2~3歳にかけては、探索欲求や自己意識の増大にともない、子どもが親からの指示、提案に反抗や拒否を示したり、自分の主張を頑なに貫こうとしたりするために、親子間の葛藤が増大する。そのためこの時期は、日本では「第一次反抗期」、米国をはじめとする英語圏では"terrible twos"などと呼ばれてきた。この時期の子どもが示す反抗や主張は、自分が何をするかは自分で選んで決めたい、自分がやりたいと思ったことを自分の力でなし遂げたいという、子どもなりの意思や意欲の表れであると言える。したがって、「反抗期」という名称は、「子どもが言うことをきかない」という大人の立場からの名称であり、本来は子どもの立場に立って、「自己主張期」と呼ぶのが適切であるのかもしれない。
ところで、日本の育児書や育児雑誌では、この時期の子どもの反抗は自主性や自律性の芽生えによるものであるから、その芽をつまないよう見守るべき、と記されていることが多い。では、実際のところ親は、子どもの反抗や自己主張をどうとらえているのだろうか。2歳児147名(月齢25~33ヵ月)の母親に、自由記述で答えてもらった回答(坂上,2002)のうち、上位5つを表1に示した。
記述カテゴリー
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147人中 (%)
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成長の表れ(成長の証拠、大事なこと等) |
72
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(50.0)
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否定的感情(苛立ち、負担感、困惑等) |
67
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(45.6)
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受容的対応(見守る、自由にさせる等) |
59
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(40.1)
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一時的現象(時期がくればおさまる等) |
34
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(23.1)
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消極的受容(あきらめている、仕方ない等) |
30
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(20.4)
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表にあるとおり、もっとも多くみられた記述は、子どもの反抗や自己主張は「成長の表れ」である、というものであった。しかし、成長の具体的な内容や側面(自主性、自己表現など)に言及した母親は、そのうちの2割にも満たなかった。これは、反抗や自己主張を漠然とした成長の表れとは捉えていても、それが後のいかなる発達につながるのかを、多くの母親は意識していない可能性があることを示唆する。米国や仏国では、反抗や自己主張は個体化(自他の境界を明確に持ち、自己の権利を主張するとともに他者の権利も侵害しないこと)にとって重要であり、それゆえに、この時期の親の態度として、限界設定(許容できない行動には明確に制限を課すこと)の重要さが強調される(詳細は、坂上(2005)を参照)。しかし筆者の調査では、「だめなものはだめという」などの、限界設定に言及した母親はわずかしかいなかった。この調査では、約4割の親が、子どもの反抗や主張に対して「見守る」「自由にさせてあげる」「子どもの気持ちを考える」「いらいらしないようにしたい」などの「受容的対応」をとっている(あるいはとりたい)と答えていた。反抗や自己主張が漠然とした成長の証拠としてのみ捉えられているのであれば、それを受容する、という答えが返ってくるのは不思議なことではない。
しかし、この「受容的対応」が意味するところについて、もう一歩踏み込んで考える必要はないだろうか。子どもの反抗や主張が顕著になってくれば、子どもにやりたいことをさせ、その全てを見守ることは、現実的には困難になる。それにもかかわらず、なぜ母親は「自由にさせる」「見守りたい」と述べているのだろう。おそらく母親は、子どもの成長の表れである反抗や主張を押さえるのはよいことではなく、子どもは見守りながら育てていくのが望ましい、と理念的には考えているものと思われる。しかし、裏返せばこれは、「見守る」「自由にさせる」以外に、子どもの反抗や主張を扱うための具体的かつ建設的な方法を、母親がもっていないことを意味しているのかもしれない。実際、2歳半の子どもをもつ日本の母親を対象としたUjiie(1997)の研究では、子どもが反抗や自己主張を示した時に、子どもの自己主張や交渉スキルを伸ばすことにつながる対応(交渉する、子どもの意を問いただすなど)をとると答えた母親は少数であり、多くの母親が子どもに対して説明や説得を試みてはみるものの、感情にまかせた対応(怒る、叩くなど)をとるか、子どもに譲歩する、という対応をとると答えたことが明らかにされている。「見守りたい」という母親の言葉は、子どもの反抗や主張を見守ろうとは思っても、実際には苛立ちや困惑を覚え、必ずしも受容的に関われるとは限らない親の側の現状を暗に表しているように思われる。
日本の社会では、他者との和や集団の和を保つことの重要性が強調され、そうした期待が幼少期から子どもに向けられていることが、これまでにも多くの研究で指摘されてきた(Rothbaum et al.,2000; Tobin et al.,1989; Ujiie,1997)。そのような期待をかけられる中で、日本の子どもは、自主性や自己主張、意志の強さ、自己表現といった自己の側面を、どのように発達させていくのであろうか。近年、日本の青年にみられる現象として、親や周りの大人への反抗や社会への反発が増大するとされる中学から高校くらいの時期(これは、俗に第二次反抗期と呼ばれてきた)に、親との葛藤や親への反抗が希薄化していることが指摘されている(ベネッセ教育総合研究所[発刊当時はベネッセ未来教育センター],2004; NHK放送文化研究所,2005など)が、実のところ筆者は、2、3歳の時期にも同様の現象が起こっているのではないかと感じている。筆者は子育て支援の現場で十数年来、2歳児親子の様子を見てきたが、子どもの反抗や自己主張の示し方が年々弱くなり、芯のある反抗や自己主張を示す子どもが少なくなっている、という印象を持っている。これらの背景にはさまざまな要因があると思われるが、親に対して反抗しない、という特徴が、青年期になって急に顕れるとは考えにくい。そこで次回は、2、3歳の親子に焦点を当てて、子どもの自己の育ちに、今何が起こっているのか、またその背景にはどのようなことがあると考えられるのかについて論じることとしたい。
引用文献
- ベネッセ教育総合研究所[発刊当時:ベネッセ未来教育センター.] (2004). 中学生にとっての家族~依存と自立の間で~. モノグラフ・中学生の世界、77,
- NHK放送文化研究所.(2005). NHK中学生・高校生の生活と意識調査.
- Rothbaum, F., Pott, M., Azuma, H., Miyake, K.,& Weisz, J. (2000). The Development of close relationship in Japan and the United States: Paths of symbiotic harmony and generative tension. Child Development, 71, 1121-1142.
- 坂上裕子.(2002). 母親は子どもの反抗期をどう受け止めているのか. 家庭教育研究所 紀要、24, 121-132.
- 坂上裕子.(2005). 子どもの反抗期における母親の発達―歩行開始期の母子の共変化過程 ―.風間書房.
- Tobin, J.J., Wu, D.Y.H., & Davidson, D.H. (1989). Preschool in three cultures: Japan, China, and the United States. Yale University Press.
- Ujiie, T. (1997). How do Japanese mothers treat children's negativism? Journal of Applied Developmental Psychology, 18, 467-483.