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だれひとり取り残さない母子手帳をめざして 「第10回母子手帳国際会議」報告

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1.母子手帳について語り続けた3日間

「第10回母子手帳国際会議」(International Conference on MCH Handbook)は、2016年11月23日-25日に、国連大学ウ・タント国際会議場(11月23日)およびJICA市ヶ谷(24日・25日)で開催されました。主催は国際母子手帳委員会と大阪大学大学院人間科学研究科、共催として独立行政法人国際協力機構(JICA)、ユニセフ東京事務所、国連人口基金(UNFPA)東京事務所、認定NPO法人HANDS。世界38の国と地域から約400名が参加する大きな会議となりました。アフガニスタン、パレスチナ、ベトナムからは副大臣が参加し、インドネシアからは地域保健総局長といったように、その国に行ってもなかなかお目にかかれない方々が一堂に会し、母子手帳だけに焦点を絞って議論をしました。3日間にわたり、多くの方が朝から夕方まで会場で議論を行い、文化や宗教や立場の違いを越えて、母と子の健康のための母子手帳を共有するという仲間意識が生まれました。このような参加者の方々の熱意のおかげで、母子手帳を通じた母子の健康改善をめざす世界的なネットワークの構築に大きく貢献することができました。

2.さまざまな視点から語られたシンポジウムや分科会

開会式では、秋篠宮妃殿下の英語でのおことばのあと、安倍首相からのメッセージ、塩崎恭久厚生労働大臣、森美樹夫外務省国際協力局審議官、北岡伸一JICA理事長、テウォドロス・メレッセ国際家族計画連盟(IPPF)事務局長、武見敬三参議院議員から来賓あいさつをいただき、その後カメルーン共和国大使と筆者による基調講演を行いました。武見敬三参議院議員が自分の母子手帳を仏壇の中から見つけたエピソードを話すなど、個人の思いがあふれるスピーチが続きました。

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写真1 開会式は満員の聴衆のなかで行われました(国連大学ウ・タント国際会議場)。
(撮影:渋谷敦志さん)


シンポジウムは「日本の母子手帳:温故知新」、「だれひとり取り残さない:グローバルな母子継続ケアの取り組みと母子手帳」、「母子手帳の活用による科学的成果」というテーマで行われました。70年近い日本の母子手帳の改革と挑戦の歴史が保健医療側と当事者側から語られました。ガーナ・モンゴル・オランダ・パレスチナなど、母子手帳を作成し普及に努めている国・地域からは、妊娠・出産・新生児・小児と切れ目のない支援を続けるための継続ケアの切り札としての母子手帳の役割が強調されました。モンゴル、カンボジア、インドネシアなどからは、母子手帳の効果を測定した最新の研究成果が発表され、母子手帳により母親の知識が向上し、より健康的な行動をするようになったという科学的エビデンスが共有されました。パネル・ディスカッション「母子保健を支えるグローバルなツールとしての母子手帳」では、WHO、UNICEF、UNFPA、JICAなどから、母子保健の標準化における、家庭用記録媒体(Home-based Records:HBR)としての母子手帳の位置づけが討議されました。

分科会では、「マイノリティのための母子手帳の促進」として、障がい者、難民・移民、少数民族、貧困者などを包摂する母子手帳の役割が議論され、「持続可能性の確立」として人材育成や保健システム強化や財源確保の課題などが討議されました。「デジタル母子手帳の開発」の分科会では、保健情報管理や母子手帳アプリの開発などが話題となりました。

最終日には、「東京宣言」を全員で採択し、単なる健康記録のための手帳ではなく、私たちの社会が抱える問題を解決するために、人びとに力を与えることができる可能性を秘めた母子手帳のすばらしさを確認しました。閉会式では、アフガニスタンとパレスチナの保健省副大臣から会議での学びと謝意が述べられ、第1回野口英世アフリカ賞受賞者であるミリアム・ウェレ博士が、日本で生まれ世界で育まれている母子手帳の素晴らしさを賞讃してくれました。最後に、2018年にタイで開催される第11回母子手帳国際会議での再会を約束して無事に閉会することができました。

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写真2 ケニアからは、第1回野口英世アフリカ賞受賞者であるミリアム・ウェレ博士が参加されました。
(撮影:渋谷敦志さん)


多くのボランティアや学生、企業の方に、献身的に会議の準備段階からお手伝いしていただきました。また、多くの学術機関や団体・民間企業・個人から後援・協賛・寄付をいただきました。この場をお借りして、厚く御礼申しあげます。

3.母子手帳国際会議で私たちが学んだこと

(1)国際的な母子手帳ネットワークの確立
WHO・ユニセフ・国連人口基金などの国際機関、JICA専門家やカウンターパート(協力機関)、副大臣や局長などの政府高官、大学などの研究者やNPO/NGOなどが、ユニバーサル・ヘルス・カバレージ(Universal Health Coverage: UHC)* や「だれひとり取り残さない(No one left behind)」という持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)の具体策の一つとして、母子手帳に大きな関心を寄せていました。母子手帳に対する国際的な追い風が吹いています。家庭用記録媒体(HBR)に関してWHOでガイドラインを準備中という情報もあります。今回の母子手帳国際会議の成果を、国際社会の標準化に組み込む絶好の機会を逃すことなく、実現に向かっていきたいと思います。

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写真3 2日目のポスター発表にも、多くの参加者があつまり、熱い議論が行われていました。
(撮影:渋谷敦志さん)


(2)途上国からの参加者の真摯さと切実さ
途上国の副大臣や局長級の政府高官が、3日間にわたり、母子手帳に焦点を当てた会議に休むことなく参加していました。彼らの多くは、健康教育や行動変容により妊産婦死亡や新生児死亡などを減少させるために、母子手帳に大きな期待を寄せていました。また、同時に、母と子のきずなや意識の変容により、母子保健サービスの質的な向上をめざすときに、母子手帳は継続ケアのすばらしい実践例であると看破していました。実は、分科会では、デジタル母子手帳が一番人気だろうと推測して大きな会場を準備していました。私たちの予想ははずれ、多くの途上国の参加者は持続可能性やマイノリティの分科会に参加していました。途上国では、デジタル化が進んでいる面もありますが、デジタル母子手帳の開発という未来の課題よりも、紙媒体の母子手帳をマイノリティの人にも持続的に届けていく現実的な方法を探っているのが実情でした。

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写真4 国際母子手帳委員会のメンバーが集結しました(左からペルー、フィリピン、オランダ、タイ、カナダ、[筆者]、ケニア、ベトナム、インドネシア、カメルーン、日本の各代表)。
(撮影:渋谷敦志さん)


(3)母子手帳国際会議の日本への還元
今回の第10回母子手帳国際会議は日本で開催したので、国際保健の経験はないけれど、小児科医、産婦人科医、看護師、助産師など日本の母子保健に関わる専門家の方にも多く参加いただきました。その多くが、母子手帳だけをテーマに3日間にわたり、議論することに驚いていました。日本の学会では、母子手帳をテーマにシンポジウムを開催することはほとんどありません。あまりにも日常の風景になっているので、母子手帳を学問的に議論する必要性を感じていないからです。ところが、母子手帳国際会議において母子手帳という一点に集中して問題を掘り下げていくことにより、世界と日本の母子保健や地域保健医療の課題と問題点が浮き彫りになってきました。たとえば、母子手帳プログラムの質を向上させるためには、母子保健サービスを提供する人材が遠隔地においても活動している必要があり、それらの成果である母子保健情報を共有する必要があります。まさに保健医療人材の育成と適正配置、母子保健情報のネットワーク化というグローバルな課題と密接に関連しているのです。母子手帳は奥が深いと感嘆しつつ感想を述べた参加者もいました。

「低出生体重児の子どもをもつ親にとって、母子手帳は残酷だった」という日本の母親のスピーチは、多くの参加者の心に響きました。だれひとり取り残さない母子手帳や母子保健サービスのために、紙媒体の母子手帳の普及や改善と同時に、デジタル母子手帳を併用することにより、さまざまな少数者集団との共生が可能になるのではないかというアイデアも生まれました。

日本は、70年近く前に世界で初めて作成された母子手帳をもつ国です。いま、世界39か国で母子手帳が作られています。日本も長い歴史を誇り従来のモデルを守り通すだけでなく、母子手帳を熱く語る途上国の人びとの熱意を見習う必要があるのではないかと感じました。各国の母子手帳は、日本のものよりもカラフルで、ユーザー・フレンドリーで、何よりも利用者の母親や父親、子どもにとってわかりやすい母子手帳を目指しています。

日本の母子手帳は、健診や予防接種の記録は省令様式といって厚生労働省が定めたもので、全国どの自治体でも同じですが、それ以外のページは、自治体が自由に編集作成できることになっています。母子手帳は医療関係者や役所のものではなく、子どもと親のための大切な記録であり、親と子のきずなにもなっています。地域の行政と住民である親と子どもが協働して、地域のニーズに合った母子手帳を作ることも可能なのです。今回の母子手帳国際会議の成果を日本国内にも還元することにより、日本の母子手帳が今後大きく発展していくことを期待したいと思います。

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写真5 世界各国からの参加者との合同写真。
(撮影:渋谷敦志さん)


  • * すべての人が適切な保健医療サービスを支払い可能な費用で受けられる状態を指す
筆者プロフィール
Yasuhide_Nakamura.jpg中村 安秀(なかむら やすひで)

大阪大学大学院 教授/NPO法人HANDS 代表理事/国際母子手帳委員会代表
和歌山県生まれ。東京大学医学部卒業。都立府中病院小児科、東京都三鷹保健所などを経て、86年からJICA母子保健専門家としてインドネシアに赴任。以後も、パキスタンでアフガン難民医療に従事するなど、途上国の保健医療活動に積極的に取り組む。99年10月より現職。 「国際協力」「保健医療」「ボランティア」をキーワードに、研究や教育に携わっている。日本国際保健医療学会理事長。どこの国にいっても子どもがいちばん好き。
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