は、2018年度の5月から2月にかけてであり、2クラスで実施した。各クラスともに、5名から6名で1つの班を作っており、6つの班に分かれている。

本研究では、班ごとに実施するため、他の幼児がどのように組み合わせたのか視認しやすい点、さらにまた幼児が感覚的に扱うことができる点から、コード・A・ピラー(以下、CAP)というProgrammable toyを利用することにした。CAPは、アオムシ型の知育玩具であり、体の節を組み替えることで動作をプログラムできる。体の節は、4種類(直進×3、右に曲がる×2、左に曲がる×2、音を鳴らす×1)の計8個が付属している。それらの節の組み合わせによって、前に進んだり、左右に曲がりながら進んだり、音を鳴らしたりする。なおProgrammable toyを利用することは、山崎ら(2017)・大森ら(2017)が幼稚園段階のプログラミングの事例として述べる「道具や教材としてのコンテンツ、ロボットの活用」という提案と相違ない。

保育実践は、5月から6月の初期、9月から10月の中期、12月から2月の後期で、保育内容の難易度をあげて実施した。

初期のCAPを用いた保育活動では、著者が設定した目標を達成するCAPを組み立てる課題を与えた(図1)。このとき幼児が節をつなげる順序、制作したものと指示された動きを比べられる手立てとして、CAPの節に対応する道を利用させた。このCAPの節に対応する道は、著者がCAPの節に対応する可動範囲に合わせて画用紙で作ったものである。幼児は、班のメンバーと相談しながら、CAPを組み立て、実際にCAPを動かして、1つ1つの動作が達成されているかを確認し、計画したとおりにできていない部分を改善していった。

中期のCAPを用いた保育活動では、初期と同様に著者が設定した目標を達成するCAPを組み立てる課題を与えた(図2)。このとき幼児に考えさせるための手立てとして、CAPの節を組み合わせる順序を検討するカードを利用させた。その後の展開は、初期と同じである。

後期のCAPを用いた保育活動では、幼児にCAPのゴールを設定させ、そこに到達するように、CAPを組み立てる課題を与えた(図3)。このとき幼児に考えさせるための手立てとして、CAPが通ってはいけない場所を設定したうえで、カードを利用させ組み立てる順序を検討させた。その後の展開は、初期および中期と同じである。

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図1 初期の保育実践   図2 中期の保育実践   図3 後期の保育実践

保育実践がプログラミング的思考の基礎の成長に与えた影響

上記の保育実践の結果、ルーブリック得点は表3のように推移した。「プログラミング的思考の基礎」を育むための保育実践を1年間継続することで、実践時期(初期、中期、後期)による4技能の成長を一元配置分散分析で検討した。その結果、計画する技能(F(2,22)=15.01, p<.01)、組み合わせる技能(F(2,22)=27.15, p<.01)、評価する技能(F(2,22)=8.07, p<.01)、比べる技能(F(2,22)=6.72, p<.01)であり、実施時期によってルーブリック得点に有意な差があることがわかった。そこで4技能ごとに、ボンフェローニの方法を用いて多重比較を行うことで、どの実施時期間に差があったのかを分析した。

表3 プログラミング的思考の基礎に関わる4技能の成長

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多重比較の結果、以下のことがわかった。

1.「計画する」・「組み合わせる」は、後期とそれ以外の間に1%もしくは5%水準で有意差があった。保育実践の継続によって、「計画する」・「組み合わせる」技能が成長することが示唆される。

2.「評価する」は、初期と後期の間に5%水準で有意差が見られた。保育実践によって緩やかに育成することが示唆される。

3.「比べる」は、今回の保育実践では十分に育成できなかった。

今回の計画した保育では、幼児に計画を立てること、組み合わせることは十分に意識させられた。そのため「計画する」、「組み合わせる」技能に関しては、幼児の成長が見られたと考える。一方で、CAPを動かしたあと、動くことが楽しくなってしまうため、「評価する」、「比べる」技能に関して、幼児に十分に意識させられなかった。それであっても、CAPが計画した動きと違っていれば、自分たちで計画した順序を見直すため、問題のある部分を見出すことになる。そのため評価する技能は、緩やかに成長したと考えられる。また比べる技能は、今回の保育実践では班ごとに自由に活動をさせたため、はじめに立てた計画と実際のCAPの動きの相違を十分に意識させられなかった。目標と実際の動きを比べさせるために、たとえば初期の計画を記録し、CAPの動作を撮影・録画したものをもとに振り返るなどといった手立てを取り入れる必要があるだろう。

保育においてプログラミング的思考を育むことは容易ではない。本研究のような、保育実践を蓄積することで、保育におけるプログラミング活動の一助になるよう、研究を蓄積したい。

注釈:本原稿は、日本教育工学会研究報告集に掲載の「プログラミング的思考の基礎をつくる保育方法の分析」、「プログラミング的思考の基礎をつくる保育方法の評価ルーブリックの開発」、および、日本子ども学会全国大会抄録「プログラミング的思考の基礎をつくる保育方法を評価するルーブリックの分別力の分析」、および第72回日本保育学会年次大会「幼児教育でのメディア活用~エビデンスの重要性~」の一部を引用、加筆修正したものである。


    参考文献:
  • 文部科学省(2019)幼児理解に基づいた評価(平成31年3月),
    http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/youchien/07121724/1296261.htm(参照日 2019.5.31)
  • 文部科学省(2016)幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の再整理イメージ(たたき台),
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/057/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/04/19/1369745_05.pdf (参照日 2019.5.31)
  • 文部科学省(2016)小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ),
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/122/attach/1372525.htm (参照日 2019.5.31)
  • 文部科学省(2017)幼稚園教育要領, フレーベル館
  • 西岡加名恵, 田中耕治(2009)「活用する力」を育てる授業と評価 中学校―パフォーマンス課題とルーブリックの提案, 学事出版
  • 野口聡, 堀田博史(2018a)プログラミング的思考の基礎をつくる保育方法の分析, JSET18(1): pp.1-8
  • 野口聡, 堀田博史(2018b) プログラミング的思考の基礎をつくる保育方法の評価ルーブリックの開発, JSET18(2): pp.155-160
  • 野口聡, 堀田博史, 松秀樹(2018)プログラミング的思考の基礎をつくる保育方法を評価するルーブリックの分別力の分析, 日本子ども学会学術集会第15回子ども学会議プログラム・抄録集: pp.28
  • 大森康正, 磯部征尊, 上野朝大, 尾崎裕介, 山崎貞登(2017)小学校プログラミング教育の発達段階に沿った学習到達目標とカリキュラム・マネジメント. 上越教育大学研究紀要, 37(1), pp.205-215
  • 山崎貞登, 山本利一, 田口浩継, 安藤昭伸, 大谷忠, 大森康正, 磯部征尊, 上野朝大(2017)小・中・高校を一貫とした技術・情報教育の教科化に向けた構成内容と学習到達水準表の提案. 上越教育大学研究紀要, 36(2), pp.581-593
筆者プロフィール

Noguchi_Satoshi.jpg 野口 聡(のぐち・さとし)

関西大学大学院総合情報学研究科修了。現在、新島学園短期大学キャリアデザイン学科専任講師。 専門は、教育工学。とくに中学校理科を対象として、知識習得のための教授方法の開発の従事。 また、幼児教育を対象として、プログラミング的思考の素地となる思考のめばえを育むための 研究を行なっている。

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