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論文・レポート

「がんばり」か「グリット」か? 日米の小学一年生の意識

山本洋子(ブラウン大学教育学部特任助教授)

2018年10月19日掲載
English
極限状態に置かれた時、日本人は、「頑張らなくちゃ」と考え、「頑張る」ことを誓い、「頑張ろう」と互いに励まし合い、「頑張れ」と叱咤激励する。老若男女を問わず、である(P. 3 天沼, 1987)。

「がんばり(諦めず努力を続けること)」は日本社会では自明の概念である。日本では、多くの人が日常的に頻繁に「がんばれ!」「がんばる」といった言葉を使うように、努力の大切さは当然視されている。「がんばり」は、日本人学生のやる気や学習態度を理解する上で欠かせない要素であるとも言われている (天沼, 1987)。実際、幼少期から、日本の子どもたちは多方面にわたって努力すること、諦めないこと、つまりがんばり精神と習慣を育むようなしつけと教育を受けてきている (詳しくはYamamoto & Satoh刊行予定参照)。大人たちは子どもたちに、意識的あるいは無意識的に、諦めないように、またはもう少しがんばるように励ますことが多く、がんばり精神を育もうとする傾向がある。例えば、子どもたちが何かに取り組む時には、親や教師はしばしば「がんばれ!」といった言葉をかけ、諦めず最後までやり通すことを期待する。日本の教師は、子どもたちが何かをできないときにも、すぐに手助けや介入をせず、もう少し努力するのを待つ傾向にあるという。時によっては、教師たちは子どもの能力より少し上の課題を与え、子どもたちに諦めずがんばってみるように教えることもある。苦労や失敗は、学習上通過する自然な過程で、がんばり精神の形成にも必要不可欠な機会であると認識されているからだ (Yamamoto & Satoh,刊行予定)。日本の幼稚園や小学校では、マラソン大会など、がんばり精神の育成を重視した教育方法や学校行事が数々存在するが、こうした全体で行うような取り組みは米国の学校ではあまり見られない。家庭と学校での経験を通して、日本の子どもたちは努力を惜しまず物事に取り組む態度を身につけるよう期待されている。

日本の幼稚園や学校を観察した米国の学者によると、日本の保育士や教員は、子どもたちの学習成果よりも学習態度に注意を払っているという。例えば、幼稚園や小学校の教員は、できる子どもよりも、がんばった子どもを褒める傾向があり、努力が足りない子どもに対しては、もっと努力をするよう、時に厳しく指導したり批判をすることもある (Lewis, 1985; Shigaki, 1983)。日本の親や教師は、子どもの先天的な能力よりも努力が結果につながると考える傾向にある。努力を惜しまず物事を続けることができることは、子どもが大人になる前に培うべき大切な態度・人格であると考えられている。先行研究によると、日本の小学一年生は米国の生徒よりも、全体的に物事に対する持続力があるという知見が得られている (Heine et al., 2001)。また、日本の教師は、就学以前に身につけることとして、集団生活への適応能力に加え、努力することや物事に集中できることをあげるという研究結果もある(Lewis, 1995; Yamamoto & Satoh, in press)。

では、がんばり概念は、日本独特のもので、西欧社会には存在しないのだろうか?様々な文化を比較した研究では、東アジア諸国は西欧よりも努力を重んじる傾向にあることが分かっている。一般的に、西欧では生まれつきの素質、東アジアでは個人の努力が、学業の成功・不成功を決定すると考えられる傾向にあるという(Holloway, 1987; Li, 2012)。例えば、米国では、全体的に努力よりも子どもたちの生まれもった才能が結果や業績につながると考えられている。自己肯定感や自信を育むことが重視されている米国では、努力によって向上できる分野よりも、その子どものもっている強みや特技に焦点をあてる傾向がある (Dweck, 2017; Li, 2012)。心理学の実験研究では、米国の母親は子どもの得意とする部分に着目して褒めるのに対し、東アジアの母親は子どもの苦手または弱い部分に目を向け、どう向上できるか指摘するという傾向が報告されている。

ただし、近年は、米国内でも子どもの発達や学習過程で、努力や粘り強さ育成への価値が高まってきている。例えば、新たな知見として心理学分野で注目を浴びている「グリット(GRIT)」という概念は、日本のがんばり概念と共通する要素を備えているが、近年、米国の研究分野・教育現場で多大な関心を集めている。この概念を広めた心理学者ダックワースによると、「グリット」とは 「長期のゴールに向けた粘りと情熱」であり「チャレンジに向かって継続的に努力し、その過程で経験する失敗や困難に関わらず長期にわたって 努力と興味を維持すること」である(Duckworth, Peterson, Matthews, & Kelly, 2007)。日本の読者にとっては、当たり前のように聞こえるかもしれない概念であるが、長い間、アメリカ社会では、個人のIQ(知能指数)が結果や成果を決定すると考えられてきた。日本で、がんばる力が知能と関係するとは考えられないように、統計結果によると、「グリット」もまた、知能指数とは関連性がみられない。どうすれば子どもたちが「グリット」をもてるようになるかは、研究者・教育者共々まだ模索中だが、ドゥエック(2017)によると, グロース・マインドセット(能力成長観)を備えた子どもたちは、知能は努力によって変えられるものと考え、困難を自分の能力を伸ばす機会と捉え、努力を惜しまない傾向にあるという。逆に、フィックスド・マインドセット(能力固定観)を備えた子どもは、生まれもった才能や能力が結果を導くと考え、努力は能力がない人に必要なものと考える傾向にある。ここ十数年にわたって、米国の教育現場は、自己肯定感に加え、生徒たちにグリットやグロース・マインドセットを育もうと躍起になっている。しかし、ドゥエック (2017) が指摘するように、これはなかなか困難な道のりである。日本では、がんばることが長い間文化的価値として受け継がれてきたが、グリットやグロース・マインドセットは、米国の学校や教師に導入された新しい心理・教育的概念なのである。

そこで、今回は、日米の子どもたちのがんばり(努力)に関する意識に焦点を当てた。幼少期から教師や親が意識的・無意識的にがんばり精神を育もうとしている日本の子どもたちは、「がんばり」をどう捉えているのだろうか?また、米国の子どもたちも、「がんばり」のように粘りや努力に価値を置くような意識を形成しているのだろうか?努力・粘り・一生懸命・諦めないといった多様な意味が包括される「がんばり」という言葉が存在する日本の子どもは、米国の子どもよりも努力に価値を置いているのだろうか?今回の研究では、日米の小学一年生を対象に、「がんばり」にについての意見を分析した。

調査方法

今回の調査では、日米の小学一年生を対象に収集したデータを分析した。日本では大阪、米国ではニューイングランドの公立小学校に通う合計180名の小学一年生(日本児童109名と米国児童71名)がこの調査に参加した。調査参加時の子どもの年令は6歳または7歳であった。子どもたちの考えや意識を引き出すために、短い話を読み上げ、その後子どもに話の続きを尋ねるという発達心理学の手法を用いた。この手法は、まだ抽象的な概念が発達していない子どもたちの意識・考え・感情を引き出すのに効果的な方法であると考えられ、幼少期の子どものインタビューに広く使われている。質問者は、白黒で描かれた絵を見せ、学習に関する数行の話を読み上げ、子どもにこの後話がどう続くか尋ねた。インタビューは個々に行われ、登場人物とインタビューを受けている子どもの性別が一致するように変えられた。このレポートでは、学習態度に関する二話を分析した。一つは、努力を重ね、やっと本が読めるようになった子どもの話で、もう一つは店頭でリンゴの数を数えようとするが、数えられずあきらめてしまう子どもの話である。子どもに話の続きを尋ねた後、子どもが返答する度に、それがいいことかよくないことか、なぜいいことかよくないことなのかを尋ねた。また、それぞれのインタビューの最後に、登場人物の子どもが好きかどうか、その理由についても尋ねた。インタビューは子どもが同じ内容を繰り返したり、話すことがなくなるまで続けられた。インタビュー内容は全て録音され、文字に書き起こされた。

小学一年生の意識

「がんばり」の言及と価値:日本の小学生の意識
日本の小学一年生、真帆(仮名)のインタビューをみてみよう。リンゴを数えるのをあきらめた話の冒頭に続いて、真帆は以下のように話を続けた。

子ども: お母さんが「もう一回がんばってみよう」って言ってあげるとかになって、「うん」って言って、それで、もう一回数えなおしてみるってことになる。で、数えられて、「よかったね」ってお母さん、お父さんが褒めた。
聞き手: それっていいこと?よくないこと?
子ども: いいこと。
聞き手: なんでいいこと?
子ども: 自分ががんばって努力して、数えて、数が好きになれるから。
聞き手: そっか。じゃあ、がんばって努力して、数えて、数が好きになったらなんでいいの?
子ども: 足し算の勉強とか、引き算の勉強とか、九九の勉強とかは、どんどんどんどん分かった、「はい、これなんでしょう?」って言われた時に、「はい」って言ってそれにこういうのが分かって、二年生に六年生になったら、足し算が大好きな六年生とかになれるから。

子どもたちは、小学一年生の段階ですでに複雑ながんばり認識を形成している。真帆の返答は、「がんばり」が計算ができるようになるという成果を導くだけでなく、数や足し算が好きになるという肯定的な学習感情につながるという認識を表している。また、「がんばって」と声援を送る親についても述べている。登場人物が好きかどうか尋ねた質問に対して真帆は、「すぐにあきらめたりするから」この話の子どもは好きではないと答えていた。また、「がんばったら自分のためになるから」とも言及していた。これらの言葉から、真帆はがんばること(諦めずに努力すること)が大切であると強く認識していることが分かる。

インタビューを受けた54%の日本の子どもが、続きを語った話の中で「がんばり」「がんばる」という言葉を使用していた。子どもたちのインタビューを分析すると、がんばることへの価値や「がんばり」に伴う利益に関する認識が見られた。例えば、多くの子どもたちが、がんばることは技能の習得に必要不可欠と答えていた。さらに、がんばった結果として導かれた成功は、「うれしい」「楽しい」という感情や「できた!」という達成感など肯定的な感情につながる。「何回やっても数えられなくて、でももっとがんばったら数えれて、嬉しい気持ちになる」という言及に見られるように。また他の子どもは、「がんばったら、自分ができたんだなって思うから。自分から出来たなって思ったら、りんごより多い数も数えれるかもしれんから」と言及しているが、この言葉からは、継続した努力が達成感とやる気につながるという理解が見えてくる。また、「やる気があってがんばる気持ちがあれば覚えられるから」というように、特にやる気と気持ちの大切さを強調していた子どもたちもいた。共通してみられたのは、「がんばるのはいいことだけど、がんばらないのはよくない」というように、「がんばり」への価値である。これらのインタビュー分析から、日本の子どもたちは、小学一年の段階で、がんばることに強い価値を置いていること、「がんばり」から得られる利益や、「がんばり」につながる感情を理解・認識していると言えるだろう。

練習して、もっと努力して、諦めない:アメリカの子どもの意識
では、「がんばり」は米国にはない概念なのだろうか?「がんばり」のように、努力や粘り強さなど多面的な意味を一語で表す単語は英語には存在しない。しかし、小学生のインタビューを分析すると、米国の子どもも、何かを学ぶ上で努力すること、諦めないことは大切であると認識していることが分かる。努力して本が読めるようになった子どもの話の冒頭に続いて、エミリー(仮名)は以下のように続けている(以下英語インタビューからの和訳)。

子ども: お母さんが読むのを手伝ってくれる。それから彼女はお母さんに本を読んで、読めるようになるように毎回練習して練習して練習して、そのあと一人で読めるようになる。
聞き手: 練習して練習して一人で読めるようになったら何がいいの?
子ども: だって、やめてしまってやりたくないと思ったら、次の学年になって「これはどうやってやるんだろう?わからない」ってなるから。

エミリーが言及した「毎回練習する」という行動は、「がんばり」と重なる部分がある。またエミリーは、本が「一人で読めるようになる」というように、達成や成果のためにはあきらめず反復練習することが必要であると認識している。がんばるに相当する言葉がない米国では、子どもたちは、「努力を続ける」「あきらめない」「何度も練習する」といった言葉を使い、努力の大切さを唱え、努力に価値を置く言及もしばしば見られた。日本の子どもと同様、継続する努力は、よりよい結果、成績向上・技能習得などの成果、達成につながると述べた子どもたちもいた。文化に関係なく、子どもたちは何かを学ぶ時には小学1年の段階で、あきらめないこと、努力を続けることの大切さを内面化しているようだ。

では、日米の子どもたちは、同じように努力に関する価値や意識を内面化しているのだろうか?興味深いことに、米国の子どもは日本の子どもよりも、努力によって得られた結果や成果を重視するという傾向がみられた。対し、日本の子どもたちは、「がんばり」について言及するときには、気持ちやプロセスそのものについて言及する傾向がみられた。また、日本では、「がんばらないといけない」など義務感として「がんばり」を言及する傾向もみられた。日本の子どもたちは、がんばることは、成功、あるいは結果につながらなくてもやるべきことと認識しているのかもしれない。他方、米国の子どもたちは、練習や努力は結果を導くための一つの手段だと見ているようで、努力はストラテジーや選択の一つとして言及される傾向があった。米国の子どもも継続的な努力を重視しているが、日本の子どものように、がんばることを義務や責任としては捉えていないという結果が見られた。

がんばることはいいこと? 日米比較
子どものインタビューを分析すると、文化にかかわらず、子どもたちは6~7歳の段階で、すでに努力することの大切さは認識している。では、「がんばり」を重視する度合いに日米差はあるのだろうか?「がんばり」という言葉が存在する日本社会で育った子どもは、米国の子どもよりも、努力することを重視しているのだろうか?この調査では、各インタビューの終わりに、話に出てくる子どもが好きか嫌いか、またその理由についても尋ねた。この返答を分析することにより、子どもたちが「がんばり」行動をどれだけ重視しているかが読み取れる。

文化にかかわらず、大半の子どもたちは努力して本が読めるようになった話の中の子どもを好意的に見ていた (図1)。日本では94%の子ども、米国では91%の子どもたちが話に出てくる努力した主人公を好きだと答えていた。しかし、その理由を聞くと51%の日本の子どもが、がんばりや努力を挙げたのに対し(例、がんばったから)、米国では41%の子どもに留まった。他には、外見(例、かわいいから)、結果・成果(例、本が読めるようになったから)に関する理由などが挙げられた。

努力を怠りリンゴを数えるのをあきらめた子どもの話になると、さらに文化差が広がった(図1参照)。日本では半数以上の日本の子ども(53%)、米国では37%の子どもが話の中の子どもを好きでないと答えた。理由を分析すると、日本の子どもたちは努力に関する理由を多く挙げていた。好きではないと答えた子どものうち、日本では61%が「がんばり」に関する理由(例、あきらめたから、もっとがんばらなかったから)を挙げたのに対し、米国ではその割合は38%に留まった。その他の理由としては、結果・成果(例、数が数えられるようにならなかったから)、大人との関係性(親のいうことを聞かなかったから)、個人的性質(やさしくないから)、外見(例、かわいくないから、髪がきれいじゃないから)に関連する内容が挙げられた。

図1
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これらの返答は、全体的に努力する行為に対しては、子どもたちは文化に関係なく好意的であることを示している。しかし、努力しない行為に対しては、日本の子どもの方が米国の子どもよりも批判的であった。こうした結果は、日本社会でのがんばり・努力の重視度を反映したものかもしれない。

まとめ

幼い頃から、子どもたちは文化や社会に反映される価値を内面化している。今回の分析では、6~7歳の段階で、日本の子どもたちはアメリカの子どもたちよりも、すでにがんばること、努力への価値を強く意識していることが分かった。

ただし、この調査は日本では大阪、米国ではニューイングランド州で行われたため、日米の他地域に住む子どもたちを対象とした調査では同じ結果が得られないかもしれない。また、今回の調査でも、日本のすべての子どもが、「がんばり」に価値を置いているわけではなかった。少数ではあるが、がんばらなくてもよいと述べた子どももいた。日本の母親を対象にした調査では、がんばりすぎることへの懸念やがんばりへの疑問を呈した母親たちもいた。がんばりすぎはストレスの源になり、やりたいことであれば自然にがんばれるため、「がんばり」は子どもに押し付けるべきものではないという考えが見られた。しかし、半数以上の日本の子どもたちが、話の続きにおいて「がんばる」という言葉を使っていたように、日本ではがんばることは学習過程で大切なプロセスであると認識されているようだ。

今回の調査では、「がんばり」に関する意識が子どもたちのがんばり行動にどうつながっているかは見ていない。他のインタビューでは、がんばることを重視していても、それが必ずしも子どもの行動に反映されるわけではないという結果が出ている。つまり、がんばることは大切と考えていても、必ずしもがんばるという行動にはつながらない。将来的には、なぜ、特に困難に直面した時に、がんばる子どもとがんばれない・がんばらない子どもがいるのか、さらに調査していくことが大切だろう。「グリット」や「がんばり」は学習にとっては欠かせないと概念と認識されながらも、実証研究の数は未だ限られている。今後、より多くの調査・研究が行われることを願っている。


文献

  • 天沼 香(1987). 『頑張りの構造-日本人の行動原理』吉川弘文館.
  • Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92 (6), 1087-1101.
  • Dweck, C. S. (2017). The journal to children's mindsets―and beyond. Child Development Perspectives, 11(2), 139-144.
  • Heine, S. J., Kitayama, S., Lehman, D. R., Takata, T., Ide, E., Leung, C., & Matsumoto, H. (2001). Divergent consequences of success and failure in Japan and North America: An investigation of self-improving motivations and malleable selves. Journal of Personality and Social Psychology, 81(4), 599-615.
  • Holloway, S. (1988). Concepts of ability and effort in Japan and the United States. Review of Educational Research, 58 (3), 327-345.
  • Lewis, C. C. (1995). Educating hearts and minds: Reflections on Japanese preschool and elementary education. Cambridge, UK: Cambridge University Press.
  • Li, J. (2012). Cultural foundations of learning: East and West. New York: Cambridge University Press.
  • Shigaki, I. (1983). Child care practices in Japan and the United States: How do they reflect cultural values in young children? Young Children, 38 (4), 13-24.
  • Yamamoto, Y., & Satoh, E. (in press). Ganbari: Cultivating perseverance and motivation in early childhood education in Japan. In O. Saracho (Ed.), Contemporary research on motivation in early childhood education. Greenwich, CT: Information Age Publishing.

謝辞
本稿は、公益財団法人 前川財団の研究助成を受けて行った研究成果の一部である。

筆者プロフィール

yoko-yamamoto.jpg 山本洋子
米国ブラウン大学教育学部特任助教授。専門分野は、教育・家族・子どもの発達と文脈的要因(ジェンダー・社会階層・文化など)。現在、日米の幼児と小学生の子育てや教育プロセスを調査するプロジェクトのディレクターとして調査を遂行中。
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