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東南アジア・韓国の民話を通して共に生きることを学ぶ

要旨:

『Telling Tales from Southeast Asia and Korea(東南アジアと韓国発祥の物語を伝える)』には、東南アジアと韓国の初等教育カリキュラムの教科書から集められた27の民話が収録されており、地域(ローカル)と世界(グローバル)の双方の共同体において、共生するために必要な価値と知恵を伝えている。民話は人間の経験に裏打ちされた価値と知恵の縮図であり、常に進化しながら世代を超えて受け継がれている。今回はこの民話集の中から国際理解教育(EIU)のテーマに沿った12か国の民話を簡潔に紹介する。国際理解教育はアジア太平洋地域国際理解教育センター(APCEIU)の使命であり、同機関はアジア太平洋地域における平和で持続可能な未来のために教育に何ができるか、その可能性を最大限に引き出すための活動をしている。
English
口承から学校カリキュラムへ

洞察力に優れたあるイギリスの詩人による最も頻繁に引用される詩のひとつを以下に紹介する。

一粒の砂にも世界を
一輪の野の花にも天国を見、
君の掌のうちに無限を
一時のうちに永遠を握る。*1
(「ブレイク詩集」(松島正一編) p.319 2004年発行)

この詩人が強調したかったことは、目に見える世界の先にある神聖(精神的)な領域を見るための洞察力をもつことだ。この詩の一節は物語に対する次のような疑問にも、答えや説明を与えてくれているようである。つまり、なぜ人間はまだ記憶に残らないような幼いうちから子どもたちに物語を聞かせるのか、なぜそうした物語のいくつかは長年にわたって語り継がれ、発祥地だけでなく、より広範囲な共同体においても代々伝えられ共有されているのか。これらの疑問に対するシンプルな答えは、上記で引用した詩の、ほんの一握りの言葉で繰り返し表現されている世界観の中に見つけられるだろう。つまりは、世代を超えて語り継がれた物語は人の心に光をあて、自分はいったい何者なのかという問いにより完全な理解を与えてくれる。目に見えるだけの世界を超えた、宇宙に存在するすべての生命、その生命の大きな環に対しての自分の存在を気づかせてくれるのだ。*2

教育とは人がこの世に誕生すると同時に、学校教育よりもずっと前に始まるものだ。私たちは人として身体的・社会的にどうあるべきか、自分の立ち位置をどのように維持していったらいいのか、その方法を家族や共同体から学ぶ。そのような教育は口頭で、ほとんどの場合、なんらの文書も介さない状態で行われる。親は、伝えたい重要なメッセージがあると、子どもたちの心にきちんと届くように物語の中にそのメッセージを封じ込めて伝える。そのメッセージが家族だけではなく、より多くの聞き手に対し、時を超え長い歴史を経て伝えられるようになると、物語は語り継がれ、ちょうど神話が地域や世代を超えて様々に形を変えながら繰り返し伝えられるように、物語も形を変えながら様々なタイプの民話へと進化する。つまり私たちが経験から分かっていることは、物語の方がメッセージをより総括的に伝えることが可能であるため、物語として教えられる方が記憶により長く残るということである。物語が語られ、言わんとしていることが効果的に伝えられるとき、聞き手は、どのように話したら自分を他人によく理解してもらえるのか、その方法も学んでいるのだ。

様々な国において、このような物語のいくつかが「民話」という形で国の教育カリキュラムに採用されている。その目的は生きるスキルの習得と「自分の文化に関する知識を増やす」*3ことである。 民話は生徒が、属する社会の中で自分をより明確に理解するための指針として、また、日々の生活における様々な障害を乗り越えるための手助けとなる知恵や創造力の源として、学校カリキュラムの中に取り入れることも可能だろう。しかしながら民話を学ぶことには、その他にも地域や文化の境界を超えて存在する相互のつながりに対して気づきを与えるという同様に重要な役割もある。すべての文化は「個人と同じようにそれぞれに関係し合いながら存在し」、また「お互いに影響し合い、そして互いにそれぞれを特徴づけている」*4。そのため、民話のように長く生き続ける物語には、人々がより広範囲の共同体に共通する利益を追求しながら、相互理解の下で生活できるように多くの知恵が盛り込まれ、世代や文化を超えて語り継がれていく。国際理解教育(EIU)では、ユネスコと韓国政府の合意の下、2000年にソウルに太平洋地域国際理解教育センター (APCEIU)が設立され、同様の使命を追求している。

国際理解教育の視点から民話を伝える

異なった文化のバックグラウンドをもつ生徒の間で幅広い共通理解が促進できるように、2010年に12か国(ASEAN加盟国の11か国と韓国)の初等教育カリキュラムの中から民話を収集し、『Telling Tales from Southeast Asia and Korea: Teachers' Guide(東南アジアと韓国の民話(伝承物語):教員指導書)』というタイトルで1冊にまとめられた。この編纂作業はAPCEIUによって着手され、東南アジア文部大臣機構(SEAMEO)事務局及び考古学・芸術センター(SPAFA)と教育革新・技術センター(INNOTECH)という2つの地域センターとの共同で進められた。

相互理解と共感し合えるコミュニケーションを紡ぎだすための教材として、12か国から27の民話が選ばれた。民話の選択は、12か国の教師や研究者によって、文化的豊かさと価値観を作り出すビジョンの涵養を視野に行われた。物語とは別に冊子の冒頭には教師のための手引きとなる論説が2つ収録されている。1つは民話の教育学的な重要性について、もう1つは語り部の素人である教師に対し、どのように授業の中で物語を読み聞かせるのか、その方法について書かれている。また、文化的な壁により理解できない場合に役立つ文化に関するヒントが各々の物語の最後に添えられているのも重要なポイントである。英語のレベルとしては、英語が母国語ではない小学生のレベルにまで簡単にしてある。よって、テーマや英語のレベルによって、読むための教材としても、子どもたちが読んで聞かせる読み聞かせ教材としても、適宜用いることが可能である。

この民話集には5つのグループ(動物、食べ物、自然、人間、場所)に分けられた物語に加えて、それとは別に、最初と最後に1話ずつ物語が収められている。その中からいくつかの物語を取り上げてみるが、読者はまず冒頭に収められたタイ発祥の物語*5で、私たちのほんの些細な行動がいとも簡単に他人の行動に影響を与え、悪い方向に向かってしまうことがあり、それは指導者や統治者の立場にあればなおさらだ、ということに気づかされることだろう。(重臣との話に夢中になり)** 誤って蜂蜜をこぼした王様は、その床の一滴の蜂蜜が原因で生じた言い争いや喧嘩に、自分達は関係ないと全く気を留めることはなかった。しかし、収拾がつかなくなってはじめて、そのぞんざいな王様は自分の過ちに気づき、「こぼれた蜂蜜は自分達の問題だった。(なんとかしなくてはいけなかったのは、私達だった。)**」と認めることになる。

愛が人間の最も重要な価値であるとするならば、その価値を目に見える形にする方法は人によって様々である。韓国発祥のシムチョン(Shim Cheong)の物語*6では、両親に尽くす子どもが主要なテーマとなっている。献身的に尽くす娘は、自らの犠牲と引き換えに妻を亡くした盲目の父親の目を見えるようにするため、苦悩・死・救済というお決まりのパターンを辿る。献身的な愛情で、父の目は見えるようになり、さらには国の王妃の地位も手に入れ、最終的に自らの幸福も二倍授かることとなる。

インドネシア発祥の別の物語*7も親子関係をテーマとしている。シムチョンとは違って、マリンクンダン(Malin Kundang)は母親の貧乏でみじめな姿を受け入れることができなかった。今まで尽くしてくれた母親を裏切って、公衆の面前で自分の母親を撥ね退ける。その裏切りは結果的に彼の財産、名誉、人生のすべてが海の嵐に飲み込まれてしまうという破滅的な結末を招くこととなる。これと似たような内容は、民話集の中のブルネイ発祥の物語にも描かれている。*8

家族愛の大切さの他にも、これらの物語には共通するテーマがいくつか顕著に見受けられる。すべての物語において、自然環境は人々の共同体の状態の移り変わりと密接に結びついている。一人っ子であるシムチョンが父親の視力が戻るようにと自分の身を捧げると、海は穏やかな状態に戻り、海を生活の糧とする人々に恵みをもたらした。そして最後に、ハスの花によってシムチョンは奇跡的に救済されるのである。また同じように、「親不孝」息子のマリンクンダンの場合は、海によって罰を受ける。自然が与える保護と災いは、人間の社会と何ら接点のない怪物によってもたらされるのではなく、人間の行いに対して、正義を実現するために下されるなんらかの反応、もしくは介入する力(パワー)として描かれている。これらの物語は人間の価値観と宇宙的な価値観(森羅万象)との間で調和をとることの大切さを読者に思い起こさせてくれるはずであり、持続可能な発展を学ぶ上で根底にあるべきことでもある。

漁の苦難が人の愛によっておさめられたように、農耕は仲間達に食べ物を分け与えたいという人の祈りに天が共感することによって人間にもたらされた。インドネシア発祥の物語*9では、米の女神「デウイスリ(Dewi Sri)」と禁断の米の種を天界から盗んだ最初の農民との間で、契約が結ばれている。ギリシャ神話のプロメテウス*10の話とは異なり、罪は許され、天の英知によって農業が人間に教えられる。その英知とは自然と人間の要求とのバランスを守ることの大切さを説くものであった。神が米の種を禁じていた理由は、自らが独占したいがためではなく、地球上に存在するすべての生き物のバランスを保つために種を管理する必要があったためであった。フィリピン発祥の物語*11に出てくる山の妖精、マリアンマキリグ(Mariang Makilig)もまた人間と自然のバランスを管理する山の守り神として高く敬われている。

東ティモールの物語*12は、少年とワニのいつ敵対してもおかしくない緊張関係の中ではじまるが、最後にはすっかり仲良くなり、ワニは後に東ティモールとなる島へと姿を変える。ワニの形をした島の誕生である。その他にも、国の始まりに関する物語がカンボジアから*13、シンガポールから*14、ベトナムから*15収録されている。これらの物語は、国の輝かしい誕生だけでなく、その新しい領土において、人々が社会と自然環境との間に調和を求めながら定住していく、そのプロセスに伴う困難や希望も伝えている。

民話の中の知恵やユーモアはまた「私達を自らの伝統に結び付け、文化を形作る手助けにもなっている。」*16マレーシア発祥の物語*17の中のネズミジカは、争いを解決するときには思いやりをもって取り組むべきという真の知恵を教えてくれている。ミャンマー発祥の物語*18の中に出てくる年老いた賢者は、自分のためではなく後に生まれてくる世代のためにマンゴーを植える。祖父の植えたマンゴーを自分が食べてきたように、いま自分が植えているマンゴーは、自分の子どもたちのそのまた子どもたちが食べることだろう。もし私達が分かち合いの気持ちを自分達の世代にしか向けていないとしたら、私達の先祖は、より大きな枠組みで資源の分かち合いを思い描いていたことを、この物語は私達に気づかせてくれるであろう。

民話を通して多様性を記憶する

アジア太平洋地域において「共に生きることを学ぶ」ことは、ガイドラインで確認されているように、「社会の中の多様な個人及びグループ間の連帯と協調の精神に貢献する知識、スキル、価値」*19の学習を通して達成されるべきである。 平和で持続可能な将来に資する国際理解教育(EIU)を再活性することを使命とした機関として、APCEIUは、私たちが地域において直面する二面的な可能性、多様性がもたらすリスクと豊かさを最優先課題として位置付けた。多様性が教育を通して持続が可能な方法で正しく理解されれば、それは「理解」、「尊重」、「会話」の源を豊かにし、差別や偏見のリスクを軽減することになる。

APCEIUでは平和的かつ持続が可能な方法で多様性を育む最も確かな方法は、他の国や地域の民話を通して「他・他者」を学習することであると考えている。地域を超えて一般的に共有されている民話を記憶することは、若者たちが自分と他者の両方に対しての理解と尊重の気持ちを育むことにつながる。*20そして、それは「一粒の砂の中に世界を、野に咲く一輪の花に天国を見る」ことにつながっていくはずである。

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*1 William Blake, "Auguries of Innocence" in Songs of Innocence (1789).

*2 APCEIU et al,. "Preface" in Telling Tales from Southeast Asia and Korea: Teachers' Guide (2010).

*3 APCEIU et al., Telling Tales from Southeast Asia and Korea : A Situation Analysis (2010) p14.

*4 UNESCO, Investing in Cultural Diversity and Intercultural Dialogue: UNESCO World Report (2010) p55.

*5 "A Drop of Honey" in Telling Tales p11-13.

*6 "Shim Cheong, the Devoted Daughter" in Telling Tales p71-75.

*7 "Malin Kundang" in Telling Tales p65-68.

*8 "Nakhoda Manis" in Telling Tales p61-63.

*9 "The Goddess of Rice" in Telling Tales P35-39.

*10 ギリシャ神話によると、プロメテウス(ティタンの1人)はゼウスから火を盗みだし、人間に与えた。そこでゼウスはプロメテウスを岩に縛りつけ、大鷲に毎日プロメテウスの肝臓を啄ばませるという罰を与えた。(プロメテウスは不死身のため)**肝臓は食べられても翌日になると元にもどった。

*11 "Mariang Makiling, the Fairy of the Mountain" in Telling Tales p51-53.

*12 "Crocodile Island" in Telling Tales p127-130.

*13 "The Mon Prince and the Naga Princess" in Telling Tales p107-109.

*14 "Singapura, the Lion city" in Telling Tales p119-121.

*15 "The Dragon and the Fairy" in Telling Tales p133-134.

*16 "The Role of Folktales Today" in Telling Tales P2.

*17 "A Clever Mouse Deer" in Telling Tales p21-23.

*18 "The Old Wise Man" in Telling Tales p81-82.

*19 UNESCO, UNESCO Guides on Intercultural Education (2006) p20.

*20 "Human Age" in Telling Tales p137-141. この物語はラオスとタイにおいて広く語り継がれており、人間は年を取ると弱り、忘れっぽく、奇妙になるが、それでもなお傾聴に値する理由を提示している。

** ( )内訳者加筆
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