はじめに
保護者や教師が子どもに身につけさせようとする人間の特質の一つとして、その場の状況に瞬時に対応する力よりも、まずはプランニング力が挙げられる。計画とは、人が実行したいことや心理的にしなければならないと思うことの心的表象であり、その実現においては実行機能と呼ばれる能力が求められる。実行を成功させるために、目標を設定する力、目標達成のための戦略的方法を利用する力が重要であることは明らかである。それゆえ保護者、教育者や研究者は、どのようにプランニング力が発達し、どの因子が影響するのかを知りたいところである。
プランニングの科学的研究は、大人のスキルに焦点を当ててきた早期から発展してきた。大人の研究において、プランニングのプロセスには注目してきたが、プランニングスキルに与える社会的因子については無視されてきた。しかしながら、研究が子どものプランニングに推移すると、研究者はプランニングに影響を与えそうな家族条件や、プランニングスキルと学習到達度の相関性について、興味を持ち始めたのである。とはいえ、これまで家族および子どもの特性が単独あるいは相互に子どものプランニングスキルにどう作用するのかについて、研究はなされていなかった。また、プランニングが読解力や算数力とどう関連づけられるのか、同一集団の子どもについて長期的に行った研究もなかった。
本稿では、最近公開された小児期中期におけるプランニングの発達に関し、広く統合的な視点で行われた研究について報告したい。これにより、子どもの記憶力、注意力および抑制力(基本的な3つの認知機能)に母親の学歴と育児が単独および同時にどの程度寄与するのか、またそれらのスキルがプランニングにどう影響するのかが明らかとなり、さらに最終的には学習到達度にも影響することが分かった。この発見は、長期にわたる大勢の子どもへの継続的な評価と高度な分析方法の産物である。
手法
健常児(男児705人、女児659人)を持つ1364世帯を全米10カ所から抽出した。調査対象者は、抽出された自治体に居住する小児がいる世帯数の割合を反映している。ところが、研究対象となった保護者の教育レベルはその地域の平均を上回っていたものの、多くの世帯が公的支援を受け、その地域の平均よりやや低い世帯収入であった。調査は子どもが生まれたときから思春期まで行われたが、プランニングの研究については就学前から小学5年生までの時期に焦点を絞っている。
子どもおよび家族は、いずれもよく知られた有効で信頼性の高い方法で評価された。評価には以下の方法が用いられた:
- ハノイの塔―プランニング力を評価する。子どもの手元の杭に刺してある穴のあいた円板の重ね順から出題者の示す形になるよう、子どもは先読みをして動かす手順を編み出さなければならない。一度に一つの円板しか動かせず、下の円板より大きな円板を乗せられないなどゲームのルールに従いながら、最小限の手順で完成させなければならない。
- 持続処理課題―持続注意力および抑制力を測る。継続的に呈示される非標的刺激の間に出現する標的刺激を認識し、迅速かつ正確に反応しなければならない。見逃しの数(標的刺激が表出したのにボタンを押さなかった数)が持続注意の指数となる。押し間違い(非標的刺激に対しボタンを押す反応)は抑制力を反映している。
- ウッドコック・ジョンソン認知および学習到達度検査―記憶力と学習到達度に関する評価をする。短期記憶は、文章認知記憶テストと呼ばれるサブテストにより評価された。様々な長さの文節や文章を聞いて覚え、それを繰り返す能力を測るものである。読解力は、文字列認識および文章読解のサブテストにより評価された。算数の到達度は、計算および応用問題のサブテストにより評価された。応用問題のサブテストでは、子どもは算数的問題を分析して解く力を求められている。多くの問題には不要な情報も含まれており、子どもは適切な演算を選び、なおかつどの数値を計算に含めるかを選択せねばならない。
- 育児環境評価HOME―家庭環境により子どもに提供される物、行事および経済活動など物理的および社会的資源を評価する。
- 母子相互作用の観察―母親の敏感性を測る。母親の敏感性は、やりがいのある楽しい活動をしている際の相互作用から評価された。相互作用については、母親の「支援的存在」、「敵対心(逆スコア化)」そして「自立の尊重」の3つをコード化した。
結果
下図は、本研究の新たな発見を図式化したものである。結果によると、子どもが生後1か月の時に調査した母親の学歴が、4歳半までの育児の質というフィルターを通して、4歳半で測定された子どもの持続注意力、抑制力、短期言語記憶の検査結果の予測因子となっている。これらの基本的認知スキルの成績が、今度は子どもが小学1年生(6~7歳)でのプランニング力に影響を与え、更にそのプランニング力が小学3年生(8~9歳)での読解力および算数の学習到達度に影響を与えている。このプロセスは、小学3年生でプランニング力を測り、小学5年生(10~11歳)で学習到達度を測った際にも見られた。
予測されたように、4歳半で認知スキル(短期記憶力、注意力を持続させる力、重要性の低い情報に反応しない抑制力)が高い子どもは、その後の年齢でもプランニング力が高かった。子どものプランニング力は、母親の学歴レベルあるいは家庭環境の質と母親の敏感性(両者併せて「育児」とラベル付け)に直接的な影響は受けていなかった。その代わり、この二つの因子は間接的に影響を与えている。母親の学歴は育児の質に影響しており、母親の学歴が高いと育児の質も高いと関連付けられた。また育児の質が高いと、基本的な認知スキル(記憶力、注意力、抑制力)がより成熟すると関連づけられた。そして基本的な認知スキルが高いとプラニング力も高いと関連づけられた。また予測通り、子どもが4歳半の時点で育児の質が高いと、小児期中期におけるプランニング力の向上が早いと関連づけられた。しかしながら、これらの重要な発見は、具体的に家庭環境および母親の敏感性のどの要素がプランニング力のレベルや発達の速度に影響するのかについては示していない。そのような詳細や、子どもの認知スキルあるいはプランニング力を向上させたい家族の支援に対する介入の情報については、他の研究に期待したいところである。
また予測された通り、プランニング力における個々の差は、その後の読解力および算数の到達度の個々の差と関連づけられた。つまり、プランニング課題でよりよい成績を残した子どもは、読解力および算数の課題でもよりよい成績を残す傾向があった。これらのことから、プランニング力が読解および算数の到達度に大きな影響を与えていると言うことができる。
結論
これらの研究の結果、母親の学歴、育児の質、子どもの基本的認知スキル、子どものプランニング力、そして子供の学習到達度は全て相関性があることが示された。母親の学歴に端を発する小児期中期の子どもの学力は、子どもにとっては外的要因である家庭環境や母親の敏感性という土台の上に形成される。またこのプロセスは、子どもを取り巻く社会環境によって一定程度形成される個性である、子どもの認知スキルをもとに形成される。このプロセスは、発達の各段階においてその都度起きると思われるが、本稿で解説した研究で示されたように、経年的に起きるものでもある。